Source of cover photo: 『日本略史 素戔嗚尊』に描かれたヤマタノオロチとスサノオ wikipedia
夢分析セミナー 第3回目ということで、日本神話やユング心理学をを参考に、日本人の心の基礎基盤や日本的リーダーシップをテーマにお伝えしています。
前回は日本神話から読み解く日本人の心の中空構造やアマテラスが象徴する日本人の心の特徴についてお伝えしました。
後編の今回は、日本神話の中でも異色な物語性を持つ神スサノオと日本特有の漂泊自我と、日本的リーダーシップについてお話ししていきます。
目次
日本人の心に影響するもう一人の神 スサノオ
アマテラスの弟であるスサノオは荒ぶる神として知られています。
スサノオは母親が死んでしまったことを知り、黄泉の国に行くと大泣きし続け、父のイザナギから追い出されます。そこで母のイザナミがいる黄泉の国に行こうと考え、その途中で姉のアマテラスが住む神々の国・高天原に立ち寄ります。
しかしスサノオが高天原に入ると大地が揺れ、それをアマテラスはスサノオによる侵略と思い込み、武装して構えて待つというシーンがあります。
スサノオは「吾は邪き心なし」邪な心はないんだ、と言いながら泣き続け、占い(誓約・うけひ)で「スサノオの心は清い」と出て、アマテラスのもとに行くことができました。
その後、黄泉の国には行かず高天原に居座り続け、スサノオの凶暴さ・乱暴により国が荒らされ、アマテラスを怒らせて天岩戸に閉じこもらせてしまいます。結局、スサノオは高天原から追放されます。
この物語から、老松先生は著書の中で「自分はお母さんがいないからこんなに寂しいんだ」と胸が張り裂けんばかりに泣く様は純粋な怒りと悲しみの声、スサノオは自分の感情を素直に表現する神と述べています。無邪気さ・子供っぽさを示す一方、切れやすさ・乱暴さも持っています。このように相反する性質を併せ持つスサノオは、日本人の心の多面性を象徴している、とも言っています。
スサノオが持つ異色の物語性
高天原から追放された後、スサノオは出雲地方で旅をします。そこで八岐大蛇(ヤマタノオロチ)という化け物を倒し、助けた姫(クシナダヒメ)と結婚する、という物語があります。
この物語は日本では珍しいタイプの物語です。なぜなら、悪者を倒してお姫様と結婚するというパターンは西洋の物語に多く見られますが、日本の物語にはほとんどありません。
例えば桃太郎の鬼退治のような昔話はありますが、少し質が違いますよね。こういった日本では異色の物語性を持つスサノオは、他の神々と一線を画す存在です。
さらに、その後スサノオは根の国で葦原色許男神(あしはらしこを、後の大国主)という次世代の神に出会います。この人が大人になっていく過程でスサノオが厳しい要求・試練、つまりイニシエーション(通過儀礼)を施します。
イニシエーションとは、その人をリーダーに仕立て上げる、厳しい要求を通過させることでその人を一人前にさせる儀式のことを言います。大国主がそれらの非常に厳しい試練を果たした時に、スサノオは非常に満足して娘のスセリビメとの結婚を許し、やがて大国主は中つ国の支配者となる、というストーリーがあります。
この物語からわかるように、スサノオは自分の後継者を育てるために厳しくも愛情深い神です。アマテラス同様、これらのスサノオの物語も日本人の心の一部に眠っている、と考えることができ、特にスサノオ性は日本的なリーダーシップのモデルとしても深く関わってきます。
日本人の心の中に潜む二つの側面の象徴
ここまでの話は神や日本の元型の話ではありますが、深層心理学ではこれらの元型が個人を超えて、自我を通して私たちの心に影響してくると考えます。
よって日本人の変容と世界への貢献について考える際には、スサノオとアマテラスの2大キャラクターは日本人の心の中に潜む二つの側面を象徴している、日本人は日本神話の影響を受けている、ということを前提として考えていきます。
例えばこれらの悪い面が現実に過剰に現れてくると、引きこもり(アマテラス性)やパワハラ的、暴力的(スサノオ性)になるかもしれないです。こういった日本人の特徴だったり、自殺率が高いことなどの背景も日本神話の物語や日本的元型の影響がある可能性も考えられます。
スサノオ性を意識したリーダーシップのメリットとデメリット
