私のスピリチュアルは現実逃避? と思ったら…

小島美佳:今回は、スピリチュアル的なサービスや考え方を現実逃避に使ってしまっているのではないか?疑惑が浮上したときのための考え方について、Masaさんとお話してみたいと思います。
(Masaさんの詳細なプロフィールは、前回の対談記事『危ないスピリチュアルを見分ける8つの方法』の文末をご参照ください)

まず私が考える、「現実逃避ってどんな感じ?」についてお話ししていきたいと思いますね。

現実逃避、とは?

小島美佳:スピリチュアルっていう面から考えていくと、例えば「今日の占い」や「手相」などをみてもらって、それをエンターテイメント的に楽しんで終了ってことであれば、現実逃避にまでにはならないかなぁと思っています。
また、自分の人生の中にある特定の大事な課題などに直面したとき、そこと向き合うためにスピリチュアル的な解釈とかをもらったり、あるいは自分なりに身に付けていきながら、乗り越えていくみたいな場合も、いわゆる現実逃避にはならないと思うんです。

一方で、スピリチュアル的な『癒し』みたいなところってすごく救われるし、心地が良いものなので、そちらのほうに…ずっと脇道に逸れるじゃないけれども…道草をしている感じで、もともとの大事な課題について考えず、前進するのを長く止めてしまっている時が、現実逃避に当たるのかなぁと考えます。
まぁ、人生において一過的にそういう時期があってもいいかなとも思いますが、ずーっとやっていると「もしもし?」ってなるかな。

Masaさんは、どう思いますか?

Masa:そうですね、
特定の課題があってそれと向き合うために、スピリチュアル自体又はスピリチュアルによる解釈を使って、最終的には課題と向き合うっていうことが逃避じゃないっていうのはものすごく納得します。その一方で、スピリチュアルによってもたらされる、もたらされうる癒しに埋没してしまうみたいな、そういったものが現実逃避になるんだろうなと思います。

「スピリチュアル」を提供する側の責任もある

Masa:でも、現状は残念ながら、中途半端にスピリチュアルを提供している人の中には癒しみたいなものを前面に押し出している人が多く、結果として課題に向き合うためのスピリチュアルではなくて癒しのためのスピリチュアルのほうに逃げ込んでしまう人を増やしているように感じます。
多分その方が、人が寄ってくるので、癒しを前面に押し出しているのだと思いますが。

小島美佳:そうだね、そうだと思います。

Masa:スピリチュアルに対する考え方とか、スピリチュアルをどういう風に扱っていけば良いのか?っていうところから根本的に変えていかないと、癒しに逃げてしまってそのまま埋没してしまう人はどんどん増えちゃうんだろうなと感じますね。

小島美佳:そうだね。なんかしみじみ聖書の言葉を思い出してしまうわ…
「13, 狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。
14, しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見出す者は少ない。」(新約聖書・マタイによる福音書 7章 13節から14節)
  ※ちなみに、私はキリスト教徒ではありません

スピリチュアルで現実の解釈を歪めてしまう人たち

小島美佳:スピリチュアルに入っていくと心地が良くて、自己肯定感を高めてくれる面もあると思うんです。でも現実に軸足があってスピリチュアルがあるなら大丈夫だと思うんですけれども、埋没してしまう人って現実を不思議な(もっというと独りよがりな)解釈し始めてしまう部分があるんじゃないかなと思うんですよね。

独りよがりな所に行っちゃうか行っちゃわないか?が 大きな分かれ目っていう気がします。

極端な例かもしれないけれども、例えば恋愛とかで傷つきました、いろんな自分の傷を癒すための解釈が欲しいからスピリチュアルなリーディングを受けました、そしたら「その人とあなたはソウルメイトで深いつながりがあって、いろんな人生を共にしてきて、あなたが夫で彼が奥さんだった時もあるし」みたいな話をいっぱいされて (もしかしたらほんとに真実で、大きなカルマかもしれないけれど…)、でもそこで「ソウルメイトである」っていう解釈を求めてしまってそれが得られたら、自分にとって大事だからそれを持って相手方に「私たち、ソウルメイトだから!」とか言いに行っちゃったりして…。相手から「はっ!?大丈夫?」みたいな風になったら、「彼は全然わかっていない!」みたいな(苦笑)。
なんかその手の不思議ゾーンというか、そういう風になってしまうと現実逃避って言うんだろうなっていう気がしますね。
私自身もそちら側のゾーンに時々入ってしまったこともあるので分かるんですけれども。

