仏教に学ぶコンパッションの力 – ビジネスパフォーマンスを高めるチームマネジメントの秘訣

心理学者から見たコンパッションの効果

松村憲:はい、いろいろありがとうございます。論文の話とかもしていただいたので、いいなと思って聞いておりました。

 まずですね、ビジネスとの関係性の前に、コンパッションについてお話ししようとおもいます。ここ数年で、慈悲の瞑想や感謝の瞑想などで育まれるコンパッションは脳にも影響や変化があります、ということを示した神経学・脳科学の論文がすごく増えてきています。あと人間の脳を解析するための手段も、装置の技術進化などにより、研究も進めやすくなってると思いますので、そういった科学的根拠が増えてきていることが説得力を増すきっかけでもあり大きな変化かなと思います。

 一昔前だったらコンパッションとか慈悲みたいなことは、言葉や定義、概念としては知っていても、実感としてわかりにくよね、といった印象でしたが、脳に効果や影響がありますよ、ということが科学的にも統計学的にも信頼できるデータとして分かってきてることが一つ大きなところかなと思います。

コンパッションと自尊感情の対比

 もう一つ重要なポイントとして、コンパッションと自尊感情との対比もあると思ってます。自尊感情とは、自分をポジティブに肯定的に尊重し受け入れる感情で、自己肯定感を育む上でも必要となる感情ですが、時に他者との比較、つまり評価や昇進などで成り立つ場合もあります。このような自尊感情は、目的志向やビジネスでは重要な要素でもあるので、エゴの強さもこれまではすごい重要視されていたと思います。

 しかし目標やノルマに向かって自分自身を追い込むスタイルで行動する場合、一般的に危機感や恐怖起点で行動すると脳は【扁桃体】という部分が活性化して『戦うか逃げるかモード』になります。これも火事場の馬鹿力的なパワーを発揮できるので一時的なことならいいんですが、最近の研究ではそれが続くと心身の健康に悪影響をもたらすこともわかってきています。


 なのでこのスタイルでずっと行動してしまうと、扁桃体スイッチがオンのままの状態になってしまい、心身が休まらず脳も疲労します。具体的には人間らしい知性や理性を担う前頭葉の働きが悪くなってしまいます。その結果、目的思考型の仕事ができなくなってしまいます。
 よって恐れから働く方法もあるけれど、それだけだと脳疲労の蓄積となり、何か生み出していくとか、前を向いていく、クリエイティブな思考がしづらくなってくると思うので、その辺に少しこのコンパッションを取り入れていけると良いかなと思います。

 コンパッション瞑想を行うとセルフレスと言われる自分自身が存在しないような感覚、自尊感情とは真逆の状態になると言われているので、その結果脳の機能や全体のバランスが良くなるのかなと。
 ビジネスにおいて目的思考は必要なんですけれども、セルフ・コンパッションの状態を作ってから目的思考をした方が、おそらく

  • クリエイティブで働きやすい脳の状態になり、
  • 結果としてパフォーマンスが上がり、
  • ご自身の心身の状態も良くなる

など、結果として手に入るものは、これからのビジネスパーソンにとっても、非常にいいものである、ということが、最近の神経科学の研究論文からも分かってきている、というところが重要な視点なのかなと考えていたところです。

<自尊感情とセルフ・コンパッションの違い>

J Personality, 2009)

  • 自尊感情は自己評価が高く,他者よりも優れていることを前提とします。セルフ・コンパッションは自己評価が中立的で,他者と同じ人間であることを前提とします。
  • 自尊感情は成功や失敗,批判や賞賛,比較や競争など外的要因に左右されます。セルフ・コンパッションは困難や苦しみ,不完全さなど内的要因に基づきます。
  • 自尊感情はエゴイズム,ナルシズム,攻撃性,防衛性,不安,抑うつなどネガティブな心理的特徴や反応を引き起こす可能性があります。セルフ・コンパッションは共感力,アルトルイズム,協調性,受容性,安心,希望などポジティブな心理的特徴や反応を促進します。

ビジネスマンから見たコンパッションの意義

小島美佳;ありがとうございます。コンパッションについてなるほどなぁと思って聞いていました。

 もう少し具体的に分かりやすくビジネス現場におけるコンパッションの意義や効果についてお聞きしたいです。共感とコンパッションの違いを伺った印象だと、例えば,普段仕事している時でもネガティブな感情に苛まれる事は結構あるし、そういった否定的な思考とか感情とかが湧いてきた時に、ニュートラルに変化させていくことができます、それがコンパッションです、と言われると分かりやすいかなと。

