人は日々様々な感覚を経験しています。仏教ではこれら感覚的な経験を感受(ヴェーダナー)と呼び、前回の記事では「触覚など感覚器官に対象が触れる経験によって生まれる感受のこと」について、具体的に瞑想の中で体験されるヴェーダナーの種類や実践法について解説しました。
<前回の記事はこちら『瞑想を次の段階へ – ヴェーダナー(感受)の理解と実践法』>
実は生物学においても内受容感覚という感覚がヴェーダナーと関連すると考えられます。内受容感覚とは、体内の様々な器官から送られてくる感覚信号のことを指し、感情や自己認識にも深く関わっていると考えられています。
本記事では、内受容感覚の ① 生物学的メカニズムと ② 心理学的な感情体験との関連、さらに③ 瞑想との関連性を説明し、ヴェーダナーが指し示す微細な感覚の正体に迫ります。
目次
内受容感覚とは何か?
s子:内受容感覚 (interoception) とは、体の内部の生理的状態(身体内部の状況)をモニターする感覚、と定義されます (ref. 1)。
具体的には、心臓血管系や消化器などの感覚である内臓感覚を指すことが多く、他にも
・体内の水分量、体温、血糖値、酸素飽和度といった生理的パラメーター
・生理状態(自律神経系、ホルモン系、免疫系)
を認識する脳内処理も含みます。(ref. 2)
この対となるのが外受容感覚で、いわゆる五感のほか、
・位置覚や運動覚、
・振動覚(proprioception、目を瞑っていても自分のどの部分の骨格筋が伸び縮みしているか、体の位置や動きを知覚できる感覚)、さらに
・耳の三半規管を含む前庭で知覚する体の傾きの感覚、前庭感覚
などがあります。
五感以外の感覚は、内受容感覚と混同されやすいものの、体の外、空間内における自分の体の位置関係を知覚するための感覚なので、外受容感覚に分類されます。
Source : マインドフルネス研究所
内受容感覚の特徴
- 意識にのぼらない無意識のうちに脳が情報を処理している感覚です。
- 脳はさまざまな体内の部位(内臓系・自律神経系・ホルモン系・免疫系など)から情報を受け取り、統合することで、今の自分自身の体調や感情状態を推測しています。
そして脳が把握した体内の状態を元に、脳幹や視床下部を介して、体内の状態を調整しホメオスタシス(恒常性)を維持しています。これも感度や認識の仕方など個体差があります。 - 感情体験(ドキドキしたり、冷や汗をかいたり、胃が痛くなったり)とも関連しており、その他にも意思決定、社会的認知、知覚、記憶、時間感覚などさまざまな心理機能とも関係しています。
- 内受容感覚の処理を担う脳領域は(膨大な身体情報の統合)、大脳皮質の一部である島皮質の前部が担います。
島皮質とは
Source : 脳科学辞典
島皮質は前頭葉、側頭葉、頭頂葉、基底核に囲まれた小さな領域で、その機能は味覚、嗅覚、触覚、痛覚などに加え、報酬、社会的な痛み、情動、社会的情動、共感、内臓覚、内受容や自己意識にまで関係しているという仮説があります。
前部島では行動発現、知覚、内受容、情動など、認知機能に関する活動がみられ、後部島では認知機能への関与は少ないとされる。臨床的には、種々の精神神経疾患との関連が示唆されています。
内受容感覚は感情認識の個人差に関係する?
