リーダーの感情表現:深層演技(ディープアクティング)が組織に与える影響と実践手法

はじめに

組織のパフォーマンスを最大化するために、リーダーはどのように感情を表現すべきでしょうか。 単純な「常に前向きで」という回答では不十分です。なぜなら、不適切な感情表現は組織の信頼関係を損なう可能性があるからです。

本稿では、最新の感情労働(Emotional labor)研究知見に基づき、リーダーに求められる感情表現の方法論を解説します。特に注目したいのが「深層演技(ディープアクティング)」という手法です。

s子:今回の対談では、実際にビジネスの現場でリーダー向けのコーチングを行っている松村憲(マツケン)さんと小島美佳さんにお話を伺いながら、議論を深めていきたいと思います。


感情労働とリーダーシップの関係性

感情労働とは、仕事において自分自身の感情を調節・制御し、その状況で求められている適切な表現や対応を行うプロセスを指します。社会学者のアーリー・ホックシールドが提唱したこの概念は、「公に観察可能な顔や体の表示を作り出すための感情の管理」と定義されています。(Arlie Hochschild, 1983

感情労働のわかりやすい身近な例を挙げると、仮に仕事中にお客様のクレームに対してムッとしたとしても、それを表情に出さずに丁寧に対応することで、スムーズに問題解決を図ることができる、といったケースなどがあります。


なぜ今、リーダーの感情表現が注目されているのか

近年特にリーダーの感情表現が注目され求められる重要な要素です。ただし、サービス業と比較して、リーダーが直面するイベントは多岐にわたり、感情の表現に関する明確なルールやマニュアルも存在しないため、リーダーの感情労働に関する研究はまだ不足しています(Leading with emotion: An overview of the special issue on leadership and emotions, The Leadership Quarterly, 2015)。

2015年の研究 (The bright side of emotional labor, J. Org. Behavior, 2015) では、リーダーが深層演技によって適切に感情を示すことで、組織メンバーのモチベーションや生産性、幸福度の向上に寄与する効果があることが示されています。
さらにマツケンさんのリーダーシップ講座の記事でも、「リーダーが感情と適切な距離を持つことが重要」という話がありました。

感情労働の本質:表層演技と深層演技の違い

感情労働を行う際の具体的な方法として、表層演技と深層演技という2つのアプローチがあります。


表層演技(surface acting)

内面の感情は変えずに、外面的な表現のみを調整する方法です。先ほど挙げたクレーム対応の例のように、自身の感情を抑え、表情に出さずに丁寧に対応することでよりスムーズな状況解決を目指すものです。特別なトレーニングなどがなくても実践できる一方で、本来の感情との矛盾によるストレスが課題となります。

深層演技(deep acting)

一方、深層演技(ディープ・アクティング)は、求められる感情と自身の感情を積極的に一致させようとする手法です。近年の研究では、深層演技を実践することで感情的疲労やストレスが軽減されることが示されています(Journal of Applied Psychology, 2020)。

深層演技の具体的な例

 深層演技の具体例として、キャビンアテンダント(CA)さんのケースで考えてみます。クレーマーが飛行機に搭乗した際に、本来なら自身が恐怖を感じるかもしれませんが、事前のロールプレイなどのトレーニングによって共感、想像力を働かせて「このお客様はもしかしたら飛行機が初めてで怖がっているだけかもしれない」と考えることで、恐怖心よりも同情の気持ちが強くなります。その結果、CAさんは心からケアする深層演技が可能となり、搭乗客の怒りも収まり、CA自身の幸福度や仕事の満足度も高まると言われています。


リーダーは感情をあらわすべきなのか? 【マインドフルネス研究所 vol.1】

Source : 瞑想チャンネル for Leaders


感情労働を必要とする職種

 具体的な職種として古くから研究されているのは、レストランのウェイターや店舗での販売などの接客サービスなどです。
 他にも営業職や看護師、ソーシャルワーカー、教育関係、カウンセリング、コンサルティング、広告業界、エンターテイメント業界、さらには、医師や弁護士、リーダーや管理職など、クライアント・患者さん、組織メンバーとのコミュニケーションを伴うほぼ全ての職種において、感情労働が必要とされています。


真正性と多様性が求められるビジネスリーダーの感情調節

 近年、リーダーシップは生まれ持った才能だけではなく、誰でもスキルとして身につけることが可能だと言われ研究も進みつつあります。またこれからの次世代のリーダーには以下のようなリーダー像が求められる、と言われています。

  • 偽りのない自分、自分らしさや価値観を活かせるリーダー
  • 自己認識(自己理解)とモラルを大切にするリーダー
  • 変革型リーダー

 このように時代の変化に柔軟に対応でき、かつ流されない、といったように、リーダーシップにもオーセンティシティと多様性が求められています。

ビジネスリーダーに必要な感情表現とは

 ではリーダーがビジネスの現場において自分自身の感情を表現にはどうしたら良いのでしょうか?リーダーの感情表現は大まかに分けて以下の2つのパターンがあります。(The Leadership Quarterly, 2015


1, 自然な自分の感情の発露

 その場で湧き上がった感情、怒りや悲しみなどをダイレクトに周囲に表現するパターンです。
 この場合は感情表現が過剰過ぎると「感情的すぎる」と周囲から思われ、逆に不足しているとメンバーから「自分に関心がないのかな」と思われることが多く、リーダーとしてはあまり適切ではありません。


