こちらでは、『マインドフルネス瞑想 文献リスト』でご紹介した論文の内容について、簡単な要旨の解説を随時追加・公開していきます。
マインドフルネス瞑想は言葉では説明しづらい領域も含んでいて、「とにかく一度体験してみてください」と言われるものの、「何だか良くわからない」と感じられる方もいらっしゃるかと思います。
そこで、現在発表されているマインドフルネスの効果や影響などについて生物学や脳科学のアプローチで調べられた研究論文やレビューをご紹介していきたいと思います。科学的根拠や再現性などを知ることで、マインドフルネス瞑想に対して不安や不信を感じていらっしゃる方が、マインドフルネスに興味を持っていただくキッカケになれたら幸いです。
目次
瞑想経験は、脳内でのデフォルトモードネットワーク (DMN) の活性化と接続状態の違いに関連する
Meditation experience is associated with differences in default mode network activity and connectivity
(Judson A. Brewer et al., Proc Natl Acad Sci USA, 2011)
人間の脳のデフォルトモードは、自己参照 (self-referral) 処理(もしくは自己関連付け効果、感覚器から取り入れた情報を認知・認識するまでの間に自己の記憶などと照らし合わせる処理)に関連した脳内ネットワークの活性化や不幸と相関する、心がさまよっている状態と考えられます。
この論文では、熟練瞑想者と瞑想経験がほとんどない対照者で、いくつかの異なる瞑想(集中力、慈愛、選択のない意識)を行ったときの脳内の活動を調べました。
その結果、すべての瞑想熟練者がどの瞑想法を行った場合でも、デフォルトモードネットワーク (DMN) の主要ノードである内側前頭前野 (mPFC, 社会的行動を支えるとともに、葛藤の解決や報酬に基づく選択など、多様な機能に関係) と後帯状皮質 (PCC, 感情の形成と処理、学習と記憶に関わりを持つ部位) は対照者と比較してより不活性化されていたことがわかりました。さらなる分析により、瞑想熟練者において、ベースライン時と瞑想中の両方で、後帯状皮質、背外側前帯状皮質、背外側前頭皮質(以前は自己モニタリングと認知制御に関与しているとされていた領域)の間の強い結合が明らかになりました。
瞑想の効果としてマインドがさまよう状態から離れることが言われてきましたが、今回の研究により、瞑想の標的は脳のアイドリング状態と言われるデフォルトモードネットワーク (DMN) であり、DMNの活性を抑えることであるということが明らかとなりました。
オープンモニタリング瞑想(洞察瞑想)は、過去の記憶に関連する脳領域の結合性を低下させる
Open monitoring meditation reduces the involvement of brain regions related to memory function
(Masahiro Fujino et al, Scientific Reports, 2018)
京都大学 藤野正寛先生の論文。京都大学のサイトにて著者の方々による日本語の詳しい解説が載っています。
マインドフルネス瞑想には集中注意瞑想(FAM) とオープンモニタリング瞑想 (洞察・観察瞑想 OMM) があります。どちらの瞑想法でもデフォルトネットワーク(DMM) の活性化を抑えたり、心がさまよったりすることを減らすことがわかっています。また洞察瞑想についての脳科学的な研究は集中瞑想と比較してまださほど行われていません。
そこで17人の瞑想熟練者(平均瞑想時間、920.6 hr) を被験者として、機能的核磁気共鳴画像法 (fMRI) を用いて、洞察瞑想と集中瞑想の比較、さらに安静前、瞑想中、安静後の3つの状態(計6状態)での線条体(終脳の皮質下構造であり、大脳基底核の主要な構成要素のひとつ)の機能的接続を調べました。
その結果、洞察瞑想と集中瞑想を実践した場合どちらも、線条体とDMNのコアハブ領域である後帯状皮質の間の機能的結合性を低下させました。
さらに洞察瞑想は、意図的に注意を向けることに関連する視覚野とDMNの記憶機能に関連する脳梁膨大後皮質 (帯状皮質の一部、エピソード情報の想起に関係する)の両方と腹側線条体(快感・報酬・意欲・嗜癖・恐怖の情報処理に重要な役割を果たし、意思決定や薬物中毒の病態の責任部位であると考えられている)との機能的接続性を低下させました。逆に、集中瞑想ではこれらの領域での機能的な接続性を高めました。
