脳科学で考えるマインドフルネス (1) 本紹介|あなたの脳のはなし

 前回の記事「生物学の視点で読む マインドフルネスおすすめ本 『思考のパワー』」に続き、今回は脳科学の視点からマインドフルネスについて考えてみたいと思います。
 今回ご紹介する本は著名な神経生物学者であるスタンフォード大学のデイヴィッド・イーグルマン 著『あなたの脳のはなし〜神経科学者が解き明かす意識の謎〜』です。

著者 デイヴィッド・イーグルマン (David Eagleman) について

著者 David Eagleman
Source : Wikipedia

 神経科学者として、Natureなど一流誌をはじめ多数論文を発表。BBCドキュメンタリーシリーズ『THE BRAIN』の脚本、プレゼンターを担当。
主な研究成果として、以下があります:

  • 脳の可塑性 (brain plasticity; 神経系が環境や外部刺激に適応させるために、ニューロン(神経細胞)回路を強化したり弱めたりして処理能力を最適化させる現象、後述解説します)
  • 時間知覚 (Time perception; 時間の流れ方は知覚する人が置かれた状況によって長く感じたり短く感じたりする、ということを高所からの落下(!)で実際の時間と体感覚での時間を比較検討した)
  • 共感覚 (Synesthesia; 文字や音に色が感じられたり、味や匂いを感じる現象のこと、共感覚であるか判断できる無料のオンラインテスト、The Synesthesia Batteryの開発者、現在は使えないようです、、、)
  • 錯視 (Visual illusions; 視覚に関する錯覚、特にフラッシュラグ効果とワゴンホイール効果(ストロボ効果の一種)に関する研究)
  • 神経科学と法 (Neuroscience and the law; 脳科学が法にどのように影響するか?などの新しい研究分野、the Center for Science and Lawの創始者・ディレクターでもある、こちらも後述します)

どんな人にオススメか?

BBCドキュメンタリーシリーズ『THE BRAIN
Source : Amazon

 最初の入口が心理学であったりマインドフルネスだった方にはそんなに違和感がないのかもしれませんが、私の場合は入口が『分子生物学』だったこともあり、マインドフルネスの話を聞くと、
「意識って何?感情と思考の違いは?心ってそもそもどこにあるの?生物学的根拠は?」
など疑問がたくさん浮かんできます。
 もともと脳や精神などに興味があり、現在脳のこと、精神のことはどこまで分かっているのか?を学んでみたいと思い本書を手に取りました。

 東北大学副学長の大隅典子先生が、本書について下記のように述べています。

だれもが関心をもちながら、脳ほど誤解されているものもない。
たとえば――
 意識があなたの振る舞いを支配している
 世界に色があるのは当然だ
 記憶は写真やビデオ映像のようなもの
 眼があればものは見える
 脳の半分が失われたら、普通の暮らしは無理
 人間は他人との交渉なしで生きていける
……全部ウソである。
脳科学の世界的権威が豊富な写真を駆使して、
心と意識の謎を平易にレクチャーする入門篇。

解説/大隅典子(東北大学大学院医学系研究科教授)

Amazonの書籍紹介より

 現実主義・科学至上主義的な考え方で生きてきて「自分が感じ取っている現実が真実であり全てである」と信じて疑わない人、科学的根拠がないと信じられない人は本書を読むと、これまでの常識がひっくり返るかもしれません。

 著者も『専門知識は一切前提とせず、求めるのは好奇心と自己分析欲だけである』と書いてあるように、とても読みやすい脳科学入門書です。

そもそも脳とはなにか?

本書の序論では次のように述べられています。

人の頭骸骨の中にある奇妙な計算する物質は、人が世界を移動するときに使う知覚装置であり、決断を生むものであり、創造を作り出す素材である。夢も起きているときの成果でも、何百億と言う敏捷な脳細胞から出現する。

本書序論より

 また前回紹介した『思考のパワー』では『脳は調和して動く制御装置』、
Wikipediaでは「脳は神経系の中枢であり、感情・思考・生命維持その他神経活動の中心的、指導的な役割を担う臓器である」と書かれています。

 本書の序論で著者は、科学者の視点から脳科学の現状について厳しく指摘しています。

 脳科学は重要だ。
 脳への理解が深まれば、人間関係の現実とされるものや、社会政策に必要とされるものに光が投じられる
 私たちはどうして戦うのか、なぜ愛するのか、何を真実として受け入れるのか、どうやって教育すべきか、どうすればより良い社会政策を構築できるか、これからの数世紀で自分で自分たちの体をどのようにデザインするべきか、そういうことが明らかになる。
 脳の微細な回路の中に、人間と言う所の歴史と未来が刻まれている。

