小島美佳:エドモンドソン教授の論文 (ref. 1) を紐解きながら心理的安全性の本質学ぶ、第2回になります。
前回は主に、個人レベルの心理的安全性とチーム学習についてお話しさせていただきました。
今回はよりチーム・グループにフォーカスを当て、理解を深めていきます。
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
目次
おさらい:心理的安全性の基本
s子:はい、まず、はじめにエドモンドソン氏による心理的安全性の定義をおさらいしますと、
「職場など特定の状況で対人リスクを取ることの意義についての共有された認識」
とのことです。
またエドモンドソン氏は心理的安全性の対象となる人数や構造の違いによって以下の図のように、
個人、チーム・グループ、組織レベル、
と3つに分類してそれぞれ解説しています。
個人レベルの心理的安全性については第一回でお話ししました。簡単におさらいすると、個人レベル、例えばチームにおけるAさんの心理的安全性には
- リーダーシップ行動
- 積極的な行動によるオープンで発言しやすい雰囲気
- 信頼
- 無意識のうちに持っている発言に対する信念(IVT、発言しない方が安全だ、など)
が関わるとのことです。
次のチーム・グループレベルとは、数人から数十人の集まりで、チームとグループの違いについてエドモンドソン氏は明確に言及していませんが、一般的な組織行動学における定義は前回説明しました。
ここでは、チームとグループは引用元の論文に合わせています。
今回から3回に分けて、グループレベルでの心理的安全性の前提条件3つについてお話ししていきます。
また、さらに大きな集団である 組織や企業になると、含まれるグループごとに対人関係の文化や対人リスクが異なり、組織レベルでの心理的安全性はその組織の文化や歴史、規範や風土などに大きく影響を受けます。
グループレベルでの心理的安全性に関わる要素
こちらがグループレベルでの心理的安全性に関与する要素とその関係性をまとめたエドモンドソン氏のレビューの図です。個人レベルと比較して多くの要素が関わっていることがわかります。
グループレベルでの心理的安全性については、
- グループ内でミスや問題点などを共有したり、新しいアイデアについて意見を述べる、これらは対人リスクと言われますが、それらをとっても大丈夫だ安全であるという感覚、そして
- その結果、失敗からのチーム学習が促進され、結果としてチームのパフォーマンスや意思決定の質の向上、新たなアイデアの創発につながる
といった対人リスクを取ることの意義をグループのメンバーが共有している状態のことです。
今回は、このグループレベルでの心理的安全性構築のための3つの前提条件、組織の状況・文脈、チームの特徴、チームのリーダーシップのうち、① 組織の状況 について説明していきます。
心理的安全性構築に影響を与える 組織文化と背景 (organizational context)
さきほど述べたように、チームやグループよりも大きな単位である組織では、メンバー同士でのコミュニケーションが難しく、一方で無自覚のうちに組織の文化、歴史、規範、風土などの影響を受け、これらの要因が個人やチームの判断や行動に影響を及ぼします。
組織文化や背景とは、組織全体の状況や方向性を指し、具体的には以下のようなものが含まれます。
- 組織の目標や戦略
- 価値観
- 報酬制度
- 評価基準
また、これらには組織レベル(企業全体など)における心理的安全性の高さも関わってきます。
組織レベルの心理的安全性が高ければ、上記の要素を通じて、部門やチームレベルの心理的安全性の醸成が促進されます。一方で、組織レベルの心理的安全性が低い場合は、部門やチームでの心理的安全性の構築が阻害される可能性があります。
つまり、組織文化と背景は、単にチームを取り巻く環境としてだけでなく、組織レベルの心理的安全性を反映したものとしても影響を及ぼすのです。そこで、次に組織レベルでの心理的安全性について説明していきます。
組織レベルでの心理的安全性に影響する要素
下の図はエドモンドソン氏のレビューから引用した、組織レベルの心理的安全性に関わる要素とその関連性についてまとめられた図です。組織レベルの心理的安全性に関わる要素は、グループレベルに比べて少ないことが分かります。
