リーダーシップの核心:観照とメタ認知で高める自己認識力と脱フュージョン

s子:前回の「脱フュージョン、脱同一化」に続き、今回も心理学者の松村憲さんに「観照とメタ認知」について伺います。

観照(かんしょう)とは


前回脱フュージョン、脱同一化と今回のテーマ「観照」は、自己と思考や感情との間に「距離」を置くという点で密接に関連しているように感じます。
観照については、以前のマインドフルネス24講座「心の自由を手に入れる – 多忙なビジネスマンにこそ勧めたい 『何もしない瞑想』」で説明していただきましたが、私が理解できず、もう一度説明していただけますか?


観照とは
1, 主観をまじえないで物事を冷静に観察して、意味を明らかに知ること。
2, 美学で、対象の美を直接的に感じ取ること。美の直観。

(引用元:デジタル大辞泉

下の図の「考え・思考=自分」のように、自分と考え・思考が一体化している状態が認知的フュージョンで、ここに観察者の視点を持つことで「考えている主体は、思考ではなくて、思考を観察をしている自分」と思考と自分、思考と現実を切り離していく過程を脱フュージョン、脱同一化という、というのが前回の要点でした。

ここで、24講座でお話しいただいた「コップを見るものが真実の自分、真我」「観察と観照の違い」の部分で混乱してしまったので、もう一度お聞きしたいです。

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観察と観照

松村憲:はい。まずは、観察とは、対象を観察することです。

一方、観照とは簡単に言えば、「対象を観察していることに気づく、観察している自分に気づく、気づいている自分に気づく」ことです。
観照は、東洋思想や瞑想の世界でよく使われる概念です。


観察者と観照者のちがい

観照者と観察者の違いは、観察者は単に対象を見る人です。例えば、「コップはコップだ」と認識できれば、私たちはいつでも観察者である、といえます。
一方、観照者は観察対象も観察をしている自分自身も客観的に見る人です。観照者は、自分が「対象を観察している」という状態にも気づいている、究極的に気づいてる、つまり気づき続けている気づきのみの状態にあります。観察対象のコップは物理的にはコップですが、自分自身すらもコップと同程度に客観的に観察をする対象になる、というのが観照の考え方です。

観照の視点では、自分という物理的な肉体も、さらには自分の心の世界や認知の世界まで観察の対象となります。コップのように心を肉眼で見ることはできませんが、例えば「私は今、脳の中で〇〇と考えている」というように、思考そのものも気づきの対象になり、思考すらも見ている、観察しているということです。

複雑で抽象度(思考や表現が具体的な詳細から抽象的な一般性に向かう程度)の高い話かもしれませんが、哲学とか宗教学の分野では昔から話題になっている点です。

例えば、ユング心理学では「投影」という概念があります。
自分の心の中にある鏡は、自分自身や他者の姿を映し出すのと同じように、自分の無意識や潜在的な欲求や感情も映し出します。そして鏡に映るものは、何でも全て気づきの対象になります。

s子:その鏡とは何を指すのでしょうか?

松村憲:鏡は「気づきそのもの」と言えます。
心理学用語では「鏡元型」と呼ばれ、自分や他者、世界を見る際に用いられる基本的な枠組みを指します。
この鏡元型を通じて、私たちは自己と世界を理解し、メタ認知を深めていくのです。

s子:では、脱フュージョン・脱同一化と観照の違いは何でしょうか?

松村憲:脱フュージョン・脱同一化は、自分と思考が一体化している状態(認知的フュージョン)から抜け出すプロセスです。一方、観照は、その「抜け出た状態」を維持し、さらに深めていく実践といえます。

継続的に観照を実践することで、思考や感情に巻き込まれることなく、それらを客観的に観察する能力が養われます。これにより、「思考=自分」という同一化から自然に距離を置けるようになり、脱フュージョンの状態がより安定し、持続しやすくなります。

また、観照を通じて得られる「気づき」は、私たちの思考や行動パターンの根本的な変容をもたらす可能性があります。自分の思考や感情を客観的に観察することで、これまで無意識に行動を支配していたパターンに気づき、それを変えるチャンスが生まれます。これは、脱フュージョンがもたらす重要な効果の一つといえるでしょう。


ビジネス現場での観察と観照の違い

小島美佳:ビジネス文脈でこの概念を解釈すると、上の図であった「コップ」は『課題』に置き換えられますね。課題を観察し吟味する人が観察者で、その課題と観察者自身を客観的に見る視点が観照者だと理解しました。

観察者(課題を観察している自分)は、観察し続けているうちに自分の中で何かしら評価判断や思考が生まれたりします。その際、観察している自分を観照できていると、気づきの抽象度がどんどん上がっていく、ある時には観照していた自分も観察者の視点に戻る、といったことの繰り返しなのかなと。

常に課題を観察し続けて、その過程で思考が生まれた自分に気づいたら、またその状態を観照して、といったような後ろに下がり続けながら観察し続けるみたいな感覚が観照なのかな?と思いました。

松村憲:その通りです。
ビジネスにおいて、課題を観察したり課題に関わる自分を観察したり、さらにそこで自分の中に生じる思考や感情を見ることができるのが観照の視点です。その課題にしっかり関わってリードするのが、リーダーシップ論で言われる自己主導型リーダーに求められる能力に近いもので、リーダーにはそういった視点が求められます。

なぜ観照者の視点が重要になってくるのか?

