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脳はどのように発達していくのか?~生涯にわたる脳の変化〜
長く人間の脳は児童期(第二次性徴前)にほぼ完成すると考えられていましたが、最近の研究によって人間の脳の構築が完了するには約25年かかると言われています。
誕生から児童期まで – 神経細胞の増殖と結合が活発に行われる
人間の赤ちゃんは生後約2年間の幼少期に外界からの感覚情報を取り込みつつ、ニューロン(神経細胞)とシナプス(神経細胞と神経細胞の間にある接合部)形成が最大値となり、シナプス接合の数は約100兆個と成人の約二倍にまで増えます。その後大人になる過程で約半分のシナプスが選別され除去されます。例えるなら、森の小道のように使われない神経回路は次第になくなり、頻繁に使用される回路はより太く強化されます。これをニューロンの刈り込みと言います。
具体的な例としては、
- 日本に生まれた子供が幼少期に英語を聞くことがなければRとLの発音の聞き分ける能力を失い、逆に遺伝学的なルーツが日本人であっても海外で幼少期を過ごすことによってRとLを聞き分ける能力は身につくことから、育った環境によってこれらの聴覚・言語処理能力は形成されることが分かります。
- 海外では味覚の一種である「うま味」を感じ取る機能が日本人よりもできづらいこと(西洋の硬水ではグルタミン酸・イノシン酸等のうま味成分の抽出が阻害されるため)
などが知られています。このように、脳は経験に応じて柔軟に適応することができるのです。
10代・思春期の脳の発達
10代の頃は、自分の感情や衝動を抑えることが難しい時期でもあり、これは、脳の発達に関係しています。脳には適切な社会的行動や自己認識に重要な役割を果たす領域, 内側前頭前皮質 (mPFC) があり、この部分は10代に急速に発達し、15歳前後でピークとなります。そのため、対人関係の不慣れさや不安を感じたり、自己評価や自意識のストレス反応、情緒的な過敏性などが見られます(いわゆる思春期)。しかし、成人期になるにつれ自身の自意識に慣れてきたり、脳の発達が落ち着いたりすることで、対人ストレスは減っていきます。
さらに10代の青年期の特徴として、脳にある快楽中枢である側坐核は成人と同程度まで発達します。一方で、判断力、実行の決断、配慮、計画性などに関わる眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)は十分に発達しておらず、児童期とほぼ同程度と言われています。そのため、10代の人は、周囲の影響を受けやすかったり、自分の感情を制御できなかったりすることがあります。例えば、友人がいるときには危険を冒してしまうこともあります。
これらのことは、10代の脳の発達の特徴を理解することで、寛容に受け止めることができるかもしれません。
脳は成人になっても、環境や経験に合わせて神経回路を変化させる能力を持つ
脳は成人になっても、環境や経験によって神経回路を変化させる能力を持っていることがわかっています。この能力を『可塑性』と呼びます。例えば、バイオリニストはピアニストと比べて左手をより使うので、右脳が大きく発達していたり、イギリスのタクシー運転手は地図や道路を記憶しいわゆる土地勘を得るため、空間認知に必要な脳領域が活性化していたりすること、などが知られています。
その他の可塑性の例として、
- 素人でも訓練によりプロ棋士と同じ直観的思考回路を持てる
-直観的思考は継続的な練習の積み重ねで養われる- - ニューロンは遺伝子発現によって「経験を記憶」している (WIRED, 2018) 等があります。
また、以前は脳の神経細胞やシナプスの数は20代に最大となり、その後は減少し回復・再生しないと考えられていました。しかし、少数ながらも神経幹細胞という脳の中にも自己複製能を持つ未分化な神経細胞が発見され再生する可能性が示されたり、老化による神経変性や脳梗塞などで脳組織の一部が変性しても、他の領域が機能を代行できることも分かってきています。したがって、好奇心や学習意欲を持ち続け、意識的に行動することで、脳は生涯に渡って変化し続け、若さを保つことも可能だと言えます。
脳はどのように情報を処理しているのか?
