私たちの日常は、幸せや健康についての情報で溢れています。しかし、忙しい毎日の中でそれらを実践する時間を見つけるのは容易ではありません。
そんな中、私たちの人生を大きく変える可能性を秘めた ある一つのシンプルな提案が、注目されています。それは「日常的にAwe(オウ, 畏怖の念)を体験すること」です。
目次
Awe (オウ) 体験とは? – 私たちの中にある畏怖の念
Awe(畏怖の念)体験とは、自分の理解を超えた壮大なものの存在を感じる感情体験です。かつては神々に対する宗教的な感情として捉えられていましたが、現代の科学では、雄大な自然や感動的な音楽、人々の善意の行為など、日常でも起こり得る感情として理解されています。
1757年、アイルランドの政治哲学者エドマンド・バークは著書『崇高と美の観念の起原』の中で、この感情が大自然に身を置いた時のみならず、私たちの日常生活の中にも存在することに言及しました。例えば、雷鳴を聞いたとき、あるいは光と闇の繰り返しパターンを目にしたとき、私たちは知らず知らずのうちに、畏怖の念を感じているのです。
さらに、ミシガン大学のエイミー・ゴードン氏の研究からは、この体験が私たちの日常生活に予想以上に頻繁に現れることが明らかになっています。
これらの体験は「鳥肌が立つような瞬間 (the power of goosebumps)」とも表現され、脳を活性化させ、幸福感を高め、利他的な行動を促す効果があることが研究で明らかになっています。
Awe (オウ) 体験がもたらす3つの効果
ここ20年ほどで科学研究の知見が集まり、Awe体験の生物学的意義や効果などが明らかになりつつあります。
今回はその中でも以下の3つの効果を紹介していきます (Michelle N et. Al., 2007) 。
1. 進化の過程におけるAwe体験の役割
人類の進化の過程においてAwe は、私たちを社会的集団への帰属意識を高め、集団生活における協力的な行動を促進する役割を果たしました 。
実際、Awe体験をしたグループとそうではないグループの比較研究によって、以下のような違いが見られました。
- 社会的つながりの強化:他者との共感や絆が深まる
- 利他的な行動が増える (Hoffman A., 2015)
- 自己中心的な考えが減少する
これらのAwe体験の特性は、人類が集団生活を営む上で必要不可欠だった、自己利益と他者への配慮のバランスを取る能力の発達に寄与したと考えられています。
2. Awe体験の脳科学最新研究
進化的な意義以外にもAweには、現代を生きる私たちにも重要な意義があります。Awe体験によって瞬間的な畏敬の念を体験することは、驚きと好奇心を刺激します。
研究でも、Aweを体験している時には脳の特定の領域が活性化しており、特に共感力や内受容感覚に関係し、脳全体の活動バランスを整える島皮質を活性化することがわかっています(岩崎一郎著「科学的に幸せになれる脳磨き」より)。
これらのAwe体験による脳の活性化が、1の進化過程で重要となった社会的つながり感や利他性の高まりといった効果の一助を担うと考えます。
3. Awe体験で変わる脳と心の仕組み
これらのAwe体験による脳の活性化は、私たちの心理状態に多層的な影響を与えます。
① 認知的な変化
まず、Aweを感じる瞬間、私たちの時間感覚は拡張され、「今この瞬間」をより深く体験できる(マインドフルになる)ようになります。同時に、視野も拡大し、日常的な思考の枠を超えて、より広い視野で物事を捉えられるようになります。
② 感情面への効果
これらの認知的な変化は、感情面にも波及し、幸福感や充実感といったポジティブ感情が活性化し、他者との共感や絆といった社会的繋がりを強化します。
一方でストレスホルモンの減少によりストレス反応は低下します。
③ 行動変容
さらに、Awe体験による脳の活性化に伴い、好奇心と学習意欲が向上し、新しいアイデアや解決策を見出しやすくなる・創造性の高まり、利他的行動の増加、といった行動変容も促されます。
その他、Awe体験によって免疫システムの改善することもわかっています。特に炎症性サイトカイン(過剰に活性化すると有害になる)の量が減少するとのことです (Anwar Y., 2015)
現代社会で減少するAwe体験の機会
このように様々な効果が知られているAwe体験ですが、現代社会では「Awe体験の機会の減少」が懸念されています。その原因として、
- 仕事や通勤による時間的制約
- スマートフォンへの過度な注目
- 屋外や自然の中で過ごす時間やコンサート、演劇、美術館鑑賞といった芸術との接点の減少
- 過剰な成果主義による学校教育での芸術や音楽などの授業数の減少
などが挙げられます。
これらのAwe体験の減少は、現代人のストレスの高まりや幸福感の減少とも関連していると考えられます。
Awe体験を日常に取り入れる – 3つの実践法
では具体的に、日常生活でどのようにAwe体験を増やすことができるのでしょうか?
