企業がレジリエンスを維持しつつ、変革を進めていくためのアプローチとは?

企業が変革を進めながら、従業員のウェルビーイングを維持するにはどうすればよいでしょうか。過度な競争が求められがちな企業活動において、従業員はストレスとバーンアウトの危機にさらされがちです。
そこで、本記事では前編の記事に続き、ポジティブな小さな変化のサイクルを構築し、着実な前進を続けていく「インクリメンタルなアプローチ」について具体的な施策を提案します。

ウェルビーイング時代のリーダーシップ研究所 第2回』の後編です。

<第一回目はこちら


日々小さな変化を重ね、継続的改善

Felix:はいありがとうございます。インクリメンタリズムという単語は私も初耳でした。
これは私もコンサルティング等をしていた時は、インクリメンタリズムと真逆のことをずっとやってきていたなと感じました。少しずつ変化を重ねることで、気づいたらいつの間にか大きな変化を遂げることができていた、といったことを目指すアプローチというのもありだよなと、今現在関わっている仕事の中でも体感していたこともあり、とても参考になりました。

茹でガエル理論なども良く言われますが、このインクリメンタリズムというのは逆茹でガエル作戦みたいな、水槽の水を交換していったら、いつの間にかカエルさん元気になってました、というような作戦で変革していくことも可能かと思いました。


アプローチとしては、これは僕の悪い癖でもありますが、、、うまくスケジュールに乗せて、タスクとして落とし込んでいけると良いのかな、と思いました。

腹側迷走神経を活用して現状を冷静に受け入れる

次に松村さんのお話であった、背側迷走神経と腹側迷走神経というお話もこれも初耳でした。これ自体、今置かれている状況でのステレオタイプで判別してはいけないかもしれませんが、一般的な企業の中での営みは主に背側迷走神経と交感神経を使っていて、それらのうち今はどっちが活性化しているか?みたいな感じでビジネスが進んでいるのだろうな、というのは実感としてあります。

一方で、腹側迷走神経、つながりやリラックスした状態でゾーンに入るというのは、その入り方が確立して実現したら、落ち着いた前進が可能になり、みんな嬉しいんだろうけど、現状ではできていない、というのがまさに組織としての課題なのかなと思います。

Source : 瞑想チャンネル for Leaders


スピード重視よりも着実な持続的成長を

そこで追求されるのは、やはりスピードなのでしょうね。なぜ?誰が?言ったのか分からないのに、ものすごくスピードを要求される、「なぜ明日までにやらなきゃいけないのか?」「なぜ今それをやらなきゃいけないのか?」という質問をしたりすると、固まっちゃう人とかいたりするんですよね。

やはり常に何かに追い立てられている感じ、というのが蔓延していて、特に今現在置かれている状況で、追い立てられている状態をずっと続けていても、今回のテーマであるレジリエンスという概念を取り入れると、結局元に戻るというか、結果的にいい状況にはならないよな、とすごく実感を持って聞いておりました。

野田浩平:ありがとうございます、大変参考になりました。今のFelixさんのコメントを受けて松村さん何かコメントなどありましたら是非お願いします。


バーンアウト対策としての自律神経バランス

松村憲:はいありがとうございます。
Felixさんがおっしゃっていたことは本当にその通りだと思いましたし、自律神経を企業文脈に落とすと、現状は交感神経優位で行われているのが主流だと思います。

自律神経とストレス反応の関わりで言うと、交感神経優位だと戦うか逃げるか・闘争逃避反応が働いて、戦う経営になるわけですよね。しかし戦い過ぎている、戦い続けていると、今度は逃げる・回避モードになっていく人もいたり、その他にも3つの毒で説明した『氷つき』というのが、いわゆる死んだふりのようなストレス性の反応なんですが、そういったことも起こってきたりもします。それはまさに背側迷走神経が過剰になって固まってしまう状態と考えています。

しかし、交感神経と背側迷走神経だけで動いていると、いずれ誰しも持たなくなる、燃え尽き状態になってしまうと思うので、皆さん、無意識のうちにいろんなところでバランスを取っているのだろうなと思いました。

