頭を使う仕事や勉強を長時間したあとに、こんな経験はありませんか?
- 頭がボンヤリする
- 難しいことを考えられなくなる
- 逆に興奮状態のままおさまらず、疲れているのに中々寝付けない
これらの症状で頭がボンヤリすると、仕事や勉強の効率が悪くなったり、ミスや事故の原因になったりします。また、興奮状態が続くと、睡眠不足や不安障害などの健康問題を引き起こす可能性があります。
このような脳が疲れた状態を「精神的疲労・認知疲労」といいます。これまで科学的根拠がとても少なかったため、
「主観的な主張」「作業を中止させるための脳が作り出した幻想だ」(要はサボりや甘え?)
といった誤解がありました。
しかし、2022年8月にCurrent Biologyに発表された論文で、精神的疲労が実際に脳内の物質蓄積によって引き起こされることが科学的に証明されました。この記事では、その研究結果と対処法をご紹介します。
目次
脳疲労の原因はグルタミン酸の蓄積
この論文では、認知タスクを継続して行うと、ある特定の物質が脳内に蓄積し、脳疲労を引き起こすことが明らかになりました。具体的な研究方法と結果は以下の通りです:
- 被験者に磁気共鳴分光法 (MRS)という装置を就業時間中、頭に着用してもらい、脳内の代謝物の量の変化をモニター
- 認知機能を必要としたタスクを長時間続けた人たちの脳を観察
- 認知制御や意思決定、実行行動に関与する脳領域(外側前頭前皮質、lateral prefrontal cortex, LPFC)内のグルタミン酸濃度が異常に上昇していることを発見
さらに、興味深い知見として
- グルタミン酸濃度の上昇は、タスクの要求の高さや認知作業の多さと正の相関を示す
- 休息を適宜入れた人と休みなく働き続けた人では、グルタミン酸濃度に大きな差が見られる
ことも明らかとなりました。
神経伝達物質としての グルタミン酸
うま味成分の一つとしても有名なグルタミン酸は、アミノ酸の一種で、脳や脊髄内では神経伝達物質としても機能します。
数ある神経伝達物質の中でもグルタミン酸は「興奮性」の作用を持ち、記憶や学習に重要な役割を果たします。
脳内でのグルタミン酸の量(詳細にはグルタミン酸の刺激を受け取る、受容体に伝わる刺激の量)は、少な過ぎると 統合失調症 となり、逆に多すぎると刺激過多で神経細胞にダメージを与え細胞自死(アポトーシス)を起こし、アルツハイマー病 や筋萎縮性側索硬化症(通称ALS )の原因となる、という仮説もあります。
脳内でのグルタミン酸の働き
脳の血液脳関門 というシステムは、病原体や有害物質の脳への侵入を防ぐ機能をします。このシステムによって、食事やサプリメントによって摂取したグルタミン酸は脳には運ばれず、脳の中で働くグルタミン酸は、脳内で新たに生合成されています。つまり、肉や魚などのタンパク質やアミノ酸サプリなどの過剰摂取によって、脳内のグルタミン酸が過剰とはなりません。
本来、シナプスから放出されたグルタミン酸は受容体に結合して、神経伝達物質としての機能した後は速やかに代謝・除去されます。
しかしこの論文では、長時間の認知タスク(責任や経営など重大な判断を多数行うなど)や、休息不足などにより、脳内のグルタミン酸代謝・除去がうまくできずに蓄積してしまうことを明らかにしました。
高度な認知機能を伴うタスク → 脳内のグルタミン酸代謝が低下
→ 前頭葉機能の低下 → 脳疲労
この論文の結果を受け、さらに研究者らはfMRIも使って脳の活性化状態を調べました。その結果、強い精神疲労を伴うタスクによってグルタミン酸が蓄積した前頭前皮質では、脳の機能低下も観察されました。
前頭前皮質・前頭前野は認知機能や情動、理性、社会規範への適応や長期記憶を担い、人間らしさを発揮するための部分でもあります。瞑想でもその他の脳領域との接続が変化することが知られている脳の部位の一つです。
研究では精神的疲労を伴うタスクをおこなったグループでは、高い認知機能や認知制御を必要とするタスクを避け、労力の少ないオプションを好むようシフトする傾向も観察されました。
これらの結果から、思考や認知を必要とするタスクを長時間行うことで、脳内(の前頭前皮質)にグルタミン酸を適切に除去できず蓄積し、前頭前皮質の機能低下、すなわち認知機能が低下し認知疲労・精神的疲労となったのではないか?と研究者たちは考察しています。
さらに別の研究では、瞑想での脳の変化に関与する神経可塑性・ニューロン可塑性には、グルタミン酸受容体が関与することも知られています。
脳疲労から回復するには?
では具体的にどうすれば、脳内のグルタミン酸の蓄積による精神的疲労を防ぐ ことができるのでしょうか?
この疑問の答えとなりそうな論文が、2016年に名古屋大学から報告されています。
『興奮性神経伝達物質(グルタミン酸)をシナプスから浄化する仕組みを解明』
この論文では、
休息と睡眠によって脳を休めること
で、脳内の過剰なグルタミン酸が代謝され除去されることが報告されています。
さらには激しい運動が誘発する脳疲労の仕組みを解明という論文も2022年に筑波大学から出ています。この論文では、激しいスポーツで血中酸素濃度が低下することによっても、脳疲労が起こるとのこと。
この論文の結果から、呼吸に集中する瞑想や意識的な深呼吸で、脳疲労を改善できる可能性が非常に高いと言えます。
つまり、過剰な運動によるものも、認知疲労と高度な神経活動による脳疲労の改善も【休息が必要】ということのようです。
これまで瞑想によって脳が休まるメカニズムとして、脳のアイドリング機能 DMN の活動を休める作用が知られていました。今回の論文の結果から、瞑想で脳の活動を休めることで、前頭前皮質に蓄積したグルタミン酸の除去も同時に担っているという可能性も出てきました。
これらの結果は、多忙な現代人がなぜ瞑想をするのか?という問いの答えにもなりそうです。
参考文献:
- 長時間の認知機能を必要とするタスクを続けることで経済的決定の制御機能が変化する原因を、神経代謝物の測定によって明らかに。A neuro-metabolic account of why daylong cognitive work alters the control of economic decisions. Wiehler A, Branzoli F, Adanyeguh I, Mochel F, Pessiglione M. Curr Biol. (2022)
- 学習・記憶におけるシナプス可塑性の分子機構, 高宮考悟, 生化学 (2011)
- 興奮性神経伝達物質をシナプスから浄化する仕組みを解明, A CDC42EP4/septin-based perisynaptic glial scaffold facilitates glutamate clearance, Ageta-Ishihara N, Yamazaki M, Konno K, Nakayama H, Abe M, Hashimoto K, Nishioka T, Kaibuchi K, Hattori S, Miyakawa T, Tanaka K, Huda F, Hirai H, Hashimoto K, Watanabe M, Sakimura K, Nat Commun (2015) [日本語の紹介記事]
- 激しい運動が誘発する脳疲労の仕組みを解明~低酸素血の関与を実証、対処法開発に期待~, Cognitive fatigue due to exercise under normobaric hypoxia is related to hypoxemia during exercise, Ochi G, Kuwamizu R, Suwabe K, Fukuie T, Hyodo K, Soya H, Sci Rep (2022) [日本語の紹介記事]