プロが教えるメンタルトレーニング法:ポジティブ思考やアファメーションに疑問を持つあなたへ

 前回は、ネガティブ思考に対する対処法についてお話しました。現代のビジネス界において、ストレスやプレッシャーがつきものですが、私たち人間の脳は狩猟民族の頃の名残から、ネガティブなことに注意を向ける傾向があります。そのため、仕事や人間関係など、日常生活においても危険察知に注意や意識が向いてしまうことがあります。

 しかし、マインドフルネスを取り入れることで、無理のないポジティブ思考に変えていくことが可能です。今回は、ビジネスマンの方々に向けて、メンタルの構築方法について提案していきたいと思います。マインドフルネスの実践を通じて、日常の業務や人間関係においてもポジティブなアウトプットを生み出すことができるよう、具体的なアプローチをご紹介します。

ネガティブ思考の影響とマインドフルネスの役割

 ネガティブ思考は無意識のうちにループし、その神経回路が強化されることは、誰にでも起こり得ます。このようなネガティブ思考によるストレス反応は、心配事による睡眠不足や慢性疲労、ストレス関連疾患の免疫低下などを引き起こすことがあります。

 そこで、マインドフルネスが非常に役立つと言われています。マインドフルネスでは、今ここに心を集中させ、ありのままを観察することで、判断や評価をせずに物事を受け止める練習をします。これにより、脳と神経系の「今ここに集中」と「ありのままの観察」のための神経回路が強化されるのです。

 例えば、空を見上げて「なんか今日は天気がいいねぇ」「雨だねぇ」「嵐が来ちゃったねー」と言うような距離感で、ただありのままを観察します。このようなマインドフルネスの実践により、ネガティブ思考によるストレス反応が軽減され、心身の健康が促進されるとされています。

プロセスの重要性とポジティブなアウトプットの生み出し方

 また第9講のおさらいですが、私たちは情報や刺激などのインプットを受けた後、思考や感情などのプロセスを経て、行動や反応などのアウトプットを出します。


 ここでのプロセスがネガティブなパターン、すなわち脅威・恐れや不安の感情から引き起こされる行動となり、闘争逃避反応などが生じ、ストレスが増大する傾向があります。

 しかし、このプロセスの部分にポジティブな目的やビジョン、情熱などをを持ち込むことで、新しいクリエイティブな行動を生み出すことも可能です。今回は、そういったポジティブなアウトプットを生み出すためのヒントをご紹介します。



過剰なポジティブ思考で幸福度が下がる?

 一方で、ポジティブ思考も過剰になると問題が生じるケースが研究によって示されています。それが、トキシックポジティビティ(toxic positivity, 有害なポジティブさ)です。実際、ポジティブ思考には落とし穴が存在します。

 ポジティブ思考が過剰になっている際には、ネガティブなプロセスが心の中に起こっているのにも関わらず、それを無視したり、抑圧したりしようとすることがあります。また、潜在的な脅威の認識や恐れの感情が伴う状態を抑圧してしまうこともあるのです。

ネガティブなプロセスを無視したり、抑圧している状態の例

 ポジティブ思考が過剰になっている状態の例を以下に4つ挙げました。

1, マニックな防衛、躁的な防衛

 「ポジティブに考えていればポジティブになるよ!」とハイテンションになり、意図的に不安から遠ざかろうとすることで、過剰にポジティブ思考を強要する、躁的な防衛をしている状態です。

2, 過度な抑圧からの心身不良

 「ポジティブに考えよう」と思いつつ、過度に自分のネガティブな感情を抑圧することで、心身不調を引き起し、潜在的・無意識にそれを繰り返している状態です。

3, 衝動性

 普段はポジティブな自分を演じているけれど、時々、衝動的にネガティブな自分が出てきてしまうこと。例えば「俺はいい人なんだ」って思っているけれど、「何か影で言われてるなぁ」と反応してしまい、自分自身を理解しにくくしている状態です。

4, 外部への投影

 自分がポジティブに在ろうと思うがゆえに、他者が悪い方向に考えていると過剰に反応してしまう。例えば「ああいう人がいるから空気が汚れるのよね」のように極端に他者に投影し、自分自身を正当化しようとする状態です。

 これらポジティブ思考が過剰になった状態では、ネガティブな感情や経験を受け入れることができず、無視したり抑圧したりすることで、本来の感情や課題と向き合わず、ストレスや不調を抱える傾向があります。その結果、ネガティブな感情を不快と感じて幸福度が下がる可能性があり、注意が必要です。
 大切なのはバランスの取れた感情の表現と受容であり、自己を偽らずに自然な感情のあり方を認めることが必要です。

