ビジネスの世界で真のリーダーシップを発揮するには、鋭い戦略眼と並んで、もう一つの重要なスキルがあります。それは、自己の思考パターンを客観的に捉え、「思考の檻」から自由になる能力です。
本記事では、マインドフルネスの技法の一つ「思考観察」と心理学の概念「脱同一化」を通じて、ビジネスリーダーが陥りがちな囚われ思考や思い込みから抜け出す方法を探ります。
これらの手法を習得することで、リーダーシップやコミュニケーションに直結する自己認識力が向上し、自分の思考パターンや感情の変化により敏感になれます。その結果、思考に振り回されることなく、現在の瞬間に集中し、より効果的な意思決定を行うことが可能になるのです。
それでは、「思考に囚われる」状態とは具体的に何を指し、どのようにしてそこから解放されるのか、詳しく見ていきましょう。
目次
思考に囚われた状態を理解する
ビジネスマンにとって、「思考に囚われる」状態は致命的な落とし穴となり得ます。この状態は、過去の失敗に固執したり、将来の不確実性に不安を抱いたりすることで生じます。
例えば、重要なプレゼンテーション後に「あの質問にもっと上手く答えられたはずだ」と後悔したり、大型案件の結果を前に「もし失敗したら会社の未来はどうなるだろう」と心配したりする状況です。
過去や未来の思考・妄想に囚われてしまっている状態では、現在の状況把握や意思決定能力を著しく低下してしまいます。
しかし、本来、日常生活を送っている人間の脳は常に活動し、思考を生み出し続けます。人の頭の中の考え・思考、雑念は黙っている時も寝ている時も動いています。人間の脳の処理能力から1日に思考する数を推定した研究では、数万にも及ぶと言われており、思考し続けることは脳科学的にも自然なことです。
脳科学の知見によれば、この絶え間ない思考活動は、脳が短期記憶を定着させて長期記憶としたり、睡眠で休息をとる(寝ている時のレム睡眠中に夢を見る、脳内の記憶・情報が整理される、など)過程でも必要だと言われています。
問題は思考そのものではなく、思考に囚われてしまうことにあるのです。
思考観察:自己の思考パターンを客観的に観察する
仮に、「私はダメだ」というネガティブな思考や、「あの人は私のことが嫌いだ」という現実とは異なる思い込みがあった場合、それらは自分の意志や行動に悪影響を及ぼす可能性があります。
ここで重要になるのが「思考観察」の技術です。これは、自己の思考パターンを客観的に観察し、それらに振り回されることなく、現在の状況に集中する能力を指します。
雑念や思考は無理に止めようとするよりも、むしろ「あるなぁ」とただ気づくことで、その思考に振り回されず気づき続ける注意力を鍛えることができます。つまり、思考や雑念自体も「ありのままを観察する」というマインドフルネスの対象になり得るのです。
例えば、重要な経営判断を前に「私には無理かもしれない」という否定的な思考が浮かんだとします。思考観察の技術を持つリーダーは、この思考を「ああ、不安な思考が浮かんでいるな」と客観的に認識し、それに囚われることなく、冷静に状況を分析し決断を下すことができます。
マインドフルネスを続けて思考観察の技術を磨くことで、自己の内面で起こる変化(身体や思考共に)により敏感になり、セルフ アウェアネス・自己認識力(自分の人格や個性、身体やライフスタイル、周囲の環境に気づき、それを認識すること)を高めることができます。
自己認識力はリーダーシップの領域でとても注目されていて大事にされている部分です。自分自身の思考や想い、感情に気づく・認識するといった注意力を高めることによって、自己の内面での出来事や変化により早く気づけるようになる=自己認識力が高まります。
リーダーに必須の自己認識力とは
リーダーシップ研究で著名な組織心理学者 ターシャ・ユーリック氏は、下記のように述べています。
自分について明確に認識している人(自己認識力の高い人)は、
引用;What Self-Awareness Really Is (and How to Cultivate It)
・より自信があり、より創造的。
・より適切な判断を下し、より強い人間関係を築き、コミュニケーション能力も高い。
・嘘をついたり、騙したり、盗んだりする可能性が低い。
・仕事のパフォーマンスが優れ、昇進しやすい。
