ハイリー・センシティブ・パーソン(Highly Sensitive Person: 以下HSP)は、環境や人間関係に対して敏感に反応する人のことです。HSPは個人の性格や特徴を表すパーソナリティの一つと考えられます。
『HSPの強みを引き出すヒント:「よわい/わるい性格」研究からの示唆』では、HSPの人にとって、外部からの刺激に強く反応することが不適応や、抑うつ傾向を生じる弱さにつながる一方で、強い感受性による肯定的な面もあり、「ヴァンテージ感受性」として紹介しました。
ヴァンテージ感受性とは、HSPの特徴でもある繊細な人は効果が高まりやすく、ポジティブな経験や適切な周囲からのサポートを受けることにより社会情緒的適応やパフォーマンスも向上できると捉える理論です。
目次
「ヴァンテージ感受性」高い感受性は良い効果をもたらす
メンタルヘルス問題に対しての心理療法の有効性について、近年の心理学理論では以下のことが分かってきました。
広範な経験的証拠が示すのは、患者への心理的介入のような支援は効果的であり、平均的に有益な結果が得られる一方で、15~45%の人は症状改善が見られないことがあります。治療反応については年齢、性別、症状の重症度、治療状況、社会的サポートなどの要因が影響します。
また、最近では個人の環境への感受性が異なることが治療効果に影響を与える可能性を示しています。
その中で「ヴァンテージ感受性」は治療結果に影響を与える可能性があり、HSPチェックリストのように事前に測定することで治療反応をより正確に予測できる可能性があり、研究が進められています。
この感受性の概念を精神医学と臨床心理学に適用し、感受性の遺伝的、生理的、心理的マーカーやその測定方法や、ヴァンテージ感受性が治療の実践にどのように影響するか、今回は「ヴァンテージ感受性」についての論文をご紹介します。
Vantage sensitivity: a framework for individual differences in response to psychological intervention
(Bernadette de Villiers, Francesca Lionetti, Michael Pluess, 2018)
敏感さに対する心理療法の効果:敏感さ(環境感受性)の理解と活用
私たちは日々の生活や仕事の中で、さまざまな環境で過ごします。その環境に対して、人によって違った反応を示します。例えば、同じ音楽を聞いても、感動する人もいれば、イライラする人もいるでしょう。
敏感さにより周囲からの刺激を強く感じる人は、従来は抑うつ傾向やストレス耐性に弱いといった脆弱なイメージがありました。しかし、最近ではポジティブな影響を強く受けているという、利点についてフォーカスされるようになってきました。
敏感さを専門用語では環境感受性と言いますが、個人差については具体的には以下のようになります。
- 環境感受性は、個人が環境刺激をどのように敏感に鋭く認識し吸収するかという違いであり、進化的適応の遺伝的影響を受けた産物であると考えられる。
- 環境感受性は、素質 – ストレスモデルや差次感受性仮説などの理論的枠組みに基づいて解釈されることが多い。
- 差次感受性仮説では、神経学的および生理学的に敏感である人は、経験的刺激を知覚し、処理し、その後、否定的および肯定的な両方でより強く反応する。
- 環境感受性は環境によって受けるマイナスの影響だけでなく、プラスの影響も含めた広い視野で検討する必要がある。
- 環境感受性のメカニズムについて広い視野を持ちつつ、特定のモデルを使い分ける必要がある。
- 例えば、心理療法の個人差が感受性に関連している場合、環境からの良い影響を受けている場合はヴァンテージ感受性が適切なモデルとなる。
差次感受性理論は、通常、素質-ストレスモデルに従って議論される心理学的所見の別の解釈です。 どちらのモデルも人の発達と感情的影響は、経験や環境の質によって異なる影響を受けることを示唆しています。
Source : Wikipediaより引用改変
– 素質-ストレスモデル : ネガティブな環境のみに敏感なグループを示唆
– 差次感受性仮説 : ネガティブな環境とポジティブな環境の両方に敏感なグループを示唆
– ヴァンテージ感受性 : ポジティブな環境のみに敏感なグループを示唆
上記の3 つのモデルはすべて補完的であると考えられ、全般的な環境感受性フレームワークに統合されています。
