これまで 当サイトで共感について 何度か扱ってきました。
共感とは、他者の感情や思考を理解し、自分の感情や思考に反映させる能力のことです。共感は、社会やビジネス現場において、人間関係の構築やコミュニケーションの円滑化に欠かせない要素です。
共感力の高い人は、他者のニーズや期待を察知し、適切な対応や提案ができます。
さらに共感力の高いリーダーは、部下やチームメンバーの気持ちや考えを理解し、適切なフィードバックやサポートができ、信頼関係が構築されチームのエンゲージメントも高まります。
このように、共感は人間関係に大きな影響を与える能力ですが、その背景には脳の特定の神経系が働いていることがわかっています。その神経系とは、ミラーニューロンと呼ばれるものです。今回は、ミラーニューロンについて2014年のレビューの内容を元に詳しく解説していきたいと思います。
目次
ミラーニューロンとは
ミラーニューロンとは、他者の行動を観察するときに、自分がその行動をしているときと同じように活性化するニューロンのことです。このはたらきにより、他者の行動を自分の脳内で鏡のように反映させることで、他者の行動や感情の意味や目的を理解して共感したり、模倣学習をすることができます。
またミラーニューロンは、社会的認知(他者の考えや感情を理解する能力のこと)にも働きます。ミラーニューロンの活性により他者の行動や感情の意味や目的を理解することで、自分と他者の心の状態を推論する「心の理論」や、他者の視点に立って物事を考える「視点取得」などの認知過程を支え、協調的に社会的認知にはたらくと考えられています 。
ミラーニューロンの活性化には、運動を伴う他者の行動(動作・顔の表情・口の動きなど)を見る視覚情報が引き金となります。視覚的に他者の行動の対応関係を認識しミラーニューロンが発火することで、自分と他者の行動を対応づけることができます。この対応づけによって、他者の行動の意味や目的を自分の脳内でシミュレートすることができます。
このようにミラーニューロンは共感と社会的認知の両方に関係する神経系です。(社会的認知は、共感と密接に関係していますが、必ずしも一致するとは限りません。例えば、他人の考えや感情を理解しても、それに共感しない場合や、逆に、他人の考えや感情を理解しなくても、それに共感する場合があります。)そのはたらきによって、人間は他者の心を読み取り、自分と他者の関係を調整することが可能となり、社会的にも重要な機能を担う神経系であるといえます。
発見の経緯
ミラーニューロンは、1990年代にイタリア パルマ大学のガレーゼ、リッツォラッティらの研究チーム (Gallese V, & Rizzolatti G, ref. 2) によって偶然発見されました。彼らは、脳に電極を埋め込まれたマカクザルと同じ部屋で研究をしていた時に、自分が餌に手を伸ばすときだけでなく、ガレーゼが餌に手を伸ばすのを見たときにも、猿の腹側運動前野(前頭葉にある運動前野の一部で前頭前野と連携して注意や意思決定などの高次機能に関与)という領域が発火することに気づきました。
さらに調べた結果、
- 自分は動かずとも他者の行動を観察するだけで自分が行動した時と同じような脳内の活性化パターンを示す、
- 他者の行動運動を自分の脳内で鏡のように反映させることでその意味や目的の理解に働く
という神経系を発見し、その後ミラーニューロンシステム(MNS)と名付けられました (ref. 3)。
その後の研究で、人でも同じような現象が起こることが確認されています。
ミラーニューロンの機能領域
ミラーニューロンは猿や人など霊長類以外にも鳥でも見つかっているそうです。その機能領域としてはfMRIや脳波測定によって、以下に示した3つの脳領域が主に働くことが知られています。
- 下前頭回 (Inferior frontal gyrus):大脳皮質の前頭葉の一部、ブロードマンの脳地図では44野と45野、ブローカ野・言語機能に重要な領域を含む。サル腹側運動前野の相同領域 (ref. 4)。言語機能や指や口の動きを制御したり観察、模倣する際に働く (ref. 5)。
- 下頭頂小葉 (Inferior parietal lobule):頭頂葉の一部、でブロードマン脳地図の40野に相当。口の動きの観察や模倣、自発的に口を動かす際に活性化する (ref. 6)。
- 上側頭溝:側頭葉にある脳溝のひとつ。自分の行動では活性化しないものの、他者の行動を観察する際に活性化し、行動の視覚的な特徴を処理する (ref. 7)。
ミラーニューロンシステムの機能
1, 模倣学習
ミラーニューロンの代表的な機能の一つとして模倣学習があります。
模倣とは他人の行動や運動を見てそれと同じか類似した行動を行うことです。
例えば言語をしゃべる前の赤ちゃんは大人が舌を出すと真似をして舌を出すといった模倣行動によって、様々な運動機能やコミュニケーションを学習していきます。これは非言語コミュニケーションと言われ、人間にとって重要な学習やコミュニケーションの手段であり、模倣は社会的認知や共感の基盤となっています。
ミラーニューロンが模倣の神経基盤と言われ、他人の行動や技能を観察することで自分の脳内で他者の行動を鏡のように反映させ、ミラーニューロンシステムを活性化、学習効果を高めることが可能となります (ref. 8)。
模倣学習のメリット
模倣学習は赤ちゃんや幼児の発達段階だけでなく、大人になっても多くのメリットがあります。
具体的には、他人の行動や技能を観察することで、ミラーニューロンの活性化を介して
