心理的安全性とは何か?【前編】チーム学習とパフォーマンスを高める鍵を論文から探る

小島美佳:今回は心理的安全性についてお話をしていきます。心理的安全性とは、職場など特定の状況で対人リスクを取ることの意義について共有された認識のことです。

最近この言葉を非常によく聞くようになりました。コーチングや組織開発の世界では、結構バズワード的なものになっているのかなと感じています。また、心理的安全性に関する本も多く出版されているので読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、近年、元々のハーバード・ビジネス・スクール教授 エドモンドソン氏の主張から一人歩きしてしまっている部分も多い印象があります。

そこで今一度、基本に立ち返るために、今回の前編ではエドモンドソン教授のレビューを元に解説し、心理的安全性の本質や効果、課題について改めて学びます。その後、後編ではビジネス現場でどのように実践し、活用していけるかについて対話し理解を深めることを目的にしております。

心理的安全性の研究の歴史と現状

s子:そもそも心理的安全性という言葉が注目を集めるきっかけとなったのは、2016年のニューヨークタイムズ誌に掲載されたGoogle社でのチームの生産性に影響する要素を解析したプロジェクト・アリストテレスの結果を紹介した記事『What Google Learned From Its Quest to Build the Perfect Team』 (ref. 1) でした。その中でチームの生産性に関わる最も重要な要因が心理的安全性だったとの結論が世間の大きな注目を集めました。

実際、さまざまな研究によって心理的安全性が組織のパフォーマンス向上に重要であることは分かりつつありますが、ではそれはどのようにして作用して向上するのでしょうか?また、心理的安全性を高めるためには、どのようなリーダーシップや組織文化が必要なのでしょうか?
これらの疑問について、心理的安全性の概念を再確認しつつ掘り下げて考え、組織の成長に貢献するためのヒントを見つけていきたいと思います。

エイミー・C ・エドモンドソン氏
Source : wikipedia

そこで今回は2014年のエドモンドソン教授のレビュー「心理的安全性: 対人構造の歴史、ルネサンス、そして未来(ref. 2)」をベースに解説していきます。

このレビューでは、心理的安全性に関する研究論文を多数集めて分析し、心理的安全性がどのように発達し、どのような効果をもたらし、どのように向上させることができるかについて概観しています。

またレビューの中では心理的安全性の対象となる範囲を個人、グループ、組織レベルの3つに分けて詳しく紹介されていました。今回は個人のレベルの心理的安全性について主に説明していきます。


心理的安全性研究の歴史

Source : Amazon

心理的安全性の概念は、哲学者キルケゴールが1844年に「不安の概念」という著書で述べたのが始まりとされています。彼は、創造性を発揮するためには不安とその克服が必要だと述べました (ref.3)。

心理的安全性という単語が登場したのは1965年で、MITの組織心理学者のエドガー・シャインと経営学者 ウォーレン・ベニス著書の中で、「不確実性や変化に対応するためには、失敗や批判を恐れずに挑戦できる風土が必要だ」という考えと共に心理的安全性という造語を初めて提唱しました(ref. 4)。

その後、1990年にウィリアム・カーンという組織行動学者が、心理的安全性が仕事への関与や意欲にどのように影響するかを調べるために、サマーキャンプのカウンセラーや建築会社の社員を対象にした定性的研究を行いました。彼は、「従業員が仕事に意欲を感じるためには、安心して自分をありのままに表現できる必要がある」と主張しました (ref. 5)。

1993年には、エドガー・シャインが再び心理的安全性について言及し、「心理的安全性が高い組織では、個人は自己防衛ではなくチームや組織の目標や問題解決に集中できる」と述べました (ref. 6)。

チームの心理的安全性を初めて提唱した研究論文

このように心理的安全性の研究は、もともと個人のレベルで行われていましたが、1999年にエドモンドソン氏が初めて、チームレベルでの心理的安全性について論文で言及しました (ref.7)。

