「マインドフルネス」とは、「この現在の体験」に注意を向けることです。つまり、過去の後悔や未来の心配事にとらわれるのではなく、「今、この瞬間」に集中することを意味します。マインドフルネスを実践する上で重要なのが、「身体の感覚」を意識することです。それにより、自分自身の「今ここ」を実感できるのです。
では、なぜ身体の感覚を意識することが大切なのでしょうか。これは、ソマティック・マーカー仮説によって説明することができます。この仮説は、意思決定の際に身体の感覚が大きな影響を与えているという考え方です。本記事では、ソマティック・マーカー仮説を分かりやすく解説しながら、マインドフルネスで身体感覚を高める方法をご紹介します。
目次
身体の感覚を意識し「ここ」に集中する
身体の感覚に意識を向けるだけで、身体の緊張が緩和されリラックスできたり、免疫力が向上したりすることをご存知でしょうか。身体感覚(皮膚や筋肉、関節、内臓などにある感覚器が脳に伝える感覚情報の総称)は刺激に対する最初の反応であり、感情や意思決定にも大きな影響を与えます。この記事では、身体感覚と意思決定の関係を、ソマティック・マーカー仮説という考え方をもとに解説します。
その他にも、身体感覚が免疫力にも影響することが神経系の研究などで理解されつつあり、身体感覚については現在も様々な分野で研究されています。
感覚と免疫:状況依存の神経免疫相互作用
引用元: Frontiers in Immunology, REVIEW article (2017)
Sense and Immunity: Context-Dependent Neuro-Immune Interplay
感覚神経系と免疫系は連携して、宿主防御と組織の恒常性を促進します。この双方向コミュニケーションは細菌やウイルスをはじめとした異物の危険から身を守るのに役立ちますが、一度どちらかが不適応になると病気の一因となる場合もあります。
感覚神経-免疫系の連携は、具体的には細胞表面の G タンパク質共役受容体、受容体チロシンキナーゼ、サイトカイン、成長因子、神経ペプチドなどの生体内物質が介することが分かっていますが、詳細なメカニズムは不明なままです。
マインドフルネス・トレーニングの基本は、呼吸と身体を意識することです。呼吸は『今・時間』に戻るための錨であり、身体は『空間』に位置するもので『今ここ』の『ここ』に戻るための錨です。
呼吸と体を意識し、時間と空間の両面から『今ここ』に集中することが、マインドフルネスの基本トレーニングとなります。継続によって今ここにいる時間が長くなることで、過去や未来への思考から離れ、『今ここ』での安定感や集中力が高まります。
身体に意識を向けるマインドフルネス実践法としては、以下のようなものがあります:
- 呼吸に意識を向ける集中瞑想
- ボディ・スキャン (体の各部位の感覚に順に意識を向ける)
- ストレッチやヨガの動作中に身体感覚に注目する
これらの実践によりリラックスする際は副交感神経が優位となり、心も身体も緩んでしまいます。そのため、実施するタイミングとしては仕事前や仕事中よりも、就寝前の方がオススメです。その結果、睡眠の質も向上すると考えられます。
ソマティック・マーカー仮説 とは?
ソマティック・マーカー(somatic marker; 身体信号)仮説とは、刺激を受けてから意思決定を行う間に、身体から発せられる生理的な感覚の変化 (ソマティック・マーカー) が、無意識のうちに意思決定を導いているという考え方です。つまり、選択肢を検討する際に生じる身体感覚の変化が、その選択肢への嫌悪感や安心感といった感覚や感情反応を生み出し、最終的な意思決定を左右しているのです。
これは神経科学者アントニオ・ダマシオが1991年に提唱し、近年も、この仮説の妥当性を支持する研究結果が集まりつつあります (Bridging Ecological Rationality, Embodied Emotion, and Neuroeconomics: Insights From the Somatic Marker Hypothesis, Front Psychol, 2020)。
この仮説が正しければ、身体感覚を高める練習を積むことで、より適切な意思決定ができるようになる可能性があります。そして、マインドフルネスの実践は、そうした身体感覚への気づきを高めるための有効な方法と考えられています。
ソマティック・マーカー 仮説の具体例
ダマシオ氏の研究結果から
アントニオ・ダマシオ氏の研究では、脳の一部が損傷した患者を対象に実験が行われました。その結果、損傷により身体感覚を伝える経路が遮断されていた患者は、日常的な意思決定に著しい支障をきたすことが分かりました。
具体的には、あるレストランを選ぶ際、健常者は無意識のうちに身体感覚(例えば食べ物の匂いに対する快不快)を手がかりに判断していました。しかし、身体感覚が遮断された患者は、そうした感覚に基づく直感的な判断ができず、レストランの選択に多大な時間を要していたのです。
さらにダマシオ氏は、脳の活動をモニタリングする機器(fMRI等)を用いて実験を重ねました。その結果、意思決定をする際には、身体感覚が作り出す快不快の感情が無意識下で生じており、それが大脳辺縁系の活動に影響を与えていることが明らかになりました。
つまり、ソマティック・マーカー(身体感覚)は、意思決定の際の選択肢を無意識下で絞り込む重要な役割を果たしているといえるのです。
身近な例から
なんらかの刺激を受けた際に、最初に反応するのが身体感覚です。例えば料理の匂いを嗅いだ時、それが美味しそうな匂いか不快な匂いかを身体が感じ取ります。この刺激を受けて快・不快を知覚した瞬間に引き起こされる身体感覚・身体反応をソマティック・マーカーと呼びます。
