前回は、チームの心理的安全性と学習行動について初めて言及した ハーバード・ビジネススクール 組織行動学教授 エドモンドソン氏の1999年の論文 (ref. 1) と2014年のレビュー (ref. 2) を元に、個人レベルの心理的安全性に関する要素とその関係性についてお話ししました。
具体的に個人レベルの心理的安全性には、以下の3点が大きく関わるとのことです。
- リーダーシップ行動
- 個々のメンバーの発言のしやすさ(暗黙の発言理論, IVT)
- 積極的な行動による信頼関係の構築
今回は前回の内容を振り返りつつ、グループレベルでの心理的安全性に関与する要素とその関係性の全体像を説明していきたいと思います。
目次
グループレベルでの心理的安全性
チーム・グループの定義
まず初めにチーム・グループの定義について確認しておきます。エドモンドソン氏はその違いについて明確に言及していませんが、組織行動学やチームビルディング研究では一般的に以下のように定義されています。
チームの定義
- メンバー全員が共通の目的や目標に向けて協力し、相互に補完しあうメンバーから構成される集団の形態
- 目標達成に必要なスキルで構成される
- メンバー間のコミュニケーションや協力が重要
- チームの最適人数は4人から6人で、10人以上になると機能不全に陥る傾向がある
グループの定義
- 個人の能力や専門性が重視される
- 集団の性質によって分類される
- グループの最適人数は業務の内容によって異なるものの、一般的には10人から20人程度が適切で、人数が増えすぎるとメンバーの一体感や個人の責任感が低下すると言われている
以下この記事では、引用元の論文に合わせてチーム・グループと記載します。
グループレベルでの心理的安全性とは
グループレベルでの心理的安全性は、1999年のエドモンドソン氏の論文『職場のチームにおける心理的安全性と学習行動』(ref. 1) の中で初めて提唱された概念です。
その後の研究から、グループレベルの心理的安全性の特徴として以下が挙げられています。
- グループや組織レベルの心理的安全性は、個人が感じる心理的安全性や人との信頼とは異なる
- 集団の規範や風土・常識が、メンバーの判断や行動に無自覚のうちに影響している
- 同じ組織内でのグループ間でも、グループごとに対人リスクに対する信念が異なる (refs. 1, 3 and 4)
以上より、エドモンドソン氏は「心理的安全性とは本質的にグループレベルでの現象」と述べています。またその定義は「対人リスクを冒しても安全だという、チームメンバーが共有する信念や経験であり、それは共有された責任」のことです。
以下の図は、グループレベルでの心理的安全性に関与する要素とその関連性の全体像を示したものです。このように非常に複雑ではありますが、今回はその全体像を大まかにお伝えし、今後、回を重ねてそれぞれの要素について紹介・議論できればと思っております。
グループレベルでの心理的安全性の先行条件
2014年のエドモンドソン氏のレビューの中では、グループの心理的安全性の先行条件として、
- 組織文化や背景(Organizational context)
- チームの特徴や特性(Team characteristics)
- チームのリーダーシップ(Team leadership)
の3つが挙げられていました。
① 組織文化や背景 (Organizational context)
一つの組織・企業内でも存在するチーム・部署ごとに対人関係の文化や対人リスクが大きく異なります。これはメンバー同士でコミュニケーションをとることが可能なグループとは異なり、より大きな枠組み・グループの集まりである組織の中では、無自覚のうちに文化や歴史、規範や風土などの影響を受け、これらが個人やチームの判断や行動に影響を与えます (refs. 5 and 6)。
このように具体的に組織の状況とは、組織の目標や戦略、価値観、報酬制度、評価基準など、組織全体の状況や方向性のことです。また、心理的安全性を高めるためには、組織の状況が以下のようになっていることが望ましいとエドモンドソン教授は指摘しています。
- 組織の目標や戦略が明確であり、メンバーに共有されている
- 組織の価値観が学習やイノベーションを促進するものであり、メンバーに浸透している
- 組織の報酬制度や評価基準が、メンバーの協力や貢献を正当に反映するものである
- 組織の文化が、失敗や問題を隠さずに共有し、改善に向けて努力することを奨励するものである
② チームの特徴や特性(Team characteristics)
心理的安全性構築のための先行条件となるチームの特徴や特性とは、
といった職場におけるチームの風土のことです。
例えば医療現場チームの調査結果により、ミスやエラーも開示して問題点を指摘しメンバー全員でより適切な判断や行動のあり方を学び共有する(チームの学習行動)ことを可能にする集団の状態 (refs. 8 and 9) が心理的安全性の定義である、と述べられています。