私たちは日常的に様々な情報を脳で処理していますが、その仕組みは非常に複雑であり、まだ完全に解明されていない部分も多くあります。
外からの刺激・情報は、感覚器官(目、耳、鼻、口、皮膚)で受容し、脳へと伝わります。私たちは目でものを見て、耳で音を聞いていると思っていますが、これらの感覚器官は刺激を受け取るのみで、実際は脳に伝えられた後に電気化学信号に変換され、脳内の神経細胞のネットワークで情報処理されることで知覚しています。この過程では、脳内での信号の伝達速度やニューロンの数などによって、感覚器官ごとに情報処理の時間や方法が異なります。
例えば、視覚情報は聴覚情報よりも多くのニューロンを使って処理されるため、シナプス遅延により視覚は聴覚より数ミリ秒程度遅れて認識されます。しかし、私たちはこのわずかな遅延を意識することはありません。それは、脳の時間的なずれを補正する情報処理によって、同時に起こっているように感じさせてくれるからです。
また、脳は記憶された体験・経験をもとにして視覚情報を解釈します。そのため、錯視と呼ばれる現象が起こります。錯視とは、脳が記憶から「きっとこうに違いない」という像をそれが事実であると認識し、実際に見えるものとは異なっている錯誤です。さらに、私たちが動いているときに見える景色は、カメラで撮影した映像のようにブレたりしないことも、脳が情報処理を上手く行っている証拠です。脳は体の動きや位置、振動を考慮して、視覚情報を安定させています。
神経ネットワークの可視化については2018年のNHKスペシャル人体の『脳』でCG映像が参考になります、ご興味があれば見てみてください(こちらのNHKのサイトで見られます)。
習慣化・自動化で省エネする脳
『脳は習慣化を好む』という話はこのコラムでも何度かお話してきました。
脳は習慣化することでシナプス接合と神経ネットワークをより強固なものにし、意識したり考えたり悩んだりすることなく行動を選択し実行できるように、自動化することで、脳を省エネ化しているとのことです。というのも人間の脳は成人で約1.2 kg程度と体重当たりの重量で考えると2-5%程度の小さな臓器ですが、1日の平均消費カロリー2,000 kcalのうち脳だけでその約1-2 割も消費する燃費の悪い臓器とも言えるからです。
習慣化した行動は私たちの日々の行動の約半分を占めているとも言われています。「無意識の行動がそんなに!?」と思うかもしれませんが、例えば、母国語と外国語で話すときにどのくらい意識を使うか?を考えれば、日々いかに母国語で話したり文字を読むのに無意識を使っているかわかりますし、毎日の通学通勤経路に慣れてしまうとぼーっとしているうちに家に着いていた、という体験のある方もいらっしゃるかもしれません。
では脳の省エネのためにも習慣化・自動化が有用ならば、なぜ意識があるのでしょうか?本書では『意識は予想外のことが起こったときに、次に何をすべきか考えるために必要なもの』と述べています。また意識はCEOのようなもの、日常的な細かな活動にはほぼ関わらない代わりに、会社の長期的展望を考えたり非常事態への対応などを担っている、とも例えられています。
マインドフルネスとは、自分の呼吸や感覚に注意を向けることで、今の瞬間に集中することです。このような練習をすることで、脳の働きにどのような変化が起こるのでしょうか?最新の脳科学の研究により、マインドフルネスが脳に与える驚くべき効果が明らかになってきました。
【10分間マインドフルネス】日常生活で「ゆったり」とした感覚を取り入れる
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
マインドフルネスが脳に与える驚くべき効果
マインドフルネスとは、自分の呼吸や感覚に注意を向けることで、今の瞬間に集中することです。このような練習をすることで、脳の働きにどのような変化が起こるのでしょうか?最新の脳科学の研究により、マインドフルネスが脳に与える驚くべき効果が明らかになってきました。
まず、マインドフルネスは、脳のデフォルトモードネットワーク(DMN)と呼ばれる部分の活動を抑制します。DMNとは、何もしないときやぼんやりと考え事をするときに活発になる脳の回路(具体的には後帯状皮質と前頭葉内側部)です。
(DMNについては、以前ご紹介した久賀谷 亮先生の著書『脳疲労が消える 最高の休息法』、および久賀谷先生が書かれた記事『「脳のアイドリング」が人間を最も疲れさせる』をご参照ください)
脳はより省エネな習慣化を好む、と言いながら何もしない状態でも活動するDMNって非効率的では?と思いますが、DMNは自動車のアイドリングのように、脳をこれから起こるかもしれない出来事に備えて待機させている状態、脳内のさまざまな神経活動を同調させ統括する働きがあると言われています。DMNでの何もしない状態で消費されるエネルギーは、意識的な反応や行動で脳が消費するエネルギーの20倍近くになるとも言われてます。
ここでマインドフルネスの呼吸に意識を向ける集中瞑想などが有効になってきます。前述のようにぼーっとしたDMNのアイドリング状態よりも、意識的に一つのもの(この場合は呼吸)に集中している方が脳のエネルギー消費が少ないので、脳を休息させることができます。さらに『今ここ』の感覚に意識を集中し、過去や未来、今の状況以外のことについての思考(雑念)が湧いてきたら、その都度気づき意識を呼吸や今ここに戻すことで、より集中力が高まり、その結果余計な脳での情報処理量も減り、脳の休息に繋がります。
その他にもマインドフルネスの効果は前回のエトナ社での実例紹介の記事にも書いたように、
- 睡眠の質の向上
- ストレスレベルの指標であるコルチゾールの量が低下
- 痛みの軽減
- 生産力の向上
などが知られ、結果的に心身の健康に繋がることが分かっています。
瞑想は脳のアイドリングを抑えて創造性を高める
瞑想は、脳の無駄なエネルギー消費を抑えるだけでなく、創造性や閃きを促す効果もあると言われています。瞑想の熟練者(生涯瞑想時間が50,000時間の修行僧)の脳は、一般人と比べてDMNの主要領域の活動が低下し、さらに平常時もDMNの主要部位(後帯状皮質)と、背外側前頭前皮質(CEN, 認知や論理的思考に関与)、背側前帯状皮質(SN, DMNとCENを繋げるハブの役割をするネットワーク)ら神経ネットワークとの連結が強くなっていることがfMRI像から分かりました (Meditation experience is associated with differences in default mode network activity and connectivity, PNAS, 2011)。
このようにDMNの活動が抑制されることで、自分の思考から離れて客観的に物事を見ることができるようになります(メタ認知)。さらに、DMNとその他の神経ネットワークとの連結が強くなることで、脳内の情報がより効率的に統合され、新しい発想や解決策が生まれやすくなります。
Source : マインドフルネス研究所
実際に、iPS細胞の発見者である山中伸弥先生は、NHKスペシャル人体『脳』の中で、iPS細胞のアイデアを思いついたのは研究室ではなく、自宅で子どもとお風呂に入っていた時だったと語っています。このように、閃きや創造性は、脳をリラックスさせることで無意識下で情報が整理されて生まれることが多いと考えられます。マインドフルネス瞑想は、このような脳のリラックス状態を意図的に作り出すことができる有効な方法です。
次回は瞑想を行うことで具体的に脳にどのような影響があるのか、実際調べた研究結果をまとめたエッセンスについてお話する予定です。
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