連載「ウェルビーイング時代のチェンジマネジメント」、今回は「異端を生かす経営術」というテーマで、民族学やリベラルアーツで語られるシャーマニズムの概念から、組織の変革と成長に繋がるヒントを紐解いていきます。
目次
シャーマンの定義と現代経営への応用
シャーマニズム・シャーマンとは
シャーマニズムはシャーマン(巫師・祈祷師)を中心とする宗教形態で、民俗学、宗教学、人類学など多岐にわたる分野で研究されてきました。
また、シャーマンは古来より共同体のリーダー的存在として、ネイティブアメリカンインディアンの長老のような、霊的な世界と現実世界を橋渡しする役割を担ってきました。彼らは神々のメッセージを受け取り、それを共同体の利益のために活用する能力を持っていました。
日本の歴史に見るシャーマン的存在
日本の歴史を紐解くと、シャーマン的な役割を果たした人物や職能が見えてきます。例えば、邪馬台国の女王卑弥呼は、政治的指導者であると同時に、霊的な力を持つ巫女としての側面も持っていたとされています。
平安時代になると、朝廷の中に陰陽寮という組織が設置されました。ここに所属していた陰陽師たちは、占いや呪術を行う一方で、天文観測や暦の作成など、当時の「科学技術」を担う官僚としての一面も持っていました。中でも安倍晴明は、その霊力と知恵によって名を馳せ、今日でも小説や映画、ドラマの題材として人気を集めています。
シャーマンの概念から学ぶ現代のリーダーシップ
では、現代のビジネスリーダーは、このシャーマンの概念からどのような示唆を得られるでしょうか。組織の中で「異端」とされる存在や斬新なアイデアを、どのように受け入れ、組織の成長に活かしていくべきでしょうか。
シャーマニズムの本質には、異質なものを理解し、共同体と結びつける力があります。この視点は、イノベーションを促進し、組織の柔軟性を高める上で非常に有効です。以降のセクションでは、この概念を現代のビジネス環境にどう適用できるか、具体的に解説していきます。
シャーマニズムと共同体の相互作用
民俗学などで研究されるシャーマニズムの概念を理解する上で、共同体との関係性は切り離せません。この関係性について、二人の著名な研究者の視点から考察してみます。
1, ミルチャ・エリアーデの洞察
ルーマニア出身の宗教学、民俗学、歴史哲学者であるミルチャ・エリアーデは、世界中の先住民族文化を研究し、共同体におけるシャーマンの役割を明らかにしました。
彼の研究によると、シャーマンは共同体・村のリーダーであり治療家でもあり、共同体の核となる存在でした。
2, アンリ・エランベルジェの「無意識の発見」
カナダの精神科医、医学史家、アンリ・エランベルジェは、著書「無意識の発見:力動精神医学発達史」の中で、現代の心理療法のルーツがシャーマニズムにあることを指摘しています。彼によれば、当時は共同体の範囲も村や集落と範囲で狭いので、その中で問題が起きた時、共同体から外れていく人(異端)、特に精神的な病などをどう扱うか?という点でシャーマンの存在が重要でした。シャーマンは治療家として、共同体から外れかけた「異端」を精神的な旅に連れ出し、そこに同調し、彼らが再び共同体に再統合するよう引き戻す、重要な役割を果たしていました。
この過程を通じて、共同体や村はレジリエンス(回復力)・柔軟性を獲得し、再生と刷新を遂げていったのです。
組織変革におけるシャーマニズムの枠組み
今回はこの後シャーマニズムと共同体の枠組みについて解説していきますが、この概念は現代のビジネスマンにも応用することが可能です。
例えば、皆さんの組織やチームを一つの「共同体」と捉え、その中で生じる「異端」をどのように扱うべきか。外部から来た新しい存在や、内部から生まれた革新的なアイデアに、どのように向き合っていくべきか。
シャーマニズムと共同体の枠組みは、これらの問いに対する新たな視点を提供してくれるはずです。
Source : ウェルビーイング時代のリーダーシップ研究所
組織変革におけるシャーマニズムと共同体の枠組み