Source : ウェルビーイング時代のリーダーシップ研究所


心理的安全性を取り入れ、持続成長が可能な組織風土づくり

松村憲:さらにインクリメンタリズムの概念を重ねていくと、ビジネスの現場では常に迅速な意思決定と行動が求められ交感神経が優位な状態、誰が言い出したかも分からないスピード感を求められることが続きがちです。

しかし、組織開発やコーチングの視点から考えると、やはりコミュニケーションのズレが残ったままで進めていくと、ますますいろんなことがおかしくなってくると思います。ですから組織開発の中で組織のレジリエンスを高めることに取り組む際には、オープンなコミュニケーションや組織の風通し心理的安全性といったまさにこの交感神経優位の状態をコントロールし、腹側迷走神経もバランスよく使っていく必要があります。

つまり、個人レベルでも、組織レベルでも、交感神経と腹側迷走神経のバランスを保ちつつ、柔軟で適応力の高い状態を維持することが、持続可能な成長につながると考えています。


レジリエンス経営で基礎体力と変革を両立

野田浩平: Felixさん、マツケンさんのコメントを受けて、小島さんにお聞きしたいことがあります。
今回、レジリエンスを入り口にして、心理学・神経科学・社会科学の視点も取り入れ、「社会をインクリメンタルに変えていく方が妥当なんじゃないか、あるいはそういう変え方も有効だよね」というお話をいただきました。

一方で、ここ数十年の間日本企業の中でも、成功し続けている企業と、そうではない企業・経済もありますよね。例えば成功している例では、トヨタさんのように、日本の企業の中で1番時価総額や売上が大きい企業もあり、トヨタ改善方式のような日々の改善をやり続けてイノベーションを起こす、長期にわたり高い競争力を維持し続けている企業もあります。彼らの成功の秘訣は、まさにレジリエンスの2つの側面、「インクリメンタルな改善」と「アドオンの変革」を両立させていることにあり、さらに常に基礎体力を維持し続けているということ挙げられます。



抜本的な改革は成功する場合もあるかと思いますが、それを企業として基礎体力がない中でやると長続きしない、5年程度で終わってしまう可能性も高いです。このように日本社会全体としても一様ではなく、停滞ムードになっている企業と変革できる企業が混在している状態です。

そこで、小島さんにお聞きしたいのは、企業としてしなやかな状態を維持しつつ変革に持っていく上での要というかポイントは何か?についてコメントをいただきたいと思います。


過剰なプレッシャーをどう解釈するか

小島美佳:はいありがとうございます。

先ほどFelixさんがおっしゃっていた「追い立てられている感じ」が今の日本の中に結構蔓延している、というのは、私も感じています。また最初に野田さんから説明されていた世界的に見た日本人のウェルビーイングスコアが低い、という調査結果は、この追い立てられている環境、過剰なストレスにさらされ、バーンアウトとなってしまうことなどが一因となっている可能性があります。

それに対して、マツケンさんが説明してくださった3種類ある自律神経のどれを使っていったらいいのか?という問があるかなと思っています。
分かりやすく例を挙げると、常に追い立てられている状況の中で、
・疲れ切ってしまって、無気力になってしまう「無表情」になるのか、
・それともこの追い立てられている状態なんてふざけんな!と「戦闘モード」になるのか?
・あるいは、「そっか、なんかこういうのもあるよな」といった感じでその場においてリラックスしつつ、柔らかく広い思考が持てる「受容モード」になるのか?
といった3つのうちのどれを選ぶのか、私たちは選択することができます。

また、今目の前に追い立てられている環境がある、と想像してみた時に、3番目の穏やかな状態でそれを客観的に見ることができたら、どういう新しい思考が生まれてくるのか?という意識に少し好奇心を向けてみると、インクリメンタリズムの考え方で物事を見られるようになってくるのかなと思っています。

一方で、その追い立てられている状態を日本でずっとみんながやっているということは、何かしらそれにメリットがあるからだと思うんですよ。「いやいや、そんなことできるならやりたくない」と言うかもしれないけど、やはり何らかのメリットがあるはずで、ではそれは何か?と考えると、まさにインクリメンタリズムの考え方で言われる、既得権益なわけです。