今回の調査結果は、洞察瞑想は意図的な集中注意を減らし、自伝的な過去の記憶からの分離を助長させることを示唆しています。このように洞察瞑想中の『評価・判断しない』という在り方、今この瞬間に生じている経験に「ありのままに気づく」という状態に、過去の記憶に囚われる程度が低下することが重要な役割を果たす可能性があります。これらの結果から、洞察瞑想の実践が幸福感や健康に繋がることを示す、新たな作用機序の解明に繋がることが期待されます。
直観の発達:尾状核における認知スキル学習の神経相関
Developing Intuition: Neural Correlates of Cognitive-Skill Learning in Caudate Nucleus
(Xiaohong Wan et al, Journal of Neuroscience, 2012)
独立行政法人理化学研究所の論文。
『素人でも訓練によりプロ棋士と同じ直観的思考回路を持てる
-直観的思考は継続的な練習の積み重ねで養われる-』
日本語のプレスリリースはこちら。
将棋の経験がない20人の被験者に、コンピュータープログラムを使って将棋を単純化した「5五将棋」の訓練を4カ月間行い、訓練前後の脳の働きの変化をfMRIを用いて調べました。
その結果、訓練を通じて5五将棋の詰め将棋を短時間に解く直観的思考能力が上達し、訓練後にはプロ棋士と同じように直観的思考の時に尾状核(大脳基底核に位置する神経核。自発運動のコントロールのほか、学習や記憶にも関与する)の神経活動が活発化していました。さらにその神経活動の強さと正答率には相関関係があることも分りました。この結果は、素人でも一定期間集中的に訓練すれば、プロ棋士が使っている直観的思考の神経回路を発達させることが可能なこと、つまりプロ棋士が持つ直観的思考回路は特別なものではなく、地道な訓練によって養われることを示しました。
理化学研究所プレスリリースより
※直観とは
知識の持ち主が熟知している知の領域で持つ、推論など論理操作を差し挾まない直接的かつ即時的な認識の形式のこと。ふいに感覚的に考えがひらめく直感(インスピレーション)とは異なる。将棋プロジェクトの先行研究の時にプロ棋士をインタビューしたところ、直観過程はプロ棋士では日常的に起こるものだが、実戦の中でプロ棋士がインスピレーションに頼ることはほとんどないという結果が出た。
・先行研究
『プロ棋士の直観は、尾状核を通る神経回路に導かれる
―プロ・アマ棋士の脳機能画像研究が、直観的思考の神経基盤を明らかに―』
理化学研究所プレスリリース(2011)
The Neural Basis of Intuitive Best Next-Move Generation in Board Game Experts (Xiaohong Wan et al, Science, 2011)
瞑想体験によって、大脳皮質の厚さが増加する
Meditation experience is associated with increased cortical thickness
(Sara W. Lazar et al, Neuroreport, 2005)
これまでの研究で、長期間の瞑想の実践によって安静時の脳波パターンが変化すること、すなわち脳活動が変化することが示唆されました。そこで筆者らは瞑想の実践によって、脳の物理的構造そのものの変化も起こるのではないか?と仮説を立て検証しました。
磁気共鳴画像法 (fMRI) を使用して、洞察瞑想(内部体験への集中瞑想も含む)の経験豊富な20人の被験者の大脳皮質の厚さを評価しました。その結果、前頭前野(思考や創造性を担う)および右前部島を含む、注意、相互受容および感覚処理に関連する脳領域が、対照群と比較して瞑想経験者の方で厚くなっている傾向が見られました。前頭前野の厚さの違いは高齢者で最も顕著であり、加齢によって大脳皮質が薄くなる傾向を瞑想経験が抑制する可能性を示唆しています。さらに、2つの領域の厚さは瞑想の熟練度と相関していました。このように、この論文では、瞑想の実践経験による大脳皮質の構造的変化が初めて証明されました。
社会的脳の構造的可塑性:社会的感情および認知的メンタルトレーニングによって引き起こされる脳の変化は異なる
Structural plasticity of the social brain: Differential change after socio-affective and cognitive mental training
(Sofie L. Valk et al., Science Advances, 2017)