ここでは組織レベルの心理的安全性に関わる要素のうち
- 前提条件: ① 従業員のコミットメントを促す人事施策、② 質の高い人間関係、③ ソーシャル・キャピタル
- 心理的安全性の中に含まれる ① 信頼の風土、 ④ 主体性の風土、
について説明していきます。
① 従業員のコミットメントを促す人事施策 (Commitment-based human resources (HR) practices)
1番目が組織レベルでの心理的安全性の前提条件となる、従業員のコミットメントを促す人事施策です。
これは長期的な従業員との相互関係を重視する施作のことで、具体的には以下のものが含まれます。
- 長期的な雇用関係の重視
- 長期的な成長と知識開発を重視したトレーニングプログラム
- 公正な評価と報酬制度
- 従業員の意見を尊重し、参加を促す
- ワークライフバランスを支援する制度
- 働きがいの醸成
Collins ら の2006年の論文 (ref. 2) では、従業員のコミットメントを促す人事施策の企業業績への影響を調べました。
具体的には136社のテクノロジー企業の人事マネージャーや中堅知識労働者、CEOについて10ヶ月間調査を行い様々な要素のうちどれが、企業業績を高めるかを調べました。業績は、収益と売上高の伸び率を組み合わせて評価しました。
その結果、従業員のコミットメントを高める人事施策が、組織の社会的風土 (信頼の風土 ① climate of trust)を形成し、従業員間の情報交換と知識共有・コミュニケーションを促進し、最終的に企業業績の向上を促進することが明らかとなりました。またこれらの要素は知識労働者間のアイデアや知識の交換や組み合わせのレベルによって部分的に媒介されるとのことでした。
② 質の高い人間関係 (High-quality relationship)
2つめは、前提条件の1つ、質の高い人間関係です。
これはCarmeli の2009年の論文 (ref. 3) の中で、具体的に質の高い人間関係として以下の5つの要素が挙げられていいました。
- 感情的・情動的許容能力 (emotional carrying capacity):相手の感情を受け止め、共感する力のこと
- 緊張感・しなやかさ (tensility):人間関係にストレスがあっても、それを乗り越えて関係を持続させる強さ
- つながり (connectivity):相手との深い精神的なつながりを感じること
- 前向きな関心・肯定的な尊重 (positive regard):相手の良い面を認め、尊重する態度
- 相互関係・相互性 (mutuality):お互いを理解し合い、受け入れ合う関係性
論文の中ではエレクトロニクス、エネルギーなど、さまざまな業界の 212 人のパートタイム学生を対象に心理的安全性と組織学習に関連する要素を調査し、質の高い人間関係は心理的安全性と関連があり、学習行動を促すことが分かりました。
つまり仕事上の人間関係における前向きな主観的経験が、心理的安全性と組織学習の鍵であることが分かりました。
③ ソーシャル・キャピタル (Social capital)
前提条件の3つ目の ③ ソーシャル・キャピタルとは、人々の協調行動を活発にするための、信頼、規範、ネットワークなどの社会組織の特徴のことです。
組織学習に与える影響を調べたCarmeliの2007年の論文 (ref. 4) では、イスラエルのエレクトロニクス、金融業界など様々な業種の33組織の137人のメンバーについて調査しました。論文の中では具体的なソーシャル・キャピタルの例として以下の3つを挙げています。
- 社会的関係 :組織内の人と人との関係性の質の高さを指し、お互いを尊重し合い、信頼関係が築かれている状態を意味します。このような良好な人間関係があれば、知識や情報の共有が促進されます。
- 関係構造 :組織内の人々がどのようにつながっているかを表す関係のネットワークのことです。密接につながっていれば、情報やアイデアが隈なく伝わりやすくなります。関係構造が適切であれば、協力関係が強化されます。
- 認知的側面 :組織内で共有されている価値観、ビジョン、規範などの存在を指します。メンバー間で目的意識や目標が共有されていれば、相互理解が深まり、一体感が生まれます。
