脳科学本『あなたの脳のはなし』で知るマインドフルネスの効果 |脳の可塑性と休息

マインドフルネスは脳にどのような影響を与えるのか。その理解には、まず脳の仕組みを知る必要があります。本記事では、神経科学の権威であるデイヴィッド・イーグルマン教授の著書『あなたの脳のはなし〜神経科学者が解き明かす意識の謎〜』を参考に、私たちの脳の仕組みを解説した上で、マインドフルネスが脳にどのような変化をもたらすのかを明らかにしていきます。

脳とは一体どのような器官なのか、どのようにして情報を処理しているのでしょうか。また、マインドフルネスはどの部分の脳の活動にどう影響を及ぼし、その結果どんな効果が期待できるのか。
最新の脳科学的知見に基づき、その正体に迫っていきましょう。



どんな人にオススメか?

BBCドキュメンタリーシリーズ『THE BRAIN
Source : Amazon
  • 心と意識の仕組みに好奇心がある人
  • これまでの「常識」を覆される新しい発見に興味がある人
  • 脳科学の最新知見を平易な言葉で学びたい人

本書について、東北大学副学長の大隅典子先生は以下のようにおっしゃっています。

だれもが関心をもちながら、脳ほど誤解されているものもない。
たとえば――
 意識があなたの振る舞いを支配している
 世界に色があるのは当然だ
 記憶は写真やビデオ映像のようなもの
 眼があればものは見える
 脳の半分が失われたら、普通の暮らしは無理
 人間は他人との交渉なしで生きていける
……全部ウソである。
脳科学の世界的権威が豊富な写真を駆使して、
心と意識の謎を平易にレクチャーする入門篇。

解説/大隅典子(東北大学大学院医学系研究科教授)

引用:Amazonの書籍紹介より


Source : Amazon

脳科学の最新の知見を一般の人にも分かりやすく伝える名著

「意識とは何か?」「感情と思考の違いは?」など、誰もが抱く根源的な疑問に対し、この本では最新の脳科学から答えていきます。読み進めるうちに、これまでの「当たり前」が覆される発見に出くわすかもしれません。

しかし著者は「専門知識は必要ない。好奇心さえあれば十分」と言うように、初心者でも楽しめる平易な解説となっています。


著者デイヴィッド・イーグルマンについて

著者 David Eagleman
Source : Wikipedia

スタンフォード大学の神経科学者。Nature誌をはじめ多数の論文発表があり、BBC番組『THE BRAIN』の脚本・プレゼンターを務めました。
主な研究成果として、以下の5つの研究があります。

  • 脳の可塑性 (brain plasticity) :神経系が環境や外部刺激に適応させるために、ニューロン(神経細胞)回路を強化したり弱めたりして処理能力を最適化させる現象
  • 時間知覚 (Time perception) :時間の流れ方は知覚する人が置かれた状況によって長く感じたり短く感じたりする、ということを高所からの落下(!)で実際の時間と体感覚での時間を比較検討した
  • 共感覚 (Synesthesia): 文字や音に色が感じられたり、味や匂いを感じる現象のこと、共感覚であるか判断できる無料のオンラインテスト・The Synesthesia Battery(現在は使えないようです)の開発者
  • 錯視 (Visual illusions) :視覚に関する錯覚、特にフラッシュラグ効果とワゴンホイール効果(ストロボ効果の一種)に関する研究
  • 神経科学と法 (Neuroscience and the law) :脳科学が法にどのように影響するか?などの新しい研究分野、Center for Science and Lawの創始者・ディレクターでもある


脳とは何か?~脳の構造と機能の基礎知識~

本書の序論では次のように述べられています。

人の頭骸骨の中にある奇妙な計算する物質は、人が世界を移動するときに使う知覚装置であり、決断を生むものであり、創造を作り出す素材である。夢も起きているときの成果でも、何百億と言う敏捷な脳細胞から出現する。

本書序論より

脳は、知覚、思考、感情、創造性など、人間の全ての活動を司る不可欠な器官です。しかし、私たちが「現実」と認識しているものは、実は脳による情報処理の結果に過ぎません。
人間の脳の特徴は、生まれた時には未完成な状態で、その後の環境に適応しながら神経回路を構築していく点にあります。これにより柔軟性が生まれ、文化を作り上げることができました。一方で、動物は本能的な行動プログラムがあらかじめ決まっています。

人間の脳は大脳皮質が発達しており、高次の認知機能を司ります。記憶や学習に関わる海馬などは動物との共通点もあり、実験から多くの知見が得られています。2000年ごろからfMRI (機能的核磁気共鳴画像法)PET(陽電子放射断層撮影)技術の進歩により、侵襲的な手段なしに脳の活動状態を可視化できるようになり、脳に関する科学的理解が格段に進んでいます。

