ブッダとマインドフルネス② 「感覚」 に気づく

マインドフルネスを確かなものにするための、二本目の柱である「感覚」について今回は書いてみます。この「感覚」は仏教用語ではヴェーダナーと呼ばれます。 (第一回の記事は「身体」でした)

「感覚」とは例えば、人が感じる痛みの感覚や、かゆみ、しびれ、エネルギーが流れるような心地よさ、あらゆる快感や不快感、重さや軽さ、温かさや冷たさのような熱の感覚などです。あるいは、ある考えを持ったり、感情が強くなる時には、必ず身体に感覚が生じています。腸煮えくり返る時には、怒りの感情とともにお腹に熱の感覚が生じます。冷酷な決断をした時には、身体に実際に冷たい感覚があるかもしれません。こうした感覚は普段は無意識に生じていますが、マインドフルネスのレッスンを重ねて、感覚に気づくことでより意識化されます。

私たちが理性的な判断をする時、その選択が生じる前に微細な「感覚」が生じていると考えられます。「感覚」には快・不快あるいはそのどちらでもない中立の感覚があるだけです。しかし、私たちは半ば無意識にそうした感覚に瞬時に反応して、好き嫌いの意味づけや判断に繋げています。「感覚」は感覚でしかないことを理解し、マインドフルに今この瞬間の感覚を観察することができると、自分の条件付けされた行動や思考のパターンから開放されることになります。例えば、ちょっとした痛みやしびれの「感覚」があるとして、「痛い」「嫌なものだ」という判断や反応をすることで、余計苦しくなったりするのです。しかし、「痛み」と認識している「感覚」を冷静に観察し続ければそれはしびれのような感覚であり、しばらくすると消えていくものかもしれません。あらゆる感覚はマインドフルネス瞑想の対象とすることで、流れる河の水のように変化し続け、長短はあるにせよ、やがては消え去っていきます。感覚を通じて私たちは、平静さや、あるがままに見る智恵を培うことができます。

心と身体のアンバランスは現代人の課題と言えますが、「感覚」は心身をつなぐ鍵にもなります。身体症状には感覚が伴いますが、しばしばこの感覚を観察することで、その症状に付随した記憶や感情が甦ります。浮上した感情を感じきり、その意味づけが上手くなされると身体症状も消え、心身を含めた全体性が回復する機会となるでしょう。

さて、こうした「感覚」へのマインドフルな気づきを高めるために何をすればいいでしょうか? 最もフォーマルな瞑想法としては、呼吸に意識を集中できるようになったら、身体全身の各部位に注意を向けてその瞬間にその場所にある「感覚」に気づくことです。全身をこのようにボディスキャンできるようになると、全身の「感覚」が高まっていきます。より簡単な方法としてお勧めなのは、夜寝る前に身体に注意を向けることです。身体全身を調べて、疲れや重さ、そこにある感覚をじっと感じ取るのです。それだけでリラクゼーション効果があるので眠りやすくなるでしょう。他に、慢性的な痛みなどある人は、その感覚を避けるよりもむしろ客観的に観察してみるといいでしょう。他には好きなことを楽しんでいる時の感覚を思いだしたり、嫌いな人と話す時の感覚を思いだして、ただ感じてみることもできます。感じられるようになれば、その分条件付けから開放され、より主体的な選択をする可能性が開かれるはずです。

次回はマインドフルネスの確立のための三つ目、心について触れていきます。
松村 憲

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瞑想経験15年以上。大阪大学大学院博士前期課程修了。認定プロセスワーカー。臨床心理士。
マインドフルネス瞑想の土台となっている10日間のヴィパッサナー瞑想リトリート(※)に15回参加。タイ、インドなどの長期りトリートで修行を積む。
 深層心理学のユング心理学にルーツを持つプロセスワークの専門家。身体性やマインドフルネスを早くより研究、実践し、個人の心理のみならず、関係性やグループ、組織を対象に仕事をしている。ビジネスシーンにおいては、個人のポテンシャルやリーダーシップを深く引き出すコーチングや、バランストグロース・フェローとして専門性を活かして、組織開発やコンサルティングに従事。近年は企業におけるマインドフルネス研修にも取り組む。
著書に『日本一わかりやすいマインドフルネス瞑想”今この瞬間”に心と身体をつなぐ』BABジャパン2015、共訳書にアーノルド・ミンデル著『プロセスマインド』春秋社2013などがある。