心理学からみたマインドフルネス:”欧米化”で瞑想の本質は…?

 

前回の記事では、Mindfulness in psychology – a breath of fresh air?  の記事をご紹介しながら、欧米の心理学者たちの視点からみた 「マインドフルネス」の定義をおさらいするとともに、「評価・判断しない」と「無関心」の違いについて触れました。

今回は、引き続き 記事の内容をご紹介していこうと思います。
私たち東洋人にとってはとても興味深いテーマ。マインドフルネス瞑想が本来もっている スピリチュアリティについて、です。

 

瞑想の起源をもう一度考える

私自身が「瞑想」というものに出会った 2003年。それは皮肉なことに お寺で座禅…といった体験からではなく、ドラッカー大学の教授が来日され、セルフマネジメントという文脈の中でマインドフルネスを語ったときでした。

感情のコントロール、自分自身の思考を観察する、客観性を保つ、なかった視点を手に入れて”気づき力”を身に着ける…。これらのキーワードがリーダーとして不可欠である、と直感的にピンとくるものがあり、その後 瞑想をしたり、より内的に深い世界を探求することにのめり込んでいきました。

mindfulness has been a ‘tried and tested’ Buddhist practice for over 2500 years, and many Buddhist practitioners are only too happy to attest to its benefits (e.g. Nhat Hanh, 1999).

でも、こちらでも言われているように ”マインドフルネスという行為は2500年以上にわたり、たくさんの仏教徒たちによって受け継がれているものであり、彼らはその効果を感じているからこそ 進んで実践している…もの(ティク・ナット・ハン)” ですよね。

それを考えるとこの逆輸入はなんだか不思議な感じもありますが…。ただ、個人の経験になりますが、私は続けていくごとに 手に入れたかった客観性、気づき力が 格段に上がった自覚はありますし、何よりも 日々が穏やかになりました。

同時に 瞑想を繰り返さないとわからない、微細な世界が存在することや 継続しないと手に入らない視点、感覚、考え方があることも経験とともに明らかになってきています。これを「効果」として「やったことのない人」に伝えるのは至難の技だと思います。

 

欧米化はマインドフルネスの本質を歪めてしまうのか?

記事ではこんな風にも言っています:

The process of integrating Eastern philosophical principles and practices into Western psychological settings inevitably gives rise to complications. Indeed, as referred to earlier, there are concerns as to whether the ‘spiritual essence’ of mindfulness has remained intact in its clinically orientated Westernised form.

西洋の心理学的な見地から東洋哲学を統合して考える… という手法は ものごとを複雑にする。実際、マインドフルネスのスピリチュアル(仏教)的なエッセンスが 西洋の臨床アプローチによって損なわれるのではないか、という懸念が指摘されているというのです。

これは、ヨガでも同じようなことが起こっているように思いますね。誰でもヨガを学べば学ぶほど、ヨガがいかに難解であり、スピリチュアルであるかを知る。が、現在では ジムなどで気軽に取り組めるエクササイズですし、ダイエットを目的に行う方もいらっしゃいます。ヨガのインストラクターになることは 伝統的なヨガの世界と比較すると 恐ろしいほど容易い。

マインドフルネスは その特性から ストレス軽減など精神的な病で苦しむ方々に向けて多くの研究がなされています。臨床、という観点からすると おそらくこちらの「ストレス軽減」の効果を検証するほうにより多くのエネルギーが注がれているのが実態でしょう。また、同時にマインドフルネスのトレーナーというのも現在は様々に存在し、いわゆる本質的なレベルでマインドフルネスに精通した熟達した「スピリチュアル」な人物が教えているわけでもありません。これによって、欧米化したマインドフルネスが その本質を壊してしまうのではないか…という議論があります。

 

欧米化は決して悪いことではない

こう考えていくと なかなか耳も頭も痛い気持ちになってしまいますが…。
私自身は マインドフルネスがカジュアルなものとして注目される現代の流れは とても良いことだと感じています。このバズワードによって、仏教の深く豊かな知恵へアクセスできる選択肢が増えたのだ、と考えたい。当然、お寺で厳しい修行を積まないと手に入らないものも多いでしょう。また、そういった世界にいらっしゃる方々からしか いただけないエネルギーもあると思います。

ただ、マインドフルネス瞑想で何か 掴んだが 心の平穏を手に入れ、より成熟した愛に目覚め、そしてより自分らしい豊かな人生を歩めるきっかけを得ることができるのなら、それは素晴しいこと。同時に、この経験を通して より深い 仏教的なスピリチュアルティへと目覚めていく方は 増えていくものと思います。

マインドフルネス瞑想の欧米化は、お釈迦様からすると方便のようなもの…。なのではないかな、と感じます。

マインドフルネスに関するおススメ本

ABOUTこの記事をかいた人

2003年よりマインドフルネス瞑想を続けている。 15歳までヨーロッパで育つ。慶応義塾大学を卒業後、アクセンチュアで組織戦略・人材開発のコンサルティングに従事し異例のスピードで昇進。アクセンチュア・ジャパン 史上 最も若い女性マネジャーとして抜擢される。その後、独立系コンサルティング企業でビジネス開発に携わる傍ら、キャリアコンサルタント及びコーチとして活動。不確実な時代の波を乗りこなす事業の在り方やビジネスパーソンとしての生き方について考えるようになる。 2010年、ビジネスの世界を離れて精神世界の手法や瞑想などを研究しながら年間500人以上のクライアントへセラピーを行い、自らも多くの神秘体験をする。現在は、その時の体験や視点を活かしながら 事業活動、企業のコンサルティング、カウンセリングなど幅広く展開。 監訳書として、『コーチング術で部下と良い関係を築く』、共著に『「ハイパフォーマーの問題解決力」を極める』がある。