前述の3番の『内受容感覚が感情体験に関わる』と関連して、感情体験の個人差は、体の状態の違いによるものなのか、心や脳の違いによるものなのか?といった議論があります。
その違いを説明しうる感情の分類法の2つ、感情カテゴリー説と感情次元説を説明していきます。
感情カテゴリー説(基本感情説)とは
恐怖、怒り、悲しみ、驚き、喜びなどの基本感情(以前松村憲さんにご紹介いただいたロバート・プルチックによるプルチックモデルも含まれます)と、これらが組み合わさることによって複雑な感情が経験される、つまり感情は神経生理学や脳活動のパターンによるものである、という考え方です。
これは、疾患や外傷などで脳の特定の領域が機能不全に陥ると、ある特定の感情が失われる、といった現象から考えられました。しかし、闘争逃避反応に関わる脳領域である扁桃体は、恐怖、怒り、嫌悪、緊張など、多くの強い感情を起こす際に関与する (ref. 11) ため、脳神経活動のみで感情の違いを説明することは難しい、と現在は考えられています。
感情次元説とは
感情カテゴリー説とは別の感情体験の差を説明しうる新たな理論・感情次元説の元となるのが、ラッセルやフェルドマンらに提唱されたコア・アフェクト理論とラッセルの感情円環モデルです。
コア・アフェクト理論
コア・アフェクト理論 (refs. 3, 4) では、まず体の状態に基づく中核的な感情(コア・アフェクト, core affect)が感情のもととなり、そこから文脈や記憶などと照らし合わせて感情を解釈する、と言われています。この際、感情の種類や違いを説明する変数として、感情価と覚醒度、の2つの次元があります。
ラッセルの感情円環モデル
ラッセルの感情円環モデルとは、横軸に感情の内容が快か不快か ポジティブかネガティブかを示す感情価(valence)、縦軸に「覚醒―鎮静 (眠気)」といった覚醒度(arousal) をとり感情をプロットすると、円環状に配置される、というものです (ref. 5)。
覚醒度とは具体的には、感情のエネルギーレベルや強度、どれだけ心を活性化するか?を示す次元のことで、感情の強さは原点からの距離によって表され、下側、低い方向に向かうと鎮静・睡眠となり、上側、高い方向は高活性・高覚醒といわれます。
感情経験の個人差を説明する二つの構成要素
この感情次元論を提唱するフェルドマンによると、次の図のように、この環状構造は感情経験の個人差を示していて、その差は感情価と覚醒度のフォーカスという二つの構成要素によって説明できるとのことです (ref. 6)。
感情価フォーカス (valence focus) とは
個人が感情経験の快楽要素にどの程度集中(フォーカス)しているか、感情的な体験を口頭で報告する際に喜びや不快の感情をどの程度強調するか、つまり感情価フォーカスの大きい人は快か不快かの感情を強調する人、とのことです。
覚醒度フォーカス (arousal focus) とは
個人が感情体験の覚醒要素にどの程度集中しているか、感情の強さや活性度を示す軸、これは感情がどれだけ強い反応を引き起こすか、またどれだけ心を活性化させるかを表します。(ref. 7 and 8)。
これらの2つの要素を二次元空間上で感情をプロットしていくことで、図4のようにその分散の大きさ、すなわち感情分布の個人差を定量化できるといわれています。
覚醒度フォーカスは成長や発達に伴って発達する
一般的に子供の頃は、良い悪いの二元論、つまり感情価のみで判断することが多く、発達にしたがって覚醒度フォーカスの感情の識別力、縦軸の幅は,増していくと言われています (ref. 9)
また、縦軸の覚醒度フォーカスよりも快か不快かの感情価フォーカス(横軸)の方が大きいのが一般的で、覚醒度フォーカスによる感情弁別能力は個人差が大きいとのことです。
感情の違いを識別する能力
ラッセルとフェルドマンによると次の図5のように自分の感情の違いを識別する能力を左右するのは、覚醒度フォーカスの差、認識の細かさの違いだと述べています (ref. 10)。つまり覚醒度フォーカスが大きい人ほど、感情の識別・認識力、解像度が高く、逆に小さい人ほど、さまざまな感情を混同しやすい傾向があります。
例えば、上の図5の左の図のように 覚醒度フォーカスが大きく十分にある場合は、快の感情価の中でも高覚醒度の「興奮、幸せ」や低覚醒度の「満足、安らぎ」と区別することができます。
一方、右図のように覚醒度フォーカスが小さく感情価フォーカスが極端に大きい場合では、ネガティブな感情は、過活性状態の「恐れ、怒り」低活性状態の「落ち込み、疲労」といった感情も全て同じ感情と認識してしまう、これは認知の歪みなども関わってくると思われますが、そういった傾向があります。
ここまでが感情の話で、次は内受容感覚と感情の話になります。ここまででコメントなどあればお願いします。
感情の弁別力の重要さ
Masa:お話を伺っていて「覚醒度フォーカスが小さすぎる状態」というのが本当に怖い状態だなと感じました。
自分が持っている感情をしっかりと観察、正しく認識し、分析をしていけば、ただ単に「自分は怖がってるんだな」「今は本当に純粋に怒ってるんだな」と理解できます。しかし、それが極端に1つの不快な感情として認識してしまうと、攻撃性に向かってしまったりすることもあるわけですよね。
ですからそのような状態に陥らないよう、不快感を感じた時に、「今自分が感じている不快感はいったい何なのか?」例えばこちらの感情の分布図の中で、怒り、不安、倦怠など、どの状態にあたるのか?と自己分析ができるよう意識することが非常に重要だと思いました。
小島美佳:そうですね。
あと関連の質問で、快不快の感覚・感情価はストレス反応スイッチとも呼ばれる扁桃体周辺の機能とかなり関連してるのかなと思いました。一方、感情次元説の図の2次元の縦軸にあたる覚醒度フォーカスは、人間の脳の発達段階によっても変化するのでしょうか?例えば、より経験を重ねることによって感情の解像度が増して、感情の認識力は変化する、といった解釈はできるんでしょうか?
