ビジネスの世界で、私たちは日々重要な意思決定を行っています。しかし、その判断は本当に最適なものでしょうか?ハーバード大学の最新研究が、私たちの思考を歪める過信バイアス(自信過剰)といった認知的バイアスの影響を軽減するマインドフルネスの効果を明らかにしました。この発見は、ビジネスパーソンの意思決定能力を根本から変える可能性を秘めています。
本稿では、この研究の概要を元に認知的バイアスとマインドフルネスの関連性について解説します。さらに、これらの知見をビジネス現場でどのように活用できるか探求していきます。
目次
認知的バイアスとは
認知的バイアスとは、人々が情報を処理する際に生じる誤った思考パターンのことを指します。これは、情報の選択、解釈、記憶に影響を与え、意思決定や判断に影響を及ぼします。
認知的バイアスは、進化の過程で形成された合理的なショートカット機能とも言えますが、一方で現代の複雑なビジネス環境においては、しばしば誤った判断の原因ともなり得ます。
例えば、以下のような認知的バイアスがビジネスシーンで影響を及ぼすと考えられます。
これらの認知的バイアスが働くことで、事実や状況を客観的に捉えることが困難となり、重要な意思決定の場面で適切な判断を下せなくなる可能性があります。
マインドフルネスが変える意思決定プロセス
マインドフルネスとは、「今この瞬間」に意識を集中させ、判断を加えずに物事をあるがままに受け入れる心の状態を指します。
以前ご紹介した記事『マインドフルネス瞑想がアンコンシャス・バイアスを減少させる』でお伝えしたように、これまでの研究によっても、マインドフルネスが特定のバイアスを軽減する可能性があることが示されてきました(アンコンシャス・バイアスは認知的バイアスの一種です)。
これらの結果を受け、マインドフルネスは感情的な反応をコントロールし、より合理的な判断を促進するという考え方が広まっていました。
論文で明らかになったこと
今回ご紹介する論文(Cognitive biases and mindfulness, Philip Z. Maymin & Ellen J. Langer, humanities and social sciences communications, (2021))では、マインドフルネスが認知的バイアスに対してどのような影響を与えるかを詳細に調査しました。
その結果、マインドフルネスな状態は特定の認知的バイアスの軽減にはたらくことが示されました。
◼︎ マインドフルネスによって軽減された主な認知的バイアス
具体的には、マインドフルネスの実践によって、次項に示した22種類中、以下の6つを含む計19種の認知的バイアスを顕著に軽減することが明らかになりました。
- 合接の誤謬(ごびゅう):複数の条件が重なる状況を過大評価する傾向
- メンタルアカウンティング:金銭を心理的に異なる勘定に分類する傾向
- アンカリング:初期情報に過度に影響される傾向
- 注意欠如盲点:注意の及ばない情報を見逃す傾向
- 過信バイアス:自己の能力や判断を過大評価する傾向
- 所有(保有)効果:所有物の価値を過大評価する傾向
これらのバイアスは、ビジネスの様々な場面で重要な影響を及ぼします。
例えば、合接の誤謬の回避は複雑な市場分析を改善し、アンカリングの軽減は新しい視点の取り入れを促進します。注意欠如盲点の克服は包括的な状況把握を可能にし、過信バイアスの抑制はリスク評価の精度を向上させます。また、所有効果の軽減は既存プロジェクトの客観的評価を助けます。
マインドフルネスによって特定の認知的バイアスが軽減されたという結果から、ビジネスパーソンもマインドフルネスを実践することにより、冷静で客観的な視点を獲得し、複雑な状況下でもバランスの取れた判断を下せるようになれると期待できます。
この効果は、経営戦略立案、投資判断、人事評価、新製品開発、リスク管理など、ビジネスの幅広い領域で活用できる可能性も秘めています。
マインドフルネスの効果の限界:感情と時間の影響
一方で、本研究ではマインドフルネスの効果には限界もあることも明らかにしました。特に
- ハイパーボリック割引:将来の価値を過度に割り引く傾向
- 感情的愛着:感情が経済的判断に影響を与える傾向
といったバイアスでは効果がみられませんでした。その原因として、これらのバイアスには、時間と感情という要素が強く関与していることから、マインドフルネスの効果が限定的だったと考えられます。
