感情労働に従事するビジネスマンには向かない? マインドフルネス導入のリスクと4つのポイント

 アメリカでは、既に半数以上の大企業が従業員にマインドフルネストレーニングを提供しているとされています。これほどまでに普及した理由は、多くの人々や組織がマインドフルネスの有用性や効果を実感しているため、と考えられます。
 しかし、以前ご紹介した『マインドフルネス瞑想をやってはいけない人 三つの層』の記事でも触れたように、マインドフルネスは必ずしも全ての人に適した方法ではありません。最近の研究では、特定の業種の人たちにとっては、マインドフルネスの導入がむしろ悪影響や有害な結果を招くことがあることが示唆されています。

 本記事では、『Where Mindfulness Falls Short(ハーバードビジネスレビュー, 2021)』の記事を一部ご紹介しつつ、マインドフルネス導入におけるリスクや注意点について考えてみます。

マインドフルネス導入が逆効果となる業種・仕事とは?

マインドフルネスの実践の効果

 一般的なマインドフルネスでは、『今ここ』にある私たちの身体的および感情的な状態に集中します。 瞑想、呼吸法、ヨガやその他のプラクティスによって得られるマインドフルネスの効果としては、

  • ストレスや不安の軽減
  • 客観的な観察能力によるコミュニケーション能力の向上
  • 不眠の改善
  • 葛藤の解決
  • 攻撃性の減少
  • 柔軟な意思決定
  • 依存症やうつ、認知症への効果

など報告されています。

 一方でマインドフルネスは、ある種の業種や仕事においては適さない場合があります。特に、感情労働を求められる職業では、その瞬間に自分の感情に注意を向けることは、仕事に悪影響を与える可能性が指摘されています。

感情労働とは

 感情労働(Emotional labor)とは、 仕事をする上でその状況で求められている自身の感情を管理し調整するプロセスで、具体的には人と接する仕事やクライアントとのコミュニケーションが必要な仕事で感情労働が必要とされます。
 業種として接客サービス・販売業の他にも、営業職や看護師、ソーシャルワーカー、教育関係、カウンセリング、コンサルティング、広告業界、エンターテイメント業界、さらには医師や弁護士、リーダー管理職も、患者やクライアント・組織メンバーとのコミュニケーションなどの感情労働が求められます。

 これらの職業では自身の感情をコントロールすることが必要であり、その瞬間に自分の感情に注意を向けるマインドフルネストレーニングが仕事の生産性の低下にもつながる可能性も指摘されています。

なぜ感情労働にマインドフルネスが適さないのか?

 例えば、ストレスを軽減する目的でマインドフルネスを始めた結果、これまで自分では意識・認識していなかった不快な感情や感覚に気づくことで、仕事に対する不快感を感じるようになり、仕事を続けることが難しくなる場合があります。

 マインドフルネスのメリットを享受することができれば、今ここでの状況と目的に集中し、意識を向け、多様な視点を獲得し、最善を尽くすことができます。しかしそのためには、感情労働に適したトレーニングが必要と考えられます。

 サービス業や接客業だけでなくビジネス全般においても、気分が悪くなる要素が含まれている場合があります。しかし、一方的なマインドフルネストレーニングを行い、『ありのままを評価判断することなく受け入れる』ことで、これまで自分が気づいていなかった不快感に対する認識が深まり、スムーズに仕事を行う障害になる可能性があります。

 デメリットは表層演技(Surface acting)を必要とされる業種に携わる人たちに特に多く見られます。


表層演技(Surface acting)とは


 表層演技は、主に内外の利害関係者との顧客対応に必要な対人スキルです。クレーマーに対しても、自分自身の感情を抑えて作り笑いをすることで、スムーズに業務を完了することができます。一方、感情を表に出してしまうと、クレーマーとの対応時間が長引いたり、仕事の満足度やパフォーマンスが下がることが報告されています。
 特に、サービス業をはじめとした感情労働に従事する人たちは、外面的に求められる行動を演技するために自分の感情を抑制することが多く、ストレスや疲労を感じることがあります。

 従業員のストレスを軽減し、より良い職場環境を提供することは、雇用主や管理職にとって重要な課題です。しかし、マインドフルネスを導入するだけでは、業務の満足度が下がってしまう可能性があるため、注意が必要です。そこで、適切な対応策を考える必要があります。

業種や個人にあわせてマインドフルネスを導入するための4つのポイント

 『Where Mindfulness Falls Short(マインドフルネスが不足しているところ)』では、これまでの銀行、ヘルスケア、金融、販売、コンサルティングなど、さまざまな役割と業界の約1,700人の従業員を調査した結果を元に、

マインドフルネスの負の作用も認識しながら、職場においてより効率的にマインドフルネスプログラムを取り入れるための4つの戦略

が提案されていたのでご紹介していきます。

1, 慎重なターゲティング

 上述のように調査によれば、表層演技を行う頻度の少ない業種ではマインドフルネスが有効であることが分かっています。一方、ウェイターや営業担当者など、日常的に表層演技を行う必要がある従業員には、マインドフルネスを行うことで仕事への満足度が下がる傾向があることも分かっています。
 よって、既存のマインドフルネスプログラムをただ提供するだけではデメリットとなることもあるため、多数存在するマインドフルネスプログラムの中から業種や個人に合わせて慎重に選択することが必要です。