小島美佳:では、なぜそういった観照者の視点が重要か?というと、この視点を持てている人とそうじゃない人では、その気づきの深さとか広がりのレベルが全く異なってくるのではないでしょうか。
ですから、東洋思想・心理学の概念をビジネス文脈に当てはめた場合、観照をそのように捉えていただけると、日々のビジネス現場や日常生活でも使えるし有用かと思います。

松村憲:そう思います。
観照のような、自分すらもちょっと斜め上からも見るような視点を持つことで、さらに気づきの抽象度が上がってきます。
例えば、ビジネス現場ではプロジェクトや組織全体を俯瞰的に見ることができるようになります。これは見える範囲が広くなればなるほど複雑性がどんどん増していく、現代のビジネス環境において非常に重要な視点です。一つのところにとらわれてる私だけじゃない、あらゆるところに視点を移動することもできるし、様々な役割や任務などそれぞれも理解できるけれど、全体を離れたところから統合的に見ることもできている、というポジショニングは特にリーダーには必要です。

このようなポジショニングは、成人発達理論(成人期以降の心の成長を理論化する発達心理学の分野)でも、高いレベルの発達段階が必要と言われ、高いポジションのリーダーほど、こういった視点が必要だと言われています。その結果、思考や判断に柔軟性が出てくるんだと思います。

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観照と認知心理学用語の『メタ認知』の関係

s子:観照者的な視点は、メタ認知と似ていると感じました。

松村憲:そうです、観照は「究極のメタ認知」と言えるでしょう。
観照と聞くと宗教学っぽくなってしまいますが、認知科学用語で言えば『メタ認知』と同義と考えて良いでしょう。

小島美佳:つまり、瞬間的ではなく恒常的なメタ認知のような状態ですね。

松村憲:そうです。メタ認知だけの状態、と言えるでしょう。

メタ認知・バルコニービューでは別の視点で自分を観察する
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意識の覚醒段階における観照

s子:以前、ケン・ウィルバー氏の意識の覚醒ステップにおける観照についてお話しされていましたが、下の図における観照の位置づけを教えていただけますか?

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松村憲:この図の覚醒ステップでいうと、観照は3番の「コーザル(元因)」の段階に近いです。
気づきモードで究極的に気づき続けている自分」が自分だよね、というところまでアイデンティティシフトが起きた状態です。この状態では、小さな出来事に囚われにくくなります。

なお、より高次の上の図での4番の「非二元」の段階は、禅などで言われる『悟り』に近い状態で、そういう意識状態がある、と言われています。
しかし、おそらく一般の人が非二元みたいなところまで行ってしまうと、「非二元とは何か?」について語るだけの人になってしまうのかなと。ただし、ビジネス環境では、バランスを取りながらこの状態を維持するのは難しいかもしれません。逆に仕事ができない人になっちゃうのではないかなと想像します。
ですから、ここでは「非二元=悟った人」とだけ理解していただければと思います。



s子:なるほど、ありがとうございます。
マインドフルネスなどの実践を通じて、思考や感情に気づき、「思考≠自分」と認識するスピードを上げたり、観察や気づきの範囲を広げたりすることが大切なのですね。

松村憲:そうですね。
これまで、自分の中の思考モードと気づきモードのバランスで言うと9割が思考モードだったとしたら、それに気づきつつ、徐々に思考モードと気づきモードのバランスを取っていけると良いですね。その結果、3番のコーザルの段階に近づけます。
また、常に気づいている状態を保つことで、自然と脱同一化、脱フュージョンが起こり、より生きやすくなるはずです。


マインドフルネス入門講座
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脱フュージョンでビジネスのブレイクスルーを起こす

小島美佳:まさにこの脱フュージョンが、ビジネスマンがマインドフルネスを実践した方がいい理由だと改めて思いました。
特定の思考パターンに囚われることで、ブレイクスルーが起きない状況は絶対にありますよね。同じ思考でずっと考え続けているからブレイクスルーがないのであって、それを打破したいのであれば、別の思考パターンが必要です。
つまりブレイクスルーがない時に別の思考パターンを取り入れるには、脱同一化、脱フュージョンが必要不可欠です。