 脳が私たちの生活の中心であるならば、なぜ社会は脳についてほとんど関わらず、有名人のゴシップやリアリティーショーで放送電波をふさぎたがるのか、私には不思議だった。しかし今ではこの脳への無関心は不備ではなく証拠と捉えるられると思っている。つまり、起こした事は自分の現実の中にがっちり閉じ込められているため、何かに閉じ込められていると気づくのがことさら難しいのだ。(中略)本書はそのような思い込みを全て暴き出す。

本書序論より


 私たちが日々「現実である」と思い込んでいる事実は、目、耳、鼻などの感覚器官が受け取った知覚情報を元に、自分が持つ脳固有の神経回路パターンが情報処理を行い、はじき出した認知・理解を「現実」であると思い込んでいるに過ぎません。感覚器から取り入れた情報は全て頭蓋骨の中の脳に送られ、脳の中で処理され、映像や音として認識されます。つまり私たちが見ているものは、これまでの経験則を元に「こうであるに違いない」という像を見ています(錯視などで見えるものを思い出してください)。色あざやかな色彩や光、心を震わせる音楽なども、脳の中で処理されたものに過ぎず、私たちの視覚や聴覚はピントを合わせたものだけにフォーカスされ、これまでの経験と照らし合わせて認知されます。
 記憶も短期記憶から長期記憶へと移行する間、また時間の経過とともに変化し、曖昧になります。このような曖昧な記憶を利用して現実を知覚するので、過去の体験・経験や、認知の歪み、自律神経系の不具合などによって、実は実際の現実を正しく認識できていないかもしれません。
 つまり、私たちが目で見て耳で聞いて認識している情報・状況が、必ずしも今目の前で起きている状況を完全かつ正確に反映しているものではない、ということです。そのことを理解できれば、もっと「より良く生きるために、今自分は何をしたらよいか?」ということに気づくことができるのではないか?と考えます。

 ダライ・ラマ氏も、『21世紀の最新の脳科学の英知をもっとうまく利用して個々人が平和のために努力しよう』といったことをTwitterで発言しています。

Here and now in the 21st century, with the help of what scientists have learned about the brain, we need to learn how to achieve peace of mind. This is crucial, since world peace can only be built by individuals who are at peace with themselves.

Dalai Lama on Twitter

 私たちが自分の持つ脳の性質や機能について興味を持ち、脳とうまく付き合うことができれば、私たちが実はすでに持っている無限の可能性について再認識できるかもしれません。
 これから少しずつ脳科学の視点からマインドフルネスへの応用・実用についてもこのコラムで述べていければと考えています。今回はその導入部分になります。

ニンゲンの脳の特徴

 人間以外の多くの動物の脳は、特定の本能と行動を遺伝的にあらかじめプログラムされている、つまり生まれつきほぼ全ての神経ネットワークが配線が完成している「ハードワイヤード」です。一方、人間の脳は未完成な状態なまま生まれ、生まれ落ちた環境に合わせて作り上げられる「ライブワイヤード」です。
 本能とは、テレビで見る草食動物の赤ちゃんが生まれて数時間で歩けるようになったり、昆虫なども親に教えられなくても天敵を知っていたり(さらにそれを利用して天敵に擬態したり)、ツバメや白鳥が季節に合わせて何千kmも移動したり、鮭が産卵のために川を上ったり、など多数知られています。
 一方で人間の赤ちゃんは生後半年から一年間ほどの間、二足歩行すらもままなりません。最近の研究では人間の脳が完成するには25年ほどかかると言われています。人間はこのような未完成な脳で生まれることで、生まれた環境にうまく適応することができ、社会を築き、科学・文化などを発展させてきました。

 人間の脳を生物学的・解剖学的に見ると、チンパンジーなどと比べても大脳の表層部に広がり知覚・思考・推理といった人間固有の高次機能を担う大脳皮質が非常に発達しているという特徴があります。よってモデル動物を使用した実験結果が人間にもそのまま適用できるのか?と常に問題になります。(霊長類を用いた実験は倫理的・動物愛護の観点からも問題となります)

