心理学からみたマインドフルネス:「評価判断しない」とは?

 

マインドフルネスとは… ?  改めて考える

マインドフルネス… と聞くと皆さんはどのようなことを思い浮かべるでしょうか。
よく言われているのは「いま、ここ」にフォーカスを当て、現在 起こっている状態を評価したり 判断したりすることのない意識を創り出すこと… ですね。

西洋の(マインドフルネスを科学的にとらえようとする)視点からすると、例えば心理学の世界では れっきとしたその定義についてのコンセンサスは得られていないようです(出典:The  Psychologist )。しかし、一般的には このような認識が主流だとか…

  •  is fundamentally concerned with becoming more aware of the present moment;
  • can (and should) be practised during everyday activities and not just when seated in meditation;
  •  is generated more easily by using a ‘meditative anchor’, such as observing the breath;
  • should not involve any forced breathing (i.e. where the breath is used as a meditative anchor it should be allowed to follow its natural course);
  •  is a practice that requires deliberate effort and sustained meditative concentration;
  •  is concerned with observing both sensory and cognitive-affective processes; and
  •  is generally easier to learn if individuals are taught using guided mindfulness meditations

 

かなり意訳交じりですが 内容としては:

  •  基本的には 今 この瞬間 という現実に注意が向けられるようになること;
  • 瞑想時でなくとも、日常を過ごす中でも できるよう訓練できる(すべき)である;
  •  意識を向ける場所(例えば 呼吸)といった アンカーがあるほうが実践しやすい;
  • 「呼吸法」などを活用して その状態にたどり着こうとはせず、自然な状態を重視;
  •  絶え間ない努力が必要であり瞑想的な集中力を伴う;
  •  感覚と感情を認知するプロセスであり; そして
  • 瞑想を誘導してもらったほうが学習しやすい

 

このようなことを指しています。私自身は、この心理学者さんたちによる定義の中では 努力、訓練が求められることと定義されている点がとても腑に落ちます。なぜなら、マインドフルネスの訓練は 運動や楽器ができるようになるプロセスと同じで、すぐには手ごたえのある効果にたどり着くことは難しいと感じるからです。

 

評価・判断することなく… とはどういうことか?

 

ご紹介している記事を読んでいると かなり深くマインドフルネスについて議論されているポイントが見えてきて興味深いのですが、その1つが「評価・判断することなく」ということの意味合いです。

議論のポイントは 「評価・判断していない」ということと「単なる無関心」の違いはどうするのだ?ということなのですが… かなりマニアックな議論ですね。
私の瞑想経験に照らし合わせて 検証してみると 「無関心」な状態というのは 実は心当たりがあります。例えば、クライアントと向き合う際に その人物が経験している苦しみが 頭では理解できるけれども 全く共感できない状態を感じるとき… (一方で、そうなっている自分を観察できているので、ある意味 マインドフルなのかもしれません)

実際、「評価・判断しない」と「無関心」とは紙一重で、1つの要素を加えた瞬間に 前者になると私は考えています。その要素は 「慈しみ」です。おそらく とっている心理的な距離があることは どちらも変わらないですが、前者のほうはありのままを認知している状態ですね。後者ですと エネルギーはニュートラルであり、同時に動きがありません。ただ、瞑想を始めようとしている方の場合、ここまで考える必要はないかもしれません…。

ご自身が何かに大きく捕らわれてしまっており苦しい時、必ず 何らかの意見や思考が「正しい」と思いがちです。例えば、「XXは、悪いやつだ」「自分の行動は間違っていた」「これから自分はダメになってしまう」「到底できるわけがない」などといった決めつけです。このような場合は、上記における「無関心」にまで 心理的な距離を置くことができれば、随分とストレスはなくなることでしょう。いずれにしても、捕らわれた思考から自分を解放する意味では、とてもマインドフルネスの訓練は効果的である、と私は思います。

 

次回は 心理学者たちが考える マインドフルネスとスピリチュアリティについて触れてみたいと思います

ABOUTこの記事をかいた人

2003年よりマインドフルネス瞑想を続けている。 15歳までヨーロッパで育つ。慶応義塾大学を卒業後、アクセンチュアで組織戦略・人材開発のコンサルティングに従事し異例のスピードで昇進。アクセンチュア・ジャパン 史上 最も若い女性マネジャーとして抜擢される。その後、独立系コンサルティング企業でビジネス開発に携わる傍ら、キャリアコンサルタント及びコーチとして活動。不確実な時代の波を乗りこなす事業の在り方やビジネスパーソンとしての生き方について考えるようになる。 2010年、ビジネスの世界を離れて精神世界の手法や瞑想などを研究しながら年間500人以上のクライアントへセラピーを行い、自らも多くの神秘体験をする。現在は、その時の体験や視点を活かしながら 事業活動、企業のコンサルティング、カウンセリングなど幅広く展開。 監訳書として、『コーチング術で部下と良い関係を築く』、共著に『「ハイパフォーマーの問題解決力」を極める』がある。