身体感覚が意思決定に与える悪影響とは?ソマティックマーカー仮説でわかるマインドフルネスの効果

 マインドフルネス24講、今回は『ここ』に集中するポイントとなる『カラダ・感覚を意識する』についてお話ししていきます。前回は『ここ』に集中するポイントとなる『カラダ・姿勢を意識する』についてお話しました。

身体の感覚を意識するのにマインドフルネスが役立つ

 身体に意識を向けるだけで、身体の緊張が緩まりリラックスできたり、免疫力が上がったりすることをご存知ですか?
 身体感覚(皮膚や筋肉、関節、内臓などにある感覚器が脳に伝える感覚情報の総称)は刺激に対する最初の反応であり、感情や意思決定にも大きな影響を与えます。この記事では、身体感覚と意思決定の関係をソマティックマーカー仮説という考え方をもとに解説します。

 その他にも身体感覚が免疫力に影響するということが神経系での研究等で理解されつつあるんですが、特にマインドフルネスを積極的に広めた研究者が「身体感覚がとても重要だ」と言っていて、現在も身体感覚については研究されています。

感覚と免疫:状況依存の神経免疫相互作用
Sense and Immunity: Context-Dependent Neuro-Immune Interplay

感覚神経系と免疫系は連携して、宿主防御と組織の恒常性を促進します。この双方向コミュニケーションは細菌やウイルスをはじめとした異物の危険から身を守るのに役立ちますが、一度どちらかが不適応になると病気の一因となる場合もあります。
感覚神経-免疫系の連携は、具体的には細胞表面の G タンパク質共役受容体、受容体チロシンキナーゼ、サイトカイン、成長因子、神経ペプチドなどの生体内物質が介することが分かっていますが、詳細なメカニズムは不明なままです。

引用元: Frontiers in Immunology, REVIEW article (2017)

 「リラックスしたい、緩みたい」と思ったら、呼吸に意識を向けるマインドフルネス瞑想や、身体の感覚を感じる瞑想・ボディスキャン瞑想がおすすめです。
 しかしリラックスする際は副交感神経が優位となり、心も身体も緩んでしまうので、やるタイミングとしては仕事前や仕事中よりも、寝る前の方がオススメです。その結果、眠りの質も深まってくると思います。


感覚の種類と特徴

 感覚とは外部からの刺激を体の特定の器官(感覚受容器)が感じとり、脳において情報を処理・認識することです。感覚は生理学的にも様々な分類法がありますが、大まかに分けると以下の3つに分類されます。

1, 体性感覚:外界からの刺激を感じる

 身体感覚のうちの皮膚感覚と深部感覚を指します。
・皮膚感覚 : 触覚や温度感覚、痛覚など
・深部感覚:位置覚や運動覚(関節の角度など)、振動覚など

2, 内臓感覚

・臓器感覚(吐き気など)
・内臓痛(胃痛など)
基本的に内臓からの刺激は大きくなく意識しづらい傾向がありますが、無意識的に脳に伝わり、私たちの身体状態や心理状態に影響を与えています(腸脳相関など)。

3, 特殊感覚:味や匂いなどを感じる

 生体の外界との関係を知るのに必要な機能で、視覚(目で見る)、聴覚(耳で聞く)、味覚、嗅覚、平衡感覚などが含まれます。
 特殊感覚は外界からの刺激を受けることで発生しますが、その刺激は必ずしも意識的に認識されるわけではありません。例えば、目や耳に入ってくる光や音は常に存在していますが、それらに注意を向けないと気づかないことがあります。

 前回の記事では「空間の中の体はどこにありますか?」という話と、マインドフルネスで座る瞑想をする際の姿勢を整える方法をお話ししました。これらの姿勢感覚は、身体の各部分の位置や動きを知るための感覚です。 姿勢感覚は主に深部感覚(関節覚や運動覚)と平衡感覚(内耳で受ける重力や加速度による刺激)から成ります。姿勢感覚は身体のバランスや協調運動を制御するのに必要な感覚です。

 今回の記事では体性感覚や内臓感覚などを含む身体感覚を意識する意義やメリットについて解説していきます。


身体の感覚で『ここ』に集中する方法

 マインドフルネス・トレーニングの基本は、呼吸と身体を意識することです。呼吸は『今・時間』に戻るための錨であり、身体は『空間』に位置するもので『今ここ』の『ここ』に戻るための錨です。
 呼吸と体を意識し、時間と空間の両面から『今ここ』に集中することが、マインドフルネスの基本トレーニングとなります。継続によって今ここにいる時間が長くなることで、過去や未来への思考から離れて、『今ここ』での安定感や集中力が高まります。

Source : BLUE JIGEN


ソマティックマーカー仮説 とは?