海馬の位置(赤く示してあります)
Source: Wikipedia 海馬


 一方で大脳辺縁系に存在する記憶・学習に関与する海馬は、哺乳類の実験動物として一般的なマウスにも存在することから、遺伝子改変マウス等を用いた研究により哺乳類の中枢神経系の中でも海馬についての理解はかなり進んでいます。
 また測定機器の技術革新も進み、2000年前後からfMRI (機能的核磁気共鳴画像法)PET(陽電子放射断層撮影)を通常(安静)条件下での脳の状態の測定に導入され、解剖や外科的手術などを行うことなく脳の状態を把握できるようになり、ここ20年くらいでかなり科学的な知見が得られてきています。

人間の脳の構造

 人間の脳は構造や機能によって大脳、間脳、小脳、脳幹の大まかに4つに分類されます。

人間の脳の構造、脳の模式図は『わたしたちの脳』より引用
  • 大脳は、意識の中枢であり、物事を考えたり作り出したり、知覚情報の分析、言語・記憶などの知的機能を担います。
  • 間脳は中脳と大脳半球との間にある脳領域で、視床、視床下部、脳下垂体、松果体、乳頭体から構成されます。自律神経の調整、無意識的反射運動、意識下の感情の発するところと考えられています。
  • 小脳は知覚情報や身体の運動機能と大脳から発せられた運動の信号を統合・調節する働きがあります。
  • 脳幹は脳と脊髄の間でシグナルを中継し、呼吸・心拍といった基本的な不随意機能を管理します

 さらに大脳の表層部に位置する大脳皮質は、環境から受け取った光や音、痛みなどの刺激がどの部分に伝わり情報が処理されるか?という機能局在によって、大まかに前頭葉(運動野)・頭頂葉(体性感覚野)・側頭葉(聴覚野)・後頭葉(視覚野)の四つに分類されています。その他の領域では記憶や学習、言語などの高次機能を担う連合野があり、これらそれぞれの領域が互いに協調的に働くことで、ロボットでは未だ再現が難しい、二足歩行で走ることなど高度な身体・精神活動が可能となります。
 脳内のどの領域がどのような機能を担うのか?という知見と、MRIで脳内の血流(血流の多い部分=脳内で活性化している領域と判断)を調べた結果を照らし合わせることで、MRIを機能的MRI (fMRI) として活用できます。

脳の構造と機能
Source : 東京大学 健康と医学の博物館『わたしたちの脳

脳は何で構成されているのか?

 人間の脳は頭蓋骨の中に収納された髄膜神経細胞(ニューロン)、グリア細胞、血管、髄液などによって構成されています。
 情報伝達を担う神経細胞(ニューロン)は脳内に1,000億個ほど存在し(RIKEN BSI 脳の構造)、情報伝達を担わないニューロン以外の細胞であるグリア細胞は1,000億から数兆個存在すると言われています。そんなに多数のグリア細胞が脳内でどのような機能を持つのか長い間不明でしたが、最近、主に脳内でのニューロンの位置の固定や、栄養供給、ミエリン(髄鞘)の形成などニューロンの恒常性維持に働くことが分かってきました。

中枢神経系で情報伝達を担うニューロン

 ニューロンの構造は大きく分けて三つあり、遺伝情報を含む核やミトコンドリア等の細胞内小器官を含む細胞体、次のニューロンへ電気信号を伝える軸索、他の神経細胞からの信号を受け取る樹状突起、から成ります(下図参考)。

ニューロン(神経細胞)の構造
Source : 東京大学 健康と医学の博物館『わたしたちの脳


 ヒトニューロン の細胞体の大きさは直径3〜18μm程度、軸索の長さは数mm程度にもなると言われています。軸索はこれまで、単なる電気信号(活動電位)を伝えるだけの電気ケーブルとしての役割のみと考えられていました。しかし最近の研究で、軸索の電気的伝導速度は一定ではなく、一本の軸索の中でも細胞体に近く太い部分は末端の細い部分よりも活動電位の伝搬速度が約3-4倍も速いことが分かってきました (Nature Communications, 2013, プレスリリース)。さらに同じ軸索の部位でも日によって伝搬速度が変わったり、異所的な薬理刺激による速度の変化が観察されたことから、軸索は単なる電気ケーブルではなく、能動的に脳内の情報処理に関与している可能性が示唆されました。

 高校の生物で、軸索は電気的伝導による情報伝達とさらにミエリンでの跳躍伝導により伝達速度が速く、軸索の末端のシナプスにおける情報伝達は神経伝達物質の授受を介した化学的伝達なので伝達速度が遅い(シナプス遅延)、と習ったことは覚えている方も多いかと思います。

