リーダーシップには思考や自己認識だけでなく、感情も重要な要素です。感情は自分の行動や判断に影響を与えるだけでなく、周囲の人々にも伝染します。では、自分の感情にどう気づき、どうコントロールすることができるのでしょうか?
今回からのリーダーシップ感情編では、脳科学やマインドフルネスの観点から、感情と上手に付き合う方法を6回にわたってお伝えします。今回は第1回目として、ストレス脳と呼ばれる状態について、そのメカニズムと解消法について解説していきます。
目次
ストレス脳とは?過去や未来への不安が引き起こす現象
集中力を高めるための禅の修行の一つに、『数息観』という呼吸に集中して数を数える基本の瞑想があります。最初は集中が途切れて雑念が湧いてきて、どこまで数えたか分からなくなることも多いと思いますが、雑念が湧いたことに気づいたらまた1から数え直すということを5分、10分と続けていくと、集中力が徐々に高まっていきます。
集中力が高まると、今ここに在る、今この瞬間に意識を向ける、ということができるようになります。今回のストレスのお話とも関連してますが、起こってもいない未来への不安や、過去の失敗やトラウマなどに引きずられることは、ストレスの大きな原因になります。またストレスが慢性化すると、脳の働きや形が変化し、心身にさまざまな不調や症状をもたらす状態・ストレス脳となります。
そこでマインドフルネスを実践することで、今ここへの集中が高まり、現実的にどう対処していくか?という意識、思考や行動力が生まれてくると、状況も少しずつ好転していきます。
マインドフルネスが目指す心の状態とは?
マインドフルネス瞑想を通して目指したい心の状態は、集中力とリラックス感の両方が高い状態です。最初は難しいかもしれませんが、集中しながら力を抜くことができると、クリエイティブでいわゆるフロー状態に入りやすくなります。
皆さんの人生で最高の時期を思い出してみてください。1度ならずともこういう時期があったと思います。これを意識的にマインドフルに作り出せるようになるということです。
逆に集中力は高いけれどリラックス感が低い状態は、戦闘態勢でストレスフルな状態です。このリラックス感が低い状態が続くと、ストレスが危険なレベルに達し、心身に悪影響を及ぼします。
そしてリラックス感も集中力が低い状態は、バーンアウト(燃え尽き症候群)の状態です。
NHKスペシャルでも取り上げられたことがありますが、ストレスは決して軽視できません。ストレスは突然死の原因になることもあります。
キラーストレスとその影響
ストレスはある日突然死因に変わる、ストレスの閾値を超えると病気が発症するメカニズムや、予防法としてマインドフルネスもNHKスペシャルで紹介され話題にもなりました。
ストレスを引き起こす原因であるストレッサーは生きていたら避けることができない、私たちの周りにありふれているもので、それら刺激がストレス反応(血圧、心拍数、血糖値の上昇、血管の拡張や血流量の増大など、いわゆる闘争逃避反応)を引き起こします。しかしストレス反応が慢性化したり一時期に大量にストレッサーがやってきて閾値を超えると全てアウトプットできなくなり、その結果病気が発症する、というメカニズムが提唱されています。
<ストレスが関係する病気>
- 蕁麻疹
- アレルギー
- 胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍
- 脳卒中・心筋梗塞
- 糖尿病
- 円形脱毛症
- エコノミークラス症候群、や
- 精神疾患としてうつ病など
が挙げられます。脳卒中や心筋梗塞などは自覚ないうちに症状が進行して発症したときには致命的になりうるので、これらもキラーストレスと呼ばれる理由といえます。
ストレスによって免疫を担うリンパ球の一種、ナチュラル・キラー細胞(NK細胞)の活性が減少したり、免疫細胞間の情報伝達を担うサイトカインが減少することも知られており、それらによる免疫力の低下の結果、癌になりやすくなる、という報告もあります(日薬理誌, 2011)。
さらには日本整形外科学会と日本腰痛学会が作成した腰痛診療ガイドライン2019では、3ヶ月以上腰の痛みが続く慢性腰痛の原因の一つとしてストレスをあげており、その治療にマインドフルネス・ストレス低減法が有効、とも言及しています。
<ストレスの原因>
主に、転居・結婚・離婚・死別などのライフイベントが多いのですが、昇進もストレスリスクになります。環境変化に対して人はそんなに強くないので、一時期にたくさんのストレス要因が重なる時は要注意です。
実際に今自分自身はどのようなストレスの原因にさらされているか?を調べるには、厚生労働省のHPでストレスセルフチェックテストがありますので試してみてください。意外とたくさんのストレス要因を抱えているんだな、もう少し無理せずリラックスを心がけよう、と気づくきっかけにもなるかもしれません。
ストレス反応の仕組み
