高圧なビジネス環境での心の平静:マインドフルネス認知療法の効果を探る


 2022年のビジネスインサイダーのレビュー『A psychotherapist who lived with acrophobia for years explains how she overcame her fear of heights』で、心理療法士のタラ・イーストコット氏が自身の高所恐怖症を克服する上でどのようなプロセスを踏んだのか?その方法と体験について詳しく書かれていたのでご紹介します。

 近年では精神疾患の原因として、生まれ持った遺伝的形質だけでなく生育した環境、ストレスやトラウマ(心的外傷)など外的環境などによるものも明らかになっています。
 精神疾患のうち、うつ病や不安障害(高所恐怖症、パニック障害、社会不安障害、脅迫性障害)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、不眠症、摂食障害、統合失調症などの治療には認知行動療法が古くから用いられその有効性が示されてきました。

認知行動療法とは

 認知行動療法(cognitive behavioral therapy, CBT)とは認知(ものの受け取り方や考え方)に働きかけて気持ちを楽にする認知療法と、客観的に測定可能な行動の変容を促す行動療法の両方のアプローチを行う精神療法 (心理療法) の一種です。

行動療法も心理療法の一つで、学習理論・行動理論に基づいた行動変容法の総称です。
 パブロフの犬などで有名なイワン・パブロフによって発見された古典的条件づけ(条件反射)やオペラント条件づけなどの行動主義心理学に基づき、第二次世界大戦ごろに盛んに行われた療法で、繰り返し行うことで行動変容を促します。

認知療法では、自然と浮かぶ自動思考や成長する中で形成された思考パターン等の認知の中で、誤解や思い込み、拡大解釈などによる認知の歪みに気づき、修正し、考え方のバランスを取って、ストレスや環境に上手に対応できるこころの状態をつくっていくことを目指す療法です。1960年代にアーロン・ベックが提唱しました。

 1990年代ごろから行動療法と認知療法の掛け合わせによる認知行動療法が登場し、意識的な思考に焦点を当てているため多くの研究調査や精神疾患への治療実績が測定されています。

 さらに第三世代の認知行動療法として、マインドフルネス認知療法アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)なども多く研究されています。

Source : 国立精神・神経医療研究センターWikipedia

著者が体験した高所恐怖症

 タラ・イーストコット氏は、屋内ロック クライミングを始めたときに自身の高所恐怖症が大きな障害となりました。
 一般的に極端な高所から下を見たときに、少し不安を感じたり震えたりすることはごく自然なことですが、人口の約 5% でみられる高所恐怖症の人々は、地面から高いところにいることを考えるだけで、恐怖を感じたり、汗をかいたり、震えたりします。

 高所恐怖症を引き起こすトリガーは、人によって異なります。 イーストコット氏の場合は、熱気球など屋外での高所にさらされたときに最も苦痛を感じました。そして2010年にロック クライミングを始めた際、彼女は壁の途中まで登った後に何度もパニック発作を起こしました。
 そしてデンバー大学で心理学の学位を取得する際に、高所恐怖症を含む不安障害の治療に 暴露療法 が効果的であることを学び、自身で実践してみることにしました。

暴露療法とは

 暴露療法は特定の恐怖症など不安障害の治療法として古くから用いられてきた行動療法の一種です。
 一般的に例えば高所恐怖症などの場合では、高所から見下ろした写真を見る、などの安全な高所体験を積み、少しずつ恐怖を引き起こす状況に身を置く機会をもち、徐々に恐怖にさらすことで不安に対処・管理する方法を学ぶことを目指す治療法です。
 近年ではこの『不安に対処する』という部分に認知療法やマインドフルネスを取り入れることによって、より治療者の脳と体が「これらの状況が安全である」と認識できるようになり、恐怖症の治療に大きな成果を上げています。

タラ・イーストコット氏のケース

 彼女はまずはインドアロッククライミングの低い階層から徐々に慣れることにしました。その際、
「地面やジムの周りを見下ろして、ある特定の角度で心臓がドキドキしたり、足がチクチクする・喉が締め付けられるような感覚に気づきました」
「それらの症状が出る角度に気づいたら、そこで一時停止をして見続け、身体の恐怖感覚が後退し始めるまで集中しました」

 そのように屋内での高所を克服した後、屋外でのロック クライミングを体験しました。
 屋外は本質的にリスクが高くなるため、屋内と同様、特定の角度・視界によって恐怖反応が出たときにはその度に立ち止まり、ビューを見続け、その体感覚に集中しました。
 屋外での高所での恐怖感覚では具体的に、
「視界がぼやけ、吐きそうになりました。
 体中が震えていました。体は逃げ出したかったのです。
 しかし屋内と同様、その恐怖感覚に留まって周りを見る練習を重ねた結果、高所の苦痛は少なくとも半減しました」
とイーストコットは言います。

高所恐怖症の一般的な原因

 高所恐怖症の原因はまだ正確にはわかっていませんが、イーストコット氏は、高所でのネガティブな経験やトラウマ的な体験が、高所恐怖症を発症する可能性を高めると述べています。
 たとえば、高所恐怖症の原因が幼少期に木から落ちたことである場合、実際にその実物の木を再訪したり、高所恐怖症を克服するための視覚的イメージの練習をしたりすることが役立つケースもあります。
 また、より生命、存在に強い衝撃をもたらす事象(トラウマ)による恐怖症の方が、暴露療法だけでなく専門家によるさらなる治療が必要となるケースが多い、とイーストコットは言います。