- 自分の運動皮質が活性化 → 動作を実行する準備ができる
- 自分の運動記憶を強化 → 動作を習得しやすくなる
- 自分の運動制御、調節を改善 → 動作を正確に再現できるようになる
- 自分の運動感覚・知覚が発達 → 実際に行動した後の動作のフィードバックを得やすくなる → より改善していく
といったメリットがあります。
さらにガレーゼらは、ミラーニューロンシステムによって他者の行動や感情を自分の身体と神経系にマッピングすることで、後述する共感や意図推定などの社会的認知のプロセスにも関与にすると提唱しました (ref. 9)。
2, 共感
ミラーニューロンにより、他者の行動を観察しあたかも自分が行動した時と同様な脳領域を使ってシミュレーションを行うことで、相手の表情や口の動きなどからも相手の感情や意図を推測し他者に共感することが可能となります。
以前、共感には3つの種類があるとご紹介しましたが、ミラーニューロンは認知的共感(「相手はこんな風に感じているのだ」と理解すること)と情動的共感(他人の感情を自分の感情として写し取ること)に働くと言われています。
ミラーニューロンによる共感には以下のようなメリットがあります。
- コミュニケーションや協調性の向上、
- 他者の苦しみや喜びに共感しコンパッションや利他の心が育つこと、
- 自分の感情や行動の客観的な観察能力も上がり、自己認識や自己制御が高まる
- 模倣学習によって学習や創造性が促進される
以上から、ミラーニューロンによる共感力の高まりは人間関係や社会性の獲得、個人的な成長にとって重要な役割を果たしていると言えると思います。
そもそもミラーニューロンは進化の過程でなぜ必要だったのでしょうか?これは集団生活・社会生活を営む上で、高等生物が他者の行動を予測したり意図を汲み取ることで、社会性を高めるために獲得した機能だと言われています。
元は捕食者からの回避や獲物の獲得など、グループで結束しより生存力を高めるために発達した機能だと考えられています。 このような社会的共感力によって、グループ内の他者の状況を知覚したり、理解することによって、グループや社会ネットワーク、絆、結びつき、向社会性などにおいて重要な機能を担っていると言われています。
3, 社会的認知 (感情・共感・モラル・適切な振る舞い)
社会的認知と関連性の深い2つの脳領域
社会的認知とは他個体とのコミュニケーションや社会生活を営むために必要な認知機能で、具体的には感情・共感・モラル・適切な振る舞いのことをいいます。
Source : 認知機能の見える化プロジェクト

社会的認知については、認知心理学、社会心理学、脳神経科学など多方面の分野で研究されており、脳神経科学の知見からも、脳内で複数の機能や階層構造が複雑に相互作用をして働くと言われています (ref. 13)。
社会的認知には、他者の行動を観察し、相手の意図を理解するミラーニューロンシステムによる運動シミュレーション機能が重要な役割を担います。
さらに社会的認知機能の中でも、コミュニケーションの意図を理解する脳領域を特定するためのfMRI分析 (ref. 14) では、
・ミラーニューロンシステム(非言語コミュニケーションにおける行動観察と運動シミュレーションに働く)と
・心の理論(メンタライジング システム、生物学的運動に関する情報がない中で他人の意図を推論するプロセス。平たく言えば「自他の心を、心で思うこと」)
の両方が強力に活性化し作用することが示されました。
社会的認知能力につながるミラーニューロンとメンタライジングの研究
「自他区別」のような社会的認知能力を測定する方法として,模倣抑制課題があります。
通常,ヒトはミラーニューロンシステムの自動的活性化により模倣干渉効果とよばれる、目の前の他者の運動を真似る、目の前の他者の運動につられて無意識のうちに同じ仕草をする、といったことが起こります。このことを利用し、自他区別の能力を測る際には、他者の運動と異なる運動をするタスク(模倣抑制課題)を課し、模倣干渉の程度を評価します。
つまり模倣抑制課題では対象と反対の動きをするために、自他の制御・識別が最も大事になります。
2015年の論文 『模倣の制御における、側頭頭頂接合部 (TPJ, メンタライジングシステム)と下前頭皮質 (IFC, ミラーニューロンシステムを担う下前頭回をほぼ含む脳領域) のタスク依存的で異なる役割』(ref. 10) では、
経頭蓋直流電気刺激(transcranial Direct Current Stimulation:以下,tDCS)という方法で、脳のIFCとTPJをそれぞれ刺激・活性化させ、模倣レベルや自他区別の必要性のことなる3種類の課題を行い、どのような差が現れるかを調べました。1. 模倣抑制タスク: このタスクでは参加者は手の動きを映したビデオを観察し、自分の手で反対の動きを実行するように指示されました。この課題には、自動的な模倣反応の抑制が必要です。
2. 非模倣抑制制御課題: この課題では、参加者はモニター内を移動するドットを観察し、ドットの移動方向に応じて左手または右手でボタンを押すように指示されました。 この作業には模倣も模倣抑制も含まれません。
3. 社会的相互作用タスク: このタスクでは、参加者はターゲットとなる人が部屋に入ってきた際にコミュニケーションをとるよう求められ、ターゲットとなる人は標的行動 (顔に触れる) を繰り返し実行するよう指示されました。その際、参加者がどの程度ターゲットの人の行動を真似するか(模倣行動を行うか)を調べました。模倣の程度は、1分間あたりにターゲットの真似をして自分の顔を触る回数で評価しました。