マインドフルネスでネガティブを許容する力を養おう

 ここからが本題ですが、ポジティブ思考の過剰な弊害を避けるために、ビジネスマンにとって有効な手段としてマインドフルネスが挙げられます。これは、広義ではネガティブな状況に対処する能力、いわばネガティブ・ケイパビリティ育むものと言えます。

 マインドフルネスでありのまま見るトレーニングを続けることで、私たちは「恐れの反応や悪い考えが出てきても大丈夫」という状況を受け入れる力を身につけることができるようになります。これにより、ネガティブな環境・状況や解決策の見えない状況に耐えうる力を養うことができます。結果として、ネガティブな思考や感覚・感情反応を許容する力を養うことができます。

 また、「あるものはある、去るものは去る」という考え方も重要です。これは以前の感情をプラットホームから見る感覚のお話でも述べたように、ネガティブな思考や感情は自然に現れるものであり、それを除去しようと努力することで逆にネガティブなサイクルに陥る可能性があります。そこで、出てきたもの、現れた思考や感情を許容することが大切です。

 ある時は長くネガティブなことを考えてしまうかもしれないですし、逆に一過性ですぐに去っていくものもあります。思考や感情は台風みたいなものです。移り変わりの激しい天候のように、思考や感情も移り変わりやすく、いずれは去っていくものです。

ポジティブ思考で生じる不快な反応に気づく4つのポイント

 これらのことも理解した上で、ポジティブ思考を実践する際に生じる不快な反応に気づくための4つのコツをご紹介します。

1, 放っておく

 これが最良で最も効果的な解決策です。自分が否定的な考えに囚われたとき、「悪い考えを持っている自分がいるなぁ」と捉えたり、もっと良いのは「悪い考えがやって来たなぁ」と自分自身と考えを切り離して放置しましょう。すると、やがてその考えは自然に薄れ消えていきます。

2, 眺める

 不快な感覚を「眺める」ということも重要です。怒りや苛立ちが込み上げてきた場合でも、マインドフルな態度を持っていれば、そうでもなくなった、と次第に感情が収まっていくことがあります。

3, 認識の偏りを修正する

 また認識の偏りが強い場合は、見つけた時点で修正することが大切です。ネガティブな思考に陥りやすい人は、自分の中に「そういう一言が悪いんだ」という認識の偏りがあることに気づいたら、修正するようにしましょう。これは認知療法的なアプローチの一つです。

4, 行動で解決する

 「自分はこういうタイプだからダメだ」と自分自身を否定的に捉える傾向がある人は、考えるだけで行動に移さないことがあります。そのような場合は、まずはできることから実践してみましょう。自分自身の行動を変えることで、問題解決のアプローチを見つけ出し、実践することができます。


 このように、認識と行動の両面にアプローチすることで、より無理のない自然な形でポジティブ思考を実践することもできるようになってきます。

脳の特性を応用して ポジティブ思考をトレーニングする

 マインドフルネスを通じて、良い状態や不快な状態に関わらず、脳をフラットでバランスのとれた状態に近づけることが可能です。

 脳はネガティブな要素に意識が向きやすい一方で、見える世界を信じがちな傾向もあります。
 例えば、休暇でハワイに行った際には、大抵の人が素晴らしい体験をしますが、それは、その場にいるという環境が大きな影響を与えているのです。最近では、医療分野でもこの点に注目し、バーチャルリアリティ(VR)を用いてハワイなどの環境を再現し、心理・神経系に変化をもたらす治療法が行われています (Cyberpsychol Behav. 2005)。


 バーチャルリアリティでの疑似体験は予想以上に効果的であり、脳がその環境に存在していると信じると、心身の状態にも変化が現れます。今回のポイントは、ここにあります。臨場感を高め、ハワイにいるかのような感覚を味わうことで、無理のない自然な形でのポジティブ思考を実現できるのです。

マインドフルネスで臨場感を高める方法

 臨場感を高めるためには、マインドフルネスを通じて感覚に集中することが重要です。具体的な手法としては、以下のようなイメージを持つことが有効です。

1, 身体感覚と今ここに集中する

 マインドフルネスでは、身体に集中的に意識を向けることで、身体の感覚や感情を微細に感じられるようになります。その結果、自分の中で視覚や聴覚などの感覚を再現することが可能になります。また、実際にハワイにいる場合には開放的な気分になり姿勢も変わることが多いでしょう。そうした感覚を思い出したり、想像することも効果的です。
 さらにマインドフルネスで鍛えた『今ここ』へ集中力を使い、ポジティブなイメージと自分自身がどのように関わっているかを感じることで、臨場感を高めることができます。