これまで成人の脳はほとんど変化せず老化していく一方だと考えられていましたが、神経科学研究分野の発展により、感覚、運動、および認知に関する脳の領域は生涯に渡って経験・体験を元に変化し続けることが明らかになってきました。一方で社会的能力に関連する可塑性についてはほとんど不明のままです。
本論文では、認知的および社会的スキルに限定したメンタルトレーニングを行い、脳の形態にどのような変化を引き起こすのかを調べました。具体的には20〜55歳の被験者に9ケ月間メンタルトレーニングを行い、その後、脳の核磁気共鳴画像(MRI)解析を行いました。
メンタルトレーニングのプロトコルは以下の3種類を用い、各自行う毎日のメンタルエクササイズと週に一度指導者と共にグループセッションを行いました。
①マインドフルネスベースの注意と相互受容、
②社会的感情的スキル(思いやり、困難な感情への対処、および向社会的動機付け) 、
③社会認知スキル(自己や他者の視点獲得とメタ認知)
MRIを用いた大脳皮質の厚さの分析は、異なるトレーニングモジュール間で比較した結果、皮質の形態の変化が認められました。①の今この瞬間に焦点を当てた注意・集中のトレーニングでは、主に前頭前野の皮質の厚さの増加につながり、②の社会情動訓練は前頭前野の可塑性を誘発し、③の社会認知訓練では下前頭 (inferior frontal cortex) および側頭葉皮質 (lateral temporal cortex) が変化しました。
各々のモジュール特異的な脳の構造変化は、注意、思いやり、認知的視点の取得等それぞれのトレーニング後の測定で観察された被験者の行動の改善と相関し、タスク関連機能ネットワークとも重複していました。
今回の結果は、熟練の瞑想者でなくとも9ヶ月間程度の短期間に毎日メンタルトレーニングを行うことによって、健康な成人の社会的感情および社会的認知能力に関わる脳内ネットワークの構造的可塑性を示唆しています。
マインドフルネスと瞑想の神経メカニズム:ニューロイメージング研究からの証拠
Neural mechanisms of mindfulness and meditation: Evidence from neuroimaging studies
(William R Marchand, World J Radiol., 2014)
マインドフルネスは仏教の精神修行 (spiritual practice) に端を発しており、感覚、感情、思考に対する冷静な今この瞬間ごとの気づき、のことを指します。一方でマインドフルネスに基づく介入が、ストレス、心理的幸福、慢性疾患への対処、および精神障害への効果を示すことが分かり、長期的な集団療法アプローチとして臨床使用のために標準化され開発されました。これらのうちの2つは、マインドフルネスベースのストレス低減(MBSR)とマインドフルネスベースの認知療法(MBCT)です。ただし、マインドフルネスに関連付けられている神経メカニズムは十分に明らかとなっていません。このレビューではマインドフルネスが脳や神経回路に与える影響について調べた最近の脳の画像解析研究をまとめています。
最近の研究では、マインドフルネスが内側皮質および関連するデフォルトモードネットワーク (DMN)、ならびに島および扁桃体の機能に影響を与えるという証拠を明らかにしました。さらにいくつかのケースではマインドフルネスの実践は、外側前頭葉と大脳基底核に影響を与えるようです。構造画像解析研究の結果は、海馬の変化も示しています。詳細な分子メカニズムや作用機序は未解決のままですが、2014年現在までに発表されている文献は、マインドフルネスに関連する神経プロセスの理解を深める科学的証拠を示しています。
脳の報酬領域における社会的ストレスへの感受性と抵抗性の分子基盤
Molecular Adaptations Underlying Susceptibility and Resistance to Social Defeat in Brain Reward Regions
(Vaishnav Krishnan, Eric J Nestler et al., Cell, 2007)
急性ストレス(トラウマやテロ行為)、また長期の慢性ストレス(離婚や死別、戦時中の拷問など)に対する感情的な反応は、遺伝的および環境的要素の複雑な相互作用によって決定されます。これらの多くのストレスに晒された際に心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつ病などの精神病理的疾患に罹患する人もいる一方、多くの人はレジリエンスによって正常さを保ちますが、その分子メカニズムはほとんどわかっていません。
このような「回復のある個人」は、①認知の柔軟性、②楽観主義などの特徴を共通して持つことはわかっていますが、ストレスの有害な影響への抵抗性を担う因子や遺伝的素因などはわかっていません。