 刺激に対する反応プロセスについては、神経科学者アントニオ・ダマシオが唱えたソマティックマーカー(somatic marker; 身体信号)仮説というものがあります。
この仮説は、
 刺激を受けてから意思決定する間には 論理よりも前に”感覚や感情反応 “がくる
というものです。最近では、この仮説が正しそうだという研究結果も集まりつつあります (Bridging Ecological Rationality, Embodied Emotion, and Neuroeconomics: Insights From the Somatic Marker Hypothesis, Front Psychol, 2020

ソマティックマーカー仮説
Source : BLUE JIGEN


ソマティックマーカー 仮説の具体例

 例えばなんらかの刺激を人間が受け取ったときには、下のモデル図の様にその人の中では電光石火のように様々なプロセスが起こります。最終的にはロジックで考えて意思決定(上図の論理)をしていくと思いますが、実はその前に、刺激に対して1番最初に反応するのが身体感覚なんです。
 刺激を受けて快・不快を知覚した瞬間に身体感覚・身体反応が引き起こされ、これらをソマティックマーカーといいます。ここには脳の扁桃体腹内側前頭前野も関わることが分かっていて、瞬時に意思決定の選択肢もパッと現れると言われています。

 この身体感覚や身体反応は、心や脳など様々な場所で情動(一時的で急激な感情の動き)にもリンクしていきます。具体的には感情的な反応がパッと起きたり、「こっちの方がいいよね」などの選択肢が浮かぶといったことが起こります(上図の感情)。
 これはポジティブな場合だけではなく、逆にすごいネガティブなサイクルに入ってしまっていると、悪く考えてしまって悪い方を選んでしまったり、ということもあります。この辺は全て瞬時に起こり、その後に思考論理プロセスが起こってきます。

 つまり『刺激→意思決定』の後に感情や感覚が引き起こされるのではなく、『刺激』と『論理的な意思決定』の間に、『感覚・感情』というプロセスがあり、これらが意思決定に関わっている、というのがソマティックマーカー仮説です。

身体感覚を高めると意思決定も変化する

 マインドフルネスを実践していくと感覚や感情などに気づきやすくなり、スペースや余裕が出てくるので、意思決定にも変化が出てきます。「なんかこの話きな臭いぞ」みたいなアンテナが元々高い方もいるかもしれませんが、そういう方は、この辺の感覚で察知しているのかもしれませんね。
 そういう嗅覚のような感覚を持ちつつ、ロジカルやロジックもしっかり働かせて検証するといったことも、この仮説に沿えば実現可能だと考えます。

 またリーダーシップへの応用という点で考えると、過去の体験に基づいた感覚や感情のプロセスに無意識のうちにはまって意思決定をしていないか?という振り返りもできるようになります。 さらに感覚や感情にスペースと余裕ができると、過去の体験・経験から自由になり、意思決定の前に浮かぶ選択肢も増えます。つまり身体感覚を高める重要性は、ビジネスの分野でもとても高いと捉えていただければと思います。
 今はまだニッチな領域なんですけれども、心理学の研究分野では重要性は年々増していますし、最近リーダーシップや組織開発分野でもこのソマティックマーカー仮説の話題は広がりを見せ始めています。

身体感覚を高めるトレーニング

 身体感覚を高めるための方法として、ボディースキャンという方法があります。これは頭の上の方から身体の部位にゆっくりと順番に意識を向けて感覚を感じていくというものです。

 また仕事中でも気軽にできる方法として、今自分の顔の表情がどんな感じか?を実際に手で触れて確認してみたり、首の後ろに手を当ててみて首が凝っていないか?どんな状態かを感じてみたり、体の表面を手でさすってみたり、といった行動をやってみてください。それだけでも身体感覚に意識を向けることになります。

 これを続けて行くと身体感覚がだんだん研ぎ澄まされていきます。そして熟達してくると「今自分の肩はどんな感じかな?」と体のある部位に意識を向けるだけで、凝っていることに気づいて力を抜きリラックスする、ということも可能になります。

 実際のボディスキャン瞑想のガイドも録音したので是非、寝る前などに実践してみてください。

【松村憲】ボディスキャン瞑想ガイド(約10分間)

 身体を意識し身体感覚を高める効果があるボディスキャン瞑想を紹介します。ボディスキャン瞑想とは、自分の身体の各部分に順番に意識を向けていく瞑想法です。ボディスキャン瞑想では、自分の身体の感覚に注意を向けることで、身体の緊張を緩めてリラックスしたり、自分の感情やニーズに気づくことができるようになったりします。


次回、第5回はじっと座っていることが苦手な方にオススメの『歩く瞑想・歩行瞑想』についてお話します。

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ABOUTこの記事をかいた人

大阪大学大学院博士前期課程修了。認定プロセスワーカー。臨床心理士。 瞑想経験20年以上。 マインドフルネス瞑想の土台でもある、10日間のヴィパッサナー瞑想リトリート(※)に15回以上参加。タイ、インドにて長期トリートで修行を積む。  深層心理学のユング心理学にルーツを持つプロセスワークの専門家。身体性やマインドフルネスを早くより研究、実践し、個人の心理のみならず、関係性やグループ、組織を対象に仕事をしている。ビジネスシーンにおいては、プロセスワークのコーチングや、組織開発やコンサルティングに従事。企業におけるマインドフルネス研修や、大手フィットネスクラブのマインドフルネス・プログラム開発や指導者養成も行う。著書に『日本一わかりやすいマインドフルネス瞑想"今この瞬間"に心と身体をつなぐ』BABジャパン2015、共訳書にアーノルド・ミンデル著『プロセスマインド』春秋社2013、ジュリー・ダイアモンド著『プロセスワーク入門』などがある。

(株)BLUE JIGEN 代表取締
バランスト・グロース・コンサルティング(株)取締役
(一社)日本プロセスワークセンター ファカルティ
日本トランスパーソナル学会 常任理事

(※) 10日間 話さずに座り続けるもの