2, 同じ疑問や問題意識を共有している、という意思表示

 リーダーが一貫して多くの点でフォロワーと同じことを気にかけ、心配もしている、といった感情を本音で表明するケースです。
 この場合、リーダーが表明した感情に共感するフォロワーは、リーダーに親近感を抱いたり、より強いリーダーシップを感じることがあります。身近な例としては政治家のマニフェストなどが分かりやすいかと思います。共感する人々からは強い支持を得ることができますが、共感しない人々との間には分断を生む可能性もあります。



 逆に、場によって求められる感情を変えながら表明していた場合、分断は回避できるかもしれませんが、「ちょっと多重人格者じゃないのかな」と思われる可能性もあります。ここはディープアクティングの難しい点ではないかなと個人的に思っているので、後ほどお二人に聞いてみたいと思っています。


ビジネスリーダーが自分の感情をうまく扱う方法

 これらを踏まえた上で、リーダーは感情表示をする以前に、自分自身の感情をどのように扱ったら良いのでしょうか?
 書籍「オーセンティック・リーダーシップ」の内容を参考に、簡単にまとめました。


1, 自分の感情を見つめ、理解すること

 自分の感情に向き合い、現在感じている感情が本当に自分自身のものなのか、なぜ自分はそのように感じるのか、一時的な気分的なものなのかを深く理解する。

2, 周囲の状況も深く考える

自分自身だけでなく、チームや周囲のメンバーの何が周りで起こってるのか、に注意を払うこと。これはFelixさんの過去記事「組織メンバーをボディスキャンする」でも書かれていました。

3, 自分の感情の意味を理解する

 リーダーが自身の感情が周りに与える影響をよく理解し、実際に役立つ形、仕事を前進させる方向で感情を表明するために、どのように行動すれば良いかを考えることが重要です。


 感情表現においては、個々の個性や感情の豊かさが尊重されるべきですが、リーダーの感情表現には性別や人種などの偏見が存在しているのも事実です。例えば、一般的に女性のリーダーには感情的という批判がつきものです。一方でヒラリー・クリントン氏は感情表現が少なくロボットのようと言われていたのが、涙を浮かべたことで共感を呼んだ、といったこともありました。
 このように深層演技を通じて、リーダーは自身の感情をオープンに表現することで自身の人間性を示し、他の人々との共感や信頼関係を築くことも可能となります。


深層演技(ディープアクティング)を身につける 5つのコツ

 それではリーダーが深層演技のスキルを身につけて適切に偽りのない感情表現を行い、チーム全体のモチベーションや生産性を高めるためには、具体的にどうしたらいいのか?とChatGPTに聞いたところ、以下の5つの具体的な方法を挙げられました。


1,自己認識を深める

 リーダーシップでも重要と言われている自己認識・セルフアウェアネスを高め、自分自身の感情や価値観を理解し、自分の感情をコントロールする方法を学ぶことが深層演技の第一歩です。


2,感情的な共感

 顧客や同僚の感情に共感することで、どのような感情や行動を求められているのか理解することが可能になります。相手の気持ちに寄り添い、共感することで、自分自身の感情と相手の感情を同調させることができます。

 慈悲の瞑想の効果でもお話したような共感的関心(思いやり)を育むと、例えば医師や看護師が患者の痛みや苦痛などネガティブな状況を前に必要以上に感情移入することが減り、今の自分ができることに意識を向け、より積極的に行動し、結果に肯定的な感情を感じられるようになります。

<共感力を育む慈悲の瞑想>

Source : 瞑想チャンネル for Leaders


3,ロールプレイ

 ロールプレイは、深層演技を練習する上で非常に役立ちます。あるシナリオを想定し、その場面でどのような感情を表現するかを練習することで、実際の状況でも自然に感情を表現できるようになります。

4, コミュニケーションスキルの向上

 コミュニケーションスキルの向上によっても深層演技が可能となります。相手の話を聞き、理解し、共感することで、より良いコミュニケーションができるようになります。

5, 訓練や指導を受ける

 深層演技を習得するための訓練や指導もあります。社内研修やトレーニングで深層演技のスキルを磨くための講習を導入することもできます。



以上、駆け足でしたが背景の説明でした。お二人から感想やご意見など聞けたらと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

瞑想歴20年以上。 15歳までヨーロッパで育つ。慶応義塾大学を卒業後、アクセンチュアで組織戦略・人材開発のコンサルティングに従事し異例のスピードで昇進。アクセンチュア・ジャパン 史上 最も若い女性マネジャーとして抜擢される。その後、独立系コンサルティング企業でビジネス開発に携わる傍ら、キャリアコンサルタント及びコーチとして活動。不確実な時代の波を乗りこなす事業の在り方やビジネスパーソンとしての生き方について考えはじめる。 2003年、瞑想に出会い習慣化するようになる。2010年よりビジネスの世界で活動をつづけながら、年間500名以上のクライアントへ瞑想的なテクニックを活用したカウンセリングを行っている。株式会社バランスオブゲーム代表。 監訳書:『コーチング術で部下と良い関係を築く』 共著:『「ハイパフォーマーの問題解決力」を極める』