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エドモンドソン教授の理論:心理的安全性の本質と重要性
ハーバードビジネススクールのエイミー・C・エドモンドソン教授による心理的安全性の研究は、ビジネス界に大きな影響を与えています。本稿では、この研究を基に、ビジネス現場での実践的な応用方法を探ります。
今回はハーバードビジネススクール エドモンドソン教授の心理的安全性研究を基に、ビジネス現場での実践的な応用方法を探ります。
エドモンドソン教授によると、心理的安全性とは「グループ内でミスや新しいアイデアを気兼ねなく共有できる状態」と定義されます。この概念は、個人レベル、チーム・グループレベル、組織レベルの3つのカテゴリーに分類されますが、本稿では個人レベルに焦点を当てます。
具体的には、上司の立場から、優れた意見を持ちながらも会議で自由に発言できない部下(Aさん)に対し、チーム内でいかに発言してもらうか、また、チーム全体でより活発な意見交換を促し、より良い成果を生み出すためにどのように対処すべきか悩んでいる、という想定のもと考察していきます。
なお、チーム・グループレベルや組織レベル(会社・企業単位)における心理的安全性のメカニズムはより複雑であり、これらについては別の機会に詳しく解説する予定です。
職場における心理的安全性の目標:生産性と革新性の向上
「心理的安全性」という言葉が広く知られるようになり、ビジネス現場でもその重要性が認識されています。しかし、実際に私たちがコーチングや組織開発のサポートに携わる経験から、単に「心理的安全性を高める」ことだけに注力すると、組織内で様々な問題が生じる可能性があることがわかってきました。そこで、心理的安全性の真のゴールを再確認する必要性を感じています。
以下に引用したエドモンドソン教授のレビューによると、個人レベルの心理的安全性のメカニズムは以下の3つの要素を促進します:
緑のボックスの「心理的安全性(Psychologocal Safety)」によって促される要素として、右側のボックスには以下の3つが示されています:
- ボイス(発言):自由な意見表明
- エンゲージメント(やる気):積極的な参加意欲
- ナレッジシェアリング(知識共有):情報と知恵の交換
これら3つの要素が相互に作用することで、チーム内で活発な意見交換が生まれ、モチベーションを高め、新たな知恵を生み出す基盤となります。このような環境下では、チームメンバーが互いの意見を尊重し、失敗を恐れずに新しいアイデアを提案し、建設的な議論を重ねることができます。
結果として、組織の創造性が向上し、革新的なソリューションが生まれる可能性が高まります。つまり、心理的安全性の真のゴールは、「イノベーションを促進する職場環境の創造」なのです。
心理的安全性を効果的に導入することで、私たちは単に快適な職場を作るだけでなく、組織の競争力を大きく強化することができるのです。
このゴールを達成するために必要な要素として、上図に示した①〜③の
- 上司のリーダーシップ行動
- 発言に関する本人の信念(IVT)
- 本人による積極的な行動と信頼
について事例を挙げつつ解説します。
1のリーダーシップ行動は心理的安全性に直接関わる要素ですが、これだけでは不十分で、2, 3を含めた3つの要素を総合的に考慮することが重要です。
Source : 心理的安全性研究所
心理的安全性を支える3つの要素
心理的安全性だけでは不十分と前述しましたが、心理的安全性は活発な意見交換を促進する必要条件でもあります。これにより、個人は発言のリスクを認識しつつも、「リスクがあっても大丈夫」または「リスクがない」と感じることができます。
① 部下の発言を促進するリーダーシップ
心理的安全性に直接影響する「上司のリーダーシップ行動」ですが、ここで言うリーダーシップは広義においては上司だけでなく、チームメンバー同士の関わりにおいても重要です。つまり、Aさんの発言を促すために、チームメンバーとしてのあなたの行動によっても心理的安全性を高めることができます。
ここからは心理的安全性を高めるリーダーの行動の具体例を解説していきます。
①-1:オープンなリーダーシップスタイルの実践方法
エドモンドソン教授の研究によると、チーム内で発言が出やすくなる状況を作るためには上司のオープンなリーダーシップが部下の発言のしやすさを促進します。
具体的には以下の点が重要です。
- 発言しやすい雰囲気作り:全員の意見を尊重し、建設的なフィードバックを心がけます
- ミーティングの進行方法の工夫:発言の機会を均等に設け、一人ひとりの意見を引き出します
- 上司自身の配慮:自身の意見を押し付けず、部下の意見に耳を傾ける姿勢を示します
①-2:モチベーション低下時の部下への適切なアプローチ
この先は上司の具体的な行動というより、研究によって明らかになっているメカニズムのご紹介です。
例えば部下のAさんのモチベーションが大きく低下しており、やる気を失っている場合(エドモンドソン教授のレビューによると、退職を考えているほどやる気を失っている状態とのこと)、上司としては他のチームメンバーとの交流を促すことで心理的安全性を高める傾向があります。
