瞑想がもたらす「感じる力」の科学:内受容感覚とヴェーダナーの接点

瞑想実践者の間で古くから知られてきた「感じる力」の向上。近年、この現象が「内受容感覚」として科学的に解明されつつあります。脳内の島皮質の容量増加から感情制御能力の向上まで、瞑想がもたらす効果が次々と明らかになっています。
本対談では、最新の科学的知見とブッダの智慧「ヴェーダナー・感受」の関係性を探りながら、「感じる力」の本質に迫ります。

「瞑想をすると、なぜか周囲の空気が読みやすくなる」
「自分の感情をコントロールしやすくなった」

瞑想実践者からしばしば聞かれるこうした体験は、単なる主観的な感覚なのでしょうか。
実は、最新の神経科学研究が、これらの体験を裏付ける興味深い発見を示しています。内受容感覚(interoception, 私たちの体の内部状態を感知する能力)が、感情認識や社会的認知、そして精神的な健康と密接に関連していることが、科学的に明らかになってきました。

内受容感覚と感情体験:覚醒度との深い関連性

s子:前回は、「内受容感覚(身体の内部状態を感じ取る感覚)」と「感情体験の個人差」について、感情価(快・不快)と覚醒度(活性化の度合い)という2つの観点からお話ししました。

<前回の記事はこちら『ヴェーダナーを科学的に理解する – 内受容感覚から微細な感覚の正体を探る』>


今回は、内受容感覚がどのように私たちの感情体験に影響を与えているのか、について研究成果をご紹介したいと思います。

  1. 自分の心拍を正確に感知できる人の特徴
    Herbertらの研究 (2007) では、自分の心拍を正確に感じ取れる人ほど、感情を「強く」感じる傾向があることがわかりました。つまり、身体の内部感覚に敏感な人は、感情の強さ(覚醒度)もより強く体験するのです。
  2. 内受容感覚と感情の識別能力の関係
    Barrettら(2004)の研究では、内受容感覚が正確な人ほど、異なる感情をより明確に区別できる(覚醒度フォーカスが大きい)ことが判明しました。興味深いことに、この効果は感情の「強さ」の識別に限られ、「快・不快」の判断(感情価)には関連がありませんでした (Herbertらの研究 (2007)も同様の結論)。

一方、感情が「快いか不快か」という判断(感情価フォーカス)には、その人の経験や置かれた状況など、社会的な要因が大きく影響することもわかってきています(Feldman, 1995)。

つまり、内受容感覚は「感情をどれだけ強く感じるか」「異なる感情をどれだけ明確に区別できるか」という点に特に影響を与えているのです。

現在では、個人の感情が発生する際は、以下の3つの要素が組み合わさって生じていると考えられます。

  • 外部からの刺激
  • 内受容感覚(内部の身体感覚)
  • これまでの体験や経験に基づく認知的解釈

つまり、私たちは身体の外や内で感じた感覚を、自身の経験や置かれた状況(文脈)に照らし合わせて解釈することで、ある感情として認識するのです。この「身体感覚」と「認知的解釈」の両輪があってこそ、豊かな感情体験が可能になると考えられます。


感情認識の精度を高める:内受容感覚の役割

実際に、内受容感覚が正確(自分の心拍を正確に知覚できる)な人には、以下の4つの傾向があることが分かっています (Fukushima H., 2018)。

  1. 感情制御と正の相関があり、落ち込みを感じにくいPollatos et al, 2015) 
  2. リスク学習を伴う意思決定課題の成績が良いWerner et al, 2013)
  3. スピーチ不安を感じづらい (Werner et al, 2009)
  4. 感情制御をしながら感情をゆさぶるような画像を見た際の脳波の振幅が抑制される (Fustos et al, 2013)

またアンケート形式の調査でも、内受容感覚に注意を向ける傾向の高い人は、感情制御能力とレジリエンスが高く、特性不安が低いといった論文(Haase et al, 2016, Mehling et al, 2012)もあります。

以上から、健康的な感情状態のためには内受容感覚が敏感な方が良いと言えるかと思います。


社会的認知と内受容感覚:乳幼児期からの影響

さらに、内受容感覚は社会的認知に関与することもわかってきています。

  1. 慶應大学 寺澤先生らの研究(2014)では、正確な内受容感覚認識を持つ参加者は、中立的または感情的な表情を見せた際に、特に悲しみと幸せの表情に対して敏感であると報告されています。
  2. 武蔵野大学 今福先生らの2020年の論文では、内受容感覚が敏感な人、身体感覚に敏感な人ほど表情の模倣が増え、他人の視線にも気づきやすい、つまり社会的認知能力の向上や社会性の発達にも関与することが示されました。
  3. さらに注目すべきは、この傾向が乳児期から観察されるという点です。今福先生らの2023年の研究では、内受容感覚が敏感な乳児ほど養育者とのアイコンタクトの回数が多いことが報告され、人間の社会性の発達における内受容感覚の重要性が示唆されています (日本語のプレスリリース)。


