鬼滅の刃がなぜ子供たちに刺さるのか? ユング心理学の集合的無意識から解説

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原作コミックの発行部数は累計1億冊を越え、映画『無限列車編』の興行収入は2022年1月12日の時点で357億円に達し、実写版も含めた歴代興行収入ランキングのトップに立っていることから、『鬼滅の刃』は現代日本において最も成功した作品の一つとなっています。
なぜこれほどまでに大ヒットしたのか?といった解説は各所でなされていますが、ユング心理学・深層心理学・マインドフルネスの視点で読み解いてみると何が見えてくるか?
鬼滅の刃の物語に込められた深い意味と、多くの人々が物語に共感し魅力的となる要因を探求していきます。
プロセスワーカーの松村憲が解説する連載の第3回になります。

『鬼滅の刃』の凄さを深層心理学から解説

松村憲:まず、僕自身『鬼滅の刃』がすごい好きで、原作も既刊は全て読んでいます。この作品は私たちの魂と心の奥深くに響く感じがします。そして、今、これだけ多くの人に響いているのはどういうことなのか?と考えてみると、メッセージが意識の深い部分に到達しているのではないかと感じています。

ユングの深層心理学モデルでの、意識と無意識

ユングの深層心理学のモデルにおいて、意識には構造があると考えます。自覚のある意識の他に、自覚できていない領域もありそれを無意識と呼びます。
無意識の中にも深さががあり、比較的浅い領域は個人の経験などが蓄積している個人的無意識があります。
また、より深い層には集合的無意識があり、この領域は人類共通の要素もあるため普遍的無意識と呼ばれることもあります。

ユング心理学での意識・無意識の模式図
ユング心理学での意識・無意識の模式図
詳細は臨床心理学辞典をご参照ください

 

鬼滅の刃は『集合的無意識』を刺激する物語

『鬼滅の刃』は僕らが普段、自我では意識できていないような奥深い部分にある集合的無意識を刺激するような物語なんだろうなぁと思います。だから人気があるし、多くの人の心に響き、ある種そこから物語が続いて癒されている人もいるんだろうなと思います。
日本人の集合意識のみに特有に訴えるものであれば日本で流行るでしょうし、海外でも人気を博していることを考えると、より深い普遍要素があるのかもしれません。(※注:海外でも「デーモン・スレイヤー」として人気があり、英BBCでも取り上げられたとのこと)
個人的には主人公の兄と妹というセットや、日本人の心が好みそうな設定も含まれていると思います。


マインドフルネスも意識を広げる

ここでマインドフルネスの文脈で考えると、マインドフルネスには『意識を広げていく』という部分があります。ブッタとか仏教の中でも心理学的な部分があって、普段は奥深くに眠ってしまっていて気づかない無意識領域みたいなところまでトレーニングによって意識を広げていき、無意識領域にも自覚が生じてきます。心の深い部分に触れることで、自ずとそこにある心の残滓が浄化していくプロセスがここにはあると思います。

そういう意味で、マインドフルネスによって深まっていく意識の部分と『鬼滅の刃』のストーリーが働きかけてくる深い意識の部分がリンクしていると考えるのは、とても興味深いなぁと思っています。

小島美佳:なるほどー。

<煉獄さんの炎の呼吸の瞑想ガイド>

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鬼滅の刃とマインドフルネスは 無意識領域を癒す

小島美佳:鬼滅の刃の話題から少し外れるかもしれませんが、現在、マインドフルネスを始める人たちの中には、その奥深いところにある思想とか、なぜマインドフルネスをやるのか?とか、それをやってどうなるのか?っていうところまで理解していない方が多いのではないかと思います。よく聞かれる「健康に良いです」とか、「ストレスを緩和します」という言葉は、一般的な表面的な効果だけで、その奥にある深い部分、マインドフルネスの真の価値について理解するには、ちゃんと勉強したり瞑想をすることが必要な部分があると思います。
そこを『鬼滅の刃』は、なんとエンターテインメントの世界観から不思議な形で深い領域を教えてくれていると思います。