実際、私自身も分からないうちに追い立てられている時もありますけれど、それによって得られる既得権益を認識・維持しつつも、小さな変化をどう起こすか?継続するか?が重要だと考えます。

これも複雑な世界の中で1人だけで考えるのは難しいので、周囲の人たちと課題を共有し、建設的な対話を重ねる、「最近、私たちは追い詰められすぎてはないだろうか。これをどうしたら改善できるだろうか?」といった対話から、新しいアイデアが湧き出るかもしれません。


イノベーションのヒントとなるトヨタの「3i」

小島美佳:このようなインクリメンタルなアプローチは、トヨタの『3i』の考え方と共通しています。

「豊田綱領」の “研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし” について

イノベーションは突然生まれるものではない。トヨタは『3i』の会社だと繰り返し申し上げている。イミテーションから始めて、インプルーブメントを続け、イノベーションを呼び込む。良いと思うことは、真似をする。
昨日よりも今日、今日よりも明日がよくなるように、ベターベターの精神で、改善を重ねる。
改善後は改善前。
つまり、終わりなき改善、その先にイノベーションがある。

Source : トヨタイムズ

イノベーションをするためにはどうしたらいいか?と皆さん考えていらっしゃいますが、私から言える1つの例としては、あまり難しく考え過ぎずに、良さそげだなと思ったことを少し真似してみて、それを日々少しずつ地道に改善し続けていくことがイノベーションにつながりうる、と考えてみてはどうでしょうか?ということです。

先ほどの人間的な自律神経である腹側迷走神経を活用していくことと、この日々ちょっとずつ昨日よりいいことができたらいいね、みたいなことを突き詰めていくと、インクリメンタリズムに繋がるのかなと思いました。


フィードバックループにより失敗から学ぶ

Felix:今のお話を伺っていて、やはりフィードバックが大事なのかなと思いました。
今どういう状況なのか?うまくいったか、いかないか?といった評価もあるし、ではうまくいかなかった時には次どうするか?とちゃんと考える、というのが組織として習慣付けられているか?というのは、結構重要かなと思いました。

昔いた会社では、提案がロストするとロストレビューというミーティングがあって、「なぜ失敗したのか」の原因を突き詰めることがありましたし、炎上したプロジェクトの分析をする研修があって、その講師は品質マネジメントの担当者なのですが、過去に炎上させた経験を持っている人だったりする。要は、失敗や失敗した人がダメ、ではなくて、失敗した経験を組織として活かそう、といったことをしてたんですよね。

そこは個人の資質も当然あるかとは思いますが、組織としてそういった習慣付けを地道にやっていくことが結構大事なのかな、と思いました。

松村憲:ありがとうございます、私は野田さんのご意見も聞きたいなと思っていますがいかがでしょう?


小さな変化を積み重ね ポジティブなサイクルを目指す

野田浩平:はい、今皆さんのお話伺って、日々日々、インクリメンタルに少しずつ進んでいくとか、今のループ、松村さんのところでもサイクルといったお話があったと思うんですけれど、1日にしてラディカルな変革が起きるわけでもなく、ちゃんとサイクルを回していきつつ、しかしそこがネガティブにどんどん疲弊していく方じゃなく、少しずつ良くなっていく方向に向かえたら良いのかなと感じました。

くしくも私が説明したレジリエンスの概念は、ポジティブ心理学の文脈でのレジリエンスだったので、ネガティブループではなくて、少しずつでもポジティブループという基礎付けが大事なのかなみたいなことを、今日の学びとして思ったところではありました。

はい、今回は以上で終了でごす。
引き続き第3回では2つ目のサブキーワードコミュニティ(共同体)について対話していきます。

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ABOUTこの記事をかいた人

博士(学術・認知科学)。 認知科学から着想を得て途上国の開発問題から気候危機、気候正義、メンタルヘルス、ロビー活動、起業や活動家の育成まで、フリーランスで幅広く行う。 株式会社グロービス リサーチファカルティ、 MIT経営大学院グローバルプログラムIDEAS Asia Pacific ローカルファカルティ