シャーマニズムと共同体の関係性は、現代の組織運営に多くの示唆を与えてくれます。共同体はずっと変わらず安定して維持できるというよりも、常に変化の可能性を秘めており、内部から生まれる革新的なアイデアや、外部からやってくる新しい人材など、「異端、異分子、異質なもの」の存在は避けられません。これらは中から外に排除することもありますし、外から異分子が共同体にやってきたり、その後自ら離れていったりすることもあります。
こうした異分子の存在によって共同体は分離していくので、ここで重要となるのがシャーマンの役割です。シャーマンは異分子と共同体を繋ぐ架け橋となり、その結果として共同体の刷新、組織の拡大、柔軟性の向上、そして異分子の包摂といった効果がもたらされます。
このプロセスがシャーマニズムの核心的機能であり、世界中の様々な民族文化で見られる普遍的な枠組みであると言えます。
異端との関わり方の実例① – 日本の民族学に見る「まれびと」の概念
日本の民族学者、折口信夫は、共同体にやってくる異端・異分子を「まれびと」呼び、共同体における異分子の役割を研究しました。
彼は古代日本の信仰や神話に基づき、かなり古くからの型を研究し、外部から来訪する神聖な存在を ”まれびと” と名づけました。
まれびとの特徴
まれびとは神聖さと畏怖の対象であり、外部からの突然やってくる存在として、あるいは定期的な訪問者として共同体に現れます。彼らは共同体の儀式や祭りの中心となり、共同体に影響を与え、新たな生命力や知識をもたらし、共同体の再生や浄化を象徴します。
まれびとの例 – 秋田県男鹿市の伝統行事「なまはげ」
このような定期的なまれびとの訪問の実例として、秋田県男鹿市の伝統行事「なまはげ」が挙げられます。この行事では大晦日に鬼の仮面を被った男性が各家庭を訪問し、悪霊を追い払います。また、悪霊を追い払う中で子供を連れ去ろうとし、家の主人はなまはげにご飯を振る舞って丁重にもてなしお帰りいただく、その結果、家族の結束も強化するという役割を果たしています。
このような「まれびと」的存在は世界各地に見られ、人類共通の文化的パターンと言えるでしょう。
異端との関わり方の実例② – 日本の伝統芸能、能楽
このように折口信夫の「まれびと論」は、現代のビジネス環境にも応用できる貴重な視点を提供しています。組織に新たな風を吹き込む「異端」をどのように受け入れ、活用するか、その方法を日本の伝統芸能である能からも学ぶことができます。
日本の伝統芸能に学ぶ 変革の知恵
能では、主役をシテ、その相手役をワキと呼びます。
シテは主に仮面をつけており、多くの場合、精霊や亡霊、鬼など異界の存在として現れます。人間よりも少し遠い、「間の子」の存在であり、過去に未練を残し、現世に未解決の問題を抱えているという意味で、半分人間を卒業しきれていない存在です。これは、先ほどの話における「異分子」として捉えることができます。
一方、シテの相手役であるワキは仮面をつけず、旅人や僧侶、神官、武士など、現世で実際に生きる人間として登場します。ワキは異界の存在であるシテとの対話を通じて関わっていくという意味で、シャーマン的な存在とも言えるでしょう。
能の物語では、異界との接触が描かれます。
ワキが旅をする過程で異界に足を踏み入れ、シテと出会います。そこからシテとの対話を通じて悩みを聞き、問題解決を図ろうとします。問題が解決するとシテは成仏します。
シテが成仏するということは、共同体に入ってきた異界の不安定要素(シテ)の影響が解消されることを意味します。その結果、現世の共同体は浄化と再生を果たし、新たな活力を得て、めでたしめでたしというパターンが語られるのです。
おわりに
以上、今回は共同体とシャーマニズムの関係についてお伝えしました。現代社会に置き換えると、共同体はチーム、組織、家族などと考えられます。そこで何か異質なものが起こった時に、どう向き合い統合するかというプロセスは、ビジネスにおけるイノベーションや組織改革にも応用できる枠組みになり得るのではないでしょうか。
次回は、ビジネスパーソンの皆さまを交えて、今回お伝えした概念を現代ビジネスにどのように活かしていけるか、具体的な対話を行っていきます。組織の変革とイノベーションを促進する新たな視点を、共に探求していきましょう。
Source : ウェルビーイング時代のリーダーシップ研究所