1番の模倣抑制タスクでは、IFCとTPJを刺激し活性化した場合はタスクを失敗する頻度が上がり、2番のタスクには電流刺激は影響しませんでした。このことは、IFCとTPJの刺激によって自動模倣が活発になったことによるものと考えられます。
このようなTPJ刺激の模倣関連タスクへの効果は1番の模倣抑制課題のみで見られ、自他の区別を必要としない3番のタスクではコントロールと差がありませんでした。このことからTPJ は自己と他者の区別を必要とする(自分と他者の視点や知識を区別する)課題でのみ働く、つまり自他区別の制御に働くことが推察されました。一方で3番目の課題では自己と他者の認識に働く機能は抑制され、より模倣レベルを増加させることがパフォーマンスの向上につながるため、IFCの刺激ではコントロールよりも模倣の頻度(ターゲットの真似をして顔を触る頻度)は増えました。
Task-dependent and distinct roles of the temporoparietal junction and inferior frontal cortex in the control of imitation. (2015) Soc Cogn Affect Neurosci.
さらに、自閉症スペクトラム障害での神経科学的所見として、右TPJや右IFCの機能不全とそれらにより「自他区別」や「視点取得」を獲得しづらく、社会的相互作用に困難を感じることが多い言われています。
2017年の畿央大学の論文(『経頭蓋直流電流刺激による社会的認知機能の向上』ref. 11)では、これらの脳領域をそれぞれtDSによって刺激し神経活動を活性化することで、その働きを調べました。
その結果、TPJとIFCが社会的認知機能の向上に関連する重要な神経メカニズムを担っていること、さらに運動・行動課題による訓練によって社会性が向上する可能性について言及されています(日本語のプレスリリースはこちら)。
以上より、社会的認知機能においてIFC(ミラーニューロンシステム)とTPJ(メンタライジングシステム)は、その時々の状況で適切な社会的相互作用を行うために、お互い相乗的・相補的に働くシステムであると考えられる、と書かれていました。
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
チームにおけるリーダーシップとミラーニューロン
最後に、チーム・マネジメントにおいて共感や社会的認知に働くミラーニューロンをどう活用できるか?という視点から、2021年の早稲田大学からの論文『ダブルスカル(2人乗りボート競技)の漕ぎ手における 同期した動きを支える神経相関』(ref. 12、日本語の解説) をご紹介したいと思います。
Neural correlates underpinning synchronized movement of double scull rowers. (2021) Sci Rep.
実験では、普段ペアを組んでいるパートナー、または普段とは異なるパートナーと組んだ場合で比較し、二人の間に衝立を設置したり外したりすることで動作のシンクロを促した際の、視覚的なフィードバックの影響を調べました。また、ミラーニューロンシステムの活性化状態は脳波計を用いて測定しました。
実験の結果、普段のパートナーと組んだ場合は、リーダー(ペースメーカー)とフォロワー(ペースメーカーに合わせる人)でミラーニューロンシステムの活性化パターンが異なっていることがわかりました。
具体的には、フォロワーはパートナーとの関係性や練習経験によって共感能力が高まっており、ミラーニューロンシステムをあまり使わずにパートナーの動きを自然に予測して同期できていました。
一方リーダーは、自分の動きをパートナーに伝えるために より多くミラーニューロンシステムを使っており、これはリーダーがパートナーの反応を気にかけて同期しようと努力していることを示唆していました。
しかし、普段とは異なるパートナーと組んだ場合では、リーダーもフォロワーも同じ程度にミラーニューロンシステムを使っていました。これは、普段とは異なるパートナーでは、フォロワーもリーダーもパートナーの動きに慣れておらず、予測や調節にミラーニューロンシステムを多く使っている可能性があることを示唆していました。
この論文では、相手の動作に合わせようとした際に、ミラーニューロンシステムを活性化させて同期性を高めることが示唆されました。
さらに、同期させようとした時にリーダーシップやチームワーク、普段の練習による共感能力も影響する可能性も示されました。
このような知見は、ボート競技だけでなく、ビジネスや教育などチームで動き他者と協調的に働く際にも応用できる可能性があり、非常に興味深い発見であると言えます。
論文の紹介は以上です。
コメント・対談部分は次回に続きます。
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
参考文献
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- Gallese V, Keysers C, Rizzolatti G. A unifying view of the basis of social cognition. (2004) Trends Cogn Sci.
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