スサノオを生きる、スサノオ性の影響を受けてしっかりと自覚的に生きるということは、すぐれて誤解を恐れぬ生き方と言われています。現実社会でスサノオ性が過剰になると、勇気を持った誤解を恐れぬ生き方によって他人や社会との関係が悪化したり、干される危険性もありなかなか難しいですよね。実際の神話の中でも高天原から左遷されてしまったので、それもスサノオの本質的な部分でもあると考えられます。
また上意下達の硬直性を更新するような生態系における共生の思想、というのもこのスサノオが由来という風に言われてます。つまりスサノオは、誇大さが極まって逼塞状態に陥った時代に、それを転換するようなタイミングで顕現するということです。
こういったスサノオ性を常に明確に意識し続けていくことができれば、偉業になると考えられます。心理学では見捨てられ不安を抱えられるようになる、と表現しますが、自ら見捨てられを経験し、それに対して満たされないと怒るのではなく、悲しみを悲しみとしてしっかりと受け止めた上で、力を発揮することができるようになる、ということです。
こういった洗練された形でスサノオ性を自分の中でも実現できたり、リーダーとしても外側にしっかりと表すことができたら、日本的リーダーとして素晴らしいんじゃないか、と書かれています。
日本人特有の漂泊自我とは何か
さらに日本的リーダーシップを考察するにあたり、東洋的自我の特徴についても触れておきたいと思います。
老松先生の著書『漂泊する自我』によると、日本人の自我は西洋人のそれとは異なる、と書かれてます。
西洋的な自我は中心思考ですが、日本人は自分を中心にもできるし、周囲や外側にも視点を持ちやすい、とのこと。このように外に自我を持つことができる場合は定住自我と呼ばれ、自分の中心も持つことができる日本人特有の自我を漂泊自我と呼んでいます。
漂白自我を説明するために、この著作では「つる女房」という物語を例に挙げています。
「つる女房」は西洋的なハッピーエンドの物語ではなく、別れが前提となった異類婚というのがつる女房の型と言われています、東洋的な物語の典型です。
つるを助けたら機を織って貢献してくれるんですけど、その姿を見られてしまったつるは飛び去ってしまいます。
この悲しみとか哀れさに人々の心が動かされるのは、聞き手や読み手がつるの立場になって哀れを感じられるからです。このように去る者と残る者の両方の視点を持てるというのは、日本的な世界観の特徴だと言われています。
日本の文化や芸術の中では他にも、こういった視点の移動や中心思考だけではないことが多く見られます。
西洋と東洋の意識構造の違いとその影響
西洋的な自我の中心思考と、東洋的な漂泊自我についてまとめると以下の通りになります。
■西洋的な自我の特徴(上図右)
- 自我は中心にある
- 意識と無意識の境界が閉じられている中心思考
- 外向的態度を基本とする
- 運命にあがなう、戦い続けることに人生の意義を見出す
- 西洋の文化は思考ー感情のダイナミズムに重きを置く
■東洋的な意識構造の特徴(上図左)
- 中に自分(自我)もいるし漂泊もしている(漂泊自我)
- 意識と無意識の間を行ったり来たりして中心が閉じられていない
- 無意識内にあるセルフ・自己を中心として意識が開かれている
- 意識と無意識の境界が東洋では明らかではない
- 内向的態度に重きをおく
- 運命を味わう、という視点があり、生きがいを感じる
- 東洋の文化は感覚ー直感のダイナミズムに重きを置く
戦後の日本人の意識の欧米化
戦後、日本人は意識の中に自我を確立させるまで、自己との関係・絆を断ち切ることに専念したように思える、と河合先生は言っています。天皇という神話にも繋がる中心を持ち、誇りを持って戦っていたのが第2次世界大戦の日本です。戦後、天皇制は象徴化され、神話的な中心性は失われた、という歴史がありました。
西洋文化に追随することで西洋的な中心思考の自我を確立しようとした結果、経済的な発展を遂げましたが、古来の日本人特有の自己の意識構造は乱れたんじゃないか、今の世の中に起こっている混乱の多くは、これらの影響があるんじゃないか、とも話されています。
また河合先生は『ユング心理学と東洋思想』という本の中で、西洋人は東洋的な在り方「道」のようなことに向き合うことが大切で、逆に日本人は西洋的なものにしっかりと向き合う、対峙することによって西洋と東洋の間のバランスをしっかり取っていくタイミングに今あるんじゃないか、と言われていました。