この論文では、製造業関連会社の51の作業チームを対象に、チームの心理的安全性と有効性がチームの学習とパフォーマンスにどのように影響するかを調査しました。その結果、以下のことが明らかになりました。

  • チームの心理的安全性が高いほど、チームは新しい知識やスキルを獲得しやすく、パフォーマンスも向上する
  • チームの学習行動が心理的安全性とパフォーマンスの間を仲介する効果を持つ。つまり、心理的安全性が高まると、チームは問題解決やフィードバックなどの学習行動を増やし、それがパフォーマンスにつながる。
  • チームの心理的安全性には、チームリーダーによるコーチング、組織構造のサポート (Context support)などの要因(先行条件)が重要である。

職場におけるチームの学習モデル
Source : ref.7 Fig.1より引用改変



エドモンドソン氏はこれらの結果に基づいて、「チームは対人リスクを冒しても安全だという、チームメンバーが共有する信念や経験であり、それは共有された責任を意味する」というチームの心理的安全性の定義を提案しました。

この論文は、心理的安全性という概念を個人から集団へと拡張し、チームや組織などの集団レベルでの特性として捉えることができることを示した画期的なものです。そこで本稿では、まず初めに個人レベルでの心理的安全性の研究から解説していきます。


個人レベルの心理的安全性研究

個人レベルでの心理的安全性に関わる要素と関係性
Source : ref.2より引用、邦訳

こちらは、エドモンドソン氏のレビューに載っていた、個人レベルでの心理的安全性に関わる要素要因との関係性の図です。この図を元に、心理的安全性が個人の行動に与える影響や、心理的安全性を高めるための要因について、以下の3つに分けて説明します。


1, 心理的安全性が役割の中での行動に与える影響

心理的安全性と創造性の関係について、さまざまな研究が行われています。例えば、KarkとCarmeliは、心理的安全性に含まれる感情要素を調べるため、イスラエルの大学で働く128人の成人大学院生を対象にアンケートを実施しました。その結果、心理的安全性が高いほど活力が高まり、創造的な仕事に積極的に取り組む傾向があることを発見しました (ref. 8)。

一方、Gongらは、従業員の積極性や情報交換が個人の創造性の発揮にどのように影響するかを調べました。彼らは台湾の小売店で働く従業員とマネージャー190組のペアに対して、時間差で3回の調査を行いました。その結果、積極的な従業員はより多く情報交換を行い、上司や同僚との信頼関係を強化し、従業員の創造性も高まりました。また情報交換と創造性の関係は信頼が媒介することも明らかにしました (ref. 9)。


2, 心理的安全性が率直な発言を促進するメカニズム

心理的安全性は、率直な発言(voice)という行動にも影響を与えます。率直な発言とは、組織やチームの改善のために自分の考えや提案を上司や同僚に伝えることで、組織のパフォーマンスや変化への適応力を高める促進的なコミュニケーションと定義されます。

心理的安全性が率直な発言を促進するメカニズムは、いくつかの研究で実証されています。
例えば、Detertら(2007年)は、アメリカのレストランチェーンの従業員3,149 名とマネージャー 223 名から得たデータを分析しました (ref. 10)。その結果、オープンで変化指向のリーダーシップが従業員の心理的安全性を高め、その結果として従業員の率直な発言も増加したことがわかりました。

同様の結果は、2009年のアメリカの大手金融機関の従業員894名と直属の上司222名についての大規模調査でも得られました (ref. 11)。

また、Burrisらの2008年の研究 (ref. 12) では、組織改善のための提案を率直に話すためには心理的安全性が重要ではないか?という仮説を立てました。彼らは組織への忠誠心、心理的愛着と離脱(無執着)が上向きの改善志向の声にどのように影響するかを検証するために、レストラン業界のマネージャー499人を対象にアンケート調査を行いました。
その結果、心理的孤立(無執着、退職の意思)はリーダーシップ(リーダーと従業員との交流や虐待的な監督)や発言と関連があることが分かりました。一方、心理的愛着はリーダーシップと発言の関係には影響を与えないことが分かりました。