伝達方法速度
軸索 電気的伝導0.2〜1.5 m/sec
シナプス神経伝達物質を介した化学的伝達
・シナプス後細胞でのシナプス電位発生
一つ通過するのに
0.1 msec
表1:ニューロンでの情報伝達方法

 脳波とは、軸索を伝達する活動電位とシナプス電位 (神経伝達物質を受け取る側のシナプス後細胞が、受容体に神経伝達物質が結合した後に発生する電位。これによってシナプス後細胞へ刺激が伝わり、次のニューロンへと刺激が伝わる)の総和を頭皮につけた電極によって測定したものです。脳波は規則的に変化し、その電圧変化の大きさや周期によってα波、β波などに分類され、その違いは脳の活動状態や意識状態を反映していると考えられます。

脳波の種類周波数主な状態
アルファー波8〜13 Hz集中、リラックス
ベータ波14〜30 Hz通常状態から心配・緊張
ガンマ波30 Hz以上怒り・興奮
デルタ波0.5〜3 Hz熟睡
シータ波4〜7 Hz熟睡と覚醒の間、まどろみ
表2:脳波の種類とそれぞれに対応する状態



 シナプスでの伝達を担う神経伝達物質はグルタミン酸, γアミノ酪酸 (GABA) などを含むアミノ酸類、バソプレッシン等を含むペプチド類、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン等を含むモノアミン類・アセチルコリンの3つに大別され、現在50種類以上が知られています。なぜそんなにも沢山の種類の神経伝達物質が必要なのか?またそれらの使い分けについては、現在も研究が行われています。一方ですでに医療の現場では、GABA受容体作動薬は睡眠薬、セロトニン再取り込み阻害薬は抗うつ薬として治療に用いられています。

 神経の観点から言うと、あなたが何者であるかは、あなたがどう生きてきたかで決まる。(中略)あなたの経験はあなた固有のものなので、あなたの神経ネットワークの果てしない入り組んだパターンもあなた固有のものである。

本書p14

 つまり「私」を決定づける脳の中の神経ネットワークは、環境や経験によって変化する遺伝子の発現パターンとニューロンネットワークで形作られるもので、その多様性は計り知れず、雪の結晶と同様に一つとして同じ脳はないと言えます。これがヒトの個性であり、同じ状況下や同じ情報を同時に受け取っても、個々人によって認知や対応の仕方が多様となるゆえんであり、非常に興味深いと考えています。

 脳や神経細胞の構造や機能などについては、後述する内容を理解するための最小限の説明にとどめますので、より詳しく知りたい方はぜひ本書をお手に取ってみてください!
 シナプスについては、下記のHarvard XのCG動画もオススメです。

人間の脳ができるまで

 ほんの20年前までは人間の脳は児童期(第二次性徴前)にほぼ完成すると考えられていましたが、前述の通り最近の研究では人間の脳の構築が完了するには約25年かかると言われています。

誕生から児童期まで

 人間の赤ちゃんは、生後2年間の間に外界からの感覚情報を取り込みつつニューロン(神経細胞)とシナプス形成が最大値となり、シナプス接合の数は約100兆個と成人の約二倍にまで増えます。その後大人になる過程で約半分のシナプスが選別され除去されます。森の小道のように、使われない神経回路は次第になくなり、頻繁に使用される回路はより太く強化されます。これをニューロンの刈り込みと言います。
 例えば、日本に生まれた子供が幼少期に英語を聞くことがなければRとLの発音の聞き分ける能力を失い、逆に遺伝学的なルーツが日本人であっても海外で幼少期を過ごすことによってRとLを聞き分ける能力は身につくことから、育った環境によってこれらの能力は形成されることが分かります。また、海外では味覚の一種である「うま味」を感じ取る機能が日本人よりもできづらいこと(西洋の硬水ではグルタミン酸・イノシン酸等のうま味成分の抽出が阻害されるため)なども知られています。