日本的リーダーシップの可能性と課題
このように東洋的な漂泊自我と西洋的な中心思考の自我の違いを理解することは、日本的なリーダーシップを考える上で重要です。
日本人は東洋的な意識構造、自分の中心を持ちつつも、他者や環境に対して柔軟に視点を移動でき対応できる能力を持っています。これは西洋のリーダーシップでは見られない傾向で、多様な価値観や文化を受け入れることが可能となり、グローバルな時代において大きな強みとなります。
しかし、日本的なリーダーシップには課題もあります。これは日本人は自分自身を軽視する傾向を持つアマテラス性も関係すると考えられます。そしてアマテラス性が極端に強くなると、自と他の区別がなくなり重なり合い、個を無視した強烈な連帯感が発生します。これがさらに悪く作用すると同調圧力となり、同調圧力の上に誰かが苦しんでしまう、個が死んでしまう、といったことも起こり得ます。
東洋的な漂泊自我と西洋的な中心思考の自我は、対立するものではありません。日本的なリーダーシップを発揮するためには、漂泊自我と中心思考の自我のバランスを保つ、すなわち自分の中心をしっかりと持ちつつも、他者や環境に対して柔軟に対応することが重要です。これは西洋と東洋のリーダーシップの長所を両方取り入れたものであり、多様性や変化に富む現代社会において有効なリーダーシップスタイルだと言えるでしょう。
リーダーシップの発揮と日本神話との関わりの深さ
こちらは前回もお示しした360度のリーダーシップサークルというアセスメントツールの図です。
上側の方はリーダーシップを発揮する際に高く出る要素で、下側がリーダーシップに反応的になってしまった場合に高く出る要素です。また右側はタスク寄り、業務寄り、より外交的なところで、左側は関係性寄り、内向的というより関わりを重視するような考え方です。
ここでは簡単に、レーダーで上の方だけ万遍なく出たらリーダーとして優れていると言え、下側はあまり出ない方がいい、というものだと思ってください。
特にこの図の上側のCreativeの部分にある勇気ある本質、一貫性はスサノオ的なリーダーシップにも通じ、ここが高く出るリーダーは非常に少ないです。しっかりと言うべきことを言える姿勢や、一貫して折れない価値観を持つことは、リーダーとして重要な資質です。
逆にアマテラス的なリーダーシップの弱点が強く出ると、左下の要素が高くなります。これは受け身でリーダーがいない、見えない、リーダーシップが発揮されていない状態で、本来は太陽の女神であるにもかかわらず、天岩戸に閉じこもってしまっているような状態です。
ここでアマテラス的なリーダーシップの長所を認識して発揮すれば、中心性や関係性作りにおける仲間の求心力を高めることができます。
また、このツールは欧米主義的なリーダーシップ プログラムでもありますので、右上のタスク寄りで結果を出すとか達成するといった要素を高めるためには、今のビジネス界では西洋的な自我の強さが必要になります。しかし逆にこれが悪く強く出過ぎると、右下の要素が高くなり、コントロールや支配に走ってしまうことを意味します。
以上、日本神話とユング心理学を通じて日本人の心の深層に眠る部分、日本的リーダーシップの元型的パターン・2大ルーツといわれるスサノオ性とアマテラス性、中空構造についてお話をさせていただきました。
これらは歴史や神話からも読み取れますし、神社やお寺などを訪れたりルーツを調べたりすることで身近に感じられる内容だと思います。リーダーシップを活かす上で参考にしていただければ幸いです。
これで3回シリーズの夢分析講座は終わりです。
(記:s子)
【松村憲のリーダーのための夢分析講座】
第一回:夢分析で自分を知る – フロイトとユングの心理学に学ぶリーダーシップの秘訣
第二回:リーダー成熟のためのユング心理学 – 元型とシャドーの意味と活用法
第三回<前編>:日本的リーダーシップの秘密を紐解く <前編> 日本神話と中空構造
第三回<後編>:神話から読み解く日本人のリーダーシップの秘密 <後編> スサノオの物語性と漂泊自我
<松村憲 オンライン夢分析サロン>
< follow us ! >