現代社会でストレスや課題に直面するビジネスマンにとって、瞑想は心身の健康やパフォーマンスを高める有効な方法です。しかし、瞑想にはさまざまな種類があります。この記事では、前回の集中瞑想の効果に引き続き、
観察瞑想・洞察瞑想
(ヴィパッサナー瞑想 / Vipassana Meditation,
オープンモニタリング瞑想 / Open monitering meditation,
思考観察瞑想 / observing-thoughts meditation)
の効果や、集中瞑想と違いについて脳科学的な研究から解説します。
目次
観察瞑想・洞察瞑想とは
集中瞑想では、呼吸や音など一つの対象に意識を集中させることで、思考が散漫になっていることに気づいたら意図した集中対象に戻る訓練を続けます
一方、観察瞑想・洞察瞑想では、今この瞬間に生じているすべてのこと(体験・感情・感覚など)に注意を払い、評価判断することなくありのままに観察し、気づくことを目指します。
観察瞑想・洞察瞑想で得られる効果
焦点を一つに決めず分散させることによって、以下の効果が期待できます。
- 認知的・感情的にものごとを捉えることが減る
- 評価判断することなく観察する能力が養われる
- ひいては日常生活においても過去の経験や感情に捉われることなく、状況を全体的に把握し、迷わず選択できる能力が養われる
(リチャード・デビッドソン博士のレビュー, ref1 より引用)。
これらの効果は、自分の思い込みや先入観にとらわれず、物事を客観的に見ることができるようになるということです。これは、ビジネスや対人関係で起こるトラブルや誤解を減らすことにつながります。
観察・洞察瞑想の生物学的な効果
・観察・洞察瞑想を行った際、脳波計museで測定した結果 “neutral(注意が分散している状態)” と “calm(意識が一点に集中してリラックスしている状態)” でした。
・自律神経の状態を心拍変動(HRV) と心拍数の変化を測定し各瞑想法の効果・影響を調べた論文では、呼吸に集中する瞑想ではリラックスしていたのに対し、思考観察瞑想や慈愛の瞑想ではリラックスしていなかったという驚くべき結果が得られました (ref2)。
これは観察瞑想や慈愛の瞑想は、トレーニング的な努力や生理学的な覚醒が必要というメソッドを反映したものと考えられます (ref2)。
またこの結果は、観察瞑想をおこなった際に脳波計museで “calm” だけではなく “neutral” となった結果とも一致しています。

一般的に何かの対象に注意を向け続ける際は、集中力が途切れてしまう注意のまばたき(attentional-blink)が起こります。
一方で、ヴィパッサナー瞑想のトレーニングを受けた人は、注意のまばたきの頻度が20%程度低下し、注意が途切れづらくなっていました。さらに、そのまばたき頻度の低下の程度は、瞑想経験の長さと正の相関を示していました(ref3)。
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
観察・洞察瞑想の脳への影響
観察・洞察瞑想時の脳科学的な研究・fMRI測定については、京都大学の藤野先生の論文 (ref4) を参考にさせていただきました。
1) 観察・洞察瞑想はDMNを抑制する

集中瞑想と洞察瞑想はどちらも、線条体(大脳基底核の一部で運動機能や意思決定に関わる。※注1 参照)とデフォルトモードネットワーク (脳のアイドリング機能、DMN) に関わる後帯状皮質間の機能的接続を低下させました。(ref4)
※注1:線条体は、大脳皮質の各領域から受けた入力情報を再度大脳皮質に出力します。機能的に異なる複数のループ回路を形成しているため、線条体と他の脳領域間の関係に注目することで、それぞれの瞑想が脳活動に与える影響について検討することも可能となります。
背側線条体(尾状核、被殻、ストリオソーム、マトリックス)と腹側線条体(側坐核、嗅結節) から構成されています。

2) 注意ネットワーク活性が低下
洞察瞑想では、集中瞑想時とは逆に、腹側線条体(報酬、快感、嗜癖、恐怖などに関与)と、注意ネットワークに関連する視覚野(右の図の緑色の部分)の接続が低下していました (ref4)。
これは一点に集中するのではなく注意を分散する、という観察・洞察瞑想の方法と一致しています。
※注:注意ネットワークとは
意図的で集中的な注意を制御するための脳のネットワークです。このネットワークは、外界からの刺激に対する注意の向きや、内的な目標に対する集中力を制御する役割を果たし、脳内の視覚、聴覚、運動、前頭前野など、複数の領域が関与しています。
注意ネットワークはDMNとは対照的に、認知課題に取り組む際には活性化し、休息時には抑制されることが知られています。
3) 過去の体験に捉われる頻度が低下
さらにエピソード情報の想起に関係する脳梁膨大後部皮質(帯状皮質・帯状回の一部)と腹側線条体の結合性が、安静時よりも低下しました。
この脳梁膨大後部皮質と腹側線条体の結合性は、自分の過去の記憶に捉われる程度と関連していると考えられ、結合が低下したことから過去に捉われる頻度が減る効果につながると考えられます。
またこの結合性の低下の程度は、瞑想の実践時間が長いほど大きくなることが示されました (ref4)。
4) 扁桃体を沈静化し、前頭前野の制御力が向上

