阿吽の呼吸とは、他者との信頼関係に基づいて現れる絶妙に息やタイミングが合う様子を表す言葉です。このようなチームワークは、多様性の高い現代社会で価値創造に欠かせません。しかし、阿吽の呼吸はどのように生まれるのでしょうか?その背景にはどのような脳の仕組みがあるのでしょうか?
今回は、脳神経科学の最新研究を紹介しながら、阿吽の呼吸の神経基盤やチームワークへの効果を解説します。この記事を読むことで以下のことがわかります。
- 阿吽の呼吸が起こるときに活性化する脳の部位とその機能
- 脳神経同期とは何か? 対人間のシンクロを証明した脳科学研究
- 阿吽の呼吸を促進するための具体的な方法とその効果
マインドフルネス研究所 第8回目で、今回のテーマは『「阿吽の呼吸」を脳科学的に解説しビジネス現場で活かすための方法を考える』の前編です。
目次
脳神経同期とは何か?|対人間のシンクロを証明した脳科学研究
脳神経同期とは、人間の脳が他者の脳と同じリズムやパターンで活動する現象です。この現象は、社会的な動物である人間同士の相互作用や協調行動において重要な役割を果たしています。
日常生活や仕事の中では、社会生活や複雑なタスクを遂行するために他者と協力した行動や認知を求められることが多くあります。その際には、お互いの行動を観察、予測して自分の行動を調節する必要も出てきます。このような努力や長年一緒に過ごすことなどによって身に付く息の合った状態を「阿吽の呼吸」と呼ぶこともありますが、その背景にはどのような脳の仕組みがあるのでしょうか?
実は、人間の脳は他者とのシンクロする(脳神経同期)ことが明らかになってきています。例えば、トップアスリートのチームフローや音楽家のアンサンブルなど、高度な協調行動をおこなう場面では、別人の脳と脳が無線連絡のように同期していることが科学的に証明されています。
この記事では、脳神経同期とは何か、どのような状況で起こるのか、どんな効果があるのか、どうやって実生活に活用できるのか、について以下の5つの脳科学研究をもとに解説します。
1, 話し手と聞き手の脳が同期するとコミュニケーションが成功する
Speaker–listener neural coupling underlies successful communication, PNAS (2010)
一つ目の論文では、対人間での言語コミュニケーションをおこなっている際の脳の同期をfMRIで検出しました。
fMRIで脳のスキャンをしながら、講師として話す人と聞き手、その場で聞く人、それから講師の話の録音音声だけを聞く人、それぞれの脳の活性化状態を調べました。
その結果、話し手と聞き手が同じ場所にいる場合は脳が同期していたのに対し、後から録音された音声を聞くだけの人では同様な脳の活性化状態が見られなかった、とのことです。
以上の結果から、脳を同期させ話の理解度を高めるためには、言語コミュニケーション以外にも話者の表情や口の動きを見る、視覚情報も重要、とのことです。
論文のFig.2では、話し手と聞き手の脳の活性化状態、話し手と聞き手の脳同期と聞き手同士の脳同期の重なり、など実際のfMRIの画像で示されています。
ここで興味深いのは、聞き手だけではなく、話し手も聴覚野が同期して活性化していること、またミラーニューロンの機能領域である下前頭回や頭頂小葉なども同期して活性化していることから、聞き手が話を理解するために使用する脳領域が、話し手でも同様にシンクロして活性化している、という点です。
さらにFig. 3では話し手と聞き手の脳の時間と切断部位を細かく見ていったfMRI画像が載っています。
この結果から、聴覚野の同期は話し手の発話に合わせて同時に同期していた一方、側頭頭頂接合部(TPJ, 視点転換に関与)と楔前部(否定的な自己意識や心の迷いに関係)という領域は話者が先に活性化し、聞き手が後からシンクロして活性化することが分かりました。
逆に、背外側前頭前野(dlPFC, 実行機能に関与)と内側前頭前野(mPFC, 意思決定における主観的価値や選択に関わる)は聞き手が先行して活性化し、遅れて話者も同期して活性化していました。
このように聞き手と話者それぞれの役割特異的な脳領域が活性化した後、少しのタイムラグの後に互いの脳がシンクロして活性化するということが分かった、という論文です。さらに講演を聞いた後、聞き手に話の理解度を調査したところ、神経結合やシンクロが大きいほど理解度も高かったということも分かりました。
2, 脳間の同期は手の動きだけでも起こる|社会的相互作用の重要性
Inter-Brain Synchronization during Social Interaction, PLoSOne (2010)
2つ目の論文は、手の動きだけを見るだけで脳神経同期が起こるか?について調べられました。
方法としては、下の図のように二人の間についたてを立て、互いの顔も声も聞こえない状態で脳波計をつけ、手の部分だけ映すカメラと相手の手の動きだけが見えるモニターを見ながら、手の動きのシンクロや脳の活性化状態を調べました。
その際、基本的にどのような動きをするか、相手の動きの真似をするようにといった指示もせず、たまたまどちらかの動きに合う、他者が無意識に模倣したり動きが同調した時の脳の活性化状態を調べました。
その結果、二人の動きが一致した時には、脳波のα-μという低周波数帯において右側の頭頂中心領域での同期が見られました。また、β波とγ波は、位相同期(活性化する脳領域は異なるものの、脳波の周波数やリズムが一致する現象)が見られました。
これらの結果から、言語や音声、表情などの情報がなくても、手の動きを観察するだけで、脳同期・シンクロが見られた、という結論でした。
Source : マインドフルネス研究所
3, 脳波の同期力が高い人はリーダーになりやすい|コミュニケーション能力の指標
Leader emergence through interpersonal neural synchronization, 2015 (PNAS)
3つめの論文は脳波計をつけた状態で議論をした時に、どのような脳の活性化状態になるかというのを調べた論文です。
