心理的安全性を超えて:チーム学習とリーダーシップの新たな展開

1999年にエドモンドソン教授が集団レベルでの「心理的安全性」の概念を発表して以来、多くの研究がリーダーシップとの関連性に焦点を当てられてきました。確かにリーダーシップは心理的安全性を高める上で重要な役割を果たしますが、エドモンドソン教授自身も指摘するように、それだけでは不十分です。これまで本連載では心理的安全性に影響を与えうる他の要素、組織文化やチームの特性についても言及してきました。

本記事では、エドモンドソン教授によるレビュー (ref. 1) を元に、心理的安全性に影響するリーダーの具体的な発言や行動についての研究論文を紹介します。同時に、現場レベルでのビジネスリーダーの意見や経験を交えて、チーム学習とリーダーシップの新たな展開について探求します。 心理的安全性はあくまでも手段であり、重要なのはチーム学習の促進とパフォーマンスの向上です。私たちは、心理的安全性の枠を超えて、チームがどのようにして学習し、成長し、革新を遂げることができるのかを深く掘り下げていきます。

心理的安全性とは – 対人リスクを取ることの意義の共通認識

s子:前回までは、グループレベルでの心理的安全性に関わる要素のうち、特に組織の文脈や置かれている状態チームの特性がどのように心理的安全性に影響していくのか?についてお話ししました。今回は引き続き、リーダーシップがグループレベルでの心理的安全性にどう作用するかについてお話ししていきます。

グループレベルでの心理的安全性に関わる要素とその関係
Source : ref. 1


ここでおさらいしますが、グループにおける心理的安全性の概念を初めて提唱した、ハーバードビジネススクールのエドモンドソン教授によると、心理的安全性とは「職場などにおいて対人リスクを取ることの意義について共有された認識」とのことです。


対人リスクとは具体的に何か

ここで挙げた職場における対人リスクとは、具体的にどのようなものがあるのでしょうか?エドモンドソン氏は

  • 自分の間違いを認める
  • 分からない時や無理だと感じた時に、周囲に助けを求める
  • チーム内での懸念事項や新しいアイデアについて率直に話す

などによって、上司や同僚から嘲笑されたり処罰されるリスクと述べています。

基本的に人は安全でありたいと思うので、このような対人リスクを取るメリットを感じられなければ、沈黙をしたり、リーダーの同意を確認してから発言するといった傾向がみられます。そういった際に建設的な発言や新しい試みを促進する上で、対人リスクを取ることの意義を共有する心理的安全性が重要となってきます。


今回ご紹介する論文4つ

今回は、チームのリーダーシップが心理的安全性にどう作用するかについて対話する際の話題として、以下の4つの論文をご紹介していきます。

① グループにおける対人リスクを下げ、チーム学習を促進していたリーダーの発言や行動3つ

② 組織におけるチーム学習が促進されるメカニズム:2種類の対人プロセス(人と人との間で行われる相互作用)

③ 医療チームのリーダーは心理的安全性と現場の改善努力をどう高めたか?

CEOの関係志向型リーダーシップは経営チームにおける戦略的意思決定の質を向上させるか?


組織とグループでの対人リスクの違い

ここで論文の説明に入る前に、組織とグループレベルでの対人リスクの違いについて確認しておきます。

組織とグループの違い Source & Copyright : Mindfulness News



・組織における対人リスク:文化や歴史、風土が無自覚のうちに「個人やチーム」の「判断や行動」に影響を与える傾向があります。
・グループでの対人リスク:組織文化が共有された一つ組織の中でも、対人リスクに対する信念はグループごとに異なる。このようなグループごとに対人リスクに対する信念が異なる理由として、エドモンドソン氏は「グループのリーダーやマネージャーによる日々のグループ内での発言や態度が原因」と指摘しています。そのことを示した論文がこの後ご紹介する論文1と2になります。

