前回に引き続き、組織の中で異端的な存在をどう扱うべきか。イノベーションの源泉となり得る人材なのか、あるいは組織の健全性を脅かす存在なのか。その見極めと活用方法について、深層心理学の観点から考察します。
連載 ウェルビーイング時代のチェンジマネジメントの第5回目です。
目次
異端の役割と意義
小島美佳:これまでの議論では、伝統的な日本文化における「まれびと」のような異端的存在が、共同体に新たな視点をもたらす重要な役割を果たしていたことを確認しました。現代のビジネス環境で考えると、共同体・コミュニティは組織と言えます、こうした存在を組織に適切に取り込むことで、成長の機会につながる可能性があります。
歴史的にも世界的に見ても、異端・まれびとをシャーマンのような共同体においてリスペクトされている人間(現代のビジネスの世界だとファシリテーター的な存在がそれにあたるかと思います)が、異端的存在をどのように共同体の中に取り込んでいくか?組織の次の成長に繋げるために、異端的役割を持った人物とどう捉えるか?というお話を元に対話しました。
しかし、実際のビジネス現場では、その扱いに多くの方が苦心されているようです。
チーム内の異端とどう向き合うか? – イノベーションと健全性のバランス
今回は、ある企業で管理職をされているAさんから寄せられた具体的な悩みを元に、議論を深めていきたいと思います。
新たに採用したメンバーが、チーム全体の雰囲気を乱す存在となり、別のチームに異動させたところ、その決定を不服として退社してしまいました。この判断は正しかったのでしょうか。また、建設的な異端と、組織に悪影響を及ぼす非建設的な異端をどのように区別すべきなのでしょうか?
というご質問です。
松村憲:まず、この事例に関しては、リーダーとしての判断は間違っていなかったと考えます。
前回も「なまはげ」を例に役割を終えた後に「お帰りいただく」ということをお話しましたが、チーム全体の雰囲気を乱す、悪影響を及ぼす存在であれば、別のチームへの異動を提案することは適切な判断だったと思います。結果として本人が不服として退社を選択したのであれば、それは個人の決定として受け止めるべきでしょう。
深層心理学から見る異端の意義
松村憲:ここで、深層心理学、特にユングの考え方を参考に、異端的存在との付き合い方について考察してみたいと思います。
個人も組織も、自己や自分達、アイデンティティという「安全枠」を持っています。こういった自分らしさを持つこと、その組織の意義を持って活動できていることは、健全で重要なものですが、同時に限界も存在します。
その際、ユングの深層心理学では、自分が取りこぼした同一化していないアイデンティティは無意識の領域に影のように埋まっている、と考えます。このようなアイデンティティに含まれない部分を「影(シャドウ)」と呼びます。
ユングの「影・シャドウ」理論と組織成長
またユングによると、個人、組織、社会といった、人の心には全体性を回復しようとするテーマ・傾向があり、一方でアイデンティティには限界があるので、自分とは異なるもの、自分と同一化していないものに悩まされることが自ずと起きてきます。
その際に、自分が受け入れ難いものとどう向き合うか、新たな指針をもたらすかもしれないと考えて、「影」の一部を自分の中に受け入れることで、新たなアイデンティティや成長の機会が生まれます。
下の図のように、白いアイデンティティに少しまれびと的異端・黒が混ざりグレーになることは、白だった時よりも多様になる、全体性が増すという意味で、より成熟したアイデンティティへと発展する可能性があるのです。
異端的存在:組織の影・シャドウとしての役割
この深層心理学の視点から、もう一度今回のテーマ・お悩みについて考えてみます。
人類学や民族学の世界では、まれびと、トリックスターとも呼ばれますが、いわゆる異端的存在は、組織にとっての「影」の役割を果たすことがあります。このまれびと的異端には、我々が固執している既存のアイデンティティを揺さぶる効果があります。つまり「排除したい」と感じることは、これまでの自分達の安全が脅かされ、揺さぶられている状態ですから、変化やイノベーションの契機となり得ます。
小島美佳:なるほど。つまり、異端的存在を完全に排除するのではなく、組織の成長のために活用する可能性を探るべきだということですね。しかし、実際の職場では、どのようにしてその可能性を見極めればよいのでしょうか。
異端的存在が組織成長の機会となる条件
松村憲:重要なのは、その異端的存在の人物がシャドウとの統合の機会をもたらしている可能性がある、という視点です。
単に「チームの雰囲気を乱す」だけでなく、私たちに圧倒的に足りていないけれども、全体性を回復するために統合するべき質を持っている可能性もあります。 その言動が組織に新たな視点や創造性をもたらしているかを見極め、その人物が組織にもたらす影響を多角的に評価することです。
上の図のように、まれびと的異端の役割を持つ人が黒いものを持って組織に現れたということは、ある組織や集団が持つ否定的な側面(シャドウ)が統合される必要があったとも考えられます。組織の人々は、異端的存在や状況に違和感を覚えて葛藤が生じるかもしれません。