個人的にはこの『脱フュージョン』の概念がビジネスマンの間で広まったらいいなと思いました。
「ちょっとあなた、今、脱フュージョンが必要なんじゃない?」と言うだけで通じるような(笑)。

松村憲:「脱フュージョン」は認知行動療法の世界共通用語として使われています。ビジネス現場でこの概念が広まれば、新たな視点や解決策を見出すきっかけになるでしょう。

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リーダーの成熟と脱フュージョン

松村憲:ハーバード大で研究されている成人発達理論によると、人間、リーダーとして心理発達的な成熟をしていく、能力を高めていく上で最も重要な要素が「気づきモード」、つまりメタ認知能力とのことです。リーダーシップにはセルフ・アウェアネスが重要だと言われ続けている理由がここにあります。
セルフ・アウェアネスは、リーダーが成果を出すためには?といった短期的でわかりやすく結果に繋がるものではないので、扱いは前面的には出てきていないですけど、リーダーシップ論でも少しずつ認識が広まりつつあります。ですから、ここは実はとても本質的な部分なんだと思います。

ターシャ・ユーリック氏の著書
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s子:ありがとうございました。
最近読んだ2017年のフォーブスの記事(『自己認識ができる人はわずか15% 意識を変える方法は?』)で、組織心理学者のターシャ・ユーリック氏の研究が紹介されていて、実は、多くの人が思っているほど自己認識や気づきができていないそうです。自己分析やセルフコーチングの重要性を強調されていました。

結局みんな、目の前の課題解決ばかりに勤しんでしまって、自分自身を客観的に見られていないとのことで、自己分析やセルフコーチングの重要性が強調されていました。個人的にタイミングがシンクロしているなと思いました。

松村憲:私も、昨日ちょうど発達心理学者の鈴木則夫さんと対談した際に、関連する話題が出ました。
彼と関わりがあるハーバード大学の発達心理学の研究者が中心となって設立した発達測定を専門とするレクティカという団体の研究によると、特に現代型の企業組織や行政などでより高いポジションのリーダーほど、発達段階は上がっていく必要がある、というラインがあるらしいんです。

ハーバード成人発達研究の現責任者と副責任者による著書
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現実では乖離することもありますが、発達測定の専門家グループが実態調査を行なった結果、やはりCEOに近づけば近づくほど高い発達段階にある、とのことでした。
つまり、リーダーには自己認識力や気づき力が求められるし、実際に多くのトップ・リーダーたちは脱フュージョンが進んでいる人が多いそうです。

s子:リーダーになる過程での体験や葛藤が脱フュージョンを促進し、心理発達にも繋がるということですね。

松村憲:そうですね、瞑想で脱フュージョンを進めることも可能ですが、ビジネス現場での体験、特に修羅場経験で鍛えられてるところも多く、心理発達段階も上がりやすいみたいです。

s子:日々リーダーとして、ビジネス現場で聖徳太子のように色々な役職の人たちの意見を聞いたり、さまざまな決断や判断をしたり、ということを毎日やっていると、その体験そのものが修行になるのってのは、なんかわかる気がします。

松村憲:大変な思いをしたり、うまくいかない体験や葛藤をするほど人は覚醒するんですよね。

小島美佳:ありがとうございます。脱フュージョンとリーダーシップの関係性の理解が深まる感じで良かったです。

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ABOUTこの記事をかいた人

大阪大学大学院博士前期課程修了。認定プロセスワーカー。臨床心理士。 瞑想経験20年以上。 マインドフルネス瞑想の土台でもある、10日間のヴィパッサナー瞑想リトリート(※)に15回以上参加。タイ、インドにて長期トリートで修行を積む。  深層心理学のユング心理学にルーツを持つプロセスワークの専門家。身体性やマインドフルネスを早くより研究、実践し、個人の心理のみならず、関係性やグループ、組織を対象に仕事をしている。ビジネスシーンにおいては、プロセスワークのコーチングや、組織開発やコンサルティングに従事。企業におけるマインドフルネス研修や、大手フィットネスクラブのマインドフルネス・プログラム開発や指導者養成も行う。著書に『日本一わかりやすいマインドフルネス瞑想"今この瞬間"に心と身体をつなぐ』BABジャパン2015、共訳書にアーノルド・ミンデル著『プロセスマインド』春秋社2013、ジュリー・ダイアモンド著『プロセスワーク入門』などがある。

(株)BLUE JIGEN 代表取締
バランスト・グロース・コンサルティング(株)取締役
(一社)日本プロセスワークセンター ファカルティ
日本トランスパーソナル学会 常任理事

(※) 10日間 話さずに座り続けるもの