2, 評価判断せず、ありのままを受容する

  「こうあったらいいなぁ」といった自分が描きたい未来をイメージする際には、「どうせ」などと思ってしまう心理的パターンに陥ることもあるかもしれません。しかし、マインドフルネスのトレーニングでは、評価判断をせずに自分の描きたい未来を描くことは価値があると思えるようになります。

3, 出てきた思考にも気づくだけで良い

 それでも「こんなこと、実現できるわけないよ」と自信や根拠が感じられず、違和感を感じることもあるかもしれません。しかし一旦ひとまず、マインドフルなアプローチで「出てきても良い」と考えを一時的に脇に置いてみてください。

 このように、マインドフルネスを活用して臨場感を高めるための方法を練習してみてください。現在の自分の外側の状態をイメージしつつ、臨場感を高めることができます。仕事や環境境の制約によって諦めてしまう前に、今の自分の状態から離れて理想の状態を想像しきってみると、より臨場感を高めることができます。

肯定的な自己暗示 – アファメーションを活用する

 さらに臨場感を高める方法として、アファメーション(肯定的な自己宣言)があります(J Pers Soc Psychol, 2009)。

 例えば、「都会を離れて、もっと自然豊かな場所で暮らしたい」と考えた場合、「家族はどうする?仕事はどうする?」といった思考が浮かんできたとします。この時には「できるわけがない」という思い込みが働いていますが、それを一旦脇に置いて、アファメーションを行います。

 アファメーションでは具体的に「私は自然の中で豊かに幸福に暮らしています」といった理想の状態を後押しするキーワードを使って、健全な思い込みを形成する、自己洗脳・自己暗示をする感じです。 また、現在進行形で「なになにです」「こういう状態です」という言葉を加えることで、より臨場感を作り出すことができます。

【実践】無理のないポジティブ思考・アファメーション 5分間瞑想

 今回は「今日は素晴らしい1日である」というアファメーションを使って瞑想していきます。アファメーションを通じて、ポジティブな思考を育みましょう。

 アファメーションは、そう思ったりそう感じているといい気分になってくるのです。その良い気分や気持ちをさらに自分の中で響かせて増幅させ、味わうと、臨場感も高まってきます。このようなプラクティスによって、脳神経回路も修正されて、思考や感情も変化し、より行動しやすくなるのです。

自分の力よりもずっと小さな目標を立てるとしたら、人生はつまらないものになってしまう。
そうする事は結局、自分の能力、自分の可能性に目をつぶることになるからだ。

 これは心理学者で人間の欲求の解説をしたアブラハム・マズローの言葉です。

 「自分の枠の外に出てもみてもいいんじゃないか、我々にはそうした力が備わっている」と言うことです。

Source : 瞑想チャンネル for Leaders


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ABOUTこの記事をかいた人

大阪大学大学院博士前期課程修了。認定プロセスワーカー。臨床心理士。 瞑想経験20年以上。 マインドフルネス瞑想の土台でもある、10日間のヴィパッサナー瞑想リトリート(※)に15回以上参加。タイ、インドにて長期トリートで修行を積む。  深層心理学のユング心理学にルーツを持つプロセスワークの専門家。身体性やマインドフルネスを早くより研究、実践し、個人の心理のみならず、関係性やグループ、組織を対象に仕事をしている。ビジネスシーンにおいては、プロセスワークのコーチングや、組織開発やコンサルティングに従事。企業におけるマインドフルネス研修や、大手フィットネスクラブのマインドフルネス・プログラム開発や指導者養成も行う。著書に『日本一わかりやすいマインドフルネス瞑想"今この瞬間"に心と身体をつなぐ』BABジャパン2015、共訳書にアーノルド・ミンデル著『プロセスマインド』春秋社2013、ジュリー・ダイアモンド著『プロセスワーク入門』などがある。

(株)BLUE JIGEN 代表取締
バランスト・グロース・コンサルティング(株)取締役
(一社)日本プロセスワークセンター ファカルティ
日本トランスパーソナル学会 常任理事

(※) 10日間 話さずに座り続けるもの