 仕事に失敗した時にセルフ・コンパッションを取り入れる例の話もありましたが、失敗とまではいかなくとも普段からマイクロストレス、例えば「この人結構ストレスだな」とか、物事があまりうまくいっていない、こう着状態の時とにじわじわと疲弊するといったことはあると思うんです。そういう感覚から距離を置けますよ、と理解すると分かりやすい気がしています。 そう踏まえた上で、セルフ・コンパッションを構成する要素として二番目に挙げられていた共通の人間性の認識、というのがちょっとよくわからなくて。

 「否定的な感情から解放される」というのはビジネスマン的にも魅力的な効果だと思うのですが、「共通の人間性」と聞くと、ダライラマ的なアプローチなら理解できるけど、、、といったところで終わってしまい、ビジネス現場ではピンと来ません。もう少し具体的に,共通の人間性を認識することが,どうやってビジネスパフォーマンスにつながるのか,そのメカニズムをお聞きしたいです。

Source : Amazon

ビジネスマンが共通の人間性を理解するメリットとは

s子:私が調べたところによると、失敗や挫折、困難な状況は誰でも経験するものです。ビジネスマンにもあると思いますが、そういう時に回復力を高めるレジリエンスという能力が重要になります。レジリエンスはセルフ・コンパッションによって身に付く能力の一つでもあります。

 マインドフルネスなどを使って自分の状況と一歩距離を置いてみることで、他の人にも同じようなことがあるかもしれないとか、その理不尽なことをしてくる人たちの状況や立場にも思いが至るようになります。
 まず自分に対して優しさを向けることで、他者の感情を理解したり受け入れたり認識する余裕も生まれてくると思います。自分だけではない、自分だけが孤独なのではなく、誰しもこういうことがあるかもしれない、というところまで想像力を働かせる、という能力が養われるのかなというふうに私は思いました。こんな説明で大丈夫でしょうか。

松村憲:そんな感じだと思います。

 僕も思うのは、人間は放っておくと自分のメガネ、価値観を通して物事を見てしまう傾向があるということです。今いろんなところでリーダーシップ開発とか認知心理学で言われている大きなキーワードの一つがメタ認知(自分を客観的に認識する力)です。これは最初からあるわけではなく、教育でもあまりトレーニングされていません。

メタ認知のイメージ
Source : Mindfulness News



 メタ認知を身につけていかないと、自分の視点だけで物事を判断してしまいます。これは例えばチームでのコミュニケーションでも、お客様の立場に立つとかでも不利になることもあると思います。メタ認知が進んでくると、自分の視点は一つの視点に過ぎないと気づいてくるし、コンパッションで一番重要なポイントは、自分と全く同じように他者も困っていたり、「自分はこうありたい」望んだりすることがある、ということを知ることです。これを知っていくと結構大きなインパクトがある部分だと思います。
 そうしていくと人間性って共通だよね、っていう認識が広がってくるっていうことの部分かなとそれを見て聞いていて僕も思っておりました。

マインドフルネスとセルフ・コンパッションの違いと関係

小島美佳:今お二人の話を聞いて、ビジネス視点でちょっとリフレーズしてみたいと思います。なんか追加コメントがあれば教えてくださいね。

 聞いていて、これってそもそもマインドフルネスとセルフ・コンパッションの違いって何だっけ?と思いながら聞いていたんですけど、、、
 メタ認知のところは結構マインドフルネスに近いのかなと思っています。客観的に物事が見られるようになって、そもそも自分が置かれてる環境はネガティブでもポジティブでもないんじゃない?という境地に行けるということですね。それがメタ認知だと理解しています。

 次のステップとしては、自分だけの問題ではなくてみんなそれぞれいろんなところで経験をしてるんだよね、ということがだんだん分かってきます。そうすると孤独感みたいなものや、自分自身で何か閉じて考えなきゃいけない、といった世界観から他者にもうちょっと開かれていくんですかね。他人とのコラボレーションだとか、もしかするとエネミーかもしれないけれども、っていう人たちに対しても、自分と他者との共通性を見つけられるようになる、というのが共通の人間性の理解っていうことですかね。

 そうしていくと、ビジネス上では自分も一回こういう経験をしてるから、じゃあ彼も彼女ももしかしたらこういうことを今思っているかもしれないという風に思えて、適切な判断や関わり方をすることができて、パフォーマンスが上がるんじゃないかと思います。パフォーマンスを上げる事が命題であるビジネスの世界観からすると、そういう方が受け入れやすいのかなと。どうですかね?

