リーダーとして感情をどう表現すべきか? 感情調節と深層演技の効果と注意点

リーダーシップにおける深層演技(ディープアクティング)の難しさ

小島美佳:最初の感想としては、やっぱり、これはかなり難しいですよね。
 例えばCAさんの例は比較的シンプルで分かりやすいのかなと思いました。誰に対してどうすればいいのかという気持ちの切り替えの方向が一定で対クライアントという感じで、さらに大体そのお客様への共感を向ける方法なども研修でしっかり学べるようになっているのかなと。
 一方でリーダーの場合だと、「深層演技をしつつオーセンティックであれ」というのは、周囲から求められる感情との自己一致と、自己開示・自分自身の一部を周囲に見せる、という二つのことを同時に両方を考えながらやるってことですよね。
 なので非常にテクニックとしては恐ろしく高度だと思いました。

感情イベントに対応する能力と真正性の両立のコツ

小島美佳:例えば極端な例を挙げると、オーセンティックになりましょうと言われて、自分がリーダーとして会議に出ていたとして、皆さんが言っていることが「リーダー的にしょうもないこと言ってんなぁ」と感じていたとします。そこで「いやー、この会議はどうしょうもないですねー」とかオーセンティックに言ってしまうと、もうアウトじゃないですか(苦笑)。

 リーダーとして求められるのは、その会議でこの瞬間、自分はどういうスイッチを入れたらいいんだろう?と考えた結果、「みんなを育成するという方向に、私はスイッチを入れた方がいい」と思い至り、ではコーチングモードになりましょう、ということでコーチの深層演技のスイッチ入れて頑張りました、みたいな。

 このように、リーダーは自身の感情や意図を正確に伝えるだけでなく、メンバーやチームの動機付けや指導も担当しなければなりません。
 その場その場で瞬時に自分の中でどの自分を演じるか?ということを考えて、そこでやるということは、理想としてはすごくよくわかるんですけど、ものすごく大変ですよね。
 仮に私が「小島さん、それやってください」と言われたら、「正直面倒くさくてリーダーなんて絶対やりたくありません」っていう気持ちになっちゃうんじゃないかなと(苦笑)。

松村憲: そうですね、今の小島さんの話を伺っていると本当に難しいなと思いました。
 リーダーになると沢山の複雑な要素が絡まり合うので、難しいと感じることもありますが、そこを敢えてシンプルに考えてみると結構面白いかなと思いました。

表層演技と深層演技の違い

松村憲:まず大前提として、深層演技はサービス業に特に向いていると感じています。
 また、先ほどの説明にあった表層演技と深層演技の定義はシンプルに見えるものの、実際に理解しようとすると難しかったりするのですが、私はそこが興味深いと思っています。定義のところをよく読んでみると、実はこの2つはかなり似ていますよね。異なるポイントは、自分が持つ感情を抑圧するかどうか、が重要になってくると思います。

 ここは僕の専門の身体性なども関連してきますが、それを含めてディープアクティングでは発言や表情だけでなく、本当に心の底から演技することが大事になってくると思っています。つまり、その場で求められる感情に入りきれる、しっかりと演じきれていると、その状態と自分の感情との整合はしやすくなると思います。
 ここが表層演技と深層演技の決定的な違いだと思います。

 あと、求められる感情は求められる役割でもあるので、役割の明確さが重要になってきます。マインドフルネスとの関連で考えていくと、求められる役割を理解するためには、自己認識やセルフアウェアネス、つまり自分がどれだけ自己に気づいているかが重要だと思っています。

コンパッションと深層演技(ディープアクティング)の関係

松村憲:自分がそこで求められている役割であり感情は何か?と考えると難しく感じるかもしれませんが、コンパッションと置き換えると分かりやすいかと思います。特にサービス業において求められる感情で一番重要なものは、「お客様のために、誰かのために」など、コンパッションに関連付けられるんじゃないかなと。