このように、人間の脳は未だ解明されていない部分が多くありますが、その構造と働きを知ることで、心の在り方や人生の可能性に気づくことができるでしょう。

要点は以下の通りです:

・脳が人間の全ての活動の基盤となっている
・私たちの現実認識は脳の情報処理によるもの
・人間の脳は環境適応能力に長けている
・最新技術で脳の可視化が進み、理解が深まっている

このことを理解すれば、自分の脳の性質や機能に興味を持ち、脳とうまく付き合うことができます。そうすれば、私たちが持つ無限の可能性に気づき、より良く生きるために何をすべきかを考えることができます。

ダライ・ラマ氏も、『21世紀の最新の脳科学の英知をもっとうまく利用して個々人が平和のために努力しよう』といったことをTwitterで発言しています。

Here and now in the 21st century, with the help of what scientists have learned about the brain, we need to learn how to achieve peace of mind. This is crucial, since world peace can only be built by individuals who are at peace with themselves.

Dalai Lama on Twitter


脳科学の視点からマインドフルネスの効果を紹介するにあたり、導入として、まずは脳とは何かについてまとめました。脳神経科学などの基礎知識のある方は、『マインドフルネスが脳に与える驚くべき効果』までスキップしていただけると幸いです。




人間の脳の構造

人間の脳は構造や様々な機能を持つ部分によって、大まかに大脳、間脳、小脳、脳幹の4つに分類されます。

人間の脳の構造、脳の模式図は『わたしたちの脳』より引用


  • 大脳:私たちが意識して考えたり感じたりする部分です。物事を理解したり創造したりする力や、言葉や記憶などの知的機能を担います。
  • 間脳:自律神経やホルモンの調節や、無意識の反射や感情の発生に関係します。中脳と大脳半球との間にある脳領域で、視床、視床下部、脳下垂体、松果体、乳頭体から構成されます。
  • 小脳:身体の動きやバランスをコントロールしたり、感覚情報や大脳からの指令を調整する働きがあります。脳の後ろ下にある部分です。
  • 脳幹:脳と脊髄をつなぐ部分です。呼吸や心拍などの生命維持に必要な不随意機能を管理します。



さらに大脳の表層部に位置する大脳皮質は、環境から受け取った光や音、痛みなどの刺激がどの部分に伝わり情報が処理されるか?という機能局在によって、大まかに以下の4つに分類されています。

  • 前頭葉:運動や思考や判断などの高次機能を担う
  • 頭頂葉:体の感覚や空間認識などの機能を担う
  • 側頭葉:聴覚や記憶や言語などの機能を担う
  • 後頭葉:視覚や色彩や形などの機能を担う

これらそれぞれの領域が互いに連携し協調的に働くことで、ロボットでは未だ再現が難しい、二足歩行で走ることなど高度な身体・精神活動が可能となります。

脳内のどの領域がどのような機能を担うのか?というこれまで得られた知見と、MRIを用いて神経活動にともなう血管中の酸素代謝量の変化を測定(酸素代謝量の多い部分=脳内で活性化している領域と判断)した結果を照らし合わせることで、機能的MRI (fMRI) として活用できます。fMRIによって人間の脳の構造や機能について知ることが可能となります。

脳の構造と機能
Source : 東京大学 健康と医学の博物館『わたしたちの脳


脳は約1000億個の神経細胞で構成される情報処理装置

 人間の脳は頭蓋骨の中に収納された髄膜神経細胞(ニューロン)、グリア細胞、血管、髄液などによって構成されています。
 情報伝達を担う神経細胞(ニューロン)は脳内に1,000億個ほど存在し(RIKEN BSI 脳の構造)、ニューロンとは別にグリア細胞は1,000億から数兆個存在すると言われています。このように多数存在するグリア細胞の機能は長い間不明でしたが、最近、主に脳内でのニューロンの位置の固定や、栄養供給、ミエリン(髄鞘)の形成などニューロンの恒常性維持に働くことが分かってきました。

中枢神経系での情報伝達の仕組み

ニューロン(神経細胞)の構造は大きく分けて以下の三つがあります(下図参考)。

  • 遺伝情報を含む核やミトコンドリア等の細胞内小器官を含む細胞体
  • 次のニューロンへ電気信号を伝える軸索
  • 他の神経細胞からの信号を受け取る樹状突起
ニューロン(神経細胞)の構造
Source : 東京大学 健康と医学の博物館『わたしたちの脳


