小島美佳:今回はアンコンシャス・バイアスの一種である慈悲的バイアスについて、株式会社リンクォード CEOの石井由香梨さんにお話を伺っていきたいと思います。(石井由香梨さんのプロフィールは文末にあります)
石井由香梨:よろしくお願いします。まず初めにバイアスとは何か?から簡単に説明します。
目次
バイアスとは?
バイアスと聞くと、ネガティブな印象を持たれがちなんですけれども、バイアス(bias)は直訳すると「偏り、偏見」、心理学などで用いられる際の定義としては、
私たちが過去の経験や環境によって形成された自分の判断基準や価値観
のことです。
では私たちのバイアスは、どのような要因によって形成されるのでしょうか?
バイアスの形成メカニズム
一般的には、今まで置かれてきた環境や、その環境で学んだ倫理観や常識がバイアスの形成に大きな影響を与えると言われています。
この図は、私たち自身を中心として、その周りに影響を与える要因を示したものです。
中心にある『わたし』を囲む一番内側の円は内向きな側面を示しています。これはご自身の考え方や思考のスタイル、年齢や性的嗜好、人種や身体能力、性自認などが含まれます。
次に外側にある円は外向きな側面を示しています。これらは主にご自身以外の要因であり、具体的には、ご結婚されているか?経済的地位、宗教や教育歴、住んでいる地域やご両親との関係などが含まれます。
最も外側の円は会社や組織という側面を示しています。これは所属する部署や雇用区分などが影響します。例えば、正社員と非正規社員では、評価される基準や契約の安定性などが異なります。例えば評価され続けることが大事なのか、それとも契約が継続されることが大事なのか?などです。
また、会社の歴史や文化を知っている人と知らない人、勤続年数や役職によっても、会社に対する見方や考え方は変わってきます。これらも価値観や倫理観の一部です。
所属組織によって形成されたバイアス
ここで、ご自身が持つ所属部署によって形成されたバイアスに気づくための問いです。
『あなたが今、所属している部署の常識は何でしょうか?』
これは今いらっしゃる部署によって常識が変わってくると思うんですけれども、何を大事にしているのか、例えば目標達成や顧客満足度、ミスの防止や社内ルール厳守など、、、普段当たり前だよねと感じていることについて今一度考えてみてください。
以下、回答例を挙げますね。
回答例
- 『顧客満足度』
- 『公平性』これは人事関係の方っぽいご意見ですね。
- 『上が言うことが大事』これは上位下達って言うことですかね。
- 『横並び感がとっても大事』これは目立ってはいけないとか、序列があるから目上の方より目立ってはいけないという常識を気にしながら、絶妙に発言とかをコントロールされているんですかね。
- 『社内ルール厳守』
- 『納期厳守』
- 『本質は何か』
- 『経営の意図を具現化する』
これらの常識と感じていることは、いらっしゃる部署によって異なってくるものです。社内ルールを重視する部署もあれば、顧客の要望を一番大切だとする部署もあります。これは正しいか正しくないかではなく、今いらっしゃる部署の文化や特性ということですね。
親の教育や育った環境によって形成されたバイアス
次の問いは、幼少期の環境や周りの人たちから言われた言葉などによって形成されたバイアスに気づくためのものです。私たちは家族関係、特に小さい頃に家族から言われたことはインパクトが大きいかなと思いますし、実際、その方の価値観の形成に大きな影響を与えます。
『ご両親や兄弟、親戚から言われたことで記憶に残っていることはありますか?』
例えば「迷惑をかけてはいけない」なのか、「何でもチャレンジしなさい」なのか、これらも育てられた親御さんの価値観によって変わってくると思います。
回答例
- 男なら、細かいことを気にするな
- 法律を犯さない限り、好きなことをしていいよ
- 自分がされて嬉しいことを周りにしなさい
- 好奇心を持とう
- 基本、否定的なコメントを多くかけられたので、その思考から抜け出すのに苦労した
- 幸せな家庭を作る
- 自分が思うほど、人は、他人のことを気にしていないから自分のことをやりなさい
- ちゃんとしなさいと言われてました。何が「ちゃんと」なのか分かりませんが、、、
ここで大事な事は、これらは自分が育った環境によって得た常識であって、他の環境では違う常識があるということです。
例えば「法律を犯さない限り、好きなことをやりなさい」という言葉について考えてみます。
これは、住んでる国の法律を犯さなければ多少人に迷惑をかけても構わないという解釈もできますが、逆に「人に迷惑をかけないように気をつけなさい」という解釈もできます。
これらもどちらが良い悪いではなくて、価値観には多様性があり、自分が持つ価値観には必ず対極もある、という事を認識していくことが、自分が持つバイアスに気づき、バイアスを客観視するための最初のステップなのかなと考えます。
そもそもバイアスは『悪』なのか?バイアスの意義
そもそもバイアスとは悪なのか?と言うと、実は私たちはバイアスがなければ生きていけません。バイアスがあるからこそ、迅速に判断できます。
特に原始時代のようにいつ敵が襲ってくるか分からないような状況では、敵か味方かをすぐに判断して行動しなければ生き残れませんでした。バイアスがなければ危機的な状況で対処できません。
つまりバイアスは生存本能の一部です。
バイアスについて知っておきたい2つのこと
しかしバイアスには注意しなければならない点が2つあります。
1つ目は過去の経験によって得たものだということです。過去の経験は言い換えれば現在や未来に必ずしも当てはまるわけではありません。状況や条件が変われば、過去の経験は役に立たないかもしれません。
2つ目は自分の判断基準、価値観だということです。自分の判断基準や価値観は他人と異なるということを忘れがちで、「自分はこう思うから、相手もそうだよね」という思い込みは危険です。特に時間がない時やプレッシャーがかかっている時には、そういう思い込みに陥りやすいです。
だからこそ大切なことは、次のような問いを自分に問い続けることです。
「未来もそうなのか?相手も同じだろうか?」
このように自分自身に問い続ける姿勢が、バイアスとの向き合う上での基本となります。
アンコンシャス バイアスの一つ 慈悲的バイアスとは?
