ダニエルキムの成功循環モデルで組織を変革!人間関係の質だけでは足りない理由

小島美佳:組織開発に携わる企業の人事担当者や組織開発コンサルタントの多くは 職場の人間関係を改善するために多くの努力をされていますが、今回の対談ではご存じの方も多い、ダニエル・キム氏のシステム思考、組織の成功循環モデルを元に、職場の人間関係に重点を置くことに どのような意味があるのかについて改めて問うことを目的としています。

 小島と、ビジネスの分野で事業開発やイノベーションに取り組んでいらっしゃるFelixさん、このサイトでもご一緒してるサイエンスが専門のs子さんの3人で対話しながら考えていきたいと思います。よろしくお願いします。

人間関係がビジネスに与える影響とは?

小島美佳:まずは、人間関係について考える前に、組織開発でよく言われる「関係性とは何か?」について整理したいと思います。

 これは心理学の分野でよく用いられる定義ですが、関係性とは「人と人が結びついてる関係のあり様」を指します。この関係性には、支配的なものや依存関係に基づくもの、逆にドライなものなど様々な形があります。しかし、この関係性のあり方は職場における雰囲気や個人の生活、健康にも影響する重要な要素です。

ビジネスの成功に必要なシステム思考とは?

Source : Amazon

 「ビジネスにおいては」ということで考える上で、できるだけ遡って考えていこうかなと思います。「関係性」という概念をシステム思考の文脈で初めて知った方も多いかなと思います。

 こちらを改めて整理させていただくと、「学習する組織」(2011年発行)という著書で有名な科学者、ピーター・M・センゲ氏が1995年に出版した「The Fifthe Discipline」(邦題 『最強組織の法則』)という本で、システム思考の概念が広まりました。この時期は、システム思考をベースとしたビジネス環境における研究がすごく盛んに行われた時期でもありました。


ダニエル・キム氏の唯一の邦訳著書
Source : Amazon

システム思考とは、

広義では世の中をシステムとして捉え「システム」「情報」「制御」を柱として課題解決を図るための思考法全体を指し、狭義ではシステムダイナミクスの定性分析手法としての「システム思考」を指す。

Source : Wikipedia


 そしてその流れで、ダニエル・キム氏成功循環モデルが登場し、ここで「関係の質」というキーワードが出てきました。
 組織開発セミナーなどでも多くの方々がこの成功循環モデルを引用して説明しているので、ご存知の方も多いのではないかと思ってます。ゼンゲ、キム両氏ともMITの組織学習センターの責任者を務めていた人物です。


ダニエル・キム氏 提唱 – 成功循環モデルとは

成功を強化するエンジンとなりうる成功循環モデルの模式図, 「SYSTEMS THINKER」より引用改変



 成功循環モデルとは、組織のパフォーマンスを向上させるために必要な要素を示したモデルです。このモデルでは、結果の質を左右するものとして行動の質があり、行動の質に影響するものとして思考の質、思考の質に影響するものとして関係の質があり、さらに結果の質も関係の質に影響を及ぼすという考え方です。ダニエル・キム氏が最初に提唱したもので、システム思考に基づいたものです。

 ここでシステム思考の定義について改めて分かりやすく噛み砕いてお話すると、
「気づいているかどうかに関わらず、私たちは様々なシステムの中で存在し、相互に作用しています。私たちはある意味一つの歯車のような存在であり、システムが作用し合ってる中で、常に動的に生きていますよ」
ということです。

 今回の対談を行うにあたり、ダニエル・キム氏の元の論文や寄稿を探したのですが、見つけるのに結構苦労しました。結果的にはこちらの「SYSTEMS THINKER」というサイトにありました。英語のサイトですが、非常に役立つ無料のコンテンツが多くあるので、システム思考について学びたい方、興味のある方はぜひご覧ください。