しかし、やる気がなくなっている場合は業務の進捗が遅い、ミスが多くなる傾向があります。こうした勤務態度やアウトプットをチェックするなど過度な監視モードに入ることは逆効果となる可能性が高いため、注意が必要です。
①-3:愛社精神と忠誠心が心理的安全性に与える影響
愛社精神や忠誠心の強い社員は、上司のリーダーシップが不十分でも高いエンゲージメントを維持できる傾向があります。ただし、これらの要素を直接的に上司側から高めることは困難であるため、1つのメカニズムとしてこういった傾向があることを念頭におく程度にとどめておいていただければと思います。
② 発言行動を左右する無意識の信念:暗黙の発言理論(IVT)の理解と対策
暗黙の発言理論(Implicit Voice Theory, IVT)、とは、個人が持つ「人前で何かを発言することに関する無意識の信念や思い込み」を指します。実際、発言することにはリスクが伴うと思っている方もいらっしゃるかと思いますが、これは過去の経験や育った環境に深く結びついています。
例えば、Aさんが幼少期に「子供は大人の前で発言をしてはいけない」と教育されていた、あるいは学校で何か発言した時に周囲がしらけたり笑われた経験がある、職場で新入社員時代に思っていることを言った際に上司に怒られた、冷たくスルーされた、といったネガティブな経験の積み重ねていると、 「私の発言は受け入れられにくい」「私が発言すると私自身に危険なことが及ぶ」といった思考パターンが形成されやすくなります。
逆にポジティブな経験が多い場合は、「何か発言したところで、特に受け入れられないかもしれないけれども、私に危険が及ぶことはないだろう」と堂々と発言ができる、という方もいらっしゃるかと思います。これらの信念は、本人が無意識のうちに持っているものです。
IVTが低い部下へ効果的なアプローチとしては、
- 本人の気づきを促す:自身のIVTについて認識させる
- 安全性の保証:「この場は発言しても安全だ」と明確に伝える
- 積極的な受容:発言を歓迎し、建設的なフィードバックを提供する
などの行動を通じて、徐々に部下の発言に対する抵抗感を解消し雪解けを試みることが可能です。
③ 信頼構築の鍵:積極的な行動と発言の促進
さらに、エドモンドソン教授は、本人が積極的な行動や発言を繰り返すこと、また繰り返せるようリーダーが促す重要性を強調しています。これらの行動を繰り返すことによって、以下の2つの信頼が醸成されると言われています。
- 自分自身に対する自己信頼:「私は発言をしても安全だ」
- 相手に対する信頼:「受け入れてもらえるかは分からないけれども、この人たちに発言しても大丈夫だ」
その結果、会議における積極的な発言やエンゲージメントの向上、プロアクティブなコミュニケーションの活性化、といった好循環が生まれます。
心理的安全性を高める重要要素:自信(コンフィデンス)の役割
ここまでの①から③に加え、心理的安全性のメカニズムにおいて「コンフィデンス(自信)」も重要な要素です。
自信が促進する積極的発言:心理的安全性を超えた影響力
自身の知識や意見に強い自信を持つ個人は、積極的に発言する傾向があります。極端な例を挙げると、今行われている会話よりも自分自身が考えていることの方が価値があると確信している人は、躊躇なく意見を述べます。つまり自信があれば、その場の心理的安全性の有無にかかわらず積極的に発言をし、発言の結果や周囲の反応をあまり気にしない傾向があります。
ここまでの強い自信をもつ人物は、なかなかいないかもしれません。しかし、実際に発言が受け入れられることによって自信が生まれ、その自信がさらなる発言を促進します。このプロセスを繰り返すことで、自信と発言の好循環が形成されていきます。
職場で心理的安全性の好循環サイクルを作り出す
ここまでお話しした種々の要素が組み合わさり、発言を促すポジティブな循環が生み出される状態を下の図にまとめました。
発言を受け入れてもらった、いいねと言われた、自分の提案・アイデアが肯定的に受容され採用され みんなの仕事のやり方が変わった、といった経験が少しでもあると、自信にも繋がりますし、チーム全体の学習促進や知識共有の活性化も進みます。
さらに上司から、Aさんの貢献に対する具体的なフィードバックがあることで、部下のAさんが「発言が歓迎された」と感じることができれば、より心理的安全性が強化されるといった循環も起こっていきます。
心理的安全性が高まることによって、「私は受け入れられている」という感覚の強化や、仮に発言を受け入れてもらえなかったとしても、もうちょっとチャレンジしてみようかなと感じられる、つまりIVTへのポジテイブな影響や積極的な行動にも繋がっていきます。
上司としては、このような好循環サイクルをどのように作り出し維持していけるかが、個々の部下の発言を促す上で非常に重要なポイントであると言えます。
ここまでがエドモンドソン教授のレビューで説明されていた、個人レベルの心理的安全性に関わるメカニズムの説明となります。
次回は、これらのメカニズムを現場に応用した際に起こると予想される疑問や課題について考察していきます。
Source : 心理的安全性研究所