【対談の動画もYouTubeで無料公開しています】

Source : 心理的安全性研究所


【論文1】グループにおける対人リスクを下げ、チーム学習を促進していたリーダーの発言や行動3つ

Speaking up in the operating room: how team leaders promote learning in interdisciplinary action teams. (ref. 2)

この2003年の論文は、新しいテクノロジーの使用方法を学習している 同じ組織の16 の心臓手術チームから、定性的および定量的データを収集し、それぞれのリーダーシップがどのようにチームの発言を促進し、チーム学習を後押ししているかを多角的に分析しました。

具体的に定性的データの分析では、① 観察(手術室での観察調査を行い、チームメンバー間の対話やリーダーの行動を記録)と② インタビュー(術後の半構造化インタビューを実施し、メンバーの発言内容や心理状態などの聞き取り)を行い、それらの結果から発言を促す言動や雰囲気など質的データを抽出しました。
一方、定量的データの分析では、③ サーベイ(メンバーに心理的安全性の程度を尋ねる質問項目に回答してもらう)と④ 発言記録(手術中の発言の回数や内容をコーディングし、数値データとして収集)を照らし合わせることで、心理的安全性の指標と発言量の間の相関関係を統計的に分析しました。

その結果、チーム内での発言を促進するためには、以下の3点が重要であると分かりました。

① リーダーが心理的安全性の高い環境を作り出す

手術室では、医師、看護師、その他スタッフなど、専門分野の異なるメンバーが協力して働きます。リーダーは、そうしたメンバーに対して質問や提案を積極的に促すことで、誰もが気兼ねなく発言できる「心理的安全性」の高い環境を作り出すことができます。

② リーダーがメンバーの発言を「受け入れ」「活用」する

リーダーは単に発言を求めるだけでなく、メンバーからの提案や質問を真摯に受け止め、建設的に活用することで、メンバーは自分の発言が受け入れられていると実感でき、発言のインセンティブ(対象の行動を促す「刺激」や「動機」)が高まります。

③ リーダーが発言を通じた「学習」を具体化する

発言の内容を元にミスや失敗から学ぶ点について話し合ったり、新しい試みを実践に移したりすることで、チーム全体での継続的な学習サイクルが生まれます。

つまり、リーダーが心理的に安全な環境をつくり、発言の促進と、メンバーの発言内容を元にしたチーム学習の活性化が重要であり、そこには心理的安全性が不可欠とのことです。


【論文2】組織におけるチーム学習が促進されるメカニズム:2種類の対人プロセス

The local and variegated nature of learning in organizations. (ref. 3)

この論文では、チーム内で学習行動を可能にする対人プロセス(人と人との間で行われる相互作用)が詳しく説明されていました。
具体的には、戦略計画から製造に至るまでの活動に従事する12の組織チームにおける、特にタスクの性質が異なるグループである「製造業の組み立てラインチーム」と「経営コンサルティングチーム」から、質的調査(会話、観察、インタビュー)を行い調査を行いました。その結果、以下の二点が明らかになりました。

① チームの日常的な対話の中に、チーム学習を促進する土台となる2種類の「対人プロセス(人と人との間で行われる相互作用)」が存在する
② そのプロセスが活性化するかどうかは、リーダーが作るチーム内の「心理的安全性」の程度に左右される


① チーム学習を促進する2種類の「対人プロセス」とは

チーム学習を促進する「対人プロセス」については、具体的には以下の2種類が挙げられていました。

1, 振り返り (reflective practice)
– チームメンバー間で、作業中の失敗や問題点を隠さずに共有し合う
– お互いに建設的な意見やフィードバックを交わし、反省的な対話ができる
– そうした対話を通じて、今後の改善点や教訓を見出す

2, 具体的な行動への移行 (transfer to practice)
– 1の振り返りから得た教訓を、新しい行動や試みに移していく際も安全性が重要
– 失敗を嘲笑されたり処罰されるリスクがなければ、新しいアイデアを実際に実践に移すことが可能になる
– さらに実験的な試みの結果を振り返り、改善に繋げていける