課題解決のコツは観察力

 なかなか解決できない難しい問題に取り組む際に、システム思考について再度理解を深めることは適切なアプローチの選択にもつながり、重要となってきます。

 キム氏は、このシステムというものが具体的に何がどのように機能・作用し物事が起こっているのか、というところを深く見ていく重要性を主張しています。観察し続けることが何よりも重要であり、観察することによって、なぜ今こういう状態が起こっているのかを理解し、問題点が明らかになった場合には、そこに作用している全体のメカニズムをできる限り明らかにする必要性も説いています。
 そういった観点から、先ほどの成功循環モデルがその一例として提示されたと考えられます。したがって、私たちはシステムに支配されるのではなく、システムに対して私たち自身が作用するためにはどうすればいいのか?という問題提起をされているんだと思います。


ダニエルキム氏の論文から学ぶ – 成功循環モデルの本質とポイント

 改めてキム氏の考え方に基づいて成功循環モデルを見てみると、それぞれの要素のつながりが重要であることがわかります。したがって、この循環モデルは方程式ではないということを前提に考えることが重要です。

 結果の質が悪いからといって、単純に関係の質を上げれば結果の質が上がりますよね?っていうのは、かなり乱暴な解釈になってしまうのでは、と考えます。実際には会社内で結果の質に問題がある場合、その状態が引き起こされている要因は果たして何なんだろうか?と深く吟味することが大事ですよということです。

 それは行動の質そのものかもしれませんし、他のさまざまなダイナミクスが影響し合って結果の質に作用をしている可能性もあります。したがって、関係の質についても、単に人間関係を改善したりコミュニケーションを促進するだけではなく、様々な努力を行うことによって、具体的に何がどのように変化するのかを理解し、検討しながら施策を決定していく必要があります
 そうでないと、なかなか本来望んでいた結果も得られず、「いろんなことやってみたけれど、結局は何だったんだっけ?なにか意味があったんだっけ?」といったように余計に迷宮入りしてしまう恐れがあります。



 以上、私の方からは人間関係の改善だけに過度にフォーカスを当てすぎると、迷走する可能性が非常に高くなりますよ、というところをダニエルキム氏の主張を再確認しつつ、説明させていただきました。
 はいそれでは、次にs子さんの方からお願いできればと思います。


【論文紹介】職場の人間関係がビジネスに与える影響とは?

s子:私はビジネス現場で働いた経験がないのですが、ダニエル・キム氏の論文に「理論ももっと大事にして理解した方がいい」と書かれていたので、私の方からは職場の人間関係に関する一般的な理論や研究論文を紹介します。
 そもそも職場で友人を作ることは良いことなのでしょうか?それとも、ビジネスとプライベートは分けた方がいいのでしょうか?それぞれのメリットとデメリットについて考えてみたいと思います。

1, ビジネス現場で友情が与えるメリットとデメリット

 まずはじめに、友情とビジネスの関係を両立する際に起こりやすい問題について調べられた2007年のマーケティング分野の論文「友情 対 ビジネス」を紹介します。

 この論文では、友情とビジネスの関係における対立や葛藤の原因は、相容れない関係上の期待だと指摘しています。つまり、本当の友人はお金や地位が関係性を作る上での動機付けにならないことが多いのに対し、ビジネスパートナーは自分に有益かどうかということが部分的に関係構築の動機としてあることです。このような期待の違いが、友情とビジネスの間で衝突を引き起こす可能性があるというわけです。

 そこでこの論文では、役割理論を用いて685のエージェントを対象とした調査を行いました。その結果、以下の2点が明らかになりました。

  • 友情と、自分にとっての有益さ・お金や地位の間で対立や葛藤があると、ビジネス上での成果を損なう恐れがある。
  • 友情関係からビジネス関係になる方が、ビジネス関係から友情関係になるよりも、よりシリアスな問題に発展するケースが多い。

 論文の結論としては、友情はビジネスにとって必ずしも良い影響を与えるわけではなく、場合によってはプラスにもマイナスにもなりうると述べられていました。

(参考文献:Grayson Kent. (2007). Friendship versus business in marketing relationships. Journal of Marketing