研究によると、私たちは旅行などで大自然の中に身を置いたり、素晴らしい芸術作品に触れ合わなくとも、平均して3日に1回、Aweを体験しているとのこと。
例えば、通勤バスの窓から見た街路樹の葉の色が金や赤など様々な色に紅葉し、風に揺られ落葉する様を見ることでもAweを体験できるそうです。
身近な環境の中で小さなAweを見つける習慣作りは、以下のような方法で、意識的にAweの機会を増やすことができます:
1. 身近にある マイクロAweの見つけ方
Awe体験は、習慣化を好み日常パターンに慣れきった私たちの脳に、新鮮な驚きと感動をもたらす瞬間です。それは必ずしも壮大な体験である必要はありません。むしろ、日々の生活の中で出会う小さくささやかな感動体験の積み重ねが、私たちの幸福に大きな影響を与える可能性があります。
以下の例を参考に、身近な環境の中で小さなAweを探してみましょう。
- 通勤路や街路樹の木々の変化に注目する
- 風で揺れる葉の色や形を観察する
- 空や雲の色の微妙な変化を意識する
- 肌に当たる風の感覚を意識する
- いつもとは違った経路で通勤・通学してみる、一駅分歩いてみる
- 新しい香りのお香やアロマを炊いてみる
- 見知らぬ人の善意の行為、子供の無邪気な笑顔、大自然で逞しく生きる野生動物の様を見る
こういった新しく新鮮な驚きや気づきを続ける意識は、ランガー流マインドフルネスにも通じるかもしれません。
他にも、以前ご紹介した「五感を楽しませるマインドフルネス」も参考にしてみてください。
2. Awe体験ジャーナリング
日々感じたAwe体験を記録すること(ジャーナリング)で、マイクロAweの気づき力を高めることが可能になります。日常の小さな驚きや感動を大切にし書き出すことで、その効果を最大化することが期待できます。
3. 週末からできる 意識的なAwe探索
さらに週に一度は、意識的にAwe体験をするための時間を作ってみましょう。以下のような、日々の生活ではすぐにはできないアクティビティの計画を意図的に取り入れ実行することで、より自分の中の好奇心や幸福感を向上させることが可能です。
- 今まで行ったことがなかったけれども気になっていた新しい場所を訪れる(小旅行、土地、公園、飲食店など)
- アート作品や音楽、観劇など芸術に触れる時間を作る
- 自然の中でゆったりと過ごす時間を持つ
おわりに
Aweは、私たちの心身の健康や社会的つながりを深める重要な感情体験です。
忙しい現代社会だからこそ少し立ち止まってみて、
「理由はわからないけれど鳥肌が立つ」
「心が震えるような感動を覚える」
これらの自分が完全に理解していないことに、心を開く時間を取ってみてください。
小さなAwe体験の積み重ねは、より大きな視点での幸福感・ウェルビーイングにつながることを心理学と脳科学が証明しています。
そして、多くの人が畏怖の念を感じ、利他的な行動が少しずつ増えることによって、社会もより良いものへと変わっていくはずです。
(参考記事:Mindful 2023, “Why Do We Feel Awe?” )