つまり、反省と行動の両面において、チームメンバー同士がオープンにコミュニケーションを取り合えるような対人的相互作用のプロセスが重要、とのことです。


② 対人プロセスを左右する心理的安全性

さらにそのプロセスを活性化するかどうかは、リーダーが作り出すチーム内の「心理的安全性」の程度に左右され、メンバーが対人リスクを恐れずに発言でき、建設的な対話と行動の循環が生まれるためには、心理的安全性が高いことが前提条件となる、と論文は指摘しています。

結果として、リーダーの行動や作り出す雰囲気により組織におけるチーム学習は、
局所的(組織の中の一部の領域や特定のチームごとに異なる局面がある、全組織が一様に学習するのではなく、場所や状況によって変化する)、そして
多様性(学習のされ方や形態が単一ではなく、多岐にわたる、様々な要因の影響を受けて、学習のあり方が異なってくる)
に富んだ側面がある、とのことです。

ここまでが論文2までの説明になります。何かコメントや質問などありましたらお願いします。


【対話】ビジネス現場レベルで考える リーダーがチーム学習を促進するには

振り返りと行動のサイクルを根付かせる

松村憲:はいありがとうございます。
まずは、この論文2からお話しすると、振り返りの実践後に行動へ移行するというプロセスは当たり前のように見えますが、実はこれは細かい点まで丁寧に行う必要があると指摘されていると感じました。
振り返りが適切に行えるかどうかは、「問題点を隠さずに率直に」言及できるかにかかっており、まさにこれにはリーダーが作るチーム内の雰囲気や心理的安全性が関係し、極めて重要だと考えられます。

また、対人プロセスの第一段階の「率直な意見交換と振り返り」だけでは十分ではなく、その次の行動への移行も欠かせません。実際、第二段階での行動を起こすステップで躊躇される方は非常に多いです。そのため、リーダーによる行動の後押しと、その結果を良い悪いを問わず振り返り、さらなる改善に繋げるサイクルを作ることが重要です。また、そういったリーダーが心理的安全性を作り出している、ということを改めて認識しました。


リーダーによるチーム学習を促すポイント

また、リーダーが心理的安全性の高い環境を作り出し、メンバーの発言を受け入れることは、シンプルながら極めて重要です。これは自分自身のコーチングやリーダーシップ開発等の経験からも実感しています。特に、チームの安全性を作り出せるリーダーは、メンバーの発言を一旦受け入れることを実践しているし、そこが非常に重要だと感じます。

さらに論文1の結論③の「リーダーが発言を通じた学習を具体化する」ことは、実際に実践するとなると非常に難しいでしょう。文字通り善良なリーダーであろうと思って行うと、多分全ての意見は受け入れられない、イエスと言えるものもあれば「これはどうなの?」という発言もあると思います。
ですから単に全ての発言を受け入れるのではなく、発言を元に対話を行い、学びの機会につなげていくことが重要なのです。この点は僕も支援アプローチで活用しており、心理的安全性に大きく寄与する重要な要素だと考えています。

このように、リーダーだけでなく、チームメンバー全員が心理的安全性の重要性を理解し、発言を尊重し合える関係性を構築することが、チーム学習を促進する上で不可欠であると言えるでしょう。


心理的安全性とリーダーの優しさは異なる

小島美佳:この2つの論文から考察すると、企業の現場リーダーにとって、「心理的安全性」と「優しくある」ことは性質が異なると考えられます。つまり、こうして眺めていると「心理的安全性」よりも「発言を促す」ことの方が重要そうですよね…。
もちろん、チームメンバーの発言を聞くことも大切ですが、心理的安全性を構築するためには、まずはチームの発言を促し、そこから学びに繋げることに意識を向ける方が重要だ、と改めて確認させていただきました。


リーダーだけがチーム学習の風土を作れるわけではない

松村憲:論文1の結論も含め、グループの対人リスクに関する認識については、私の専門分野とも絡めて考えていました。やはりグループが持つカルチャーは、リーダーが作る部分とそれ以外の要因、例えばそのグループのミッション、関わる人々、環境などの要因によっても変わってくるため、リーダーの影響だけで決まるものではありません。