このように、内受容感覚が敏感だと自分の感情を正確に捉えることが可能となり、感情知性(EQ)も向上し、社会性を獲得していく上でもメリットが多いと言えます。


内受容感覚と精神健康:両刃の剣としての身体感覚

一方、内受容感覚といくつかの精神疾患との関連も報告されています。研究によると、不安障害、パニック障害、腸過敏性症候群といった疾患では内受容感覚の過度な亢進が認められています(Cameron, 2001, Domschke et al, 2010)。逆に抑うつ、拒食症、アレキシサイミア(感情失認)では内受容感覚の低下が報告されています(Herbert et al, 2012, Murphy et al, 2018)。

これらの疾患との関連については、現在3つの仮説が提唱されています (Fukushima H., 2018)。

  1. 感度の不適切性:不安状態における内受容感覚の見かけ上の敏感さは、体内への過剰な注意と身体モニタリングによるもの
  2. 認知バイアス:不適切な認知バイアスや信念による身体情報の解釈における歪み
  3. 知覚の不正確さ:身体からの情報に伴うノイズの増幅による推測の過剰

特に注目したのは ③ のFarb ら (2015)が示唆する「不正確な知覚」の仮説です。これは、高不安の個人において、身体からの情報を脳が正確に処理できず、過剰な推測に頼ってしまう可能性を指摘しています。
これらの疾患については、今後もさらに心理学、行動学など様々な研究分野と組み合わせ、内受容感覚との関連を多面的に研究され理解が深まることが重要です。


瞑想実践による内受容感覚の最適化:科学的エビデンス

最後に、心身の健康のために内受容感覚を最適化するには、どのようなアプローチが有効なのでしょうか。興味深いことに、マインドフルネスやボディスキャンの有効性を示す科学的エビデンスが蓄積されつつあります。

具体的な研究成果として:

今回の内受容感覚について参照した関西大学 福島先生の2018年のレビュー(「身体を通して感情を知る ―内受容感覚からの感情・臨床心理学―」)では、効果的なアプローチとして、体の個々の部位に注意を向けるボディスキャン瞑想だけではなく、自身の覚醒度(感情の強さ)や体調など、身体全体への気づきと感情状態を統合的に意識する重要性が述べられていました。
はい、私からは以上になります。

小島美佳:ありがとうございました。とっても面白かったです。Masaくん、コメントありましたらお願いします。

Source : 瞑想チャンネル for Leaders


内受容感覚とヴェーダナー:瞑想実践者の知見から

Masa:瞑想の効果について科学的なデータが集まってきていること、具体的には内受容感覚の機能を担う島皮質の容量が瞑想によって増加するといった知見は、とても心強く感じました。

以前ビジネスパーソン向けの瞑想入門講座を開催した際、「なぜ瞑想なのか、睡眠では代替できないのか」という質問を受けたことがあります。確かに身体疲労の回復という目的には睡眠の方が効果的といえますが、瞑想にはそれ以外の独自の価値があることが科学的にも示されてきているということですね。

小島美佳:そうですね。
特に興味深いのは、最後に紹介していただいた長期瞑想実践者が「自分の身体の状態を詳しく感じられている」という研究結果です。
これは、私たちがこの連載の中でお伝えしてきたカーヤ(身体)の感覚を深めていくことで、身体に対する注意や態度を客観的かつ制御的に維持できる、保てるようになることと密接に関連していますね。まさにSTEP2でお伝えしたヴェーダナーでの2つの状態、ピーティー(満足)とスカ(平静)を自分の中で意識的に認識できるようになるところと通じる部分があります。


あとは瞑想者としての興味からの質問ですが、この内受容感覚を測る方法というのはこれからより進化していくのでしょうか?現時点ではこの自分の心拍を正確に知覚する方法が主流なのでしょうか?