2, 適切なマインドフルネスを行うタイミング

 マインドフルネスは、アメリカを始めとする多くの国で先進的なビジネスツールとして、一日中いつでも自由なタイミングでマインドフルネスブレイクを取れるように導入されています。しかし、表層演技を求められることが多いサービス業や顧客対応を担う従業員は、仕事中にマインドフルネスを行うと逆にストレスが増してしまい、仕事の満足度や生産性が下がる場合があります。
 一方、感情労働を要する業種の従業員には、仕事終了後にマインドフルネスを行うことで、その日の心身の疲れを解消することができることが分かってきています。

 したがって、マインドフルネスの導入は、業種や従業員の特性に応じて慎重に選択することが重要です。特に、表層演技を求められる業務に従事する従業員に対しては、適切なタイミングでのマインドフルネス導入が求められます。雇用主は、従業員の状況を理解し、マインドフルネスの導入方法を工夫することで、従業員のストレス軽減や生産性向上につなげることができます。

 <感情労働を行う方々にオススメの休憩時間の瞑想(約6分間)>

 クレーマー対応などで受けたストレスを解放しつつリラックスし、仕事への集中力をさらに高めることが期待できる瞑想ガイドです。

Source : マインドフル瞑想チャンネル

3. 気晴らしをすることでパフォーマンスを維持する(Distraction)

 表層演技が必要となる職種では、仕事中はマインドフルネスになることよりも、その瞬間の不快な感情から意図的にマインド(思考の矛先)を遠ざけるテクニックのほうが有用であるケースもあります。

表層演技が必要な職種では、マインドフルネスよりも、その瞬間の不快な感情から意図的に思考を遠ざけるテクニックが有用である場合があります。仕事中や仕事の休憩中に、健康的な気晴らしや気分転換を行うことで、不快な感覚に集中することを防ぎながらパフォーマンスを維持できることが分かっています。
 仕事中や仕事の休憩中などに気軽にできる気晴らしの例としては、

  • 簡単なパズル
  • 落書き
  • 軽いストレッチ

などがあります。
 さらに、最近では昼休みの短時間の仮眠も、午後の仕事のパフォーマンス向上に効果があることが分かってきています。

4, 顧客とのコミュニケーションの改善に繋がる深層演技(deep acting)

■ 深層演技とは

 深層演技とは、個々のメンバーが組織のニーズに合わせて内面の感情や気分を変えるトレーニングを行うことで、より自然で本物の感情的な表現を生み出すプロセスです。
 具体的には、従業員が自らの感情を意図的にコントロールし、顧客に対して本当に感じているのと同じような感情を表現することで、顧客とのコミュニケーションを改善し、より深い接客体験を提供することができます。

 具体的には、従業員が自らの感情を意図的にコントロールし、顧客に対して本当に感じているのと同じような感情を表現することで、顧客とのコミュニケーションを改善し、より深い接客体験を提供することができます。

 さらに最近の研究で、深層演技が従業員のストレスや疲れを軽減し、より充実した職場環境を実現することも明らかとなりつつあります(Journal of Applied Psychology, 2020)。深層演技は、仕事の満足度や幸福に悪影響を与えることなく、必要な感情を表現するために効果的であることもわかっており、深層演技の効果や身につけるためのコツについては次回詳しくお伝えしていきます。

おわりに

 マインドフルネスのプログラムは、全ての人に効果があるわけではありません。マインドフルネスは呼吸に集中する瞑想だけでなく、

など様々な方法があるので、雇用主も従業員も、どのアプローチが効果を感じられるか実際に実践してみて探し、自分に合った方法と行うタイミングを選択する必要があります。

 もちろん、仕事が過剰にストレスフルであれば、転職を考えるべきです。しかし、一過性の不快な感情に集中しすぎることは、人生全体で見たときにマイナスとなることもあります。マインドフルネス以外にもリラックス法や趣味に没頭するなど他の方法を試し、自分がリラックスしやすい環境に身を置くことも重要です。

 さらに、深層演技のトレーニングを行うことで、自己理解や共感力、コミュニケーション能力の強化や深化ができることがわかっています。これらのトレーニングを組み合わせることで、ストレスや疲れを軽減し、従業員の幸福度を高めることができます。今後は、さらにこの分野が発展することが期待されます。

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ABOUTこの記事をかいた人

ライター。 博士号を取得後、日本学術振興会特別研究員・博士研究員・大学教員として教育研究に計10年以上従事(専門は分子生物学)。9割以上が男性の業界で女性が中間管理職として働く難しさを感じつつ、紆余曲折を経て小島美佳さんからマインドフルネスを学ぶ。 現在は心理学や精神世界のエッセンスを科学の言葉で咀嚼して伝える方法を模索中の、瞑想歴1-2年の初心者です。