 ヒトニューロン の細胞体の大きさは直径3〜18μm程度、軸索の長さは数mm程度にもなると言われています。軸索は電気信号(活動電位)を伝える電気ケーブルとしての役割のみが知られていました。しかし最近の研究で、軸索の電気的伝導速度は一定ではなく、一本の軸索の中でも細胞体に近く太い部分は、末端の細い部分よりも活動電位の伝搬速度が約3-4倍も速いことが分かってきました (Nature Communications, 2013, 日本語のプレスリリース)。さらに同じ軸索でも日によって伝搬速度が変わったり、異所的な薬理刺激による速度の変化が観察されたことから、軸索は単なる電気ケーブルではなく、能動的に脳内の情報処理に関与している可能性が示唆されました。

 高校の生物で、軸索は電気的伝導による情報伝達とさらにミエリンでの跳躍伝導により伝達速度が速く、軸索の末端のシナプスにおける情報伝達は神経伝達物質の授受を介した化学的伝達なので伝達速度が遅い(シナプス遅延)、と習ったことは覚えている方も多いかと思います。

伝達方法速度
軸索 電気的伝導0.2〜1.5 m/sec
シナプス神経伝達物質を介した化学的伝達
・シナプス後細胞でのシナプス電位発生
一つ通過するのに
0.1 msec
表1:ニューロンでの情報伝達方法

ニューロンだけでは脳の働きを説明することはできません。ニューロン同士がつながってネットワークを形成し、そのネットワークがさらに高次機能を可能にし、脳は思考や感情、記憶などのさまざまな現象を実現しています。


脳波とは

 脳波とは、脳の神経細胞が活動する際に発生する微弱な電気信号のことです。具体的には、軸索を伝達する活動電位シナプス電位 (神経伝達物質を受け取る側のシナプス後細胞が、受容体に神経伝達物質が結合した後に発生する電位。これによってシナプス後細胞へ刺激が伝わり、次のニューロンへと刺激が伝わる)の総和です。
頭皮につけた電極によって脳波を測定することで、脳の機能や状態によって変化することが分かり、そのパターンや周波数によっていくつかのタイプに分けられます。脳波を測定することで、脳の活動状態や意識レベルを推測することができます。

脳波の種類周波数主な状態
アルファー波8〜13 Hz集中、リラックス
ベータ波14〜30 Hz通常状態から心配・緊張
ガンマ波30 Hz以上怒り・興奮
デルタ波0.5〜3 Hz熟睡
シータ波4〜7 Hz熟睡と覚醒の間、まどろみ
表2:脳波の種類とそれぞれに対応する状態


神経伝達物質の多様性とその働き

シナプス(神経細胞と神経細胞の接合部)での伝達を担う神経伝達物質は以下の3つに大別されます。

  1. グルタミン酸, γアミノ酪酸 (GABA) などを含むアミノ酸類
  2. オキシトシン等を含むペプチド類
  3. ドーパミン、セロトニン、アドレナリン、ヒスタミン等を含むモノアミン類・アセチルコリン

現在50種類以上が知られています。
なぜそんなにも沢山の種類の神経伝達物質が必要なのか?またそれらの使い分けについては、現在も研究が行われています(参考文献例『【神経科学】感情と結びつく神経伝達物質』Nature Highlight, 2013)。

一方で、GABA受容体作動薬は睡眠薬、セロトニン再取り込み阻害薬は抗うつ薬として治療に用いられています。


脳神経ネットワークの多様性

神経の観点から言うと、あなたが何者であるかは、あなたがどう生きてきたかで決まる。(中略)
あなたの経験はあなた固有のものなので、あなたの神経ネットワークの果てしない入り組んだパターンもあなた固有のものである。

本書p14

つまり「私」を決定づける脳神経ネットワークは、環境や経験によって変化する脳内での遺伝子の発現パターン(遺伝子発現パターンは時期や臓器によって異なります)とニューロンネットワーク構築によって形作られるもので、その多様性は計り知れず、雪の結晶と同様に一つとして同じ脳内ネットワークはないと言えます。
これがヒトの個性であり、同じ状況下や同じ情報を同時に受け取っても、個々人によって認知や対応の仕方が多様となる理由であり、非常に興味深いと考えています。


脳や神経細胞の構造や機能などについては、後述する内容を理解するための最小限の説明にとどめますので、より詳しく知りたい方はぜひ本書をお手に取ってみてください!
シナプスについては、下記のHarvard XのCG動画もオススメです。

マインドフルネスおすすめ情報

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ABOUTこの記事をかいた人

ライター。 博士号を取得後、日本学術振興会特別研究員・博士研究員・大学教員として教育研究に計10年以上従事(専門は分子生物学)。9割以上が男性の業界で女性が中間管理職として働く難しさを感じつつ、紆余曲折を経て小島美佳さんからマインドフルネスを学ぶ。 現在は心理学や精神世界のエッセンスを科学の言葉で咀嚼して伝える方法を模索中の、瞑想歴1-2年の初心者です。