怒りの感情を脳神経科学の視点から理解する

s子:マインドフルネスによってアンガーマネジメントができるようになる、とはよく聞きます。
では具体的にそもそも『怒り』とはどのような状態なのか?について、心理学と生物学の両面から説明していきたいと思います。瞑想のステップアップ論 – 番外編です。
怒りについて知ることで、よりうまく怒りの感情と付き合えるようになると期待されます。

Source : 瞑想チャンネル for Leaders

怒りの定義

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怒りは、私たち人間がよく経験する感情の一つですが、その正確な定義を理解するのは案外難しいものです。心理学や脳科学の分野では、怒りの定義について様々な見解が存在しています。

白鴎大学感情心理学教授 湯川進太郎先生は著書、怒りの心理学の中で、怒りについて以下のように定義しています。

「自己もしくは社会への、不当な もしくは故意による(と認知される)、
 物理的または心理的な侵害に対する、自己防衛もしくは社会維持のために喚起された、心身の準備状態」


つまり、自分自身や社会が不当な扱いを受けたり、故意に傷つけられたりした際に、それを防衛するため、または社会の秩序を守るために生じる心身の準備状況を指します。

例えば、交渉中に相手から一方的に契約を破られた場合、それは自分への不当な侵害と捉えられ、怒りが湧くでしょう。また、路上で誰かが急に殴られた場面に遭遇すれば、社会秩序への侵害と見なし、怒りを覚えるかもしれません。

ここでポイントとして押さえておきたいのは、

・怒りと攻撃は同じものではありません。
怒りは感情ですが、攻撃は行動です。怒りを感じても、アンガーマネジメントや対話によって攻撃行為に至らずに済むことがあります。例えば、上司に怒りを感じても、冷静に話し合うことで解決できる場合があります。

・怒り以外の感情が原因で攻撃が起こることもあります。
不安や恐怖といった感情から、防衛本能が働いて攻撃行動に出る可能性があります。例えば、強盗に遭遇した際に恐怖を感じ、それが自己防衛として攻撃につながる、といったケースです。

このように、怒りという感情には複雑な側面があり、単に攻撃的な行動と同一視するのは適切ではありません。よって適切に怒りを認識し、コントロールすることが重要なのです。


脳神経科学的に見た『怒り』の状態とは

次に心理学とは別の視点、生物学や脳神経科学の視点で見た『怒り』の状態を説明していきます。

1, まず、”怒り”を引き起こす刺激やトリガーは、視覚、聴覚などの感覚器官から外部情報として脳に入力されます。例えば、視覚情報は後頭葉視覚野で処理されます。

2, 次に、脳内に入力された情報は、人間が高等生物になる以前から持っている生存本能、つまり”闘う か 逃げるか”の反応(闘争逃避反応)に関与する脳の領域である扁桃体で、”怒り”として認識されます。そして、この”怒り”の情報は前頭葉に伝えられます。

怒りの感情処理に関わる脳領域、
図内の番号は本項の怒りの反応の説明で使用したものに対応
Source : Lab BRAINSより引用改変



3, 前頭葉は、運動機能、記憶機能、言語機能などを統括する重要な脳の領域です。ここで、実際に”怒り”に関連する行動 (例えば攻撃行動) を起こすのか、あるいは対話によって解決を図るのかといった判断 (理性的判断) が下されます。

4, さらに、前頭葉の中の前頭前野の一部である腹内側前頭前野(ventromedial prefrontal cortex)という領域も”怒り”のコントロールに関与していることがわかっています。この部位は、自分自身の感情や動機をもとに、意思決定や行動をコントロールする役割を担っています (reference : Y Richard et al, 2023)。

5, 最終的には、脳幹の延髄にある青斑核で、ノルアドレナリンという神経伝達物質が作られます。このノルアドレナリンによって、自律神経の交感神経が活性化されます。その結果、心拍数と血圧が上がり、瞳孔が開くなど、身体が “戦闘・臨戦モード” の興奮・緊張状態になるのです。


このように、”怒り”は複数の脳領域が関与して起こる複雑な反応といえます。
“怒り” が起こる過程を理解することによって、自分が “怒り” の状態にあることを認識し、適切な対処も可能になります。


怒りの感情をより理解する – アンガーコントロールと怒りの抑圧との違い

ここで怒りと混同しやすい感情や、怒りが過剰になった状態について、説明していきます。


怒りの感情をコントロールする(アンガーコントロール)