それに対し、『鬼滅の刃』は、エンターテインメントの世界観から、不思議な形で深い領域を教えてくれていると思います。個人的には、見た目的にはすごく残酷なシーンとか多いのに、多くの子供たちがハマっているのは興味深いです。
その要因の一つとしては、さっき松村さんのお話であった、普遍的な世界を見せてくれているから、良くわからないけれども伝わる深い何かを感じられるからではないかと思います。

松村憲:そうですよね。
「瞑想は何のためにするのか?」という問いに対する答えは、もしかしたら鬼滅の刃のストーリーの中で言うならば「鬼を倒すためです」とか「妹を救うためです」とかそういった理由なのかもしれないですね。

小島美佳:それってなんだろうな、意味がありますよね。
「鬼とは何か?」とか、「妹を救うっていうのはどういうことなのか?」っていうのを突き詰めていくと、すごい繋がってくるのかなって思います。

松村憲:そうですよね、だから多くの人に響くのだろうと思いますよね。

(参考記事:鬼滅の刃を読むと なぜ癒されるのか?ユング心理学の元型論から

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鬼滅の刃が示す 善悪を超えた世界

松村憲:残酷なシーンとかもちょっと過激な言い方をすると、現代社会の負の側面の表象であり、みんなが目を開いて見ていないだけと感じています。

子供たちは繊細なので、そのような状況を普段からよく受け取って知っていると思います。しかしその世界とか鬼をなかったことにしてしまったり、気がつかないうちに自分自身が鬼になっていたら、鬼滅の世界観で見ると最悪の状況ですよね。まさに人としての意識を忘れてしまって、鬼になった状態は希望がないですよね。

炭治郎たちが生きる『あきらめない世界』

それでも、こういった物語が流行するのは、やはりそこに切り込んでいって、そこをちゃんと見に行ったりするからなのかなと。主人公達がいる世界は『あきらめない世界』ですよね。主人公の炭治郎は危機的な状況でも「諦めるな、考えろ!」と自問して、決して諦めません。それは人に感動与えるし、子供に響くのはそういう部分かなと。そして自分もですけど多くの大人にも響いています。

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s子:さっき松村さんが話していた、何かを突き詰めていった先の到達点みたいな話は原作でも出ていますよね。
 主人公の炭治郎たちが倒そうとしている鬼の大ボスには宿敵の最強の剣士がいて、その鬼ではない人間の最強の剣士が言った言葉で「道を極めたものが辿り着くところはいつも同じだ」というのがあって。
「そこはどこなんだ?」っていうのが、原作の中では回収されていないんです。鬼もその極めた場所(作中では鬼が『至高の領域』『無我の境地』と述べています)を目指したけど、結局人間であることを捨てて鬼になっても、そこにはたどり着けなかったって話はあるんですが。
作者である吾峠さんは「それは何か?」というのは明確には示さずに、「そういう悟った先の世界があるんだよ」っていう暗示だけで連載は終わっているんです。

松村憲:ほんとにその辺の世界観は、ユング心理学仏教だったりスピリチュアルの伝統の世界観に近いですね。善悪の分かれてないところまで辿り着いている人なんじゃないでしょうか、その鬼の宿敵は。

 

『鬼滅の刃』で「鬼」が象徴するもの

小島美佳:私は原作を全部読んでいないので、私の理解のためにちょっと聞きたいんですけれども、鬼たちも鍛錬を積んで上に登っていこうと努力している感じなんですか?

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s子:鬼は元々身体能力が高くて、食べた人間の数で強くなったり、手柄をあげると鬼のボスの無惨様の血をいただいて、さらに強くなれたりするという設定です。ただ強さを極めたくて鬼になった人たちも何人かいます。
一方で鬼殺隊は人間なので、巨大な岩を手で押したり岩を刀で切ったり、滝に打たれたりとか、いわゆる修行をしないと強くなれない。異常な再生能力や身体能力を持つ鬼と対等に戦うために、人間である鬼殺隊は全集中の呼吸』などを習得して、己を高めるべく血を吐くような努力する、という設定です。