心理的孤立は心理的安全性の低下と関係することからも、これらの結果から心理的安全性が発言権に重要な役割を果たす可能性が示されました。


3, 暗黙の発言理論 (Implicit voice theories, IVT)

暗黙の発言理論・IVTとは、職場で声を上げることがどのような状況で、どのような理由でリスクを伴うと考えるかに関する個人の信念のことです。

DetertとEdmondsonは2011年に、心理的安全性とIVTが職場での発言行動にどのように影響するかを検証するために、様々な職種や経験を持つ数百人の成人を対象に調査を行いました (ref. 13)。その結果から彼らは、心理的安全性とIVTはそれぞれ独立した要因として発言行動に関係しており、心理的安全性が高いほど、またIVTが低いほど、発言行動が増えることを示しました。

IVTに関する研究は別の研究チームからも報告されており、現在のエドモンドソン教授の主張では、IVTには事実と異なる個人の信念や思い込みが含まれている上に、組織の文化や環境からも影響を受けることが多いと指摘しています。そのため、IVTを克服するには、個人で自分が持つ暗黙の信念を客観的に捉え直すだけでなく、チームやリーダーも協力して、発言することの重要性や価値を認識し、発言することを奨励し、支援し、評価する必要があると主張しています。


Source : マインドフルネス研究所, 瞑想チャンネル for Leaders


心理的安全性がもたらす3つの効果

今回ご紹介したレビューでは、複数の国や地域、多様な組織を対象とした研究、また経営、組織行動、社会心理学、ヘルスケア管理など様々な分野の研究結果をまとめ、以下の3つのポイントを重要な洞察として得られた、と述べていました。


1, 効果・パフォーマンスと一貫した関係

心理的安全性が職場での効果やパフォーマンスに影響することは、多くの研究で示されています。特に不確実性が高く、仕事を達成する上で創造性や協働が必要な場面では、心理的安全性の重要度がさらに増す可能性も示唆されていました。
例えば、複数の研究グループから、医療現場・ICUなどでのグループの心理的安全性と医療ミスの頻度との関係が分析され、それらの結果から、心理的安全性が高いグループほど医療ミスが少ないことがわかりました。


2, 組織学習との関連

また、個人、グループ、組織のレベルで共通して、心理的安全性が組織学習や変化にとって不可欠な要素であると述べられていました。

Source : Amazon

組織学習行動は、対人関係のリスク(無知・無能だと思われないか、ミスを叱責されないか)、目標を達成できないことへの恐怖や不安などを克服する必要がありますが、場における心理的安全性の風潮は、それらを緩和することができます。具体的には、心理的安全性が高い場では、アイデアを提案したり、間違いを認めたり、助けを求めたり、フィードバックを提供しやすくなり、失敗や問題を恐れずに挑戦できるようになります。逆に、心理的安全性が低い場では、人々は自分を守るために沈黙や隠蔽を選び、学習や変化の機会を逃します。

エドモンドソン氏は著書『恐れのない組織』の中で、心理的安全性があると、個人の知識や経験がチームや組織の共有財産となり、全体としてのパフォーマンス向上に繋がると説明しています。


3, 発言行動への影響

心理的安全性は、職場での発言行動に大きな影響を与えます。
心理的安全性が高いと発言行動に伴うリスクを減らすことができ、率直な発言が増え、現状に挑戦したり、問題や改善点を指摘することに繋がり、組織の問題解決やイノベーションにとって重要な力になります。


心理的安全性の限界と課題

しかし、心理的安全性は、組織での協働や学習に関するすべての課題に対処する万能薬ではありません。
心理的安全性だけでは不十分で、組織の成功には、他の要因も必要です。例えば、明確な戦略やビジョン、目標達成に向けた支援的なリーダーシップなど他の要素と組み合わせることが重要です。