具体的には、3人1組のグループを11組作り脳波計をつけて三角形に座り、2台のカメラを設置して、外部の評価者にこの議論の様子をモニター、評価してもらいました。
議論のお題は「無人島に不時着した時に、誰を脱出させるか?」というもので、まず5分間個人で考え、その後5分間3人グループで討論し、その後1人の代表者(自然に選ばれたリーダー)が結論を発表するというもので、それぞれランダムにグループを作り直し1,000回行ったということです。
その結果、自然に選ばれたリーダーとフォロワー間の対人神経同期が非常に高く、フォロワー間ではこのようなシンクロは見られないことが分かりました。
このようにリーダーは無意識のうちに自分の脳の活動をフォロワーに同期させており、その結果、シンクロを強く引き起こす人が自然と最適なリーダーとして選出されるとのことでした。この際のシンクロにはコミュニケーション頻度や誰が話し始めたか?などは無関係だったそうです。
さらにこの強い同期が見られた脳領域は左側側頭頭頂接合部という領域で、ここは自他の区別や社会的認知などに働くことが分かっています。
また、外部のモニターでこの議論を見ていた評価者8人が、コミュニケーション能力をそれぞれ
①調整力、②積極的参加、③新しい観点、④意見の質、⑤論理性と分析力、⑥言語コミュニケーション力、⑦非言語コミュニケーション力
の7項目で評価し、その結果コミュニケーション能力が高いと評価された人とリーダーによる対人神経同期の高さが一致していました。
このような神経同期は、リーダーもフォロワーも無意識のうちに起きていることですが、人に対して強い脳神経同期を引き起こす人が自然とリーダーに選ばれる、といった傾向が1,000回試行して再現性良くみられた、という論文でした。
4, 協力ゲームをプレイ中に脳神経調和が増す|チームワークの効果
NIRS-based hyperscanning reveals increased interpersonal coherence in superior frontal cortex during cooperation, Neuroimage (2013)
ここからは論文のエッセンスだけお話ししていきます。
4番目の論文では、近赤外分光法の測定器を頭につけ、脳の神経活動をモニターしながら、二人で並んでコンピューターゲームをプレイしました。
その結果、協力プレイをしている時は脳神経の同期が見られたものの、対決や競争プレイの時は同期がみられない、ということが分かりました。
5, 相互理解に必要な二つの脳のシステム|ミラーニューロンとメンタライジング
Do you mean me? Communicative intentions recruit the mirror and the mentalizing system, Soc Cogn Affect Neurosci (2014)
これが最後の論文です、対人間での脳の神経同期を介してお互いの理解を深める、という効果はミラーニューロンシステムだけでなくメンタライジングシステムとよばれる社会的認知機能も必要、という論文です。
メンタライジングとは、直接観察することができない他者の信念、意図、欲求等を推測するシステムで、心の理論との関連で知られ、社会的認知能力の基盤になっています。担当する脳領域もミラーニューロンとは異なり、mPFCやTPJという領域(論文1の対人間神経同期でも活性化していた領域)が担っています。
メンタライジングシステムは既にトレーニングする手法もあり、初心者のカウンセラーさんに対してトレーニングを行うと困難な病態の患者さんへのカウンセリングが可能になったという論文もありました。
この論文では対人間コミュニケーション試験を何種類か行い、fMRIで脳の活動を測定した結果, ミラーニューロンとメンタライジングシステムの両方が協調的に活性化し強く同期し、コミュニケーションの理解が深まるという傾向が見られた、とのことです。
まとめ
以上の結果から、どのようにして人と人の脳神経系がシンクロするのか?といったメカニズムは未だ不明ですが、実際に対人間で脳神経活動がシンクロする現象を科学的に捉えることができた、というのが現状で、シンクロを引き起こす条件なども少しずつ分かりつつあるのが現状です。
脳神経同期を活用してコミュニケーションを成功させる方法
以上ご紹介した論文の結果と、2016年のHBRの記事『優れたリーダーは、フォロワーと「脳波のシンクロ」を引き起こす』から、コミュニケーションを成功させるポイントを4つを以下に示しました。
1, 会話の量よりも質
これは対話中に自然とリーダーが出現するという3番目の論文の結論から分かったことです。
2, 非言語コミュニケーションより言語コミュニケーションの方がグループの意思決定に関与する
同じ論文の結論から、脳の同期には非言語コミュニケーションも影響しますが、グループの意思決定(リーダーの選定など)には、言語を介したコミュニケーションの方がより重要だということがわかったとのことです。
3, 相手への理解を示したりフォロワーの共鳴を引き出す
会話において対人間脳神経同期を高めるにはリーダーが相手に対して理解をしようとしてる姿勢や協力的であることを示す、また共通点や心理的つながりが重要(3つ目の論文と4つ目の論文の結論より)。
4, 相手に対する理解を示す
脳の扁桃体で脅威を感じると社会的同調性を損ないます。そこでより脳神経同期を高めシンクロさせるためには協力の邪魔となる権力や脅威を示すよりも、リーダーがフォロワーの立場を理解し、自分の決定が相手にどのような影響を与えるのか、考える方がより脳が協力的になるとのことです。
実際、対人間神経同期が見られた脳領域は、自他の認識や社会的認知などに関与する脳領域だったことからも、相手の脳神経同期を起こしてコミュニケーションを成功させには他者理解や感情の共有などが重要、とのことでした。
論文のご紹介は以上です。
後編ではこれらの知見を踏まえ、実際のビジネス現場で実践する方法について対談していきます。