 リーダーも同様で、どのような組織でもその組織で求められるリーダー像が存在します。その求められるリーダー像の中には、共感以外にもさまざまな感情があって、時には厳しいアプローチが必要な場合もあると思います。
 しかし、そこもコンパッションと考えると、より分かりやすいと思いました。コンパッションを持つリーダー像の深層演技は可能か?みたいな視点だと、よりシンプルで理解しやすいのではないでしょうか。

 ただし、その際にはロールモデルも必要ですよね。なので、そこはオーセンティシティとは必ずしも一致しないかもしれませんが、もしコンパッションからの深層演技ができると、セルフアウェアネスも向上し、演じる自覚が生まれ、結果としてオーセンティシティにも繋がるのではないかと感じます。

コンパッションがリーダーシップに与える影響とは

 ビジネス誌でもよく世界中で賞賛されるリーダーとして取り上げられている、LinkedInの会長ジェフ・ウェイナーさんの話は、まさにコンパッションに関するものです。彼は組織とリーダーの役割や在り方を考える上でロールモデルの一つとなるのではないかと思います。
 さらにはウェイナー氏をディープアクトの一つのモデルとすると分かりやすいんじゃないかな、ということと、リーダーの在り方は多様ですが、リーダーシップをディープアクトで表現することはすごく有効だろうなと思います。

ジェフ・ウェイナー氏 Source : wikipedia



 あとは、ディープアクトの定義にどこまで含まれるのかはわかりませんが、『演技』と考えるとおそらく表情や姿勢も非常に重要になってきます。大統領の演説なども何度も練習されていると思いますし、話し方、間の取り方や手の動かし方も指導を受けているでしょう。そのような演技をする際、どのような姿勢で演技を行うかもとても興味深いと思っていて、演技のために体の動かし方から変えることは、きっと脳神経系や心の変化にもつながっているはずです。
 こういった視点から、今後もディープアクトとリーダーシップ、マインドフルネスを関連づけて議論していくと面白いんじゃないかなと思っています。

s子:ありがとうございます。
 ちなみに深層演技を研修で学ぶという点について、この対談の前に『リーダーシップ研修 深層演技』で検索して調べてみたら少ないもののいくつか出てきました。特に深層演技を身につける5つのコツに書いた、共感力とコミュニケーションスキルの向上に重点を置いたものが多い印象でした。
 実際のところどうなんでしょうか?

松村憲:ビジネスにおいて深層演技やディープアクティングを学ぶためのリーダーシップ研修はまだあまり一般的ではないかもしれませんが、最近では営業やサービス業界などで動画を活用した研修が増えてきています。その中で自分の表情を観察し、変化させるなど、モデルを演じることや実際の場面を想定したトレーニングなども行われているようです。

深層演技(ディープアクティング)では表情や態度の一貫性が重要

s子:あと深層演技って先ほどマツケンさんもおっしゃってたように発言だけじゃなくて、表情なども含めた全体を見られているので、そこが下手だと「表層演技だ、偽りだ」って見てる人にも分かってしまうと言われています。

 その点、オーセンティック・リーダーシップの本では深層演技に熟達していた人の例として、オバマ元大統領を挙げられていました。自分がどう見られているかも熟知した上で、どのような感情表現をしたらいいかも深く考えられていたのではないかと。また2012年にコネティカット州の小学校での銃乱射事件で死傷者が出た際に、オバマさんが涙ながらに記者会見を行い、その時も周りの人がすごく共感をして、銃規制強化についての議論もかなりなされたそうです。

 泣きの演技は熟練した俳優さんでも難しいそうで、普段からそういったことを考えていないと、突発的に「今、私は泣くことを求められている!」とすぐに涙を流すみたいなことを表層演技でやるのは難しいと書いてありました。

 なので普段から自分が何を思って何を大事にしてるのかといったことを考えていて、自己認識を深めることが大事なのかなって思いました。

深層演技をマスターする入り口としてのロールプレイの効果

小島美佳:研修で一番、皆さんが深層演技を訓練できる部分としては、ロールプレイが一番入り口としてやりやすいのかなと思っています。
 よく「ロールに入る」という言い方をしますけど、そのロールに入りきっておけば、自ずと共感は生まれますし、アメリカなどではスピーチの際の表情の練習なども積極的に行われています。