10代の脳の発達

内側前頭前皮質の位置(紫色の部分)
Source : Wikipedia

 10代の頃は適切な社会的行動の調節に関わる領域、内側前頭前皮質 (mPFC) の発達が著しい時期で、15歳前後でピークとなり、対人関係の不器用さや、自己評価や自意識のストレス反応、情緒的な過敏性などが見られます(いわゆる思春期)。成人期になるにつれ自身の自意識に慣れていくので、通常は対人ストレスは加齢や脳の発達とともに減っていくと考えられています。
 さらに10代の青年期の特徴として、快楽中枢である側坐核は成人と同程度まで発達しますが、実行の決断、配慮、将来の結果のシミュレーションに関わる眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)の成長は児童期とほぼ同程度で、この組み合わせによって周囲の状況に流されて自分の感情がうまくコントロールできない、といったことが起こり得るそうです。例えば、友人が周りにいるときに危ないと分かっていても危険を犯してしまう、などがあります。

成人後も変化し続ける私たちの脳

 成人後の脳も経験や体験によって変化させ、その変化の形を保持できる『可塑性がある』ことが分かってきています。例えば、バイオリニストは両手を駆使するピアニストよりも左手を多く使うため右脳が大きく発達していたり、イギリスのタクシー運転手の脳では地図や道路を記憶しいわゆる土地勘を得るために空間認知に必要な脳領域の活動が活発になっている、などが知られています。その他の可塑性の例として、

 また、これまでは脳の神経細胞の数やシナプスの接合数は、20代にピークとなりそこからは減っていく一方で回復・再生しないと考えられていました。しかし少数ながらも神経幹細胞という脳の中にも自己複製能を持つ未分化な神経細胞が発見され再生する可能性が示されたり、老化による神経変性や脳梗塞などによって脳組織の一部が変性しても、他の領域が変性した領域の機能を補ったりすることが分かってきています。よって、いつまでも様々なことに好奇心を持ったり、学習したり、意識的に行動することで脳は生涯に渡って変化し続け、若々しい脳を保つことも不可能ではないと考えられます。

脳は常時沢山の情報処理に追われている

 外からの情報は、感覚器官(目、耳、鼻、口、皮膚)で受容し、その情報は全て脳へと伝わります。私たちは目でものを見て、耳で音を聞いていると思っていますが、これらの感覚器官は刺激を受け取るのみで、実際はすぐに電気化学信号に変換され、脳内のニューロンで情報処理されることによって知覚しています。

脳で知覚する感覚情報。五感で知覚出来る情報以外についても、無意識のうちに脳は感知して
必要な統率(ホルモン分泌刺激を出す等)をとっている


 例えば、視覚情報の方が聴覚情報よりも脳内での処理のために多くのニューロンを使うため、シナプス遅延により視覚は聴覚よりほんの数ミリ秒程度遅く認識されるタイムラグがあります。私たちの脳は、それらの遅延を感じず同時に起こっているかのように知覚できるよう、うまく情報処理をしているそうです。
 また錯視などで見られるように、脳は記憶された体験・経験と照らし合わせて視覚情報を処理するため、「きっとこうに違いない」という像をそれが事実である、と認識します。さらに私たちが見たと感じているものは脳が情報処理した結果である、という根拠として、私たちが歩いたり走りながら見ている像はビデオカメラで撮影した映像のような手ブレを起こさないことが挙げられます。これも脳が体が振動していることも加味して視覚情報を処理しているからだ、と言われています。
 神経ネットワークの可視化については2018年のNHKスペシャル人体の『脳』でCGを使った映像が出ているので、ご興味があれば見てみてください(こちらのNHKのサイトで見られます)。

習慣化・自動化で省エネしようとする脳

 『脳は習慣化を好む』という話はこのコラムでも何度かお話してきました。
 脳は習慣化することでシナプス接合と神経ネットワークをより強固なものにし、意識したり考えたり悩んだりすることなく行動を選択し実行できるように、自動化することで、脳を省エネ化しているとのことです。というのも人間の脳は成人で約1.2 kg程度と体重当たりの重量で考えると2-5%程度の小さな臓器ですが、1日の平均消費カロリー2,000 kcalのうち脳だけでその約1-2 割も消費する燃費の悪い臓器とも言えるからです。
 習慣化した行動は私たちの日々の行動の約半分を占めているとも言われています。「無意識の行動がそんなに!?」と思うかもしれませんが、例えば、母国語と外国語で話すときにどのくらい意識を使うか?を考えれば、日々いかに母国語で話したり文字を読むのに無意識を使っているかわかりますし、毎日の通学通勤経路に慣れてしまうとぼーっとしているうちに家に着いていた、という体験のある方もいらっしゃるかもしれません。
 では脳の省エネのためにも習慣化・自動化が有用ならば、なぜ意識があるのでしょうか?本書では『意識は予想外のことが起こったときに、次に何をすべきか考えるために必要なもの』と述べています。また意識はCEOのようなもの、日常的な細かな活動にはほぼ関わらない代わりに、会社の長期的展望を考えたり非常事態への対応などを担っている、とも例えられています。

マインドフルネスは脳にどう活きてくるのか?