s子:内受容感覚の測定方法については、現時点では複数のアプローチを組み合わせて評価することが望ましいと考えられています。
元々、内受容感覚を測る方法として主流だったのはアンケート・質問票(多次元内受容感覚認識評価(MAIA))による調査がありましたが、個人の主観に基づいた自己報告よりも客観的で科学的な計測法として、心拍弁別課題というKatkinら (1982) の方法(1試行につき10回の音声(1000 Hz, 100 ms)を呈示し,それが参加者自身の心拍(心電図のR波)と同時に鳴っているか, 心拍から遅延して鳴っているかを判断させる課題)も多く使われています。
さらに、先ほど乳児の内受容感覚に関する2023年の論文では、生後6か月の乳児の内受容感覚を調べるために新たな知覚的な感度を計測する手法も確立されました。

近年では,質問票・MAIAによって評価された内受容感覚の「過敏性」(interoceptive sensibility) と呼び,心拍知覚など行動実験によって評価された内受容感覚の「正確性」(interoceptive accuracy) とし、両者を明確に区別することも提唱されています (Garfinkel et al.,2013)。
詳しくは、慶應大学の寺澤先生のレビュー (2014) の中で「内受容感覚の測定方法」として詳述されているのでご参照ください。

小島美佳:なるほど。実際、ヒマラヤなどで修行をしているお坊さんたちは、ご自分の心拍数を上げたり下げたりするトレーニングも行われているとも聞いたことがあるので、瞑想と内受容感覚の親和性の高さを示すデータが増えていることは興味深いですね。


内受容感覚の両義性:感受性を活かすヴェーダナーの智慧

小島美佳:それから、他にも内受容感覚と表情模倣や社会的認知の関連性についてもお話がありました。以前、共感や模倣、社会的認知に関わるミラーニューロン (観察を通じて他人の経験や感情を理解できるようにする脳神経システム) について対談しましたが、内受容感覚とミラーニューロンもきっと深く関わっているのでしょうね。

また、瞑想トレーニングを通じて自己の身体状態や感覚への気づきが深まると、外で起こっていることにもきめ細かくアンテナを張ることができるようになる、という感覚は実体験からも非常に納得しました。

ただし、この感受性の高さは必ずしもポジティブな面だけではありません。他者の視線や感情的な状態に敏感であることは、HSP(Highly Sensitive Person)との関連も示唆されますが、時として大きな負担となり得ます。

ここで重要となるのは、ヴェーダナーで説かれる「スカ」最も滑らかでニュートラル、穏やかで落ち着いた状態の実現です。瞑想を通じて、この「スカ」の状態を体験できれば、高い感受性はむしろギフトとして活用できるようになり得ます。
ですから、ご自身の身体に注意を向けて内受容感覚を意識してみたり、敏感さや繊細さが感じられるようになってきたら、「スカ」という状態の理解と体得までを是非目指していただきたいなと思いました。



Masa:僕自身の経験からも共感します。
昨年、様々な事象が重なって、ヨガの練習や瞑想ができない期間がありました。その状態から少し改善してきて練習を再開し始めてから、精神的な落ち着きが劇的に戻ってきた感覚があり、ヨガや瞑想などがいかに自分にとってやはり役に立ってるかを再認識しました。

僕も他人の感情や視線に対して、敏感な面がありますが、日々のトレーニングを通じて、そういった特性をマイナスにしていかず、ポジティブな方向へ活かすようなコントロール力が培われていくように感じています。

小島美佳:そうですね、以前のヴェーダナーの説明のところで、ニュートラルか、もしくはポジティブな方向に持っていくことができるっていうお話がありましたけど、改めて大事なんだなと感じました。



それから、内受容感覚の研究で示されている効果—レジリエンスの向上や感情制御能力の強化—は、特にビジネスパーソンにとって重要な意味があります。一般的なビジネスパーソンの場合、過度な感受性で日常生活に支障をきたすケースは少ないと思うので、むしろ、適度な内受容感覚の向上は、職業生活における大きな強みとなり得るでしょう。

瞑想実践を通じて、感受性をニュートラルもしくはポジティブな方向へ導いていく。このアプローチの重要性を、今回改めて確認できました。

マインドフルネスおすすめ情報

集中力を高めるための muse 2 脳波計
ヨガ、瞑想に最適

ABOUTこの記事をかいた人

ライター。 博士号を取得後、日本学術振興会特別研究員・博士研究員・大学教員として教育研究に計10年以上従事(専門は分子生物学)。9割以上が男性の業界で女性が中間管理職として働く難しさを感じつつ、紆余曲折を経て小島美佳さんからマインドフルネスを学ぶ。 現在は心理学や精神世界のエッセンスを科学の言葉で咀嚼して伝える方法を模索中の、瞑想歴1-2年の初心者です。