 ただ、それも深層演技としてそのロールに入りきった中で行うから意味があるんですよね。やたらと共感や表情の練習だけを一生懸命しても、本心が伴っていなければいつかは表層演技だってバレるわけですから、より気持ち悪い方向に行ってしまうのではないかと思います。

 だから、個人的にはそれはあまり効果的ではないと思っていて、むしろ自分の表情が実際にどうなっているのかを鏡や録画で確認して、うわっ、こんなしかめっ面してたんだと気づくとか、そういうことの方がビジネスの世界では現実的で重要なのかなと思いますよね。

営業職のロールプレイが役立つ可能性

 ロールプレイについては、例えば営業職の方々は、お客様視点を重視することが重要で、営業の経験を通じてお客さんの気持ちに立ち切るということは慣れている方も多いと思います。なので、それらの経験や体験から得られた価値観を元に広げて考えていくと、深層演技のロールプレイにも繋がる可能性もあるかも?と思います。

 先程マツケンさんがおっしゃっていた「コンパッション」という言葉の意味や重要性も理解はできますが、ビジネスの世界にいる方にとってはむしろ表層的に聞こえてしまって、逆に先に拒否反応が出てしまうかもしれません。
 そこで最初の一歩として、ビジネスにおける具体例を考えると、お客様の立場に立って「どうすれば喜んでいただけるか?」という視点を持つこと、「お客様の役に立ちたい」と心の底から考えるというのは、まさにコンパッションなのかなと思いました。
 なので、この視点を基点に、「いかにお客様のニーズに応えることができるかを突き詰めた先にコンパッションがあります」といった説明をしてもらえると、ビジネスマンにも分かりやすいし、行動しやすいのではないかと思いました。

s子:確かに共感だけが先にあっても気持ち悪いって言ったら失礼ですけど、共感だけではなくてバランスが大事なのかなと思いました。

小島美佳:そうですね、確かに難しいですね。
 共感だけでその先がないと、共感している側がいろんなものに共感してだけでエネルギーを消耗してしまうだけ、といったパターンになりやすいかもしれません。

コンパッションとオーセンティシティ(真正性)は両立できるのか?

小島美佳:あとは、コンパッションを「いかにお客様の役に立てるか」という視点に置き換えて考えてみた時に、これを突き詰めていった先には、どのようなオーセンティシティ(真正性)が生まれるのか、という点にも興味があります。

松村憲:そうですね、小島さんがおっしゃる通りだと思います。

 具体的にどのように先を見据えて進めるかという話だと思いますが、この点は脳神経科学のエビデンスなどに基づいて議論するのが、一つの方法かと思います。

 要は、一度手放してみるとか、コンパッションも想像力ですね。想像でも思考でも良いので、自分たちの環境がどのように成り立っているのかなどを考えて、インタービーイングみたいなところにまで意識を向けて、『感謝』までたどり着けると良いかなと思います。
 実際に感謝の瞑想を行うことで脳の島皮質が活性化して、脳全体の働きがバランス良く活性化する、という科学的な研究結果もありますので、そういった神経回路をトレーニングする、開発していくといった考え方もあるかなと考えています。

 それから、ロールプレイは深層演技を身につける上で本当に効果があります。

 ただ、ロールプレイがすごく深層演技にフィットする分、リーダーシップの観点から言えば、そこにどのようなロールを持ち込むか?どういう文脈設定で、どのような役割が求められていて、どのように担うか?といった点が非常に重要になってくると思います。

 ここは現状では難しい分、今後、必要とされる研修コンテンツに発展する可能性もあるかもしれないですね。ロールプレイでリーダーシップの体験をしてみることは、リーダーだけなく誰にとってもとてもいい経験だと思います。

s子:リーダーシップのロールプレイっていうコンテンツは、現状であるんでしょうか?