 無意識、自動化・習慣化した行動が脳の省エネ化に貢献している、と述べました。一方これまで何もしていない状態、ぼーっとした状態は脳が休んでいると考えられていましたが、MRIを用いた脳活動の計測により、ぼーっとした状況下でも脳の一部(具体的には後帯状皮質前頭葉内側部)で活発な活動が検出され、ワシントン大学のレイチェル教授によってこの現象を「デフォルトモードネットワーク (Default Mode Network:DMN)」と名付けられました (Science, 2006)。
(DMNについては、以前ご紹介した久賀谷 亮先生の著書『脳疲労が消える 最高の休息法』、および久賀谷先生が書かれた記事『「脳のアイドリング」が人間を最も疲れさせる』で詳しく述べられていますのでご参照ください)

 脳はより省エネな習慣化を好む、と言いながら何もしない状態でも活動するDMNって非効率的では?と思いますが、DMNは自動車のアイドリングのように、脳をこれから起こるかもしれない出来事に備えて待機させている状態、脳内のさまざまな神経活動を同調させ統括する働きがあると言われています。DMNでの何もしない状態で消費されるエネルギーは、意識的な反応や行動で脳が消費するエネルギーの20倍近くになるとも言われてます。

 ここで必要になってくるのがマインドフルネス、になります。マインドフルネスでは普段無意識に行なっている呼吸に意識を向ける集中瞑想があります。前述のようにぼーっとしたDMNのアイドリング状態よりも意識的な反応を行なっている方が脳の消費エネルギーが少ないので、呼吸に意識を向けることは脳が休まることに繋がります。(一方で私たちが寝ている間に夢を見ているのは脳が活動していて、眠りが浅く夢を沢山見る時は朝起きても疲れがとれていない、ということにもなります)さらに『今ここ』に意識を集中し、過去や未来、今の目の前にある状況以外のことについて思い悩むことを意識的に減らすことは、脳の疲労回復にも繋がります。

 マインドフルネスの効果は前回のエトナ社での実例紹介の記事にも書いたように、
 ・睡眠の質の向上
 ・ストレスレベルの指標であるコルチゾールの量が低下
 ・痛みが軽減
 ・生産力の向上
などが知られ、結果的に心身の健康に繋がることが分かっています。

 さらに、瞑想の熟練者と対照群でのfMRI像の比較から、瞑想熟練者ではDMNの主要部位の連結が強くなっている、瞑想を行うとDMN主要領域の活動が低下する(つまり瞑想によって脳のアイドリング状態が抑制される)、といった脳の変化も明らかになっています (Meditation experience is associated with differences in default mode network activity and connectivity, PNAS, 2011)。

 前述のNHKスペシャル人体『脳』では、山中先生がiPS細胞のアイデアを閃いたのは職場の研究室ではなく、ご自宅でお子さんとお風呂に入っていた時だった、と述べられていました。閃きなどは、一生懸命そのことについて考えている時よりも、散歩している時、お風呂に入っている時、朝起きた時、などに思いつくことが多いと聞きます。つまり脳を酷使している状態よりも脳がリラックスした状態のときに、無意識下で情報が整理され、情報と情報、点と点が線で結ばれてアイデアを思いついたり閃いたり、といったことが起こっているのではないかと考えられます。マインドフルネス瞑想によってこういった脳の活動量を意図的に減らすことが可能になるのでは、と考えます。

 次回は瞑想を行うことで具体的に脳にどのような影響があるのか、実際に測定した結果をまとめた文献についてお話する予定です。

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ABOUTこの記事をかいた人

ライター。 生物学の博士号を取得後、博士研究員・教員として教育研究に10年以上従事。9割以上が男性の業界で女性として働く難しさを感じつつ紆余曲折を経て、2012年頃から小島美佳さんからシータヒーリングやマインドフルネスを学ぶ。 現在は心理学や精神世界のことなど様々な視点も学ぶことで、本職の生物学の理解もより深めることができないか模索中。 適応障害で心療内科に通院しつつ、自身を使ってマインドフルネスの効果を調べている瞑想歴1-2年の初心者です。