その結果、今回のご相談のケースのように異端的な人と一時的に距離を置く、もしかしたらお帰りいただくことになるかもしれません。
しかし、その経験を通じて、自分達や組織自体がさらに刷新され、変革し、新たなグレー的な価値観やアイデンティティを形成していく可能性があります。この新しいアイデンティティは、以前の固定観念と否定的な側面の両方を包含した、より柔軟で包括的なものになるでしょう。
例えば、今回ご質問いただいたリーダーの方も、チームの雰囲気を乱す異端的な存在が現れて、悩まされ、揺さぶられた結果、別のチームに移ってもらった、つまり少しパワーを使って介入していくことで、自分も少し変わっていきます。そして改めて自分や自分達のチームについてはっきりと再認識する、新たな安心を呼び戻す、リスタート的なことが起こる可能性があります。
こういったプロセスそのものを、組織が困難な状況を前向きに活用し、成長と発展の機会として捉えることができます。また完全な同質性を求めるのではなく、適度な「揺らぎ」を許容する組織文化を育てることが、長期的には組織の革新につながります。
ただし、それはチーム全体の生産性や健全性を損なわない範囲で行うべきです。
建設的な異端と非建設的な異端の見極め方
イノベーション・変革といった何か新しく生み出そうという時に、建設的な異端の役割もあれば、そもそも非建設的で組織の健全性を乱す非建設的な異端もいます。さまざまな研究者がそれぞれの理論をもとに分けて考えているものを表にしました。
組織文化と異端:エドガー・シャインの視点
例えば、建設的な異端と非建設的な異端を区別する指針として、組織文化研究の第一人者で心理学者エドガー・シャインの理論を参考にできます:
- 建設的な異端:組織の基本的な価値観や前提に寄り添いつつ、チャレンジを行う。
- 非建設的な異端:組織の根本的な価値観や前提に反する行動をとる。
この区別を念頭に置くことで、異端的存在との向き合い方を判断する際の一助となるでしょう。
同時に、組織全体としても、多様性を受け入れる柔軟性を培っていく必要があります。これは一朝一夕にはいきませんが、長期的な組織の成長と革新のために不可欠な取り組みです。
小島美佳:ありがとうございました。
実際の私自身の経験とも重なり、非常に納得感がありました。Felixさん、野田さん、いかがでしょうか?
実践的なチェンジマネジメントへ
Felix: はい、ありがとうございます。特に先ほどの異端の見極め方の指針を示した表は非常に参考になりました。
私たちコンサルタントも、アドバイザー的立場で組織に介入したり、あるいはその組織と違う価値観を持っている、違う経験を持って改善案を提案するという上では、クライアント組織にとってはある意味「異端」的存在ですよね。この建設的か非建設的かという観点は、右側の非建設的な異端になっていないか、自分たちの仕事を振り返る上でも非常に有用だと感じました。組織の価値観に寄り添いつつ、どのようにチャレンジしていくべきか、常に意識する必要がありますね。
クライアント側の方々も、「変なコンサルがやってきて困ってるんです」と思われることがあるかもしれないですけれども、そういった際にも、「その人は建設的な異端なのか?」と判断する際の材料としても役立ちそうです。
野田浩平:はい、私も非常に納得しました。
重要なのは、異端的な人が来た時に、組織側が主体的に考えて判断し行動することだと理解しました。異端的に感じられる人は、ひょっとすると組織のためを思って何かしてるかもしれないですけれども、あくまでも主体は相談者のリーダーのAさん、あるいはAさんが所属する組織で、その異端の人を受け入れるか否かは、先ほどのまれびとの構造を理解した上で判断することが重要で、その過程自体が組織の成長につながるということですよね。
異端的存在との付き合い方:多様性を尊重する組織づくり
小島美佳:はい、ありがとうございます。
さらに付け加えるなら、実際に異端的・シャドー的存在を受け入れブレンドされ自分たちのアイデンティティが少しグレーになった後も、その役割が終わったタイミングで、そのまれびとさんに継続していていただく必要があるかどうかをもう一度きっちり話し合われるとか、そこの認識を新たにするとか、検討し直すみたいなところは非常に大事なポイントかなと思いました。
役割を終えていただいて「ありがとうございました」と感謝しつつ、必要に応じて別れを告げ、次のステージに進むことも選択肢の一つでしょう。
この議論を通じて、異端的存在の扱い方には正解がないことがわかりました。しかし、深層心理学の視点を取り入れることで、組織の成長と革新のための新たなアプローチも見えてきました。
異端を恐れるのではなく、それを通じて組織自体が変化し、成熟していく過程を大切にすることが、真のイノベーションにつながるのではないでしょうか。
次回は、この考え方をさらに深め、組織の中で異端的存在を活かしつつ、多様性マネジメントの実践的アプローチをお届けします。