アンガーコントロールとは、怒りの感情を認識しつつも、その原因や重要性を冷静に分析し、その場に適した対処法を選択することです。具体的には、マインドフルネスの実践によってこの能力が身に付くと言われています。
前述の通り、脳の前頭葉や腹内側前頭前野などの領域が、怒りの感情をコントロールする機能を担っています。適切にアンガーコントロールができれば、過剰なノルアドレナリンの分泌を抑え、心血管系への負担を軽減できます。
その結果、生活習慣病や脳卒中のリスクが低減され、心身の健康に良い影響を与える、と言われています。

実際、逆にノルアドレナリンが過剰に分泌され続けると、パニック障害の原因となるとも言われています (Source : JDC, 脳内神経伝達物質のバランスが乱れて起こる、パニック障害) 。


アンガーコントロールとアンガーマネジメントの違い

類似した言葉としてアンガーマネジメントも聞いたことがあるかもしれません。両者とも、怒りの感情を適切に扱う方法を指しますが、若干のニュアンスの違いがあります。
アンガーコントロールは、怒りを認識した時点で、感情を沈静化させる技法が重視されます(例:深呼吸、マインドフルネス等)。一方、アンガーマネジメントは、怒りの原因や表出方法を長期的に見直し、改善していくプロセスが含まれます。具体的にはカウンセリングなどの専門的支援を受けながら、怒りの基となる心理的課題に取り組むことも含まれる場合があります。

つまり、アンガーコントロールは怒りの現場での一時的な抑制に焦点を当てているのに対し、アンガーマネジメントは怒りの感情をより根本的に扱い、長期的な対処法を見出そうとするものだと言えます。

実際の場面で適切に対応するには、両者を組み合わせる必要となります。まずは怒りを認識した時点でコントロールし、次にその原因を探り、マネジメントする、といった具合です。このようにして、怒りの感情を上手く処理していくことが重要になります。


アンガーコントロールと怒りの抑圧の違い

アンガーコントロールと怒りの抑圧は異なる概念です。怒りの抑圧とは、怒りの感情を無視したり、なかったことにして表に出さないことを指します。しかし、このようにして怒りを抑え込むと、怒りの感情が解消されずに蓄積され、ストレスや不満が溜まっていきます。
その結果、リラックスに関わる副交感神経が慢性的に低活性となり、心血管系の回復が遅れ、心血管疾患(CVD)のリスクが高まる可能性があることが、1998年の研究レビューでも指摘されています (reference : J Brosschot et al, 1998)。

つまり、アンガーコントロールは怒りの感情を上手くコントロールすることですが、怒りの抑圧は単に感情を無視するだけで、かえって心身に悪影響を及ぼす可能性があります。


慢性的に怒っている人

余談ですが、外部の刺激がなくても慢性的にいつも怒っている人、というのは、理性など感情をコントロールする前頭前野の働きが落ちていることが原因と言われています。
またはストレスにより、自律神経系や内分泌系、免疫系の働きが落ちるなどが重なったり、加齢によって前頭前野の機能が低下ことでも起こるとのことです。

一方で、外部の刺激がなくても常に怒っている人は、感情をコントロールする前頭前野の機能低下が原因とされています。また、ストレスによる自律神経系や内分泌系、免疫系の異常、あるいは加齢に伴う前頭前野機能の低下も要因になり得ます。



アンガーコントロールのために具体的にできること

2023年の怒りの感情についてまとめられたレビューでは、アンガーコントロールのほか、慢性的な怒り、攻撃性関連障害(過剰な不安や恐れから来る自衛のための攻撃性)などの問題に対して、以下の2つのアプローチが有効とされています (reference : Y Richard et al, 2023)。


1, マインドフルネス

マインドフルネスの実践によって、自分の感情や行動を客観的に分析する「メタ認知」が鍛えられます。実際に脳科学的にも、前頭葉から扁桃体へ向かう脳内ネットワークが強化され、怒りをコントロールする能力が高まることが示されています。

Source : 瞑想チャンネル for Leaders


2, 認知行動療法

認知行動療法は、出来事への見方や解釈を変えることで、怒りの感情をコントロールする方法です。
例えば、”相手は故意に私を怒らせようとしている”と解釈するのではなく、”相手も事情があったのだろう”と捉え直すことで、怒りが和らぐ可能性があります。

このように、マインドフルネスと認知行動療法を組み合わせることで、怒りの基となる認知的な歪みに働きかけ、感情をうまくコントロールできるようになると考えられています。
自分に合ったアンガーコントロールの方法を見つけ、実践し続けることが、ストレス過剰な生活から抜け出し、より良い人間関係を築く上で重要になってくるでしょう。


怒りの感情を処理する脳科学について【補足】

小島美佳:ありがとうございます勉強になりました。脳の部分、もう少し詳しく説明してもらってもいいですか?