この研究では社会的敗北マウス(より攻撃的な遺伝系統でサイズも大きなマウスがなわばり化した空間にマウスを強制的に侵入させることで作られる)を用い、さらにその後の社会的相互作用(同じ系統のマウスとの集団生活)をスコア化、長期的な減少(社会的回避)を示す個体をストレス感受性マウスとし、コントロールのマウスと比較をしました。
その結果、中脳・腹側被蓋野 (VTA)のドーパミンニューロンと側坐核(NAc)によって構成される中脳辺縁系ドーパミン回路(VTA-NAc, 右図)からの脳由来神経栄養因子(BDNF)シグナル伝達経路が活性化していることがわかりました。このVTA-NAc回路は報酬および感情に関連する行動で中心的な役割を担っています。
ストレス感受性・非感受性マウスで発現している遺伝子パターンを比較した結果も、VTA-NAc回路やBDNFシグナル伝達経路の因子と強い相関を示しました。また慢性的な社会的敗北によってマウスのVTAドーパミンニューロンの発火率(興奮性)が増加し、逆にストレス抵抗性のあるマウスに過剰なBDNFを作用させると社会的回避行動を示しました。またこのような社会的敗北マウスと同様にストレス感受性が観察されるうつ病患者でもBDNF量が増加していました。
以上のことから、ストレス耐性(レジリエンス)には中脳辺縁系ドーパミン回路からの感情的なホメオスタシス(恒常性)の維持や脳内の報酬回路が関与していると考えられました(原著、Fig. 6E 参照)。つまりストレス耐性を強化するための戦略として、
- VTAからNAcへのBDNF放出を減らす、または
- NAcでのBDNFシグナル伝達をブロックする
ことによって、重度のストレス障害から回復力を促進するための治療薬の開発へとつながることも期待されます。
感情刺激に対する扁桃体反応への短期および長期マインドフルネス瞑想トレーニングの影響について
Impact of short- and long-term mindfulness meditation training on amygdala reactivity to emotional stimuli.
(Tammi RA Kral, and Richard J Davidson et. al., Neuroimage, 2018)
瞑想が気分と感情の調節に働くことは周知されつつありますが、瞑想によって感情の変化が起こる際の神経メカニズムはわかっていませんでした。これまでの研究で自動感情調節(Automatic, or implicit emotion regulation)は自分自身の明確に意図する試みの外(無意識領域)の情動体験を変えるプロセスによって成されることがわかっていました。また非ヒト霊長類を用いた研究により、自動感情調節プロセスは以下の二つの感情的な経験過程を変えるプロセスから成ることがわかっています。
- 感情のラベル付け(扁桃体の反応を弱め、意図せずとも感情を調節することが可能となる、Lieberman MD et al, 2007)
- 消去学習(扁桃体とvmPFCの両方が関与, Phelps EA et al, 2004)
※注:扁桃体は感情の発生や調節の中心を担い、腹内側前頭前野(vmPFC, Ventromedial prefrontal cortex)は大脳半球下部の前頭葉に位置し、扁桃体活動の調節やリスクと恐怖の処理に関与します。
この論文では、短期瞑想実践者(瞑想未経験者に8週間のMBSRプログラムを実施)と長期瞑想実践者(毎日30分の瞑想を3年以上、平均総瞑想時間9,000時間)、さらにコントロールとして瞑想未経験者に健康増進プログラムを受けてもらった人々に、良い気分や嫌な気分になる両方を含む感情的写真(emotional pictures)を見せたときの脳の反応をfMRIで調べました。
その結果、短期間瞑想を実践したグループではポジティブな画像を見た際の扁桃体の反応が低下していましたが、ネガティブな画像を見た際の脳の反応の変化は見られませんでした。長期瞑想実践者のグループではネガティブな画像を見た際の扁桃体反応の低下も見られました。よってネガティブな画像に対する感情調節には、ポジティブな画像への反応低下よりも多くの瞑想トレーニング経験が必要であると示唆されました。
一方で短期実践者でもコントロール群と比べると、感情的写真を見た際の扁桃体とvmPFCの機能的接続性が増加していました。このような情動刺激(感情的写真を見る)を受けた際の扁桃体とvmPFCの機能的接続の向上は、MBSRが感情調節能力に効果を及ぼす神経メカニズムの一部分を担っている可能性が示唆されました。