鬼殺隊と鬼では 目指すゴールや価値観が違う

小島美佳:フムフム。
それをマインドフルネス的な観点で見るととても興味深くて、鬼たちが望んでいる彼らの中にあるゴールと、鬼殺隊が据えているゴールの違いを示唆しているような感じがありますよね。「どこに行くのか?」みたいな。

松村憲:マインドフルネスの観点からシンプルな話をすると、鬼が住む世界は仏教で言われる「餓鬼」の領域ですし、彼らは欲望ドリブン、エゴドリブン(欲望やエゴを起点にした)で生きていますよね。鬼殺隊の方は対比すれば、愛ドリブンで、エコドリブン、みたいな感じでしょうか。


鬼と私たちも紙一重

ただ、究極的には紙一重な気がします。最強を目指した時にエゴの執着を捨てないと最強になれない、とか。鬼殺隊側からすると鬼を倒そうと思ったら、自分の中の鬼性と対峙しないと実現しないとか。

マインドフルネスを継続していくと気づいてしまう、自分の中の未熟さや、怒りやら、鬼性に反応せずに観察する。時に慈悲の思いを鬼に対して持つ、などしながら自然と鬼滅っぽい作業を深層で行っていると思います。

小島美佳:本当にそうですね…。

 

トラウマになりそうな残酷な描写も 子供たちにも響く

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小島美佳:あと興味深いのは小さな子供たちが、これに共感するというか、深いところで鬼滅の刃を好きになるっていうところで、松村さんが言ってくれていた「本当はある世界を、残酷なシーンも含めてちゃんときっちり見せてくれている」からっていうのはあるんだろうな、と思いました。

私が鬼滅の刃の映画を見に行った時間帯が平日の昼間だったというのもあって、お母さんと一緒に来ている小学校入学前くらいの子供たちが結構いっぱいいたんです。
 途中、観ている子供たちが怖がっているような時もあったんですけど、クライマックスで鬼との激しいバトルシーンがあって、最後どっちが勝つかわからないみたいな場面で、2人ぐらいの子供たちがものすごい拍手をしたの。
私自身は「鬼滅の刃って、こういう時って拍手しなきゃいけないものなの?歌舞伎みたいだな」って思っちゃったんですけれども(笑)。

鬼滅の刃全巻セット
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子供たちがあそこで拍手をしたのってすごい象徴的だなぁと思ったんですよね。
光と影じゃないけれども、それらが統合されるとか一体化されるとか、闘いを通して融合が行われる瞬間だったりもすると思うので、マインドフルネスとかのバックグラウンドがないし論理的にも知らない子供たちが、そういったものを拾ったように感じられて、結構私的には感慨深かったんです。

松村憲:ほんとですね!
こういった世界観がこれだけ大人子供問わず人気があるわけだから、本物は響くというか、リアリティーがあるところは、子供は反応するんでしょうね。

 

 

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』公開中PV 
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ABOUTこの記事をかいた人

大阪大学大学院博士前期課程修了。認定プロセスワーカー。臨床心理士。 瞑想経験20年以上。 マインドフルネス瞑想の土台でもある、10日間のヴィパッサナー瞑想リトリート(※)に15回以上参加。タイ、インドにて長期トリートで修行を積む。  深層心理学のユング心理学にルーツを持つプロセスワークの専門家。身体性やマインドフルネスを早くより研究、実践し、個人の心理のみならず、関係性やグループ、組織を対象に仕事をしている。ビジネスシーンにおいては、プロセスワークのコーチングや、組織開発やコンサルティングに従事。企業におけるマインドフルネス研修や、大手フィットネスクラブのマインドフルネス・プログラム開発や指導者養成も行う。著書に『日本一わかりやすいマインドフルネス瞑想"今この瞬間"に心と身体をつなぐ』BABジャパン2015、共訳書にアーノルド・ミンデル著『プロセスマインド』春秋社2013、ジュリー・ダイアモンド著『プロセスワーク入門』などがある。

(株)BLUE JIGEN 代表取締
バランスト・グロース・コンサルティング(株)取締役
(一社)日本プロセスワークセンター ファカルティ
日本トランスパーソナル学会 常任理事

(※) 10日間 話さずに座り続けるもの