s子:脳科学の発達の方面では私自身がまだフォローできていないんですけれども、、、一つ言えるのは、否定的、ネガティブな感情を引き起こす刺激に対する知覚感度を高め、否定的な情動体験と扁桃体の活性に正の相関があることは示されています (ref. 11)。
また心理発達面から考えると、乳児や幼児期は「好きか嫌いか」「快か不快か」といった二元論的判断が中心と言えます。そこから成長しさまざまな感情経験を重ね、精神発達が進むにつれ、より細かなニュアンスの感情の違いを認識できるようになる、感情の解像度が増していくと考えられています。
こういった感情価フォーカスの「快か不快か」の二元論で感情を認識することを手放すのが、ヴェーダナー(感受)で言うところの “スカ” の状態に近いのかなと思いました。
例えば長期瞑想実践者や修行を積んだお坊さんなど、何か出来事があった時に、「ただ、こうなんだな」とあるがままに事実を受け入れる、そこに嫌か不快かという判断を入れない “超然とした” 心の状態に、瞑想のステップが上がるにつれて近づいていけるんじゃないかな、と個人的に思いました。
感情や感覚の自己認識が、ヴェーダナーの発展につながる
小島美佳:ありがとうございます、非常に興味深いです。
あくまでも私自身の解釈を踏まえてヴェーダナーの感覚と少し重ねてお伝えすると、この図3から5までの感情の地図を念頭におきながら瞑想におけるヴェーダナーを自己分析することは役立つように思います。
ヴェーダナーは非常に微細な領域に入っていきますが、なかなかそれを言葉で表現するのは難しく、(言葉で表現できない領域の微細だからこそのヴェーダナーですが…)。
少なくとも、今この瞬間、私が経験している感覚や雰囲気は地図のどの辺りなのか、どういったものの組み合わせなのか、といった客観視できる。この図はその感覚の全体像を簡潔に示してくれている、と感じました。
全体の中で今この瞬間私はこの辺にいる、といったことが認識できるようになる意識状態が手に入れば、前回お話ししたヴェーダナーにおけるピーティーとスカの状態を認識して制御できるようになっている段階とも言えるでしょう。
至福への願望と中毒性
また、スピリチュアル体験や覚醒状態を経験したいと願う多くの方々は、特に快の領域、図3の右上の至福の領域を目指しているのだろうと思います。この願望自体は本来人間が持っているものです。しかし、一方でその中毒性もあるので注意が必要でしょう。快の中にも、興奮を超えたその先にある究極の安らぎ、至福の境地もあることを理解しておくことが大切ですね。
さらに、二元論的な発想で至福だけを追求していると、あるとき急に不快に感じられ、嫌悪や批判的になってしまう段階もあるかと思います。しかし、ヴェーダナーの真の醍醐味は、カーヤ同様、ご自分の状態を微細な領域まで認識して制御できる状態です。例えばセックスでオーガズムに達する快楽も、この図の右上の状態の最たる人間の欲求の1つの例とも捉えられます。性は執着とも密接に絡み合っている、どこまでも快だけを追求し続ける人もいるのかもしれないですけど、そこは人それぞれなんでしょうね。
Masa:そうですね、まさに高覚醒度なのか低覚醒度なのか、あるいは快なのか不快なのか、というところを自分の意思で自由に行き来できる状態が、何にも縛られないベストな状態ですよね。
「常に興奮を目指してずっとそこにいる」という状態から「さらに上の段階で自由に行き来できる」というところがあるということ、そしてそこが修練を積む者にとっていかに大事な、目指すべき状態であるか、ということを理解しておくといいんでしょうね。
恐らく、そこがどれだけ良い状態なのかを理解するためには、結構時間がかかることかとは思いますが、ヨガ・スートラだったり今回題材にしている書籍、いわゆる経典と呼ばれるものには必ず書いてあるはずなんですよね。ですから必ずどこにでも書いてあるということは、それは真理真実だと思うので、その状態を目指していくべきだという前提を忘れないで自身の実践を重ねていくことが大切なのでしょう。
覚醒の概念
s子:今回ご紹介した感情次元説は、学術的に分かりやすく概念化するために2次元で配置されていますが、実際はもっと多次元で他にもベクトルがあると思います。また、この図でいう縦軸の覚醒度は英語ではarousalと書かれていて、これは単に頭・意識が起きている(覚醒)と眠っている(鎮静)という状態のことを言っています。
一方、こちらのサイトで以前ご紹介したケン・ウィルバーのインテグラル理論で言われている、『意識の覚醒』は英語ではawakening of consciousnessで、『意識の進化、発達や拡大を通じて、個人がより高い意識状態に到達するプロセス』と説明されています。
個人的にはこちらのawakeningの方は、自分で感じている感覚を快か不快かという感情価フォーカスで判断するのではなく、先ほどMasaさんがおっしゃってくださったような、自分の感情や意識がこの辺にあるんだなと認識した上で、「自分はどこに行きたいか?」と自由に行き来できるような状態を目指していくのかな、と思いました。