環境感受性は、私たちの心理や健康に大きな影響を与えるだけでなく、仕事のパフォーマンスやチームワークにも関係しています。例えば感受性の高い人は、良い環境では優れた成果を出すことができますが、悪い環境ではストレスを感じやすくなります。仕事でも業務内容だけでなく環境を選ぶことも、HSPの人には重要です。
経験に対する感受性の影響
「素質 – ストレスモデル 」と 「ヴァンテージ感受性」
「ヴァンテージ感受性」とは、肯定的な経験や感受性の差異の「明るい面」を表します。
一方で、これまでストレスに対する弱さを問題として「素質-ストレスモデル」が利用されてきましたが、こちらは感受性の「暗い面」のみを示します。
最近では敏感な人は、「素質-ストレスモデル」の逆境に対してより脆弱であるだけでなく、ポジティブな影響に対して、より敏感であるため効果を増幅し恩恵を受けることが可能であると考えらています。
ヴァンテージ感受性として、個人の幸福感を促進する、ポジティブな経験への敏感さに関する研究では、以下の3つのカテゴリーに分けられることがわかっています。
- 遺伝的要因
- 心理学的要因
- 心理的特性
具体的には、遺伝的な要素(幸せホルモンと言われるセロトニン受容体など)、生理学的な反応(ストレスを感じるときのコルチゾールなど)、そして乳幼児期の感情などが関与しています。これらのカテゴリーそれぞれにおいて、心理的介入に対する感度を示す具体的な経験的証拠が新しい研究で提供されています。
ヴァンテージ感受性を高めるには -心理的介入プログラムの効果-
精神的な問題を抱える人に対して、カウンセリングや認知行動療法などの心理的な手法で支援することを心理的介入プログラムと言います。
心理的介入プログラムはさまざまな症状や状況に応じて、個人やグループ、家族などの対象で行われます。心理的介入プログラムの効果は、個人の特性や環境によって異なることが知られていますが、その要因についてはまだ十分に解明されていません。
ここではヴァンテージ感受性を通して、サポートするプログラムへの効果にも影響があると考えられる上記の3つの要因の「1. 遺伝的要因」、「2. 生理学的要因」、「3. 心理的特性」に関連した研究について紹介します。
1. 遺伝子変異が治療反応に与える影響
「1.遺伝的要因]として、遺伝的感受性が高い場合は、個人に合わせた心理的か介入プログラムに対して良好な効果を得ることができます。
- 特定の遺伝子変異体が心理的介入プログラムへの子供の反応に影響を与えることが明らかになっている。
例えば、セロトニントランスポーター遺伝子多型(5-HTTLPR)などの単一遺伝子変異体を持つ子供は、家庭へのサポートする介入プログラムに参加した場合、愛着が高まる可能性が示された。
同様の影響は子供の行動問題の外在化障害の緩和に対し、グルココルチコイド受容体遺伝子(NR3C1)の変異体にも見られ、心理的治療に対する肯定的な反応性が関連している。 - 最近の研究では、単一の遺伝子変異ではなく、複数の遺伝子変異の組み合わせで多遺伝子スコアを構築し始めており、特定の行動問題を持つ子供たちを支援する介入プログラムの効果を予測する手段として活用されている。
- ゲノム全体の多遺伝子スコアに基づく研究では、遺伝的感受性の高い子供たちが数種類の認知行動療法(CBT)をした中で、質の高い個人に合わせた認知行動療法に良い結果を示し、感受性の低い子供たちには治療の種類による差異は見られなかった。
これより感受性の高い子供たちは、治療の質に特に敏感であることが示唆された。
2. 生理学的要因と治療反応の予測
「2.生理学的要因」として、一般的にはストレスが大きいとストレスホルモンとして知られるコルチゾールの分泌は増えます。環境感受性はコルチゾール反応性に関連しており、不安やストレスによるコルチゾールレベルが高いほど回復は早いという報告も一部の研究ではあります。
論文では、心理療法における治療反応を予測するための生理学的要因と脳の測定値に関する研究が述べられています。
- 生理学的要因:
- 自律神経系や視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸などが感受性のマーカーとして特定されているが、その役割について視点の感度からの研究はまだ多くない。
- コルチゾール反応性が治療の予測に関連し、パニック障害や広場恐怖症を持つ成人女性の研究ではコルチゾールレベルとコルチゾール覚醒反応が高いほど回復の早さが関連していることが一部で示された。