2, 職場で良好な人間関係を築くメリット

 次に、職場の人間関係がプラスに作用する例を紹介します。
 2020年の中国で行われ発表された研究論文「職場の友情が従業員の対人関係を円滑にする理由」では、職場の人間関係の影響の理論モデルを検証するために150のワークグループから1047人の従業員について調査し、その結果、職場での人間関係の質が職場での対人市民性と正の相関があることを示しています。

 対人市民性(Interpersonal Citizenship)とは、従業員が仕事上の義務を超えて他者を助ける行動や、他者との相互作用やコミュニケーションにおいて適切な行動や配慮を示す能力や意識のことです。論文ではこの対人市民性が高まると、従業員同士の相互支援や協力的な行動が増え、チームワークや仕事の生産性が改善されると述べていました。また、社会的伝染効果も影響する可能性にも言及しています。これは、職場での従業員同士の感情やエネルギーを相互に伝え合うことで、ポジティブな雰囲気がチーム全体に広がり、仕事の生産性が高まるということです。
 この研究からは、職場での人間関係が良好であれば、仕事の効率や成果にもプラスとなるということが分かります。

(参考文献:Jincen Xiao et al, (2020) Relationally Charged: How and When Workplace Friendship Facilitates Employee Interpersonal Citizenship. Frontiers in Psychology)

3, 職場で親密すぎる人間関係がもたらすリスクと対処法

 最後に職場での人間関係が親密になることのデメリットと、それを回避するための方法についてお話します。
 職場で友人を作ることのデメリットとして、以下の4つが挙げられます。

  • 仕事とプライベートの境界線が消失し、プライベートな問題や感情がビジネスの現場に持ち込まれ、仕事に対する集中力が低下しパフォーマンスが下がる可能性。
  • 互恵関係の構築により、相手に何かをしてあげたくなるという心理が働き、本来優先すべき業務よりも人間関係のために時間や労力を使ってしまう。
  • グループ内で個人的な対立や派閥など関係性の不和が生じ、業務に悪影響が及ぶ。
  • 親密な関係にある人たちだけが役職や給与、転勤や部署の移動などでメリットを享受し、組織内での公正さや平等性に不満が生じる。


デメリットやリスクを回避するための対処法

 これらのデメリットやリスクを回避するためには、職場やビジネスでは適切な関係性を維持しながらもプロフェッショナルを保つことが必要です。そのための対処法として以下の3つを挙げました。

  • 個人的な関係と仕事上の関係の間に明確な境界を設定する。例えば、仕事中は仕事に集中し、プライベートな話題は休憩時間や退勤後にするなど。
  • 同僚や上司・部下とも定期的に効果的なコミュニケーションをとる。プロとしての態度を維持し、利益相反やえこひいき、客観性の欠如などを避けるとともに、共通のビジョンやゴールを共有する。
  • 倫理観や対人スキルのトレーニングなどの能力開発を行う。自分自身や他者の感情や価値観を理解し、適切に対応する能力を高める。

文献ベースの説明は以上です。

小島美佳:ありがとうございました。最初にたくさんの情報をご提供した形になりますが、Felixさんはどう思われましたか?ご自身の見解やご経験などをお聞かせください。


<今回の対談『仲良くならなくても成果は出せる』のアーカイブです>

Source : 瞑想チャンネル for Leaders

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ABOUTこの記事をかいた人

瞑想歴20年以上。 15歳までヨーロッパで育つ。慶応義塾大学を卒業後、アクセンチュアで組織戦略・人材開発のコンサルティングに従事し異例のスピードで昇進。アクセンチュア・ジャパン 史上 最も若い女性マネジャーとして抜擢される。その後、独立系コンサルティング企業でビジネス開発に携わる傍ら、キャリアコンサルタント及びコーチとして活動。不確実な時代の波を乗りこなす事業の在り方やビジネスパーソンとしての生き方について考えはじめる。 2003年、瞑想に出会い習慣化するようになる。2010年よりビジネスの世界で活動をつづけながら、年間500名以上のクライアントへ瞑想的なテクニックを活用したカウンセリングを行っている。株式会社バランスオブゲーム代表。 監訳書:『コーチング術で部下と良い関係を築く』 共著:『「ハイパフォーマーの問題解決力」を極める』