ピーティーを経験し、その先のステップを意識することも重要
小島美佳:いわゆるかなりの執着を伴う程度の高い興奮状態や至福も一度体験して、1回そこに点を置く、座標軸で言うと今まで経験したことのない違うところに点を置かないと、座標軸も広がらない、意識も拡大しない、というのはあるとは思います。
ですから、それは1つのステップとしてピーティーの状態を体験することは良いと思いますし、そこにずっといたい人はいてもいいですけれど、そのステップの先もありますよ、と言うことはお伝えしたいですね。
Masa:この連載でお伝えしているように瞑想にはいくつかの段階があり、その割と初期の段階で集中がありますよね。その集中の対象はやはり明るいものが望ましいと思います。この覚醒度の図でいうところの右上の領域に集中の対象となるピンを1個打つ、というのは重要ですよね。
仮に暗い方向にピンを打ってしまってそこに集中してしまうと、どんどん気が落ちていってしまい、そこから戻ってくるのはすごく難しくなりますし、エネルギーを必要とする作業ですよね。それよりも、やはり清く明るいものに対してピンを打つ、ということが非常に重要かなと思いますね。
小島美佳:本当その通りですね。
いわゆる不快なところにあえて向き合う、みたいなことをやられた結果、深みにはまってしまう方もいらっしゃるので、やはり全方位的に見ていきたいなと改めて思いました。
感情の個人差と内受容感覚については次回に続きます。
Source : マインドフルネス研究所
References
- 身体を通して感情を知る – 内受容感覚からの感情・臨床心理学 – , 福島宏器, Japanese Psychological Review (2018)
- 内受容感覚と感情をつなぐ心理・神経メカニズム, 寺澤 悠理・梅田 聡 , Japanese Psychological Review, (2014)
- Russell JA. Core affect and the psychological construction of emotion. Psychol Rev. (2003)
- Barrett LF, Bliss-Moreau E. Affect as a Psychological Primitive. Adv Exp Soc Psychol. (2009)
- Russell, JA. A circumplex model of affect. Journal of Personality and Social Psychology (1980)
- Barrett LF. Solving the emotion paradox: categorization and the experience of emotion. Pers Soc Psychol Rev. (2006)
- Feldman, LA. Valence focus and arousal focus: Individual differences in the structure of affective experience. Journal of Personality and Social Psychology, (1995)
- Posner J, Russell JA, Peterson BS. The circumplex model of affect: an integrative approach to affective neuroscience, cognitive development, and psychopathology. Dev Psychopathol. (2005)
- Nook EC, Sasse SF, Lambert HK, McLaughlin KA, Somerville LH. Increasing verbal knowledge mediates development of multidimensional emotion representations. Nat Hum Behav. (2017)
- Russell JA, Barrett LF. Core affect, prototypical emotional episodes, and other things called emotion: dissecting the elephant. J Pers Soc Psychol. (1999)
- Barrett LF, Bliss-Moreau E, Duncan SL, Rauch SL, Wright CI. The amygdala and the experience of affect. Soc Cogn Affect Neurosci. (2007)