s子:コンパッションというのは、相手を理解するということだと前回マツケンさんが説明してくれたと思うんですけど、、、
 結局私は、無理解が対立を生むと思うので、まずは相手を理解しようとする姿勢をもつことで、感情的になったりせずに、一歩距離をおいて物事をより良い方向に結びつけるためにはどうしたらいいか?という冷静な判断ができるのだと思います。
 マツケンさんはどうでしょうか。

松村憲:そうですね。感情のトレーニングと捉えると、そこが一番鍛えやすいところかもしれませんね。

 結果が脳に良いらしいから、やるといいよ、くらいな感じですかね。コンパッションで感情のトレーニングをするということは、結局感情知性を高めるってことでもあると思うんですよ。ビジネスパフォーマンスが高まるというのには色々議論はあるかもしれませんが、感情知性が高まることによってそこに思いが実は乗っていたりだとか、その背景にその想いを支える価値観があったりするからだと思うんですね。行動の背後にある深い人間性の部分の開発みたいなことなのかなと思います。

 ちなみにマインドフルネスとコンパッションはほぼ同じものだとか、シームレスにつながっているものだと思います。メタ認知は先ほどおっしゃっていただいたようにマインドフルネスを鍛えていってできるようになるものですが、それだけではなくて、関わりの部分にもちゃんと意識を向けていきましょうというのがマインドフルネスとコンパッションの一連の流れだと思います。

【マインドフルネスとセルフ・コンパッションの違い】

■ マインドフルネス
  • ありのままを観察
  • 自分の感情や思考に気づき、客観的に受け止める
■ セルフ・コンパッション
  • 自分自身を受け入れる
  • 自己批判的な考え方を和らげる

コンパッションがもたらすビジネスパフォーマンスの向上

s子:ありがとうございます。
 あと付け加えるなら、前にマツケンさんが「マインドフルネスで幸福感を高めることによって脳全体をバランスよく使えるようになる」ってお話されていましたが、そういう科学的データをちゃんと調べて示し、脳への影響をビジュアル的に見られると、ビジネスマンも納得感が得られたり興味を持たれるのではないかな、と感じます。

 具体的には、セルフ・コンパッションや感謝の瞑想などで幸福感が高まると、脳の左背外側前頭前皮質、島皮質、腹側線条体が活性化します。この中の島皮質は脳のさまざまな領域をつなぐハブのような役割をしているので、活性化することで脳全体のニューロン・ネットワークも活性化し回路も太く強化される、内外の情報処理能力も上がり表現力・アウトプット能力も上がる、と言われています。
 つまり「なんとなく幸せになった!」という感覚的な変化だけではなくて、実際に脳の可塑性によって神経回路にも変化も起き、脳全体をバランスよく使えるようになる、今まで人間の脳は10%程度しか活用されていないなどと言われていましたが、利用できる脳領域が増えるということが科学的にわかっていますよ。といったことも理解してもらえると、「じゃあ、やってみようかな?」と感じるビジネスマンも増えるんじゃないかなぁと期待しています。

小島美佳:ありがとうございます。

 理解を進め他者とどう関わることが最もパフォーマンスが上がるか?ということが次のステップだとすると、先ほどマツケンさんが言ってくれていた、同じビジョンを共有するとか同じ方向を向いて仲間として一緒にやっている、という状態をより深く互いに感じられるっていう事なのかなと思いました。
 みんなで仲間意識が高くなって一丸となっていくとパフォーマンスにも繋がりやすいですよね。先日のサッカーとか野球などアスリートの皆さんの試合中継など見ていると、たしかにチームフロー的な状態になるとパフォーマンスも上がるんだね、と思います。

 そこで湧いてきた次の疑問なんですが、じゃあ、そこに向かうための方法は果たしてコンパッションしかないのか?ってことです。この辺はまた今後ディスカッションしていきたいですね。

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ABOUTこの記事をかいた人

瞑想歴20年以上。 15歳までヨーロッパで育つ。慶応義塾大学を卒業後、アクセンチュアで組織戦略・人材開発のコンサルティングに従事し異例のスピードで昇進。アクセンチュア・ジャパン 史上 最も若い女性マネジャーとして抜擢される。その後、独立系コンサルティング企業でビジネス開発に携わる傍ら、キャリアコンサルタント及びコーチとして活動。不確実な時代の波を乗りこなす事業の在り方やビジネスパーソンとしての生き方について考えはじめる。 2003年、瞑想に出会い習慣化するようになる。2010年よりビジネスの世界で活動をつづけながら、年間500名以上のクライアントへ瞑想的なテクニックを活用したカウンセリングを行っている。株式会社バランスオブゲーム代表。 監訳書:『コーチング術で部下と良い関係を築く』 共著:『「ハイパフォーマーの問題解決力」を極める』