・そして有能なリーダーであり、その部下の満足度が高く、会社の収益向上にも貢献している。
神経可塑性で思考観察のスキルを定着化させる
最近の脳科学研究は、思考観察を含むマインドフルネスの実践が、神経可塑性を通じて脳の神経回路や神経細胞同士の接続が強化され、脳の構造自体を変化させることを明らかにしています。つまり、定期的なマインドフルネスの実践によって集中力や注意力、自分に気づき続けるトレーニングを行うことで、結果的に自己認識を高める脳内の神経回路も鍛えられると言われています。
つまり、思考観察の技術を磨くことは、単なる精神的な訓練ではなく、リーダーとしての能力を生物学的レベルで強化する科学的アプローチでもあると言えるでしょう。
思考観察の実践:ビジネスリーダーのための自己認識強化法
ビジネスの世界では、自己の思考パターンや思い込みに気づくことが極めて重要です。しかし、日々の業務に追われる中で、これらを客観的に捉えることは容易ではありません。ですから、まずはそれらに気づいて対象化する必要があります。
そこで、『思考が囚われている』状態に気づき、自身の思考を客観的に観察するための、具体的な方法をご紹介します。以下のような問いを聞いて、頭にどんなことが思い浮かぶか、考えてみてください。
【過去への囚われを認識する問い】
- 自分の能力や資質において、どのような点が不足していると感じますか?
- 自分はどのような面がダメだ・不適切だと思いますか?
- 自分は人と比較してどのような点が劣っていると思いますか?
1番目と3番目は似ていますが、3番目は「他者と比較して」という点が大きく異なります。
これらの問いに答えることで、自分がいかに過去の経験や主観的な解釈・評価に囚われている状態にあるか、気づくことができます。
例えば、過去の失敗からプレゼンテーションに対して苦手意識を持っていた場合、その思考は過去の失敗体験に基づくものであり、客観的な事実ではなく主観的な解釈といえます。それらの思考によって、現在の自分の能力や可能性を制限してしまう可能性があります。
【未来への不安に気づく問い】
次に、未来に対する不安を探ります。以下の点について考えてみてください。
- 将来に関してどのような不安や懸念がありますか?
- 自身のキャリアパスや人生設計について、どのような不確実性を感じていますか?
具体的には、経済状況は?未来の社会は?仕事は?家族は?自分の人生は?その終わりは?
特に自分が考えやすい、思い浮かべやすい将来のことに注意を向けてみましょう。
未来のことを全く考えない人もいれば、将来を考え過ぎて不安に囚われてしまう人もいます。これらの未来への囚われが強くなると、現在の意思決定や行動に悪影響を及ぼす可能性があります。例えば、市場の急激な変化への過度の不安が、革新的なプロジェクトへの投資を躊躇させるかもしれません。
精神的な負担が増したり、メンタルヘルスのバランスが崩れる時は、多くの場合、過去や未来、あるいはその両方への囚われが重くなっている状態です。これらの問いのような具体的なきっかけがあると、自分の心の中で常に何らかの思考・雑念が巡っていることに気づきやすくなります。
「あぁこうしておけばよかった」といった後悔など、改善策を立て実行し始めた瞬間に消える思考はそのまま流れていくのを見守ることで十分です。しかし、思考が頭の中で循環し続け、いつまでも引きずってしまうと、無意識のうちに囚われ思考を強化してしまう恐れがあります。
囚われ思考からの解放:脱同一化の実践
最近の研究では、これらの囚われた思考に気づいて脱する、という試みがあらゆるところで効果を発揮するということがわかってきています。つまり自分の囚われ思考に気づきいたら手放し、自由になるということです。
まずは、考えている自分に気づいてみて下さい。気づいたら『今ここ』に戻ってくる、というマインドフルネスのトレーニングを繰り返します。無意識のうちに思考に囚われるほどエネルギーをロスしてしまうので、思考に気づいたらその都度『今ここ』に戻りましょう。
これは認識した囚われ思考から自由になるための、心理学で「脱同一化、脱フュージョン」と呼ばれる手法です。
脱同一化、脱フュージョンとは
脱同一化・脱フュージョンとは、自己の思考や感情を客観的に観察し、それらと自分のアイデンティティを切り離すプロセスです。