Masa:それって、多かれ少なかれスピリチュアル的なものを経験とか修行する人が通る道ではありますよね。スピリチュアルな視点で、これまで大きく意識的に関わっていなかった精神的な部分の扉が開けるわけじゃないですか。で、そこから見える世界って今までとはちょっと違って見えるから、そこでハッとなって、印象が強く残りますよね。

ただそれはあくまでも印象であって、実際に自分の足で立って生きているのは現実の世界の方なので、現実のためにスピリチュアル的視点で見えた印象とか現象をどうやって使っていくか?っていう考え方をしなきゃいけないと思うんですけれども。
そっちの扉の方から見える世界の方、スピリチュアルの中のファンシーな世界に囚われ過ぎると、どんどん現実逃避の方向に行くんだろうなと思いますね。あとは、自分のエゴにとって都合の良いスピリチュアル的印象だけをピックアップしている人も、現実逃避の方向へまっしぐらかもしれません。

小島美佳:そうだね、現実逃避を通り越して「現実乖離」みたいになっていく感じだね。

Masa:そうですね、結構多いと思いますね。「メルヘンスピリチュアル」の人とか(笑)。

小島美佳:それは何か後から辛いことになるようなぁって、、、そのままの状態で無事に人生を終われる人もいるかもしれないけれども。

スピリチュアルは課題解決の方法の一つ

Masa:結局、特定の課題があってそれを解決したいという時に、解決の仕方は色々ありますよね。
現実の中で課題を放棄しちゃうのも一つの道だし、課題自体を真っ正面からやっつけるやり方もあるし、自分自身が変わるとか様々なやり方がある中で、それらから完全に目を背けるっていうのが現実逃避ですよね。まやかしの道は進む、みたいな感じかなと。

小島美佳:そうだね。
スピリチュアル的な大きな解釈をしてしまうと、自分の人生にあるすごく大きな課題って、今世で解決できないと来世に持ち越し、みたいなことに多分なると思うんですけれども。人生を通して向き合わずにそのまま終了するというのも、それはそれで1つの選択という気がします。

Masa:そうですね、今回解決しないとしたら、次回もっと厳しい形で来るよってだけですけどね。

小島美佳:そうだよね、だからスピ的に現実逃避する場合もあれば、現実の中での逃避、例えばワーカホリックになってしまってそれで今世を終わってしまうとか、何か沢山あるそういうものの内のとてもわかりやすい現実逃避の1つに過ぎないんだろうなって言う気がしました。

Masa:確かにそうですね。

小島美佳:もともとこのテーマで対談をやってみようと思った理由が、「スピリチュアル 現実逃避」で検索してこのサイトにくる人が多かったっていうのがあったんです。なんかそれって、自分の近くにいる人がそうなってしまっているんじゃないか?って心配して探したりするのかな?

Masa:そうかもしれないですね。近しい人がそうなっちゃってて「これって大丈夫なの?救ってあげたい」って人とかもいるかもしれないですね。後は「自分が現実逃避しちゃっているのかも?」って不安に駆られている人もいるかもしれないですね。そういう人はまだ救いがありますよね。

小島美佳:そうそう、気づいているってすごくいいことだと思います。第三者視点に立てるかどうか?なんでしょうね。

Masa:そうですね、今の自分がどういう状態にあるか?っていうことですよね。

小島美佳:だから「現実世界から見た自分は、今どうなんだろう?」とチェックできていたら、乖離までは行っちゃわないかもしれない。


提供する側は何を目的にやっているか?

Masa:後はスピリチュアルリーディングとかヒーリングを提供している側がきちんとしていれば、「この人はこれ以上やるともう埋没しちゃって現実逃避、逃避した先のほうに行っちゃう」って察知できるし、止めてあげることができると思うんですよ。でもそれだとその人からの収入が入ってこなくなるので、ダラダラと中途半端なことばっかりやってる可能性はありますよね。

小島美佳:それは往々にあるでしょうねー。

Masa:その辺はやっぱり良くないなーってすごい思うんですよね。
だからスピリチュアルな事だけで生きていこうとすると、そういう現実逃避ピーポーを増やしていくことになりかねないですよね。ちゃんとした本物のヒーラーとかだったらそんなこともないし、それだけで生きていけると思うんですけれども、中途半端な人ってクライアントを捕まえておきたいので。
まぁしかもその中途半端なヒーラー自体も、現実逃避の中で生きているかもしれないという観点もありますが…。

小島美佳:そうだよね、こんなこと言っちゃったらなんだけど、そういうことが往々にしてあると思う。

Masa:ですよね、それでデフレスパイラルみたいなことになって、現実逃避ピーポー増殖みたいなことになっている可能性はありますね、とても残念だけれど。

小島美佳:ぬくぬくゾーンをいっぱい作るみたいな。

現実逃避に陥らないためには、どうしたらいいか?