長期的にヴィパッサナー瞑想を実践した人の脳では、扁桃体(脳内で危険やストレス、恐怖を探知するスイッチ)が沈静化していました。
さらに扁桃体が感知した怒りや不安などの情報が、前頭前野(学習、思考、意思決定、認知や人格、社会的行動などを担う脳領域)に伝わらなくなり、長期瞑想実践者は自分の意思によって前頭前野を制御できるようになるそうです(マインドエクササイズの証明より)。
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
【まとめ】観察・洞察瞑想では、『今この瞬間の全体』を観察できるようになる
洞察瞑想では集中瞑想と同様に、扁桃体の活性を減少させDMNの活性を抑える一方、意図的な焦点を定めないことで ① 注意ネットワークの活性が減少する、という集中瞑想とは逆の効果があるとのことです。
このような注意ネットワークの活性減少は、熊野先生の著書でのヴィパッサナー瞑想についての記述
『注意を分割して、いろいろなところに同時に気を配ってそこを感じるようにすると、心のキャパシティがなくなって考える余地がなくなり、体験の全体が感じられるようになり、あるがままの知覚が可能となります』
マインドフルネス実践法 DVDブックより引用
の状態と一致しています。
注意を一箇所に集中させずに分割させることで注意ネットワークの活性が減少し、同時に注意力が途切れる・注意の瞬きが減少する、ということなのでしょう。
また、洞察瞑想による腹側線条体と脳梁膨大後部皮質の結合性の低下によって、② 過去のエピソード記憶に捉われづらくなると考えられ、今この瞬間を評価・判断せず、ありのままに気づくというマインドフルな状態に大きく寄与する可能性があります (ref4)。
これらの
- 注意ネットワーク活性の低下、
- 過去の記憶に捉われる頻度が減る、
という2つの脳内での変化によって、より『今この瞬間の全体』を観察できるようになると考えられます。
リチャード・デビッドソン博士も、呼吸や体感覚などの焦点を定めずにただ観察し続けることで、瞑想が終わった後の日々の生活の中においても、思考・感情・過去の経験に捉われることなく『今ここ』の状況を知覚し、評価・判断することなく決断を下せる様になる、と述べています(心と体をゆたかにするマインドエクササイズの証明より)。
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
脳の変化・可塑性への影響 集中瞑想と観察瞑想の違い
難しい話になっていましたが、集中瞑想と観察瞑想の脳への影響について、簡単にまとめると以下の表のようになります。
脳の領域・ネットワーク | 集中瞑想 | 観察(洞察)瞑想 | 主な機能 |
扁桃体 | ⬇︎ | ⬇︎ | ストレス反応の最初のスイッチ |
DMN(内側前頭前野(mPFC), 後帯状皮質(PCC)) | ⬇︎ | ⬇︎ | 脳のアイドリング機能 |
DMN–背外側前頭前野(dlPFC) | ⇧ | ⇧ | DMNの心が彷徨う状態から今ここに戻る |
前頭前野(PFC)–頭頂葉 | ⇧ | ? | 感覚情報と反応選択を仲介する注意力関連ネットワーク |
島皮質 | ⇧ | ? | 体感覚の認識に関与 |
前帯状皮質(ACC)–PFC | ⇧ | ? | 注意力に関連 |
腹側線条体–視覚野 | ⇧ | ⬇︎ | 意図的な集中に関与 |
線条体–DMN (後帯状皮質) | ⬇︎ | ⬇︎ | 大脳皮質から受け取った情報とDMNのネットワーク |
腹側線条体—脳梁膨大後部皮質 | ? | ⬇︎ | エピソード情報の想起 |
意図的な集中に関わる脳の結合領域が、集中瞑想では強くなり、観察瞑想では弱まる、という逆の結果が出るのがとても興味深いと感じました。
集中瞑想では何か一つのものに集中して集中力を養い、逆に全体を感じる意図の観察瞑想では、集中的な注意ではなく注意を分割させることで注意ネットワーク活性が低下し、全体に集中することの継続と「今ここ」をあるがままに感じて生きる状態になると考えられます。
前回も述べたように、これらを覚える必要は全くありませんが、なんとなく頭の片隅に置いて、例えば後頭部のあたり(視覚野)など意識しながら瞑想を実践してみると、いつもとはちょっと違った感じや体験になるかもしれません。
次回は、慈悲の瞑想についての科学的な知見についてお話したいと思います。
瞑想法の中でも慈悲の瞑想は比較的短期間の実践で効果が現れる、という興味深い特徴があるそうです。
\あわせて読みたい/
参考文献
- “Attention regulation and monitoring in meditation.(Review)” Antoine Lutz et al., Trends Cogn Sci. (2008) , リチャード・デビッドソン教授のレビュー
- “Is meditation always relaxing? Investigating heart rate, heart rate variability, experienced effort and likeability during training of three types of meditation” Anna-Lena Lumma et al., International Journal of Psychophysiology (2015)
- “Mental Training Affects Distribution of Limited Brain Resources” Heleen A. Slagter et al., PLoS Biol. (2007)
- “Open monitoring meditation reduces the involvement of brain regions related to memory function.” Masahiro Fujino et al, Scientific Reports, (2018) [文献解説]