ではここから今回のテーマである慈悲的バイアスとは何か?についてお話していきます。
そもそも慈悲的バイアスとは、アンコンシャス ・バイアス(無意識の思い込み)の一種で、女性や高齢者など少数派に対する優しさや配慮が思い込みに基づいていると、相手にとってはバイアスになりうる、ということです。
女性に対する慈悲的バイアス・アンコンシャスバイアスの具体例
例えば、
- 女性はこういう算数とか計算が苦手だから、など、こういう業務や作業がきっと苦手だろうからやってあげよう
- 子育て中の女性に出張をお願いするのは負担になるから避けよう
- 女性に成長や目標達成を求め過ぎず、ほどほどにしよう
といった考え方です。
このように元々は相手のために良かれと配慮し想像して行動することが、実は相手にとってバイアスになるケースがあり、実際それによって女性の成長機会が奪われるのです。
ですので、ポイントとしては、
「決めつけずに、その都度、相手の意思を問う」
ことが重要になってきます。
慈悲的バイアス・慈悲的性差別とジェンダー
この慈悲的バイアスはジェンダーに絞ってみると、男性の方が多い傾向がありますが、結果それが女性にどう作用するか?という事についてお話ししていきます。
男性が慈悲的バイアスに基づく行動をとると、それを受けた女性には、気づく人と気づかない人の2タイプがいます。
そして気づく女性の中でも、3つにタイプ分けされるんですけれども、
- そのバイアスを乗り越える努力をするという方、
- 我慢をする方、
- それに乗っかるという方もいます(下図の⑤)。これは自分がバイアスにかけられていることを理解しつつ、利用するっていうことです。
さらにバイアスを乗り越える努力をする方もいくつかに分類されまして、
- 1つ目は男性と同じような働き方をする(上図の①)、男性と同じことをやらないとこのバイアスを乗り越えられない、と考えて頑張られる方。
- もう一つは男性とは違う働き方、動き方を見出す、自分らしさを発揮することによって、そのバイアスを乗り越えていく、と言う方もいらっしゃいます(上図の②)。
そして我慢をする人も2つに分けられるんですけれども、
- 1つ目は我慢するうちに我慢が当たり前になる方(上図の③)、「自分はこういうことが求められているし、私ってこうなのかもな」と思い始めて、自分で自分に制限をかけてしまうということです。
- もう一つのタイプは我慢が限界に来ると、転職したり、別の部署へ異動したりと慈悲的バイアスのない場所が他にないかという道を探す(上図での④)ということです。
このように慈悲的バイアスの女性への作用も様々ある、ということがお分かりいただけたかと思います。ここである企業で実際に行ったアンケート結果をご紹介したいと思います。
【男性への質問】あなたの職場にいらっしゃる女性は、あなたからみて上の図の①〜⑤のどのタイプの方が多いですか?
結果は、③の我慢していると、①の男性と同様に働いている、と考えている男性が多いことがわかりました。
【女性への質問】女性たち自身は、慈悲的バイアスにどのように対処していますか?上の図の①〜⑤のどのタイプだとご自分で思われますか?
結果は、男性とは異なり、②男性とは違う働き方を見出す、と答えた方が1番多くいらっしゃいました。また男性側への質問で一番多かった③の我慢している、と答えられた女性が少なかったことも興味深いです。
まとめと今後の課題
小島美佳:これらのアンケート結果を踏まえて、ある企業さんで女性と対話を行ったところ、慈悲的バイアスに対する対応も、世代や雇用形態によっても変わるよね、という結論に至りました。
また②を選んだ女性たちは若手総合職系の方が多い傾向もありました。個人的に私自身はもう少し上の世代なので、「自分らしい良いやり方を見出している」という方々の存在を知れたことは励みにもなりました。
一方で、男性の方が「自分自身はバイアスを持っているのではないか」とか、同じチームの女性への気遣いについて悩んでいる方が多いように感じました。
ですので、今後も引き続きこのような女性と男性の対話を続けることができれば、バイアスを減らすきっかけに繋がるのではないかと思います。
私自身も今回の対談で気づきが多かったので、とても良かったです。 もしよろしければ、引き続きこういった対談を継続していきたいと思います。
ありがとうございました。
■ 対談者紹介
石井由香梨
株式会社リンクォード (Lincqord)CEO, Co-Founder
リクルートキャリア、リクルートスタッフィングにて営業、経営企画部門リーダー、グループ会社横断の新規事業を経験。
その後、グロービスに入社し、シニアコンサルタントとして7年間活動。300社以上の日本企業の組織課題に向き合う。
2020 年ロンドンにて、南アジア文化人類学を学び「インド人高度人材から見た日本人」をテーマに論文を執筆。113人のインド人の声を聴く過程で、日本企業が異文化(国籍、性別、年齢など)への認識を高める必要性を痛感。Lincqord設立を決意する。
青山学院大学 国際政治経済学部 国際政治経済学科,
グロービス経営大学院大学
ロンドン大学SOAS 南アジア地域研究 MA
国際コーチ連盟(ICF)認定, Professional Certified Coach (PCC)
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