 注: 一部の専門家は、遺伝学または学習行動の研究成果から、親から特定の恐怖症が遺伝すると考えています。
このことは動物実験でも証明されていて、危険な体験を繰り返し行うと、その体験を子孫に遺伝的に引き継いで本能として刷り込み、天敵から身を守る術としていると考えられています。

その他の不安障害の治療法3つ

 暴露療法は不安障害等の治療に有効ではありますが、専門家の指導の元で行わないと逆に症状を悪化させてしまう可能性もあります。
 そこで暴露療法以外に知られている不安障害の治療方法について3つご紹介します。

1) 気軽に簡単にできる身近なことからやってみる

 『少しずつ不安に晒す』という試みは、昔からやられてきた行動療法でもあります。この最も激しいものが暴露療法になります。
 たとえば高所恐怖症の治療としては、

  • 橋や綱渡りを渡る人々のビデオを見る
  • 高層ビルからの眺めの写真を見る
  • バルコニーに近づく
  • はしごを 1 段ずつ上ってみる
  • 毎月、立体駐車場の 1 つ上の階に駐車することに挑戦する

などが挙げられます。

2) VR(バーチャル リアリティ・仮想現実) を用いた疑似体験

 VR (バーチャルリアリティ)ヘッドセットは、高所を含むさまざまな恐怖症の原因となりうる状況のシミュレーションを安全な場で提供することが可能です。

VRはゲームなどの分野では既に実用的になっています。
Source : Amazon




 2019 年のオランダで行われた調査では、193 人の被験者を対象にランダムに、VR-CBTアプリを用いた治療を3週間に渡って行うグループ (n = 96) と、なにもしないコントロールグループ (n = 97) の2つに分け、3 か月後にテストを行った結果、コントロールと比較して高所恐怖症の症状が大幅に減少し、その効果が持続することが分かりました (ref. 1)。

 VRではほんとに高所にいるくらい怖いリアルな疑似体験ができ、脳も騙されて怖いと恐怖を感じるけれども、「そこにいることができた」という体験、恐怖と現実の体験が別のもの、と脳が認識できると恐怖が解消されていきます。なので、VRはこういった恐れの解消の領域では、すごい可能性があると思います。

 暴露療法での治療は専門知識を持ったセラピストの介入が不可欠ですが、 VRでは自宅でも使用可能な治療法として今後期待できそうです。

3) 認知行動療法 x マインドフルネス

 不合理な信念や思考パターン(認知のゆがみ)が原因で恐怖症を含む不安障害をなったり悪化する場合、セラピストは認知行動療法 (CBT)を用いそれらの思考を解きほぐし、再構成し、最終的には恐怖・不安のトリガーとなる状況に直面したときに感じる感覚と適切な距離感で対応するテクニックを教えることができます。

 第三世代のCBTで用いられる マインドフルネス のトレーニングは、自分の身体の微細な感覚を感じ取ることにも役立ちます。そしてマインドフルネスでは不安や恐怖の感覚から逃れようとするのではなく、不安と共に一緒に座ること、そしてそれらの感覚は意識を向けることで時間と共に変化することを学びます。
 不安や恐怖は心地よいものではありませんが、不安を避け続けることで「不安そのものが怖くて危険である」という信念が強化され、恐怖症がさらに悪化します。一方、恐怖症の古典的で最善の治療法は、恐れているものに少しずつでも自発的に近づくことです。つまり不安の原因と共にいる方法を学び、恐怖の感覚が去るまで不安と共にあることで症状は少しずつ改善していきます。

 不安や恐怖を引き起こすトリガーは、ただの信号(インプット)です。
 例えば、「高いところに登る事は死ぬことより怖いことだ」みたいに歪んだ認知、信念を持っているかもしれません。そこを「高いところに行っても死ぬわけではありません」という新しい認識・認知の仕組みができればアウトプットも変わってきます。思考や感情などのプロセスの部分に認知がとても影響しているので、ここを変えていく療法がCBTになります。
 信号に対して恐怖症などの過剰な身体反応や感情が出てしまう場合、CBTとマインドフルネスの組み合わせで「それらは危険ではない」ということを認識・修正することでき、恐怖症の連想や悪循環を少しずつ断ち切ることが可能となります。

 次回は、マインドフルネスでの『不安と共に一緒に座る』の部分について松村憲さんに解説していただきます。

Source : 瞑想チャンネル for Leaders

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ABOUTこの記事をかいた人

ライター。 博士号を取得後、日本学術振興会特別研究員・博士研究員・大学教員として教育研究に計10年以上従事(専門は分子生物学)。9割以上が男性の業界で女性が中間管理職として働く難しさを感じつつ、紆余曲折を経て小島美佳さんからマインドフルネスを学ぶ。 現在は心理学や精神世界のエッセンスを科学の言葉で咀嚼して伝える方法を模索中の、瞑想歴1-2年の初心者です。