さらに、損失回避バイアス(期待値がプラスであってもリスクを避け、確実な小さな利益を選ぶ傾向)でも効果が見られませんでした。これは、マインドフルな状態か否かよりも個人の性格特性が大きく影響することが示唆され、さらなる詳細な検証が必要と述べられていました。
以上のように、マインドフルネスは多くの認知的バイアスに対して有効である一方で、特定の状況やバイアスにおいてはその効果が限定的であることが明らかになりました。こうした知見は、ビジネス環境における意思決定プロセスの改善に向けて、マインドフルネスとその他のアプローチを組み合わせる必要性を示唆しています。
認知的バイアスへのマインドフルネスの効果
マインドフルネスは、今ここでの気づく力を高めることで、ものごとや状況をより客観的・俯瞰的に捉える能力(メタ認知)を促進します。
本研究では、72名の被験者を対象に、認知的バイアステストとLanger Mindfulness Survey(LMS, 新奇性追求、新奇性創出、関与、柔軟性の4つの要素を評価する質問で、マインドフルな状態の程度を測定するためのテスト)を実施し、LMSのスコアによってマインドレス、低マインドフルネス、高マインドフルネスの3つのグループに分け比較しました。その結果、高マインドフルネスに分類された参加者は、自己認識と新しい気づきの能力向上といったマインドフルな状態であることも確認されました。
よってこれらのマインドフルネスの効果が認知的バイアスの軽減に寄与したと考えられます。
さらに注目すべき点として、これらの効果が特別な教育や長期的トレーニングなしに、短時間のマインドフルネスを高めるウォームアップセッションで達成されたことです。
◼︎ ランガー流 (Langerian) マインドフルネスの特徴
今回の論文では、マインドフルな状態を高める上で、瞑想ではなくランガー流 (Langerian) マインドフルネスという概念を用いました (HBR, 2016, 「マインドフルネスの母」からの教え:「“気づき”に瞑想はいらない」)。
従来のカバットジンらによるMSDRなど、医療現場に導入された瞑想やヨガの実践に基づいたマインドフルネスの実践は、主に「今現在の瞬間を評価判断することなく認識すること」を強調しています。
一方、ハーバード大の心理学教授 エレン・ランガー氏が提唱したLangerianマインドフルネスでは、常に新しい情報を取り入れ、柔軟に視点を変えることを重視し、固定観念にとらわれず、常に新しい視点を持ち続けることを目指します (F. Pagnini et al., 2018)。またマインドフルネスと瞑想を切り離し、瞑想はあくまでもマインドフルな状態に至るための手段と捉え、そのほかの方法でも代替可能と主張しています。
実際今回の論文では、マインドフルな状態を引き出すためのウォームアップセッションとして、瞑想ではなく参加者に新しいことに気づくように指導しました。具体的には、微妙な違いのある白黒のコンピュータ生成画像のペアを比較し、写真の違いを見つけ、標準的な光学的錯視を見て、新しいことを3つ書き出すように求められました。
今回の論文では、ランガー流マインドフルネスの状態を
- 新しいことに気づく
- 状況の変化を受け入れる
- 複数の視点を持つ
- 柔軟な視点の転換
と定義し、このような状態に至ることを目指した簡単なセッションを行い、実際にその状態になったかどうかをLMSテストで評価しました。ランガー氏によると、常に新しいことに気づき続ける姿勢は「今この瞬間に集中する」し、「ワクワク」してエネルギーを生み出し、創造性が高まり、今の状況を広い視野で敏感に捉え、エンゲージメントを高めることにつながるとのこと。
今回ご紹介した論文の結果から、瞑想が苦手な方でも上記の様なランガー流マインドフルネスな状態を作り出すことで、ビジネス現場における意思決定能力向上や適切な状況判断のための有効なツールとなる可能性を強く示唆しています。
以前、松村憲さんにご紹介いただいた家庭用脳波計Focus Calmの集中ゲームなどでも、ランガー流マインドフルネスを高められるのかもしれません。
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