私たちの人生をより豊かにする「感謝」という感情。
古代の宗教書から現代の社会科学研究まで、感謝は「最大の美徳」とみなされ、自分自身と他者の人生をより良くする力を持つ、望ましい人間の特性として認識されてきました。
さらに感謝の気持ちに関する最近の心理学や生物学の研究から、幸福感の向上と健康状態の改善に関連することが明らかになってきました。そこで今回は感謝によってウェルビーイングが高まる理由について、解説していきます。
目次
感謝とは何か?
カリフォルニア大学心理学教授で感謝の研究の第一人者であるロバート・エモンズ(Robert Emmons)氏によると、感謝とは、他者から価値あるものを受け取ったことを認識する心の動き、とのことです。また感謝の気持ちは、他者に対して心を開き、その人の好意をすすんで受け入れようとする姿勢から生まれてくるものです (Emmons et al., 2010)。
しかし、これは必ずしも簡単ではありません。なぜなら私たちはしばしば、起こった出来事や物事、受けた恩恵を当然のことと捉え、自分の人生での成功や利点を全て自分の力だと思い込んでしまうことがあります。
そのため、感謝の気持ちは日頃から意識的に育てていく必要があります。哲学者アリストテレスの考えにあるように、感謝は教えられ、定期的に実践されることによって、やがて性格の習慣となっていく「徳」なのです。
感謝によってストレスが軽減し、心身の健康が高まるという科学的証拠
近年の複数の研究によって、感謝の気持ちを持つことによって、ストレスが軽減したり心身の健康に良い効果があることが明らかになってきました。
1, 医療従事者を対象に、感謝のプログラムの効果を検証した臨床研究
(Cheng et al., 2015)
この研究では、5 つの公立病院、102 人の医療従事者を対象に感謝の効果を調査しました。感謝の日記をつけるグループと困りごとについての日記をつけるグループ、日記をつけないグループと3つに分け、4週間実施し、さらに終了後 3 か月まで追跡調査を行いました。
その結果、感謝について日記をつけたグループでは、長く実践するほどストレスとうつ症状が減少することが明らかになりました。
2, 高齢者を対象とした神への感謝、ストレスと健康との関連性の研究
(Krause et al., 2006年)
アメリカのミシガン大学で行われた研究では、アメリカ全土から提供された高齢者のデータを分析した結果、以下の3つの傾向が明らかになりました。
- 高齢の女性は男性より神への感謝の気持ちを抱きやすい
- 神への感謝の気持ちが強い高齢者は、ストレスの健康への悪影響が軽減される
- このストレス緩和効果は、主に女性において顕著である
このような神への感謝の気持ちや効果に性差がみられたこともとても興味深い研究です。
3, 感謝の習慣化が小学生の学校適応に与える影響
(Ichishita et al.,2022年)
日本の小学5,6年生183名を対象とした研究では、人または物事への感謝を筆記し読み上げ、反すう,楽観性,悲観性,ストレス反応に及ぼす効果が調べられました。感謝の対象としては、対人、または非対人の2つのグループにわけ、3週間にわたり感謝対象と内容を記載し読み上げを行いました。
その結果、対人的感謝を実践した児童は感謝と楽観性が有位に向上し、物事への感謝を実践した児童は、感謝の有意な上昇とストレス反応の有意な低下が観察されました。この結果は、感謝を記録する等の介入が子供の学校適応などに効果がある可能性が示唆されました。
なぜ感謝によってストレスが軽減するのか?その科学的根拠
このように感謝が身体や心の健康に良い影響を与え、ストレスが減少することは明らかになりつつある一方で、具体的にどのようにして、感謝が効果を発揮するのか?そのメカニズムについてはあまり解明されていません。
しかし最近少しずつ知見が集まりつつあります。以下に2つの論文を簡単にご紹介します。
1, 女性における感謝の健康効果の神経メカニズムの探求:ランダム化比較試験
(Hazlett et al., 2021年)
感謝と他者への支援行動、そして支援行動と健康との間には強い関連があることから、研究者らは感謝が他者への支援と同じような仕組みで健康に良い影響を与えるのではないかと考え研究をしました。
具体的には、35-50歳の健康な女性を対象に、感謝を書き留めるグループ(31名, オンラインで6週間、感謝を書き出す)と対象群の30名の2グループに分け、実験の前後で、①他者への支援行動(利他的行動)の自己報告、② 炎症反応に関連する血液マーカー(TNF-αとIL-6)濃度、③ 脳活動(fMRIスキャンによる)を測定しました。
その結果、
- 他者への支援行動が増えた参加者ほど、感謝を感じている際に扁桃体(脳の中で脅威や不安を感知する部分)の反応が低下
- 扁桃体の反応が低下した参加者ほど、炎症反応に関連する物質(TNF-αとIL-6)の産生が減少
することが明らかになりました。
つまり、感謝の気持ちは他者への支援行動を促進し、それによって脳の脅威検知システムである扁桃体を落ち着かせ、結果として体の炎症反応を抑制する、という仕組みによって健康に良い影響を与える可能性が示唆されました。
2, 感謝が心血管の健康に及ぼす影響
(Cousin et al., 2021)
このレビューでは、感謝などのポジティブな心理的特性が、心血管の健康を改善する上でどのような効果があるのか、全13件の論文を横断的に調査しました。
その結果、感謝の気持ちが血管内皮機能障害、心血管疾患のリスクのバイオマーカーに影響を与え、心血管疾患を患う患者の健康にも良い効果があることが確認されました。
日常生活での実践方法
以上のように、感謝によって、ストレス軽減やウェルビーイングが高まることが明らかになってきています。
では実際に気軽に日々の生活の中で、感謝を意識する方法をご紹介していきます。
1. 感謝の日記をつける
毎日、その日あった良いことや感謝できることを書き留める。スマホの日記帳アプリなどを活用するのもおすすめです。
2. 周りの人への感謝を表現する
家族や友人、同僚への感謝の気持ちを言葉で伝える。「ありがとう」と伝えることで人間関係の改善にもつながりますし、聴覚から感謝の気持ちを知覚することにもなります。
3. 小さなことにも目を向ける
当たり前と思っていることにも感謝の気持ちを持つ。これは前回お伝えしたAwe体験にもつながります。
<幸福感を高める感謝の瞑想 松村憲さんのガイドです>
まとめ
感謝の気持ちを持つことは、単なる精神論ではなく、科学的にもストレス軽減効果が実証されています。さらに幸福感の高まりや、利他的行動の増加、炎症性疾患の改善なども明らかとなっています。
ぜひ、日々の生活の中で感謝の気持ちを意識的に持ち示すことで、心身の健康を高めていきましょう。