このように、ソマティック・マーカーは瞬時に作用し、心や脳など様々な場所で情動(一時的で急激な感情の動き)にもリンクし、感情の動きを引き起こします。例えば、美味しそうな匂いなら「これを食べたい」という良い感情が湧き、不快な匂いなら「これは避けたい」という嫌悪感が生まれるでしょう。
このような作用は、ネガティブなサイクルに入ってしまっていると、悪い方向に感じ取ってしまい、悪い方を選んでしまうということが続くこともあります。また、これらの反応は全て瞬時に起こり、その後、最後に思考論理プロセスが起こってきます。
さらにソマティック・マーカーによって瞬時に引き起こされる感情は、無意識のうちに選択肢を絞り込む役割を果たします。美味しそうな匂いを感じれば、その店を選ぶ可能性が高まり、不快な匂いなら別の店を選ぶ方向に意識が向かいます。ここには脳の扁桃体や腹内側前頭前野も関わることが分かっています。
つまり、ソマティック・マーカー仮説では「刺激→論理的意思決定」のプロセスの間に、「刺激→【身体感覚→感情→選択肢の絞り込み】」というプロセスが存在し、最終的な意思決定を左右していると考えます。
身体感覚を高めると意思決定も変化する
マインドフルネスの実践を続けていくと、身体感覚への気づきが高まり、感情の動きを捉えやすくなります。その結果、スペースや余裕が出てくるので、意思決定の際に浮かぶ選択肢の幅が広がる可能性があります。
例えば「なんかこの話きな臭いぞ」と直感的に感じた時、その身体感覚を意識することができれば、より慎重に検証する必要があると気づけるでしょう。一方で、ポジティブな感覚を受けた案件には、前のめりになりすぎずに冷静に判断できる余地が生まれます。
そういう嗅覚のような直感的な感覚を育みつつ、ロジカルやロジックもしっかり働かせて検証するといったことも、この仮説に沿えば実現可能だと考えられます。
リーダーシップスキルへの応用も可能
また、リーダーシップへの応用という観点でも、身体感覚を高めることには大きな意義があります。過去の体験に基づいた感覚や感情のプロセスに無意識のうちにはまって意思決定をしていないか?という振り返りもできるようになり、過去の経験に囚われず、新たな選択肢を見出せるようになる可能性が高まるからです。
このようにソマティック・マーカー仮説は、リーダーシップや意思決定の場面で有用な示唆を与えてくれます。心理学の研究分野で着目されてきたこの仮説が、身体感覚を高める重要性を説明し、近年、ビジネス界でも注目を集め始めています。
身体感覚を高めるトレーニング
身体感覚を高める代表的な方法が、ボディスキャンです。これは頭の上の方から身体の各部位にゆっくりと順番に意識を向けて感覚を感じていく瞑想法です。ボディスキャン瞑想は、音声ガイドを録音しましたので、ぜひ就寝前などに実践してみてください。
他にも仕事中でも気軽にできる方法として、今自分の顔の表情がどんな感じか?を実際に手で触れて確認してみたり、首の後ろに手を当ててみて首が凝っていないか?どんな状態かを感じてみたり、体の表面を手でさすってみたりしてください。それだけでも身体感覚に意識を向けることになります。
これを続けて行くと身体感覚がだんだん研ぎ澄まされていきます。そして熟達してくると「今自分の肩はどんな感じかな?」と体のある部位に意識を向けるだけで、凝っていることに気づいて力を抜きリラックスする、ということも可能になります。
【松村憲】ボディスキャン瞑想ガイド(約10分間)
身体を意識し身体感覚を高める効果があるボディスキャン瞑想を紹介します。
ボディスキャン瞑想とは、自分の身体の各部分に順番に意識を向けていく瞑想法です。ボディスキャンの実践によって身体の緊張を緩めてリラックスしたり、自分の感情やニーズに気づくことができるようになったりします。
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
次回、第5回はじっと座っていることが苦手な方にオススメの『歩く瞑想・歩行瞑想』についてお話します。
【補足】感覚の種類と特徴
感覚とは外部からの刺激を体の特定の器官(感覚受容器)が感じとり、脳において情報を処理・認識することです。感覚は生理学的にも様々な分類法がありますが、大まかに分けると以下の3つに分類されます。
1, 体性感覚:外界からの刺激を感じる
身体感覚のうちの皮膚感覚と深部感覚を指します。
・皮膚感覚 : 触覚や温度感覚、痛覚など
・深部感覚:位置覚や運動覚(関節の角度など)、振動覚など
2, 内臓感覚
・臓器感覚(吐き気など)
・内臓痛(胃痛など)
基本的に内臓からの刺激は大きくなく意識しづらい傾向がありますが、無意識的に脳に伝わり、私たちの身体状態や心理状態に影響を与えています(腸脳相関など)。
3, 特殊感覚:味や匂いなどを感じる
生体の外界との関係を知るのに必要な機能で、視覚(目で見る)、聴覚(耳で聞く)、味覚、嗅覚、平衡感覚などが含まれます。
特殊感覚は外界からの刺激を受けることで発生しますが、その刺激は必ずしも意識的に認識されるわけではありません。例えば、目や耳に入ってくる光や音は常に存在していますが、それらに注意を向けないと気づかないことがあります。
前回の記事では「空間の中の体はどこにありますか?」という話と、マインドフルネスで座る瞑想をする際の姿勢を整える方法をお話ししました。これらの姿勢感覚は、身体の各部分の位置や動きを知るための感覚です。 姿勢感覚は主に深部感覚(関節覚や運動覚)と平衡感覚(内耳で受ける重力や加速度による刺激)から成ります。姿勢感覚は身体のバランスや協調運動を制御するのに必要な感覚です。
< follow us ! >