小島美佳:やっぱりあの世界ってすごく癒しに満ちているので、一度足を踏み入れると何かそこから出たくないなって感じるのは私もわかるような気もしていて、、、そうならないようにするためにはどうしたらいいか?って考えていくと、やはり片足だけ、ほんの少しだけでも現実の中に自分の身を置いておくっていうのは、必要なのかなって感じます。それがないと逃避や乖離の方に行かないようにすることが難しいのかなぁって思います。

Masa:そうですよね、自由に行ったり来たりがしにくいからって言うことですよね。

小島美佳:うんうん。

Masa:後はやっぱり、これは言っちゃったらお終いなのかもしれないですけど、特定の課題を解決する方に尽力した方が良いんじゃないの?って僕は思いますね。

小島美佳:教える側が、ってこと?

Masa:そうですね。提供する側がスピリチュアルで癒しを提供するのではなくて、特定の課題を解決するための解釈を提供する方に尽力すれば、癒しはそんなに前面に押し出てこないはずなので、、、もし使うとしても最初に「解釈を受け取って特定の課題と向き合うための癒しですよ」ときちんと免責事項のように伝えて、その上できちっと特定の課題と向き合うところまで誘導してあげれば、現実逃避ピーポーはそこまで増えないんじゃないかなって気もしますけどね。

小島美佳:そうね。
なんかこれは私の中では非常に迷っていたことがあります。例えば、セッションにも、いろんな方がいらっしゃるじゃないですか、その相談内容を拝見していると、明らかに現実逃避とまでは言わないんだけれども、答えを求めに来ているのがわかるなぁって時がある。
でも繋がるとほんとにその人に必要な癒しは降りてくるのでセッションは成立する。そして…また次に同じことを聞いてきたりして…やれやれ、と。

Masa:あぁ多少聞き方を変えてっていうのはありますよね。

小島美佳:なんか淡々と同じことを繰り返すんですよね。だからそこで、「同じことを聞いてますけど、同じ事しか返ってこないですよ」って伝えたり、「現実逃避っぽいな、この人」みたいに感じたら それを伝えたりしていたけど。最近は「逃避、はいはい」とか、「今はそういうステージなんですね、まぁいいんじゃない?」みたいな気持ちになってきた。

Masa:なるほど。伝えたいことがあったとしても、相手は聞きたい事しか耳に入ってこないから、「それだったら一時的には、これを求めてるならあげます」っていうのはありますよね。

小島美佳:うん…。
教える側もちょっと乖離した世界観の中にいて、そこに人が集まるっていうことは、なんらかの需要があるって言う事だから、「まぁ私にはよくわからないけれど、よろしくやってください」みたいなところに私自身は落ち着いちゃった(笑)。

Masa:なんでしょうねぇ、短絡的で短期的な快楽を与えてくれる紛い物のほうに人が集まっちゃうのは、なんか悲しいなって気もしますけどね。

小島美佳:そうだねぇ、それはそう思う。

Masa:例えるなら、本家ディ●ニーランドは高いからあんまり人が集まらないけど、偽物のディズ●ーランドは安いから人が集まるみたいな、なんかそんなのに似てきちゃうみたいな。あくまで例えですけど(笑)。

小島美佳:全体を見ている側からすると、やっぱり心は痛みますよね。

Masa:そうですね(苦笑)。だから「まぁそっちじゃないんですよ」って情報はこういう形で発信しつつ、でも最終的に決めるのは本人なので、しょうがないのかなって気もしなくもないですけれども。ただ自分にできることだけはやらなきゃって気持ちはあります。

小島美佳:そうだね。狭い門を自ら 探して通る勇気をもった皆さんを私たちは応援したいですね。

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ABOUTこの記事をかいた人

瞑想歴17年以上。 15歳までヨーロッパで育つ。慶応義塾大学を卒業後、アクセンチュアで組織戦略・人材開発のコンサルティングに従事し異例のスピードで昇進。アクセンチュア・ジャパン 史上 最も若い女性マネジャーとして抜擢される。その後、独立系コンサルティング企業でビジネス開発に携わる傍ら、キャリアコンサルタント及びコーチとして活動。不確実な時代の波を乗りこなす事業の在り方やビジネスパーソンとしての生き方について考えはじめる。 2003年、瞑想に出会い習慣化するようになる。2010年よりビジネスの世界で活動をつづけながら、年間500名以上のクライアントへ瞑想的なテクニックを活用したカウンセリングを行っている。株式会社バランスオブゲーム代表。 監訳書:『コーチング術で部下と良い関係を築く』 共著:『「ハイパフォーマーの問題解決力」を極める』