脳が最初にストレス刺激を受け取る
ストレス刺激を最初に受け取る、つまりストレスを感じるのは脳です。
ストレス刺激を受け取ってからストレス反応へとつなげる経路は、以下の2種類が知られています。
1) 扁桃体へ伝達される経路
① 主に視床から大脳皮質を介して大脳辺縁系の一部である扁桃体(右図)へ伝達される経路と、
② 大脳皮質を経由せず直接 大脳辺縁系の一部である皮質下核から扁桃体に伝わり、
扁桃体からHPA軸 : hypothamic-pituitry-adrenal axis (視床下部-脳下垂体-副腎皮質軸, 内分泌系) へと繋がる経路
2) 自律神経系を介する経路
脳幹で受け取り、SAM軸:sympathetic-adrenal-medullary axis (交感神経-副腎髄質軸, 自律神経系) へと伝わる経路
HPA軸への刺激入力に働く大脳辺縁系は大脳の中でも内側に位置し、古からの快・不快、恐怖、闘争逃避反応などの情動や本能(サバイバル反応)に結びつく機能に関与し、生存に必須な領域でもあります。 これらの反応の結果として副腎皮質からストレスホルモンであるコルチゾールが分泌され、心拍の増大や血流や血圧の増加などの身体的反応が引き起こされます。
ストレスが脳を変化させる – ストレス脳
最近の脳科学では、ストレス状況下に置かれ続けると扁桃体が肥大化し、記憶形成に関与する海馬が縮小(つまり記憶力の低下など)することも明らかになっています。
マインドフルネスは扁桃体を小さくする
一方でマインドフルネスストレス低減法(MBSR)を8週間実践すると右側扁桃体の基底部灰白質密度の減少(つまり縮小)し、さらに自己報告での知覚ストレスが減少した、とマサチューセッツ総合病院による論文で報告されています。
(26人のマインドフルネス未経験者にMBSRプログラム実施し、その前と後にfMRIで脳を解析した結果。Stress reduction correlates with structural changes in the amygdala, Soc Cogn Affect Neurosci, 2010)
マインドフルネス以外にもランニングやウォーキングなど、日々皆さんの心が落ち着くことをやる(副交感神経の活性化によるリラックス)と、ストレス反応の沈静化がよりスムーズになります。
ストレスの刺激によって扁桃体が活性化すると 思考などを担う前頭葉の働きが低下して、考えるよりもまず動け、という戦うか逃げるか反応が引き起こされます。これも後述するように火事場の馬鹿力的に瞬発力でその場の危機を切り抜ける上では必要なものです。
通常であればストレス反応はその役割を終えると、抗ストレスホルモンの分泌によって沈静化、ストレス状態の解消・正常な状態に戻ります。一方で過剰で慢性的なストレスにさらされ続けていると、ストレス反応が収まる前に次のストレス反応が引き起こされ、闘うか逃げるか反応が続く状態となり、その結果、心身に異常を来します。
2種類のストレス
ストレス、と一言で言っても全てが疾病の要因となるものではなく、大まかに分けて2種類あり、その中には良い作用をするストレスもあります。
1, 頑張るストレス – モチベーションを高める
主に体のストレス反応。仕事に精力的に取り組む際に必要になるストレス。アドレナリンなどのストレスホルモンはこうした際に役立つものとなります。
ぐっと緊張するのは良い部分もあります。やる気やモチベーションが高まり、その結果 戦える、動ける、仕事や勉強に取り組める、集中力が高まる、ということにつながります。
2, 我慢するストレス – 慢性化すると危険因子に
主に心のストレス反応。例えば満員電車などの環境要因もあれば、職場の環境、前向きになれない人間関係、慢性的に継続するストレスはある日突然キラーストレスへと変化します。
自分では選べないストレス要因が積み重なると、ストレスが慢性化すると危険因子となります。
心理的安全状態と心理的危険状態の違い
第9講でお伝えしたようにマインドフルネスは、考える力・思考力や感情的な反応のバランスを取る上でかなり効果を発揮することも分かっています。
また扁桃体を沈静化することで、恐れや恐怖などの扁桃体由来の感情が減り、過剰なストレス反応の減少にも繋がります。
つまり環境が変わらなくてもマインドフルネスによって脳の神経回路が変化し、結果として、ストレス刺激に対する認知も変化し、結果的にストレス反応も自然と減少していくのです。
【実践】呼吸に全集中してストレスを解放する5分間瞑想
最初にお伝えした『数息観』自分自身の呼吸に集中して集中力を高め、ストレスを解放するための瞑想ガイドです。
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
←第12講『硬い思考の緩和|島皮質』
第14講『古からのストレス反応に対処する|闘争逃避反応とDMN』→