- トラウマ治療における心的外傷後ストレス障害においても、コルチゾールレベルの高さが治療後の症状軽減と関連していることが示された報告もある。
- 不安障害における基礎コルチゾールと治療反応との関連性は見出されず、環境への感受性はコルチゾール反応性に関連する可能性がある。
- 脳の測定値:
- 脳の構造や機能が個人の感受性を反映し、治療反応の予測に役立つ可能性があることを示唆。
- 社会不安障害の治療において、例えば怒りの顔に対する脳の活性化が社会不安障害の治療反応として予測できる。
- 脳活性化パターンは治療前の社会不安とは関係なく、不安症状の改善を予測し、治療反応のマーカーとして機能する可能性がある。
3. 心理的特性と介入効果
「3. 心理的特性」として、敏感さは性格特性でもありますが、ストレスに脆弱で不安を感じやすくても周囲からのサポートを受ける、適切な心理的介入プログラムに対して良好な反応を示しています。また、敏感ではない人よりも効果が大きいことも報告されています。
- 性格や気質の特性は、精神的健康問題に関連しており、介入効果として緩和し、治療反応を予測する可能性がある。
- 例えば、母親と子供を対象とした研究では、子供の過敏性について子育てプログラムの効果を予測し、安定した愛着を持つ母親であることが、非常にイライラしやすい子供にとっては介入から恩恵を受けやすいことが示された。
- 最近の学校ベースの研究では、ビッグ・ファイブのうち、外向性や誠実さが子供の治療効果の予測因子であり、特に外向性が低い内向的な子供が介入に最も良く反応した。
- 性格特性は環境感受性の重要な要素を捉える可能性があり、高い誠実性と協調性は治療に対する肯定的な反応を予測することが示されている。
- 一部では性格特性は治療効果における長期的な影響についても示唆される。特性不安(ストレスや状況に対して不安になりやすい傾向)が強い女性では、対人関係心理療法が体重増加の予防に効果があり、プログラム終了から3年後でもBMI改善が見られた。このことは特性不安があることで自分の体重を管理することができ、結果としてヴァンテージ感受性を反映しているとも考えられる。
敏感さは幸せのカギ
HSPのような敏感さや不安を感じることが強い人は、周囲からネガティブな評価を受けることも多く、自分の弱さに悩むこともあります。ですが上記のように、敏感さによって治療や周囲のサポートなど、対策に対して得られる効果は大きいこともわかかってきました。
自分の弱さにばかり目がいきがちですが、敏感さは自分が心地よく生きるために調整したり、変化を起こしたりするきっかけになります。敏感さは幸せになるためのメリットでもあります。
サポート環境によるヴァンテージ感受性の強化
同じ環境にいてもその影響を受ける度合いが人によって異なるように、ヴァンテージ感受性やその効果についても個人差があります。自分に合う適切な環境を探し求めることは重要です。
本論文より、適切な環境や周囲のサポートを受けることによりヴァンテージ感受性を高めることができることが分かりました。また、ポジティブな環境にいることで、ヴァンテージ感受性が時間とともに蓄積され、その後のヴァンテージ感受性は増幅されます。
感受性が高すぎるのはよくないこととされる傾向がありますが、敏感さそのものを治療したり、強く行動を変えることを求めるのではなく、ヴァンテージ感受性という特徴を認識して、適材適所であるように周囲からもサポート得られることが重要です。
『心の強さを育む:HSP向けレジリエンス強化の戦略』での心理的適応感を向上させるレジリエンスとして、生来持ち合わせている自分の良さや強みを活かすことで、自己肯定感を高めることをご紹介しました。ヴァンテージ感受性についても同じように、自分の良さを活かす環境にいることが自信や自己肯定感にもつながります。
人生には、困難な状況に立ち向かわなければならない、苦行のようなときもあります。
しかし、感受性が高く繊細なHSPの人は、自分に合わない環境で無理をして我慢するだけではなく、自分の能力を安心して発揮できる環境で仕事をすることも大切です。
また、無理なく続けるためには、自分を責めすぎないことや、ストレスの発散やメンタルケアも欠かせません。HSPの人は自分の気質を受け入れて、自分に優しくすることで、仕事にも人生にも充実感を持てるといいでしょう。