腹式呼吸はなぜ効果的なのか?科学論文でわかったリラックス効果

瞑想のステップアップ論 第一回の前半では、瞑想のステップアップの4段階の概要とその1段階目となる身体・呼吸について解説しました。
後半では、呼吸が心身に与える影響についての科学論文をご紹介していきます。



s子:呼吸法とは、意図して一定のリズムで呼吸を行うことです。そして「呼吸法」は、瞑想やヨガだけでなく単に呼吸のペースをゆっくりとコントロールするだけで効果がある、との研究が多数あります。
2018年のレビュー (ref. 1) では、ゆっくりとした呼吸(腹式呼吸、長い呼吸)の効果を調べた2,461の論文の中から、15報の科学論文について まとめられていました。


ゆっくりとした呼吸が心身に与える影響

このレビューでは、ゆっくりとペースをコントロールした呼吸を、1分間に4〜6回程度の呼吸と定義しています。
そして、ゆっくりとした呼吸の効果として、大まかに分けて以下の4つの効果が報告されていました。

  • 心理的不安やストレスの軽減(refs, 2 and 3)
  • 心臓副交感神経活動の増加(refs. 4, 5, and 6)
  • ストレスホルモン量の低下(refs. 6 and 7
  • 脳波の中でもリラックスに当たるα波の増加(ref. 3

これらは健康な人に対して行われた調査が主ですが、ストレスの多い状況下でも同様の効果が得られるかどうかを調べたのが、以下の2021年の論文 (ref. 8) になります。

論文:緩徐な腹式呼吸はストレス反応を軽減するか─気分状態と脳酸素動態からの検討


ストレス状況下での腹式呼吸の効果

この論文では、参加者に通常の呼吸と腹式呼吸を10分間ずつ行ってもらった後、ストレス課題としてストループ課題 (Stroop test, ref. 9) という色と文字の不一致を判断する課題を3分間行ってもらいました。

ストループ課題
Source : wikipedia



そして呼吸前後とストレステスト後で、気分状態や脳の血流を測定し、比較しました。

その結果、気分状態を調べる総合的気分状態(Total Mood Disturbance:TMD, ref. 10)テストでは、腹式呼吸を行ったグループは通常時も混乱や当惑、緊張や不安などのスコアが減少し、ストレス課題後も緊張と不安のスコア低下が持続しました。

さらにfNIRS(近赤外分光分析法 : functional Near-Infrared Spectroscopy)を用いて脳の前頭部の血流を調べた結果、腹式呼吸によって脳の前頭部の血流が減少し、ストレス課題後も通常呼吸と比較して優位に減少していました。

このことから腹式呼吸によって前頭部の活動が抑制され、ストレスへの反応性が弱まったことが示唆されました。


なぜ遅い呼吸が心身に影響するのか?その作用機序

では、なぜゆっくりとした呼吸そのものが心身に影響を及ぼすのでしょうか?
その理由について上述のレビューでは2つの仮説が上げられていました。

  1. 自発的・意識的に呼吸をコントロールすることが体内深部感覚に影響し、自律神経のバランスが整う
  2. 鼻腔内のメカノレセプターという機械的な圧力や歪みに反応する感覚受容器を呼吸が刺激し、その情報が脳に直接伝わる

このうち1番目の仮説はすでにかなり証拠が集まりつつありますが、2番目の仮説については論文が少なく、探してみたところ、2022年の以下の論文が見つかりました。

プラナヤマ (Pranayama) 実践者における非日常的な意識状態と呼吸との神経相関: ゆっくりとした鼻呼吸の役割』(ref. 11)


長い鼻呼吸が脳波を変化させる

この論文ではプラナヤマ長期実践者12人について、鼻呼吸と口呼吸を1分間に2.5回という同じペースで合わせて呼吸をした後、脳波を測定したところ、鼻呼吸を行った群で前頭葉の脳波に違いがみられたとのことでした。

具体的には、口呼吸と比較して鼻呼吸で変化した脳波は以下の2点です。

  • 前頭葉での深いリラクゼーションや瞑想状態と関連する低周波の脳波(δ波とθ波)が増加
  • 前頭葉と後頭葉領域で高周波脳波である高β波とθ波の連関と位相振幅カップリングの増加
    →注意や認知のプロセスに関与し、意識レベルを上げると考えられている

つまり、脳波的には鼻呼吸の方がリラックス時に出る低周波数帯が高まり、かつ高周波数帯の高β波も上がる、すなわち修行を積んだお坊さんのような脳波状態に近づく、とのことでした。