その結果、こうしたソーシャル・キャピタルが豊かな組織においては、人々が心理的に安全だと感じられるため、積極的にコミュニケーションを取り、新しいことに挑戦し、失敗から学ぼうとする行動が促される、失敗に基づく学習行動の発達が可能になることが分かりました。
④ 主体性を促す組織風土 (Climate of initiative)
最後にBaerらの2003年の論文 (ref. 5) では、プロセス・イノベーション、④ 主体性・心理的安全性を高める風土、企業業績との関係を検証しました。プロセス・イノベーションとは、製品やサービスそのものではなく、業務のプロセスや手順を革新的に改善することで、生産ラインの効率化、顧客対応の迅速化、新しい業務フローの導入などがこれにあたります。
論文ではドイツの中堅企業47社165 名を対象とした研究で、主体性を高める風土(具体的には、メンバーが自ら積極的に行動を起こし、新しいアイデアを提案したり、問題を解決しようとする姿勢)と心理的安全性は、企業業績と正の相関があり、プロセス・イノベーションと企業業績の関係を緩和しました。
分かりやすくいうと、このようなプロセス改革を効果的に行うためには、現場の従業員からの建設的な提案が不可欠で、組織全体に主体性の風土・雰囲気があり心理的安全性の高い組織では、現場の知見を活かしたプロセス・イノベーションが活発に行われ、結果として業務効率が大きく向上する可能性が高まります。
逆に心理的安全性が低い組織では、従業員は萎縮してしまい、変革が起こりにくく、生産性や収益性の改善も望めません。
このように、主体性の風土と心理的安全性は、プロセス・イノベーションを促進し、ひいては組織全体の業績向上をもたらす大切な要素であると言えます。
ここまでが組織の心理的安全性についての説明になります。
学術的視点から見たビジネス現場の心理的安全性
小島美佳:ありがとうございます。
ビジネス視点からの感想として、チームマネジメントにおいて、チームの心理的安全性や学習効果を高めたいと思った時、常にこうした所属する組織そのもののコンテキストがチームにも影響することを念頭に置き、組織全体の状況を意識すること、単に現場レベルだけでなく、組織という大きな枠組みから見渡す視点が不可欠になってくると思いました。
s子:はい、チームが担うタスクの性質やリーダーのあり方によってチームごとに心理的安全性も多様であり、さらにより大きな単位である組織文化や背景もチームや個人の判断や学習効果に影響する、とエドモンドソン氏は言っています。
人事施策と組織のコミットメント
小島美佳:また、人事制度やどのような行動様式が会社の中で評価されるか?という点は、具体的な評価制度だけではなく、関係性等も全て含めた上でのHRプラクティス・人事施策とエドモンドソン氏は表現されているのかな、と捉えました。実際、それは大きな影響は及ぶだろうなということは現場の人間としても容易に想像できます。
松村憲:そうですね、組織レベルの心理的安全性に関わる要素の図は興味深く、本当にバランスよくまとめられているなと感じました。この図を参考にして確認していくことで「我々の組織は心理的安全性を作れているだろうか?」という1つの指標になると思います。
また、組織レベルでの心理的安全性の前提条件となるHRプラクティスも非常に大切だなと思いました。具体的に 長期的な雇用関係の重視、公正な評価と報酬制度、従業員の意見を尊重し、参加を促す、といった要素も挙げられてましたけど、まさにはじめの「長期的な雇用関係の重視」においては、例えば労使関係がこじれている最中に「心理的安全性を!」と言われても、、、と前提条件になる可能性も大いにあるので、そこもちゃんと示されているなと感じました。
とはいえ、ここのコミットメントがしっかりしていないから心理的安全性が作れない、となると そこは鶏と卵みたいな話でもあり、「HRプラクティスがあるから心理的安全性が整うんです」という単純な話ではなく、もっとダイナミックで複雑な相互関係なのだろうな、と思って伺っていました。
つまり、組織における心理的安全性の構築は、評価制度や人事施策はもちろん、よりマクロな組織文化や理念、経営者層のリーダーシップなど、さまざまな要因が複雑に関係し合っていると言えます。
人間関係の質の組織への効果
松村憲:ちなみに、人間関係の質の5つの要素の中の緊張感・しなやかさ (tensility)は、具体的にどのような関係性を表していましたか?