s子:はい、腹内側前頭前野は前頭葉の中の前頭前野(前頭前皮質)、ここは高等生物の理性とか認知とかに関わる領域で、人間で特に発達している領域で、前頭前野もさらに細かく分類されていて、腹側 (下) と背側 (上) 、内側と外側、さらに一番下に眼窩前頭前野 (orbitofrontal cortex) など細かく分類されています。

前頭前野内の位置関係
Source : wikipedia

腹内側前頭前野の位置
Source : wikipedia


腹内側前頭前野は前頭前野の表面側でなく内側にある領域で、最近、感情や意思決定、行動のコントロールに関与することが分かってきていて、ここがきちんと働くことによってアンガーコントロールもできるようになる、と言われています。

短期間のマインドフルネスの実践でも、腹内側前頭前野と扁桃体の繋がり・ネットワークが強くなること、また、長期瞑想実践者では繋がりが太くなっている、ということも報告されています (Source : T Kral et al, 2018以前ご紹介したマインドエクササイズの証明』の著者、リチャード・デビッドソン教授のラボの論文)。

小島美佳:ありがとうございます、ちなみにこの前頭前野は人間以外の動物にはほとんどないんでしたっけ?

s子:いえ、進化的には、哺乳類ぐらいからあると思います。

一応でも人間が1番ボリュームが大きいとは言われているものの、脳の容積の大きさが直接知能の高さに必ずしも関連してはないと言われています。例えばクジラの脳は容積としては大きいですけど、犬の例えば警察犬や盲導犬などより脳の大きさは小さいものの訓練された哺乳類の方がすごい賢かったり、ということもあるので、、、
生物の進化過程からいうと、脳は脳幹という下側にある基本的な生命維持に関わる領域からどんどん発達していき、一番外側にある大脳皮質やその中の前頭前野は高等生物特有の機能を行うために発達した領域と言われています。

※注:前頭前野が大脳に占める割合

ネコ 3.5%、イヌ 7%、サル 11.5%、チンパンジー 17%、ヒト 29% と言われています。

Source : 脳科学辞典・前頭前野

小島美佳:ありがとうございます、ではおりこうな動物は前頭前野が発達している可能性が高いということですね。

今回のお話と直接は関係ないですが、先日馬に乗っている時に馬が怖がる畑にいるおじいちゃんがいて、その辺にあったものをひょいっと投げて、「なんか投げた、きっと馬が暴れる」と思って警戒していたけれどなにもなくて、2秒ぐらいしてから、いきなり暴れ出して。この2秒間は何だっただろう?というのが私の中の最近の疑問だったんですけど、もしかすると馬なりに前頭葉を起動して処理を試みてみたけどやっぱりダメでした、ってことになったのかなと。

s子;確かそういうお話があって、扁桃体は古来からある生存本能を担う領域なので、反応が速いんですけど、前頭葉に伝わって起動して情報処理されるまでに大体3秒から5秒ぐらいかかる、と言われています (Source : 朝日新聞 GLOBE + 「怒りは生存に必要な感情だ このやっかいな気持ち、科学的にみると」)。
ですから、よく「ムカ・カチンと来ても、まずは5秒間深呼吸をしてみましょう」とか言われているのも、前頭葉がスイッチオンになって理性が働くまで、少し待ちましょうみたいなことはよく聞きますよね。

Masa:なるほど、面白いですね。瞬間湯沸かし器みたいな人は、前頭葉に伝わる前にぶわって動いちゃってる、ということですよね。

s子:そうですね、理性が働く前に野生動物のように、瞬間的に反応してしまって、筋肉の血流が増えたりと臨戦体制が整っているのだと思います。

Masa:なるほど。先ほどの美佳さんの馬の話で言うと、馬の脳の中で、情報処理が追いつかなかった可能性もありますよね。例えば動物の場合、外部刺激(振動や聴覚)を骨伝導で感じることが多いかと思うんですけれど、そこの刺激が何らかの理由によって時間がかかってしまった、など様々な理由が考えられるかと思いました。

小島美佳:ありがとうございました。

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ABOUTこの記事をかいた人

ライター。 博士号を取得後、日本学術振興会特別研究員・博士研究員・大学教員として教育研究に計10年以上従事(専門は分子生物学)。9割以上が男性の業界で女性が中間管理職として働く難しさを感じつつ、紆余曲折を経て小島美佳さんからマインドフルネスを学ぶ。 現在は心理学や精神世界のエッセンスを科学の言葉で咀嚼して伝える方法を模索中の、瞑想歴1-2年の初心者です。