脳波は周波数帯によって5つの脳波の種類に分類される
Source & Copyright : Mindfulness News



このように口呼吸と比較して鼻呼吸を行うことで脳波が変化したことから、呼吸による物理的な空気の移動などを感知する鼻の中にある感覚受容器を刺激し、その情報が直接脳に伝わり脳波が変化、その結果、リラックス効果も得られると考えられました。

鼻腔内の感覚受容器・メカノレセプターとは

下の鼻の断面図のように、鼻から入った空気の通り道は上鼻甲介、中鼻甲介、下鼻甲介の3つに別れます。このうち匂いを感じ取る嗅神経は主に上鼻甲介にあります。
その他、鼻腔内には嗅覚以外の感覚を受容する機械受容器(mechanoreceptor:機械刺激をうけて最終的に求心性インパルスの発生をひきおこす受容器の総称)もあります(鼻以外のメカノレセプターはこちら)。

鼻のメカノレセプターは鼻腔内の空気の流れや温度、湿度、圧力などの変化を感じ取り、その刺激は呼吸の調節や嗅覚の増強、鼻づまりの感覚などに関与しています。また鼻のmechanoreceptorは、主に鼻中隔(2つの鼻の穴の間にある仕切り)と鼻腔側壁(小鼻側の内壁)の粘膜に分布しています。

Source : 看護roo



以上、私からは呼吸を意識的にゆっくりと行う、腹式呼吸だけでも心身に効果があるという科学的な論文をご紹介させていただきました。


前頭葉とストレスの関係

小島美佳:はいありがとうございます。
いわゆる、腹式呼吸=長い呼吸と捉えたら良いのかなと思いました。

お聞きしたいのは、脳の血流が少なくなるとストレスは減るという理解であっていますか? 素人的には、血流が多い方が良いと考えてしまいます。
もう一つ、脳の前頭部や前頭葉の、ストレス状況下での働きや通常の機能についてもう少し補足してもらえますか?

s子:はい、脳の特定の領域で血流が多いという状態は、その領域が活性化して酸素を沢山消費している、逆に血流が少ないと活性が抑制されている、と理解していただければと思います。またストレスと腹式呼吸について調べた論文では、前頭葉の位置とほぼ同じと思われますが「前頭部(脳の前側の部分)」の血流が低下した、と記載されていました。この部分は人間らしい精神活動を担う脳領域で、その活性が抑制されたことで、思考のさまよいや感情を落ち着かせ、ストレスに対する反応が減った、と考えられます。

前頭葉は大脳の前側にある広い領域で、運動機能、記憶機能、言語機能などを担っています。
前頭葉の中でも前方にある前頭前野は、高等生物、特にヒトで発達していて、思考や創造性、意欲や感情、判断や計画、認知など、人間らしい精神活動を行うために重要な機能があります。

さらに前頭前野の一部の内側前頭前野(mPFC)は、脳のアイドリング状態と言われるデフォルトモードネットワーク(DMN)に関わり、集中瞑想や観察瞑想によっても活性が抑えられる、DMNが抑制されることが分かっています (ref. 12)。

前頭葉と前頭前野の位置関係
Source : PR Times



今回ご紹介した論文でも、腹式呼吸によって前頭部の活性が抑えられたこと、さらにストレスを受けた後も前頭部の抑制状態が続いたことから、ストレスに対する思考や感情が減り、過度な緊張や不安のスコアも減少したのでは、と考えられます。

ただ、前頭部、といっても様々な機能があり、fMRIによって瞑想の効果を調べた論文ではより細かく前頭部を解析されていて、瞑想を行うことで前頭部の中でも活性化する領域もあれば活性が抑制される領域もあります。
今回ご紹介した論文のfNIRSではそこまで細かく見ていないので、、、腹式呼吸がストレス耐性に効果がある、鼻呼吸が脳波状態を変える、という程度の理解でとどめておいていただければと思います。

小島美佳:なるほど。
やはり前半でもお伝えしましたが、瞑想にストレス軽減効果を期待されている方は、瞑想よりも呼吸をコントロールできるようになることを目指すのが良い、ということが学術論文からも支持された、と感じました。

Source : 瞑想チャンネル for Leaders



ヨガの実践でも血圧が下がる

Masa:1つめのストレス負荷について調べられた論文で、腹式呼吸によって脳の前頭部の血流が低下するというのは非常に興味深かったです。逆に通常呼吸群の人たちがストレス課題を受ける、つまりストレスがあると前頭部に血流が集中して、そこに圧力が高まる、というデータもあったかと思いました(論文内の図3)。そういった状態から、腹式呼吸が前頭部の血流を低下させ、圧力を下げていくことで、ストレスと感じる頻度も下がる、と理解しました。