s子:はい、具体的には
- 人間関係にストレスや軋轢が生じても、それに耐え抜く強さがある
- お互いを非難したり、壊れてしまうのではなく、しなやかに対応できる
- 一時的な緊張があったとしても、関係そのものは維持される
- 問題が起きた際に、建設的な対話ができ、関係を修復することができる
などが挙げられ、人間関係の強靭さ、回復力を指し、良好な関係性を損なうことなく、軋轢を乗り越えていく力、とのことでした。
私の理解では、仲良しグループだけではなく、適度な緊張感を持ったり、意見も否定するだけではなくて、ディスカッションをしたりミスや直した方がいい点などを伝える時も、必ず前向きな方、改善策など成長や学習につながるような関心や意識・フィードバックが非常に重要だ、ということだと思います。
松村憲:そうですね、はい、この辺は学習理論心理学がベースになっていると思います。いかに学習を促す環境を作るか?でもあり、良質な人間関係 3つ目の繋がり(connectivity)や5つ目の相互関係・相互性 (mutuality) にも繋がります。お互いを尊重し、受け入れ合い、双方向のコミュニケーションが行われている状態・関係性というのは、心理学的にも脳神経学的にも非常に重要なポイントになると思います。
社会資本と組織学習
小島美佳:前提条件 3番目のソーシャル・キャピタルは、ビジネスの世界において確かに重要な概念です。
ご紹介いただいた論文では、組織内のネットワークや人間関係についてのみ言及されており、確かにそれらはチームの生産性やイノベーションの源泉となり得ますが、より広い社会的な繋がりを持つことで、新たな視点やアイデアが生まれる可能性があります。逆に1つの関係性の中だけに閉じてしまっていると、知らず知らずのうちに組織内の繋がりだけが濃厚になってしまい、新しい知見や刺激に欠け、次第に活力を失っていく危険性はすごくあるなと感じています。
そこに、より社会的な繋がり、具体的に言うと自分たちが所属している組織を超えた広範なネットワークやコミュニティに参加し、そこでの議論が存在することによって、異なる業界や文化からの知識を吸収し、それを自組織の成長に活かすことができます。
また、社会的な問題に対する意識が高まることで、企業の社会的責任や持続可能性への取り組みが強化され、より柔軟に、そして迅速に市場や社会の変化に対応することができ、企業変革も起こりやすくなると思いました。さらに、社会との関係性を深めることは、従業員のモチベーションや満足度を高め、組織全体の士気を向上させる効果もあります。
ですから、ソーシャル・キャピタルは単なる人脈の構築にとどまらず、新しいビジネスチャンスを見出したり、危機を回避するための情報を得るための重要な資源となりうること、それらが我々のチームや会社そのものにどう影響を与えるか?を理解し活用していくことが重要です。これを理解し、組織の文化や戦略に組み込むことが、今後のビジネスの成功に不可欠な要素となるでしょう。つまり組織が外部のネットワークやコミュニティとどのように関わり、それを内部の成長にどう結びつけるかが、今後の大きな課題となると考えます。
松村憲:なるほど。
今美佳さんが指摘されたものはより内的なもの、組織内だけでなく全般的な人々との関係性、信頼、規範ネットワークといった社会資本ですね。さらに外的なソーシャル・キャピタル、ネットワークを考えると、社会や広がり、一市民として、みたいなところまで広がり得ると思います。
ここもすごい大事ですよね。心理的安全性を人間的なものとして捉えると、社会的な生き物である人間、あるいはそういった営みを行う組織にとって、これらの要素は個人の幸福感と組織の成功の両方において、中心的な意味を持ちます。見失いがちですが非常に重要なポイントだと思いました。
心理的安全性は組織変革と業績向上の鍵
小島美佳:最後のプロセス・イノベーションについても、変革をただ追求するだけではなくて、そこでなかなか企業業績に繋がりにくい部分を、心理的安全性や信頼の風土があることによって変化させることが可能ですよ、というのは現場の経験や感覚からも結構分かるなと思いました。
1人1人の皆さんが自分自身が思うことを実現する上で、1人で頑張るだけではなく他の人から色々フィードバックをもらったり議論が湧き起るという感じを、主体性の風土、と示してくださっているのかなと思い、納得しました。
あとはやはり、非常に重要なのは、その先に学習・学びがあるか?というところですね。本来のサイコロジカルセーフティが目指すところは組織学習とパフォーマンスであり、心理的安全性はそれらを媒介するものであってゴールではない、ということを改めて認識をすることはとても大切だと思いました。
はい、次回はグループレベルの心理的安全性の重要な要素の2つめ、チームの特性について対話していきます。
References
- Edmondson A, Lei Z, Psychological Safety: The History, Renaissance, and Future of an Interpersonal Construct, Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior (2014)
- Collins CJ, Smith KG. 2006. Knowledge exchange and combination: the role of human resource practices in the performance of high-technology firms. Acad. Manag. J. 49(3):544–60
- Carmeli A, Gittell JH. 2009. High-quality relationships, psychological safety, and learning from failures in work organizations. J. Organ. Behav. 30(6):709–29
- Carmeli A. 2007. Social capital, psychological safety and learning behaviours from failure in organisations. Long Range Plan. 40(1):30–44
- Baer M, Frese M. 2003. Innovation is not enough: climates for initiative and psychological safety, process innovations, and firm performance. J. Organ. Behav. 24(1):45–68