さらにメンバー全員で心理的安全性を構築し意見を共有するところまでが目標で、その際には忌憚なき意見の交換、衝突など痛みを伴うこともある、とエドモンドソン氏も著書『恐れのない組織』の中で強調しています。
医療現場以外でも台湾の研究開発チームにおける研究で、グループレベルでの心理的安全性はチームの学習行動を介してパフォーマンスを高め、オープンなコミュニケーションが可能かどうかが決定要因となる、と述べられています (ref. 7)。
③ チームにおけるリーダーシップ(Team leadership)
リーダーの在り方は個人レベルだけでなく、チームやグループレベルの心理的安全性にも影響します。
例えば、医療チームにおけるミスの報告頻度と安全性向上の関連を調べた研究結果から、リーダーシップの包括性(inclusive, refs. 10 and 11)やリーダー行動の誠実さ (ref. 12) がチームメンバー間の信頼につながり、心理的安全性が高まるほど情報共有・ミスの報告数も増え、結果としてミスも減り、安全性も高まる(パフォーマンスと意思決定の質が高まる)とのことでした。
またCEOのリーダーシップの在り方がチームの心理的安全性に与える影響を調べた論文では、信頼がリーダーシップと失敗から学ぶチームの関係を媒介し、失敗からのチーム学習が信頼と意思決定の質との関係を仲介すると報告されています (ref. 13)。
チーム学習の有効性と信頼との関係
個人レベルでの心理的安全性には信頼関係が重要、と前回お話ししました。一方でグループレベルでの心理的安全性と④ 信頼の関係は少し異なるようです。
④ 信頼 (Trust) と ⑤ チームの努力、モニタリング、問題解決 (Team effort, monitoring, and problem solving) との関係
中国の複数組織における107のチームを対象とした調査で、⑤ チームの努力やチーム内の協力が問題解決思考を促進し、チームメンバーとリーダーが間違いについて話し合う信頼の風土ができ、失敗から学習する行動が増加することが明らかとなりました (ref. 14)。
同様に、オランダのコンサルティング会社の税務部門に所属する73 チームの 565 人のメンバーからWeb ベースの調査を行った結果、信頼は ⑤ チームの努力とチームのモニタリングにプラスの影響を与え、チームの有効性につながることがわかりました (ref. 15)。
その他にも、チームの心理的安全性をメンバー間の信頼関係とする論文はいくつかあるものの (refs. 16 and 17) 、エドモンドソン氏は一貫して、
- 信頼とは個人が特定の人に対して抱く認知的・感情的態度
- グループレベルの心理的安全性は、グループ内で対人リスクを冒しても安全だと集団のメンバーの大多数が共有している状態、集団や職場に対する態度
であり、信頼と心理的安全性は深く関連するものの異なる特性である、と主張しています。
その他の心理的安全性とチーム学習に関わる要素
⑥ -1, 問題解決の有効性 (problem-solving efficacy)
例えば、病院の看護ユニットにおける心理的安全性とグループのパフォーマンスに影響を与える因子を調べた論文 (ref. 18) では、機器や情報の欠落といった運用上の失敗は一般的であり、心理的安全性と問題解決の有効性 (problem-solving efficacy) の両方が失敗を減らすための改善・学習行動に関連することが分かりました。
予想に反し責任感は最前線でのシステム改善とは負の相関関係にある、つまり、チームメンバーのやる気や責任感よりも、リーダーが失敗について安心して報告できる職場環境を作る努力をするほうが業務システムや作業プロセスの改善につながるとのことでした。
⑥ -2, タスク競合 (Task conflict) と社会的相互作用 (Social Interaction)
経営政策と戦略を学ぶ経済学部の学生132名を対象としたグループ タスクの調査では、チーム内のタスクの競合は相乗効果的な知識の発展を抑制するものの、心理的安全性が高いグループではパフォーマンスに対する認識が強まり、社会的相互作用がより効果的に発揮され、タスク競合の悪影響が軽減されたとのことでした (ref. 19)。
その他にも117の学生プロジェクト・チームでの調査では、衝突とパフォーマンスの関係が心理的安全性によって変動する、つまり心理的安全性の高いチームでは衝突によってチームのパフォーマンスが上がることが分かりました (ref. 20)。
以上今回は、グループレベルでの心理的安全性に関わる要素とその関係性の概要について説明しました。
次回の心理的安全性の本質を探る では、心理的安全性の前提条件の一つ目、「組織文化・文脈」についてご紹介する予定です。
References
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