ヨガのトレーニングの中でも、呼吸によって前頭部だけではなく、全身の血圧自体も下がるということは言われていたし、そういった論文も出ていたと記憶しています (ref. 13)。呼吸法によって、全体として圧力や血流が下がり、血圧も下がっていき、ストレスの低減に繋がる、心身共にリラックスに向かうという事実を知っておくことは、(避けられないストレス因子が散在する人生において)非常に役に立つと思います。


おわりに

小島美佳:今回は瞑想のステップ4段階の1番最初の身体・カーヤのところ、さらにその入り口の長い呼吸・腹式呼吸について重点的にお話させていただきました。

カーヤの瞑想の次の段階、身体全体を感じながらの呼吸、体を落ち着かせる呼吸、というところを突き詰めていくと、自然と感覚が敏感になっていく、扉が開かれる、と『呼吸によるマインドフルネス』では書かれていました。
これがどういう感覚なのかを言葉としてお伝えするのは、繊細な領域に入っていくので、少し難しくなるかもしれませんが、次回も引き続き、カーヤの短い呼吸とそれ以降についてお伝えしたいと思います。


参考文献

  1.  Zaccaro A, Piarulli A, Laurino M, Garbella E, Menicucci D, Neri B, Gemignani A. How Breath-Control Can Change Your Life: A Systematic Review on Psycho-Physiological Correlates of Slow Breathing. Front Hum Neurosci. (2018)
  2. Chen YF, Huang XY, Chien CH, Cheng JF. The Effectiveness of Diaphragmatic Breathing Relaxation Training for Reducing Anxiety. Perspect Psychiatr Care. (2017)
  3. Fumoto M, Sato-Suzuki I, Seki Y, Mohri Y, Arita H. Appearance of high-frequency alpha band with disappearance of low-frequency alpha band in EEG is produced during voluntary abdominal breathing in an eyes-closed condition. Neurosci Res. (2004)
  4. Lin G, Xiang Q, Fu X, Wang S, Wang S, Chen S, Shao L, Zhao Y, Wang T. Heart rate variability biofeedback decreases blood pressure in prehypertensive subjects by improving autonomic function and baroreflex. J Altern Complement Med. (2012)
  5. Tharion E, Samuel P, Rajalakshmi R, Gnanasenthil G, Subramanian RK. Influence of deep breathing exercise on spontaneous respiratory rate and heart rate variability: a randomised controlled trial in healthy subjects. Indian J Physiol Pharmacol. (2012)
  6. 田中 美智子, 長坂 猛, 矢野 智子, 小林 敏生, 榊原 吉一, 意識的腹式呼吸がもたらす高齢者の自律神経反応及びホルモン変化, 形態・機能,(2011)
  7. 原 和彦, 小池 一喜, 篠崎 貴弘, 深津 康仁, 柴田 典明, 松浦 信人, 大澤 一郎, 後藤 實, 工藤 逸郎, 歯科治療時の交感神経機能に対する腹式呼吸の効果について, 日本歯科心身医学会雑誌,(1998)
  8. 松浦 和文, 山崎 文夫, 緩徐な腹式呼吸はストレス反応を軽減するか─気分状態と脳酸素動態からの検討─, 理学療法科学 (2021)
  9. 福原 理宏, 三木 光範, 横内 久猛, 廣安 知之, ストループテスト時における脳血流変化と課題成績の関係性の検討, 同志社大学理工学研究報告,(2013)
  10. Yeun EJ, Shin-Park KK. Verification of the profile of mood states-brief: cross-cultural analysis. J Clin Psychol. (2006)
  11. Zaccaro A, Piarulli A, Melosini L, Menicucci D, Gemignani A. Neural Correlates of Non-ordinary States of Consciousness in Pranayama Practitioners: The Role of Slow Nasal Breathing. Front Syst Neurosci. (2022)
  12. Fujino M, Ueda Y, Mizuhara H, Saiki J, Nomura M. Open monitoring meditation reduces the involvement of brain regions related to memory function. Sci Rep. (2018)
  13. Deepak L. Bhatt, M.D., M. P. H., Yoga and high blood pressure, Harvard Health Publishing, (2022)

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ABOUTこの記事をかいた人

ライター。 博士号を取得後、日本学術振興会特別研究員・博士研究員・大学教員として教育研究に計10年以上従事(専門は分子生物学)。9割以上が男性の業界で女性が中間管理職として働く難しさを感じつつ、紆余曲折を経て小島美佳さんからマインドフルネスを学ぶ。 現在は心理学や精神世界のエッセンスを科学の言葉で咀嚼して伝える方法を模索中の、瞑想歴1-2年の初心者です。