小島美佳:私も同感です。加えて、論文1の結論②で「リーダーがメンバーの発言を受け入れ活用する」とありましたが、リーダーが全てを受け入れる必要はないと思います。どちらかというと、こうしたチーム学習を行う場では、リーダーはファシリテーターの立場でいることが大切だと感じます。

最終責任はもちろん負うものの、どちらかというと「みんなで考える」姿勢がチーム学習促進には不可欠だと感じますね。そうでないと、チームメンバーはリーダーにお任せ、という雰囲気になってしまいますし。実際にコーチングなどで 責任を背負い込みすぎるリーダーのお話はよく聞きます。上司たるもの、全員の発言をしっかり聞いて受け入れなければ…と思い込んでしまうケースは、なかなかしんどそうです。
リーダーはチーム学習を促す環境づくりに注力し、「みんなで一緒に考えよう、それでいい」とリーダーが一人で責任を負い過ぎないことが重要だと思います。


チームメンバー全員が主体性を持って取り組む

また、論文2が指摘するように、心理的安全性があることが 対人プロセスの促進においては不可欠ではあるのでしょうが、だからこそ個々のメンバーがチーム学習の重要性を認識し、振り返りと行動のサイクルに主体的に取り組むことが大切になると感じました。鶏と卵のような関係ですが…。

例えば、振り返りの場において失敗を隠さずに率直に共有するためには、「私自身はこのような失敗をしましたが、次は私自身が、こんな風に変えてみたい、こうすべきだと考えています」といった発言が必要です。そうでなければ、結局チームの中で失敗報告のみが増え、お互いの行動に対してストレスを持った状態になりかねないですよね。
そこはリーダーが振り返りと行動へのつなげ方について適切に導くことも重要ですが、メンバー各々の主体性が何より大切だと感じました。今回は、心理的安全性に与えるリーダーシップの影響の考察なので、仕方ないですが(笑)

s子:補足ですが、論文1のケースは手術チームという結構特殊な環境の調査なので、ビジネスシーンとはやや異なる側面もあるかもしれません。専門性や役割が明確に分かれたチームの中で、トップの執刀医が他のメンバーの意見に耳を傾ける必要があったという話だと思います。
たくさんの人の目でそれぞれが気づいたことを率直に述べ、できるだけヒューマンエラーを減らす、執刀医が怖くて発言する方が怖い、とならないことが心理的安全性に重要だ、という結論かと個人的に思いました。

小島美佳:なるほど、そういった意味では 医療現場では ビジネス現場より厳格なヒエラルキーが存在しているということですね…。

s子:そうですね。一方でビジネス現場ではリーダーとメンバー全員で率直な意見交換を行い、アイディアや反省点などブレストしつつも、最終的にはリーダーが舵取りをして多様な意見を収束させるフェーズも重要になると感じました。

後編では残りの2つの論文を紹介しつつ、対話していきたいと思います。

references
  1. Edmondson A, Lei Z, Psychological Safety: The History, Renaissance, and Future of an Interpersonal Construct, Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior (2014)
  2. Edmondson AC. 2003. Speaking up in the operating room: how team leaders promote learning in interdisciplinary action teams. J. Manag. Stud. (2003)
  3. Edmondson AC. The local and variegated nature of learning in organizations. Organ. Sci. (2002)

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ABOUTこの記事をかいた人

ライター。 博士号を取得後、日本学術振興会特別研究員・博士研究員・大学教員として教育研究に計10年以上従事(専門は分子生物学)。9割以上が男性の業界で女性が中間管理職として働く難しさを感じつつ、紆余曲折を経て小島美佳さんからマインドフルネスを学ぶ。 現在は心理学や精神世界のエッセンスを科学の言葉で咀嚼して伝える方法を模索中の、瞑想歴1-2年の初心者です。