松村憲:現状のリーダーシップの範疇で、と考えると、先ほど美佳さんがおっしゃってた営業職の方の研修やロールプレイなどの応用が現実的で、今後広がっていく可能性があると思います。

s子:なるほどです、これからさらに発展が期待される分野って理解でいいですかね。

ビジネスにおける共感とコンパッションの違いとは

 また共感に関しては、以前マツケンさんがおっしゃっていたLinkedIn 会長のジェフ・ウェイナー氏は、単に共感するだけではなく、感謝やセルフコンパッションを高めることで、一緒に次の一歩を踏み出すという行動につながるし、神経回路も変化して活用されるという話がありましたよね。

マツケン:そうですね、彼もビジネスパーソンですので、単に共感力だけが重要とは言っていなくて、コンパッションの視点を持つことで理解が深まるということ、理解を深めていかに問題解決やフォロワーのためになる一歩まで切り開いて行動していくことが重要です、と言っています。

小島美佳:うーん、だんだん、共感力を磨くことと深層演技とのつながりがわからなくなってきました、、極論、深層演技を行うために共感がなぜ必要なのか、を教えてもらっても良いですか?

 相手に響く深層演技をするための情報収集のようなものでしょうか?その場で求められている感情やその周辺の情報を理解して、求められる役割の吟味をする上で共感が役に立ちます、といった感じでしょうか?

コンパッションを理解に繋げる

マツケン:そうですね。コンパッションはよく「慈悲」や「思いやり」と和訳されますが、ビジネスの文脈では『理解』と捉えると分かりやすいと思います。

※注:ビジネス誌などではコンパッションの定義として以下のような表現をしています。

・「人に注意を与えて、寄り添う」能力のことで、相手と共に「いる」、相手のために「いる」こと(Business Insider, 2018
・他者の苦しみや痛みの本質を理解し、その改善に向けて行動にうつすことを指す言葉(Forbes Japan, 2020

 結局、その場で求められている感情にバイブレーションが合っていないと深層演技とは言えないので。

小島美佳:なるほど、共感・思いやりというよりも、波長を合わせる、状況を理解・把握するためにコンパッションを使うという感じですかね。
 そう考えると、ビジネスマン的にもだいぶん分かりやすく感じます。

s子:リーダーシップの深層演技では、例えばトラブルが発生した場合、リーダー自身は不安や落ち込みなど様々な感情を抱くかもしれませんが、周囲の状況を把握して、状況を打開するための次の一手を力強く演じることが求められる、とのことです。
 リーダーが感情を表現をする感情イベントはネガティブなケースだけではなく、逆に成功した場合もポジティブな感情もしっかり感じて表現する、一緒に喜ぶなどの行動をすることが大切だ、と。それによって、フォロワーも「このリーダーについていこう」とよりチームの関係性も良い方向に向かうそうです。

小島美佳:その場その場で異なる自分を演じることで、周りから「この人、微妙だな」と思われないようにするためには、「みんなの役に立つにはどうしたらいいか?」といったコンパッションの土台を自分の中でしっかりと築いておく必要があります、といった感じなんですかね。

今回は以上です。次回はビジネスにおけるコンパッションについて深掘りしていきたいと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

瞑想歴20年以上。 15歳までヨーロッパで育つ。慶応義塾大学を卒業後、アクセンチュアで組織戦略・人材開発のコンサルティングに従事し異例のスピードで昇進。アクセンチュア・ジャパン 史上 最も若い女性マネジャーとして抜擢される。その後、独立系コンサルティング企業でビジネス開発に携わる傍ら、キャリアコンサルタント及びコーチとして活動。不確実な時代の波を乗りこなす事業の在り方やビジネスパーソンとしての生き方について考えはじめる。 2003年、瞑想に出会い習慣化するようになる。2010年よりビジネスの世界で活動をつづけながら、年間500名以上のクライアントへ瞑想的なテクニックを活用したカウンセリングを行っている。株式会社バランスオブゲーム代表。 監訳書:『コーチング術で部下と良い関係を築く』 共著:『「ハイパフォーマーの問題解決力」を極める』