例えば、「私は英語が苦手だ」という思考があった場合、それは事実ではなく「私は英語が苦手だと思っている」という思考であることに気づくことです。
思考や感情に囚われている状態にある、ということを自分自身で気づき認識できていてないと、その囚われから抜けることもできません。逆に、自分の思考や感情を客観的に観察し、気づき認識することで、それらが自分を支配するのではなく、自分がそれらをコントロールする立場になります。
その結果、囚われ思考や思い込みから解放されて、より柔軟で適応的な対応が可能になります。これは、認知行動療法でも重要になっている考え方です。
ビジネスシーンでの脱同一化の実践例
- 思考の客観化: 「私は交渉が下手だ」という思考があれば、「私は交渉が下手だと思っている」と言い換えます。これにより、その思考が絶対的な事実ではなく、一つの見方に過ぎないことを認識できます。
- 思考のラベリング: 会議中に「この提案は却下されるだろう」という不安が生じたら、「ああ、不安な思考が出てきたな」とラベルを貼ります。これにより、思考を自分から切り離して観察することができます。
- 「今ここ」への回帰: 長期戦略を考える際に過去の失敗に囚われていることに気づいたら、意識的に現在の状況や手元のデータに注目します。これにより、より客観的な分析が可能になります。
このように脱同一化のプロセスを繰り返し実践することで、ビジネスリーダーは自己の思考パターンをより良く把握できるようになり、状況に応じて柔軟に対応する能力を養うことができます。これは、急速に変化するビジネス環境において極めて重要なスキルとなります。
自己認識の最適化
思考に囚われた状態や不安に気づき認識することができれば、それらを効果的に管理し、最適化・修正することもできます。
例えば第6講でお話ししたジャーナリング・書く瞑想は、自己の思考を客観的に分析する強力なツールです。書く瞑想で自分の思考をとにかく書き出すのは、誰でも初めてでもすぐに実践でき、効果も大きいと思います。
過去、未来への不安や懸念など、仕事上・業務上のことでもそれ以外でも何でもいいので、まずはご自身でテーマを決めて書き出すことで、そのテーマに伴う様々な思考や感情に気づき、囚われや思い込みから自由になって距離をおき、対象化することができます。
♦︎ 書く瞑想・ジャーナリング
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
思考パターンの認識と最適化
マインドフルネス瞑想を定期的に実践することで、反復される思考や認識パターンにより早く気づけるようになります。そこでしっかりと自分のパターンを客観視できるようになってくると、不必要な懸念や理不尽で非生産的な思考を特定し、修正することができます。
一方で、思考の中には考える必要がある思考もあるかもしれません。特に、将来に関する懸念は適切に管理することで、戦略的思考につながります。
例えば、将来の不安などを敢えて考えないようにすることで逆により大きくなってしまう可能性もあるので、そこは抱えている不安に気づいて整理した後に、『今ここ』からしっかり向かっていく、建設的な思考に転換することが重要です。
不安な状態のまま考えて対処することは、反応的・慣れ親しんだ思考パターンからの対処に陥りがちです。まずは思考に気づいて、一度切り離す、思考観察と脱同一化を意識的にできようになると良いと思います。このように自分の思考に気づいて整理することが習慣化してくると、自己認識の最適化しやすくなります。
【実践】囚われ思考から自由になるマインドフルネス瞑想(約6分間)
囚われている思考に気づき手放すトレーニング、 雑念に気づく基本の練習となるマインドフルネス瞑想をYouTubeにて無料公開しました。6分弱と短めですので、思考がグルグル回っているな、と気づいた時や日々の瞑想に取り入れてみてください。
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
これらを継続的に実践することで、ビジネスリーダーとしての自己認識力と意思決定能力を大幅に向上させるスキルを身につけることができます。
次回は『ロジックとハートの統合|思考と感情の連鎖』についてお伝えします。