心理的安全性のネガティブな影響

また心理的安全性には、組織にとって不利益になる可能性もあります。
例えば、過度な心理的安全性は、

  • 人々が重要ではないことに時間を無駄にしたり、
  • 自分の意見や行動に対する責任感を失ったり
  • 批判的な思考や創造性を欠いたりする恐れや
  • 本当に必要なことを学んだり新しいことに挑戦する動機を失う可能性

があります。
これらの問題に対処するためには、マネージャーが仕事に関連するオープンなコミュニケーションを促進し、建設的なフィードバックを提供することで、心理的安全性とパフォーマンスのバランスを保つことが重要、と述べていました。

Source : TED & Talk, Building a psychologically safe workplace | Amy Edmondson


おわりに

以上、心理的安全性という概念について、レビューの内容をご紹介しました。最後にレビューの結論を和訳したものを載せます。

過去60年にわたる組織行動学研究によって、心理的安全性が組織の成長や学習にどのように影響するかが明らかにされました。これらの研究は急速に変化する世界の中で、成長し学び貢献し、効果的にパフォーマンスを発揮する上で、仕事で心理的に安全でありたいと感じる人々のニーズに光を当てるものです。
重要な課題や研究の余地(例えば心理的安全性の測定方法が確立や実践など)がありますが、今後もこの分野の研究が進められることを期待しています、という風に結ばれていました。

次回、後編では、松村憲さんと小島美佳さんから、心理的安全性に関するそれぞれの見解や展望をお聞きしていきます。


参考文献

  1. What Google learned from its quest to build, New York Times Magazine, (2016)
  2. Edmondson A, Lei Z, Psychological Safety: The History, Renaissance, and Future of an Interpersonal Construct, Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior (2014)
  3. The History of psychological safety, Leader Factor (2023)
  4. Schein EH, Bennis W. Personal and Organizational Change Through Group Methods. New York: Wiley (1965)
  5. Kahn WA. Psychological conditions of personal engagement and disengagement at work. The Academy of Management Journal (1990)
  6. Schein EH. How can organizations learn faster? The challenge of entering the green room. MIT Sloan Management review (1993)
  7. Edmondson AC. Psychological safety and learning behavior in work teams. Adm. Sci. Q. (1999)
  8. Kark R, Carmeli A. Alive and creating: the mediating role of vitality and aliveness in the relationship between psychological safety and creative work involvement. J. Organ. Behav. (2009)
  9. Gong Y, Cheung S, Wang M, Huang J. Unfolding the proactive process for creativity: integration of the employee proactivity, information exchange, and psychological safety perspectives. J. Manag. (2012)
  10. Detert JR, Burris ER. Leadership behavior and employee voice: Is the door really open? Acad. Manag. J. (2007)
  11. Walumbwa FO, Schaubroeck J. Leader personality traits and employee voice behavior: mediating roles of ethical leadership and work group psychological safety. J. Appl. Psychol. (2009)
  12. Burris ER, Detert JR, Chiaburu DS. Quitting before leaving: the mediating effects of psychological attachment and detachment on voice. J. Appl. Psychol. (2008)
  13. Detert JR, Edmondson AC. Implicit voice theories: taken-for-granted rules of self-censorship at work. Acad. Manag. J. (2011)

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ABOUTこの記事をかいた人

ライター。 博士号を取得後、日本学術振興会特別研究員・博士研究員・大学教員として教育研究に計10年以上従事(専門は分子生物学)。9割以上が男性の業界で女性が中間管理職として働く難しさを感じつつ、紆余曲折を経て小島美佳さんからマインドフルネスを学ぶ。 現在は心理学や精神世界のエッセンスを科学の言葉で咀嚼して伝える方法を模索中の、瞑想歴1-2年の初心者です。